今回は……2022年には旧作扱いでいいのかな?『劇場版 少女☆歌劇 レヴュー・スタァライト』の記事になります
結論から言うと、辛口どころか『合わなかった』とひたすらに言うだけの記事です
カエルくん
公開当初からずっとそれ言っているよね
主
なぜかオススメされることが多いんだけれど、チェックしても響かなかった例だな
カエル「と言うわけで、この記事は絶賛評とか、あるいは世間一般の評価とか、考察などを望む人向けではありません」
主「ただの愚痴記事ですね。
面白くなかった理由をただ単にダラダラと述べているだけなんで、その意味では面白い記事ではないかもしれませんが……まあ、それでもいい人は読んでみてください」
カエル「それでは、記事のスタートです!」
感想
それでは、初見感想時のTwitterの短評です……
#劇場版スタァライト
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2021年6月5日
映像も音楽もすごいのは認めるけど、何も響かない、トコトン相性が合わないシリーズだったなぁ
考えるな、感じろと言いたいのかもしれないが届ける努力を放棄したともいえる
彼女たちに何の感情もわかない
自分が言えることはこれだけ
「どうでもいい、好きにすれば?」 pic.twitter.com/AbIeyEdwlB
割と突き放したくなるような言い方をしていますね
カエル「周りが超絶賛勢ばかりの中で、1人でポツンとしていたのが思い出深いよね……
『そんなに合わないの!?』ってくらいに、全くあわなかったから」
主「そんなにいうほど悪い作品だったのかなぁ……と今では思うけれどね」
カエル「あれ、ちょっと擁護的な意見?」
主「結局3回観ましたから」
1回目と3回目って感想が変わることもあるだろうけれど、今作はどうだったの?
全く変わらなかったよ
カエル「……え、変わらないんだ」
主「全く変わらない。
やっぱり『意味がない』ってなっていたかなぁ。
一応記事タイトルには"辛口"ってつけたけれど、実際はそこまで辛口ではないんだよ。
ただ感想が無いってだけで、公開当時にブログを書かなかった理由もそれだからさ」
それでも3回観に行ったのはなんでなの?
だって、感想が変わるかもしれないじゃん
主「当たり前の話だけれど、1回だけで映画に限らず物語の全てを理解することは不可能だよ。多分作品の50%も気がつけていない。だから繰り返し鑑賞することで、新たな要素を発見することができるわけだ。
実際、自分は今では大絶賛している『リズと青い鳥』は、初見時には意味がわからない作品の1つだった。
劇場を変えて2回目みて、大絶賛に転向したんだ。
それだけ映画を観るには映画館の環境、コンディションもあるし、鑑賞者である自身の体調なども加味されるものがある」
それでもレビュスタは変わらない、と
全く変わらなかった
主「3回観ても……なんならテレビシリーズ、総集編も含めても無だったから、これは相性がとことん悪いんだなってことで、処理した。
それは今もそうだし、今後観ても……少なくとも今の自分ならば、無のままなんだろうな。
まずは最初に”辛口の意味”ということについて、考えていこうか」
『ダメな映画』と『嫌いな映画』と『無の映画』
えっと……辛口と言いつつ、その意味にも色々あるっていうお話なんだよね?
一言で辛口と言っても、ダメな作品って色々な意味があるからね
主「簡単にまとめるとさ、以下のような種類に大別できるわけ」
”ダメ”にもいくつか種類があるんだよ
カエル「ふむふむ……
こうやってみると、辛口のと聞くと①が当てはまりやすいけれど、それだけでは無いんだね。
①は……そうだなぁ、具体例は出しづらいけれど『100日間生きたワニ』とかに感じたことなのかな」
ただ、これがサメ映画とかがそうだけれど、逆にチープなのが受けて『とても面白い!』となるような映画もあるけれどね
カエル「あー、確かにサメ映画とか、あるいはC級映画なんて言っている超低予算映画とかの一部は、ダメであることをみんなで笑っている印象もあるかな。
それはそれで、映画の楽しみ方なんだよね。
突き抜けているとか」
主「②の”嫌いな映画”もわかりやすいんじゃないかなぁ。
世間評価では絶賛一色、実際に出来もいい。
だけれど自分は好きになれないし、そのメッセージ性にも評価はできない。
ボクの場合は……韓国映画の暴力性が苦手なので、ここに該当しやすくて『パラサイト 半地下の家族』とか『スウィング・キッズ』などが該当するかな」
暴力的なラストがどうにも好きになれない、と言っていたもんね
そして最後に紹介する③が、感想などが無になりやすい映画だ
カエル「感想が無い映画かぁ……こういうのって、もしかしたらうちみたいに、作品について語ることをしている人が陥りやすいかもしれないね」
主「時々さ、映画レビューとかしていると観終わった後に『これで何を語ればいいの?』と思うような作品もあるわけだよ。
ただ作品がダメならばそこを指摘すればいい。
嫌いだったら、なぜ嫌いなのかを語ればいい。
困ったことに、この③の作品は貶すほど悪いところは、ほとんどないんだ。
嫌うこともない、全くダメじゃなくて、むしろ作品としては整っている。
だけれど、全く心に響かないような映画」
あ〜……年間ベストとかを組むときにワーストにも絡まず、かといってベストにも絡まない作品だね
むしろその年に観た作品をおさらいしているときに『あれ、この作品見てたっけ?』となるような作品だね
カエル「それは……確かに、心に残ってないね。
1年もしたら観たことを忘れてしまうような、無難な作品というか……
まあ、でもたくさん観ていたら正直、あるよね」
主「で、自分にとってのレビュスタもそうなんだよ。
感想は”無”なんです。
悪いというつもりもない、でも良いというつもりもない。
なんなら語ることもない……そういう映画だね。
もちろん、今回はそれだけでは記事にならないから、これから語っていくよ」
中身がある作品とは何か?
前置きが長いのですが、さらにまだ続きます
映画で中身がある、ないということはどういうことか? という話だ
主「最近さ、押井守の映画を語った本を読み返しているんだけれど……これがまた、新たな発見が多くてね」
この本はボクの映画語りのバイブルなんだ
カエル「押井さんの映画本を読んでいただければ、どれだけ影響を受けているのか、なんとなくお分かりになられると思います。
で、この書籍の中でどこに注目するの?」
主「アルドリッチについて語っているときに押井さんは”裏目読み”について話をするんだ。
裏目読みとはストーリーラインの裏にあるものを読み取る技術で、その映画が本当に語りたいことは何か? ということを読み取る行為。
まあ、邪推の時もあるけれどさ。
実は表面上、なんてことのない娯楽作や感動作だとしても、実は裏にはある重要なメッセージが込められている。だけれど、普通に観ていたらそんなことに気がつかないってこと。
この書籍を引用しよう」
押井「バンダイの鵜之澤(伸)が『映画のなかには何が入っていたっていんんだよ。表面を甘くコーティングしてくれればいんだ。中に龍角散が入っていようがヒ素が入っていようがアンタの自由だ』」と僕にはっきり言ったことがあるの。『アンタが最後に客に飲ませたいのが劇薬だろうが風邪薬だろうが何の興味もない。僕はその外側のキャンディのクオリティを問うているんだ』って」
(一部『』などは引用者が付け足しました)
映画や物語について語る際、実は表面的なものしか語っていないことがほとんどなんだ
カエル「つまり娯楽として面白ければ、その奥のメッセージがなんだろうがどうでも良いっていうのが、プロデューサー側の意見だって話なんだね。
メッセージを込めることを認めてはいるけれど、それ以前に問うているのは娯楽としての作品の面白さであるわけで」
主「そうだね。
この見方は今でも有効、特に押井作品ではこの見方が当てはまる。
その作品が真に伝えたいのはなんなのか、ということに注目すべきだ。
これは他の監督でも一部作品では有効な鑑賞法で、例えば香港映画の『淪落の人』では、これが最大限に発揮されている」
この作品は障害を持つ方とその外国人ヘルパーさんの友愛を描いた、感動作だよね
でも実は超政治的な映画でもある
主「詳しくは自分のブログに書いたけれど、実は香港の民主化を願った映画とも受け取れる。そのために『ラ・ラ・ランド』オマージュなんかも重ねたりしているわけだ。
もちろん、中国で直接的に民主化を描くことはできない。だから映画に興味がないと読み解けない暗号を色々と用いて、政治的メッセージを入れながら、表向きは単なる感動作として描いている。
その感動作としての魅力もあるんだけれど、そこからさらに一歩踏み込むと、さらに力強いメッセージがある作品だ」
その政治的、あるいは思想的なメッセージこそが重要という話だね
そういう戦い方でないと、干されてしまう、発表できない国や状況というのは確実にある
主「それがハリウッドで言えば赤狩りの時代であり、ヘイズコードの時代だ。
だから50年代くらいの映画をみると、驚くほどこの見方が通用する。なぜならば表現規制があったから、直接的に表現できない中で生み出されている。もちろん暗号だから、誰にでもは読み取れない。
でも読み取れると、はっきりと意味を持ち映画が違う意味を持つ。
自分に言わせるとビリー・ワイルダーとかはそういう世界で戦ってきた人。表向きはロマンティックコメディで、そのレベルも高い。
でも実際はかなり社会に問うている部分もあるんだよ」
それって、穿った見方な気も……
もちろん曲解だってあるよ
主「だからいつも言うように、作者の言葉が絶対の真実とは限らないし、それだけが正解ではない。
映画に、物語の解釈に物語に正解はないんだよ。
『映画監督が、作者がこう話してました〜』はライターが作品を紹介する上では真実だけれど、鑑賞者が作品解釈をする上では絶対的に参考にしなければいけないものではない。
マジシャンがマジックのタネを明かさないように、作者が物語の核心を明かすとは限らない。
観客が見て、語ることで成立するのが映画であり、表現だ。
その表現をどのように受け取るのか……それこそが最も重要な行為なんだ」
レビュースタァライトの構造考察
『レビュースタァライト』という作品の中身とは?
ようやく、本作の話になっていきます
それでいうと、本作は外側がものすごく派手なんだけれど、中身が一切ない……あるいは感じられないんだ
カエル「より正確に言うならば『中身を感じようとするほど、そそるものがない』とでも言うのかな?」
主「まあ、そう言うことになるね。
レビュスタは確かにガワはすごく面白いのかもしれない。舞台という特性を映画として活かしているし、自分も香子は好きだからさ、あの『わがままハイウェイ』なんかは、純粋に面白いなぁとは思った。
派手だし、工夫もされているし、音楽も凝っている。
少なくとも、自分も少しは勉強しようとして、CDも借りて聴いていた時期もある」
カエル「……今どきCDを借りるという発言はいいとして、そこだけ聞くと褒めているんだけれどね」
主「でもさ、この映画で描かれているのって結局は”キャラクターの関係性の変化”だけなんだよね。
少なくとも、自分にはそう見える。
AちゃんはBちゃんに執着していて、BちゃんはAちゃんが大好きで……みたいなことを延々と繰り返していて、それはそれでキャラクターを”消費”する意味では尊い行為であり、キャッチーなんだけれど、じゃあその先に何があるのか? 中身が一体なんなのかは全く見えてこなかったというのが、ボクの感想」
そうなると、この作品って単に”映像が派手”で”音楽が面白い”で”キャラクターがかわいい”だけの映画になるんだよね
カエル「中身がないねぇ」
主「もちろん、中身が絶対的になければいけないというわけではない。
ここ最近の記事だと『トップガン マーヴェリック』でも語ったけれど、一切中身がない。そのように政治的な要素なども脱臭して作られているんだ。
だからとてつもなく面白いんだけれどね。
その意味ではレヴュスタも娯楽としてはとても強い。
でも自分には興味が持てない、という言葉になる」
メタファーが何を示していたのか
あれ、でもさ……世の中的には『トマトはなんの意味だ?』とか、考察しているんじゃないの?
メタファーが何の意味を持つのかが、イマイチわからないとか……暗号の意味があるのかどうかということだよね
カエル「暗号の意味?」
主「メタファーって、その作品を読み方を変えるようなものである必要があると思うんだよね。例えば電車=人生のメタファーというのは有名だけれど、今作もそれがたくさん出てくる。
でも、自分にはそれが電車=人生のメタファーと読み取れたところで、作品に対する感想は一切変わらなかった。
それってメタファー……つまり隠す意味って、どれだけあるんだろうか? という思いが強い。意味があるとしたら描写の強調だとは思うけれどね。
メタファーというのは暗号だったりするから、読み取れたら意味が変わるとか、やりたいことが見えてくる、というものだと思うんだけれど……その意味ではメタファーもどストレートに感じられてしまった。
まあ、メタファー論ってめっちゃ難しいんだけれどね」
メタファー的な話だとエヴァなんかは、色々と解釈分かれているよね
しかもエヴァもメタファーの中に意味が含まれていない、キリスト教も関係なくてただの雰囲気づくりって言われることも多いし
主「まあ、でも結局のところはメタファーというは、まさしく裏目読みそのものだからさ。
観客が自分で意味を見つけて、自分で答えを出して語ればそれで成立するものなわけだ。
そして自分はその意味を感じられなかったし、感じても何も響かなかった。
最終的に結論を述べてしまうと『中身がないように感じられる』というのが、答えなんだよね」
結論
何度も言うように、外側は綺麗で甘くて美味しい飴玉だけれど、それ以上のものがない、と
例えば、古川監督の師匠格である幾原監督作品では、自分はウテナとピンドラを扱っているけれど、この2記事ともに演出論などについては一切触れていないんだよね
ウテナは女性をめぐる社会構造の変化、ピンドラは2010年代の若者に対する思想を取り扱っていたわけだよね
社会論、あるいはジェンダー論としてはウテナやピンドラなどの幾原作品はドンピシャだった
主「じゃあ、レビュスタってどんな社会論や政治論、ジェンダー論があるんだ? って話。
少なくとも自分は一切感じなかったし、そこを語っている人も訊いたことない。
これは調べれば出てくるのかもしれないけれどね。
もちろん、それがなくてもいい。さっき言った『トップガン マーヴェリック』みたいに、あえて政治性もジェンダー論もなくて、外側の面白さだけを追求した作品もあっていい。最近はポリコレという言葉に反応して、そういった社会的、政治的なメッセージを嫌う層だって出てきているしね」
カエル「でも、それが感想が無である理由だと」
主「そうだね。
もちろん、今後の古橋監督の作品を見て今作の評価も変わるかもしれない。
だけれど、少なくとも今の自分にとってはレヴュスタというのは、少女たちを消費して楽しむだけの派手な演出モリモリの無味無臭な娯楽作、と言ったとことかな」
最後に
なんか、釈然とはしない記事になったかもね
自分が何も感じなかったことの説明なんて、そんなもんだよ
カエル「そりゃ、自分が気に入って『この映画にはこんな意味が!』という話の方が、熱量もこもって面白くなるはずだしね。
まだ嫌いの方が、語りやすいかも……」
主「だから、結局はそういう無に感じた作品は"紹介"するしかないんだと思うんだよね。
考察もできない、感想も無い、でも観たならば紹介はできる。
毎回毎回、感想を書く必要もないしね」
カエル「同じような作品でもどハマりする場合もあるだろうしね」
主「結局は愛があるかないか、だけの違いなのかもしれないねぇ」
本作が好きな人にオススメしたい作品・記事はこちら