アベンジャーズシリーズの一つの区切りにして集大成となるエンドゲームの感想記事になります!
こうやってアメコミ映画を語るのも、もしかしたら最後になるのかもしれないなぁ
カエルくん(以下カエル)
「実はMCUに限らずアメコミ映画に関しては全く詳しくなく、アベンジャーズシリーズをチェックし始めたのもこのブログを始めてからなので、大体3年くらい追いかけている計算になるのかなぁ」
主
「一応全シリーズ目を通している……はずだけれど、劇場で観たのはソー3以降になるのかなぁ。
いきなりシビルウォーやアベンジャーズではないことを考えると、まだタイミング的にはましだったかも」
カエル「アベンジャーズ初見がいきなりシビルウォーを観ても面白くないと断言する予感があるしね……
そこから何度も鑑賞しては、その度に苦言を呈してきており、年間ランキングTOP30に入ったMCU作品すらもないようなほど天敵と言えるようなシリーズとなってしまっているかなぁ」
主「まあ、全作品嫌いってわけじゃなくて、アイアンマンシリーズ、アントマンシリーズ、あとはキャプテンマーベルは比較的好きで賞賛しているけれどね。
アイアンマン、アントマン1はまだこのブログを始めていないから記事にはしていないけれど。
あとMCUではないし、時間の都合で記事にはしていないけれど『シャザム』も好きだから、やっぱり食わず嫌いはダメだなぁ、と思うよ。
あとは……まあ、結果的に苦手な作品もあるし、ほどほどから特に語ることがないレベルかな。映画としては傑作だと思っても、ハマらないことも普通にあるし。
そんな人間がこのエンドゲームをどう観たのか、という記事になります」
カエル「最初に言っておきます。
今回の記事を、マーベルファンは読まないことをオススメします!
かなりの手厳しい感想が続きますので……その意味では珍しい記事にはなるでしょうが、それも良いという方のみお読みください」
主「この映画はMCUのファンじゃない人間の戯言なんて聞く必要はないでしょう。
記事の性質上、後半は作中の重要なネタバレありで語っていきます。
それまではなんとなく濁しながら語りますので、お付き合い下さいってなことで感想記事のスタートです!」
作品紹介・あらすじ
アメリカのみならず、全世界で記録的な大ヒットを連発しているマーベルコミックのヒーローたちが活躍する『マーベル・シネマティック・ユニバース』(MCU)の一区切りであり11年間の集大成となる作品。本作はヒーローが集合したアベンジャーズシリーズでは4作品目にあたる。
監督は前作『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』も担当したアンソニー&ジョー・ルッソ兄弟が務める。
キャストはトニー・スタークを演じるロバート・ダウニー・Jrやスティーブ・ロジャースを演じるクリス・エバンスなどのおなじみの面々のほか、日本では2019年3月に公開されたキャプテンマーベルを演じるブリー・ラーソンが多くのヒーローが集合したアベンジャーズに初めて出演する。
前作インフィニティウォーにて圧倒的な力を見せつけてヒーローたちを絶望の底に突き落としたサノス。彼との戦いに傷ついた面々は、それぞれ再起を図っていた。宇宙をさまよっていたトニーは宇宙船の酸素の残りが少ない中、死へのカウントダウンが始まっていた。
一方、地球に残ったスティーブ・ロジャースなどのヒーローたちも、再起するために策を練っていた……
感想
では、Twitterの短評からスタートです!
#アベンジャーズ・エンドゲーム
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2019年4月26日
ふぅ〜ん…アベンジャーズのいい所と悪い所を詰め込んだ1作
個人的には順当&期待はずれな印象
物語のガバガバ具合が気になり感動シーンも引っかからず、熱くもならない
結局アベンジャーズの正義に納得することはなく終わった
ファンには大絶賛のようなのでまぁいいか pic.twitter.com/ebYmshKq1C
う〜ん……やっぱり最後までアベンジャーズとは相性が悪かったなぁ
カエル「世間では大ヒット&今年NO1どころか、映画史上に残る作品! という評価も相次いでいるよね。
多くの映画ファンや、知り合いの映画ブロガーもこぞって絶賛するする中で、うちはそこまで高いとは言えない評価となりました……」
主「正直、物語は予想通りの展開に落ち着いた印象もあるし……さらに言えば、その物語の持っていき方に関しては期待を大きく裏切られた印象がある。
アベンジャーズって色々な見方があると思うけれど……”キャラクタームービー”としての完成度は確かに高い。
また、これだけの大作で作られてきた実写エンタメ映画としても、うまくまとまっていると言えるのかもしれない。
ただし……”ヒーロー映画”として、また”アクション映画”として、そして宇宙描写などの”SF映画”としての評価はかなり低い。
ここに関しては……正直、全く評価することができないレベルだとすら感じたかなぁ」
カエル「こりゃまた、手厳しい評価だね……
アクションに関してはCGを多用してど迫力のものが見れたり、また肉弾戦などもあって楽しめる印象だけれどね」
主「ここもネタバレになるけれど……やっぱり映画としての見せ方というよりも、アベンジャーズ特有と言えるトンデモ設定の問題がつきまとってしまったのかなぁ。
何を語ろうとしてもネタバレになりそうだから、とりあえずこの程度で収めてはおくけれど……自分は3時間、飽きるシーンもちょいちょいあったし、もう何度も観ようとは思わないかなぁ」
キャラクタームービーとしてのアベンジャーズ
でもさ、世間的には大絶賛が相次いでいるよね
そりゃ、アベンジャーズって基本的にはファン向けのキャラクタームービーだからね
主「自分は以下のようなツイートもしています」
アベンジャーズとコナンって興行的にもライバル視されることが多いけれどどちらもキャラクター重視で細かいことはイインダヨ系アクション映画という点では同じではないか
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2019年4月26日
主「どうしても公開時期が近く、またアベンジャーズの快進撃を止めるのがコナンシリーズということもあって、この2作は興行的にはライバル視されることも多い。もっとも、今年はGWの映画自体を盛り上げようということで、タッグを組んで日本では宣伝をしているけれど、それも賛否がある。
だけれど、自分に言わせてもらえばこの2作って、魅力に関しては似たようなものだと感じている」
カエル「コナンとアベンジャーズが?」
主「コナンは漫画の長期連載もあって、原作で人気のあるキャラクターが映画でも活躍することで原作ファンや大きなお友だちを劇場に連れてくる効果がある。
アベンジャーズも似たようなところがあって、何作も作られてきたことによってキャラクターの認知度が高く、それらが一堂に会することによって注目度を高めている。
特に”キャラクタームービー”という点、また物語自体には穴があろうとも派手なアクションなどで魅了する点については同じだと思っている」
カエル「う〜ん……なんか、反論が来そうだね」
主「自分が語りたいのは、あくまでも”アベンジャーズというのはキャラクタームービーである”ということだ。
トニーやスティーブ、ブルース・バナーやソーといったおなじみのキャラクターたちが織り成す掛け合いなどが大きな魅力となっており、それは今作でも健在。キャラクタームービーとしてはかなり完成度が高い。
日本において映画はストーリーなどではなく、役者で観客が入るかどうかが決まるというけれど、それ以上に大事なのがキャラクター。そこで魅力的なキャラクターを生み出し、すっかりブランドとなった本作は日本でもヒットしている」
カエル「……褒めているんだよね?」
主「もちろん!
ただし、そのキャラクターによってファンは生み出しつつも、物語に関しては荒さを感じさせる部分もあった。
そして、エンドゲームはそれが如実に現れた。
それでもキャラクターについたファンはそんな欠点なんて目に入らないはずだし、自分みたいなアメコミ映画ワカランチンなんて相手にする必要もないから、それはそれで正解なんだけれどね」
10年後、20年後にどのような評価をされているのか?
そのキャラクター映画ということがどのようにつながってくるの?
今作を楽しむには明らかにハードルが高すぎる
カエル「MCU全作品では20作品以上もあるけれど、そのほぼ全てを観ないと本作の本当の面白さは伝わらないのでは? という意見も多いよね。やっぱり、全部見てから本作を見てほしいという意見も根強いかなぁ」
主「今ではリアルタイムで追いかけてきた世代がいるからいいけれど、これが20年後にどのような評価を受けているのか、というのは気になるかなぁ。
単純にさ、20作品以上見ないと本当の面白さがわからないとう3時間の映画を見るのって、本来は相当なコアなファンだけだと思うんだよ」
カエル「まあ、2時間の映画を20本休みなく見ても40時間はかかるわけだしね」
主「その意味では、本作を楽しむには敷居が高すぎるという懸念がある。
もちろん、この先もMCUが続いた場合においてどのような展開になるのかはわからないけれど、ライト層に向けられた作品と言えるのだろうか?
まず間違いなく、自分はブログを運営していなかったり、映画好きの知り合いがいなければ全部見なかった。
その辺りはこのユニバース構想の問題点であり、それを如実に表してしまったのがエンドゲームということになるのかな」
カエル「1年スパンなどの短期的な見方だけでなく、長期的にどのように受け止められるか注目したい、ということだね」
主「ただし、これだけグダグダ言っているけれど間違いなく2010年代を代表するシリーズであるし、映画史にも残る挑戦だったろう。
MCUが残した功績はとても多いし、他のユニバース構想が必ずしも成功したとは言えない中で、これだけのヒットを記録した要因を探ることは必ず検討されなければならない。
その意味においても、1つの集大成である本作の評価とその移り変わりについては引き続き注目する必要があるだろう」
以下ネタバレあり
作品に対する疑問点
正義の描き方問題
疑問点① ヒーロー映画としてこれでいいのか?
では、ここから先はネタバレありで語りますのでご注意ください
あまり直接的な表現は避けるようにするけれどね
カエル「まずは”ヒーロー映画としての疑問点”ということだけれど、これは一体どういうことなの? かっこいいヒーローたちが勢ぞろいだったじゃない?」
主「……自分はMCU作品でヒーローが”正義の味方である”という理由を見つけたことがほとんどないんだよなぁ……
アントマンが好きというのもそこが大きくて、アントマンはコメディ調ということもあるけれど、基本は娘が大好きで”正義とは何か?”ということを気にすることがない。だから気楽に見れて好きなんだよ」
カエル「正義のあり方については『シビルウォー』が最も突っ込んでいたのかな?」
主「シビルウォーはまだ議論ができてよかったけれど、エンドゲームは”アベンジャーズ=ヒーロー”という構図に頼っており、彼らの行いが正義であるいうことを示すことができなかったと考えている。
例えば……割と序盤でサノスに関してソーがある残虐な行いをするという衝撃的な展開がある。
すでに引退を決め込み、すっかりと戦意を喪失したサノスに対してあのような行いをするのが、正義の味方のあるべき姿なのだろうか?」
カエル「……そこはほら、でも作中でもソーも気にしているそぶりもあったし……」
主「あるいは、ある登場人物が失意のうちに暴走し悪党たちを懲らしめる描写がある。まるで『ブレードランナー』のような街並みが気になったところもありけれど、それはいいとしよう。
彼の行いは正義なのだろうか?
なぜ彼はあの後、後悔も謝罪も何もなく正義の味方面をすることができる上に、仲間たちも受け入れることができるのか?」
カエル「えっと、それは、ほら、悪の存在を打ち滅ぼしていたからであって……」
主「え、何、悪党ならばあのような過激な手段で懲らしめるのはOKな訳?
それが正義の味方ってわけ?
だとしたら彼らはその強大な力を持った単なるならず者、あるいはテロリスト集団ですよ。
自分の正義を示すことなく、正当な理由もないままに自らの価値観から悪と考えるものを懲らしめる行為に対して、自分は”正義”とは言わん。
あ、でもアメリカは言うのかもね。自分の価値観である民主主義や資本主義に反するような国や組織に対して戦争を仕掛けているしさ」
サノスの正義VSアベンジャーズの正義
なんでそんなに皮肉的なの?
今作ではアベンジャーズの正義が一切示されないからだよ
主「インフィニティ・ウォーにおいてサノスは宇宙の資源に対して人口過多が発生しており、将来的にも大きな問題があるから完全ランダムで生命を半分にしようという計画を行っている。これは確かに悪と言えるかもしれないけれど、口べらしだったり、あるいは島などの小さな単位では鹿などの害獣が草木を食べ過ぎてしまうために、また林業を守るためなどで個体の数量調整は人間が普段行っている行為と同じである。
つまり、サノスの思想は全体を生かすために普通に人間たちが行っていることに過ぎない」
カエル「……でも、それを人間を含む存在にやってしまうから問題なわけで……」
主「では、アベンジャーズの面々の大義名分は何なのか?
答えは”ない”
単純に半数に減らされた生命を救い出すために奮闘している。なるほど、それは確かに立派だけれど、サノスの正義と対立することもなるものの、サノスの問題意識に対して何ら答えを示すことができなかった。
つまり、サノスの正義に対して反対しているから戦う”だけ”であり理屈などはない。
また『キャプテンマーベル』にて『どんな苦境からも立ち上がる者がヒーローである』ということが語られていたし、自分もそこには納得もするけれど、サノスだってそれなら立派なヒーローじゃない?
あれだけ苦境に遭いながらも強靭な意志で立ち続けるんだよ?」
カエル「それがヒーロー映画としての問題点?」
主「そう。
結局、アベンジャーズシリーズはその多くの作品において”なぜ彼らが正義なのか? 強大な力を振るうことを許されているのか? その根拠はどこにあるのか?”ということを提示できたとは思えない。
ただ物語の設定上ヴィランだから対立し、ただヒーローだから正義として描かれているだけにしから見えなかったね
”正義”をヒーローが示す必要性がある理由
なぜそこまで正義を示すことにこだわるの?
誰だって世の中の戦争や紛争って”俺が正義だ!”って思いでやっているよ
カエル「でもさ、ヴィンラディンとかはテロリストじゃない」
主「でもテロリストには彼らなりの正義があった。
アメリカが”正義の味方の国”ではないことくらい、言わなくてもわかるよね? 今にも続く世界の混乱の原因はヨーロッパとアメリカの責任がとても大きい。
でも、ハリウッド映画は必ず”アメリカの正義、資本主義、民主主義の正義”を主張してくるよ。
そしてそのプロパガンダに日本は簡単にノってしまう。
価値観を同じくする同盟国だしね」
カエル「それって当然のことじゃない?」
主「だから暴力に対してはそれを執行する理由、正義が必要なんだ。
警察であれば『社会の治安を維持する機関』であるため。だけれど、だからこそ冤罪などはないように監視された状況におかれなければならない。これはアイアンマンの正義に近いのかな。
じゃあトランプ(アメリカ)の正義、習近平(中国)の正義、プーチン(ロシア)の正義、ヴィンラディン(タリバン)の正義、バグダディ(IS)の正義って全部違うし、それぞれの正義と大義面分がある」
カエル「え、でも国家とテロ組織を一緒にするのは……」
主「だからこの映画のヒーローは”テロ組織でないとどうして言えるのか?”って話だよ。
ハリウッドは自国の軍隊を悪く描くことは少ないよ。
むしろ、誇りに思っている。
でもその行いは本当に”正しい”と言えるのか?
戦前の日本だって軍隊を正しく正義の存在と思い、複雑な事情はあるけれど第二次世界大戦ではアジアの開放のための戦争という大義面分があり、自分の正義を主張し、国民もそれに熱狂した」
カエル「”正義の反対はまた別の正義だ”ってやつだね」
主「そもそも正しいとは何か? ということを問う必要があるし、自分たちの正義、大義面分を示し、それを支持するか判断する必要があると考える。
ただ”彼らは正義の味方だから正しいんだ!”ではアメリカ軍や中国の軍隊を盲目的に支持するのと変わらないんじゃないの? って話になる。
ましてや、ルッソ兄弟は『シビルウォー』や『インフィニティウォー』において、その正義の存在についてテーマにしていたじゃない!
”アイアンマンとキャプテンアメリカの正義の対立”
”サノスの正義とアベンジャーズの正義”
それをテーマにして、同一人物が監督をし、MCUを揺るがす大事件を描いたのに、その答えが示されないのは過去作に対しても不誠実であり、シリーズ映画としてどうなの? って思いも強いけれどね。
監督が違うとかならともかくさ」
その他の疑問点
疑問点② 物語の適当さ
続いては物語が適当だ、という話だけれど……
アベンジャーズの特性だよねぇ
カエル「3時間もあるから結構丁寧に描いていたとは思うけれどなぁ……」
主「大筋に対しては確かに丁寧だったと言えるかもしれない。
ただし、1部シーンがあまりにも適当だと驚愕した。
そのポイントは2つ。
ハルクの変化、そしてトニーとスティーブの和解だ」
カエル「あまりネタバレできませんが、ハルクはとても面白いことになっています」
主「あれって、それまでのハルクの物語を全ての結果となる、とても重要な変化だと思うんだよ。
だけれど、それはちょっとしたセリフで実験結果を説明して終わり。
なんかちょっとだけギャグ調になっていてさ……なにあれ? ハルクって一応メインキャラクターだし、あんな扱いで本当にいいの?」
カエル「全員を公平に出すことはできないから、しょうがない部分はあるんじゃないかなぁ」
主「それからトニーとスティーブの和解なんて、ずっとファンが待ち望んでいたものじゃない。
それをあんなにあっさりと描くものかね?
この2つのシーンに関してはそれだけで1つの映画が作られるくらいに大事なシーンだと思うけれど、それがここまであっさりと終わったことに驚愕だった。
この現象はインフィニティー・ウォーも同じで『スパイダーマン ホームカミング』でピーターがアベンジャーズ入りを断ったのに、あっさりとアベンジャーズ入りするじゃない。え、じゃあのラストはなんだったの? って。
もちろん、キャラクターも多いし長尺になるからテンポよく行くのはわかるけれど……これは物語の都合上適当に描いたと言わざるをえないと思うよ」
疑問点③ SF描写の問題
SF描写に関してです
もうなんでもありなんだね……
カエル「今回はタイムマシンなどの超技術が出てくるけれど、今までもそうだったけれどここまで来ると、ちょっとどうなんだろう? という思いはあるのかなぁ」
主「『ドクター・ストレンジ』の時に語ったけれど、魔法だと際限がなくなってしまってなんでもありになってしまう。特にストレンジは時間操作までできてしまう、チート性能なキャラクターだ。
ストレンジは前作でいなくなったけれど、今度は解決にタイムマシンが出てきて、それがファンには嬉しいことになるんだけれどさ……いや、そこまでいったらもうなんでもありじゃん」
カエル「何らかの制限は必要だったのかなぁ……」
主「『回数制限がありますよ』とか言っても、緊迫感はない。だってそれは急に出てきた設定だから、そんなの話の都合上でいくらでも改変できる。
ましてや、あのラストですよ。
確かに感動的なシーンですよ、でもさ、それまで何度も『過去を変えても未来には干渉できないし、変わらない』と連呼していたじゃない?
BTTFとは違うよって、言っていたじゃない。
なんであの人は最後にあそこにいた訳?」
カエル「……過去からずっと生きていたとしたら、あの世界にいるのはおかしいんだよねぇ。それはまた別の過去世界の未来にいるはずだからね」
主「じゃあ、マシンでこっそり帰ってきた?
いや、マシンで帰ってこないからあれだけ騒いだんじゃない?
何、このご都合主義。
あとは誰が亡くなったと言われたって、その命を生きらせようとしているし、ガントレットがあればまた生き返るんじゃないの? って疑問がずっと拭えなかった。
この辺りはもうドラゴンボールじゃん。
『死んだってまたドラゴンボールで生きらせればいい』とやっていることは変わらないんじゃないの?」
カエル「まあ、ドラゴンボールまでは万能ではないだろうけれど……」
主「物語における人の死は永遠の退場だから効果があるわけで、復活したら『魁! 男塾』や『キン肉マン』ですよ。
緊迫感がなくなる。
確かにある程度のルールはあったけれど、タイムマシンもあるんですよ?
世界を左右するガントレットもあるんですよ?
ここまでご都合主義の設定重視の物語だと、どうせどうにかなるんでしょ? って思いは拭えずに緊張感はなかったね」
疑問点④ ガントレット問題
これが一応疑問点としては最後の問題となります
あのラストのシーン、自分は一切上がらないんだよなぁ……
カエル「ガントレットをみんなでリレーをして守る、などはバトンをつなぐ、チームでの戦いという印象を強くするものじゃないの?」
主「……なんでガントレットを戦闘でも使っちゃったかなぁ」
カエル「それだけ強力な武器であるわけだから、当然使うでしょ?」
主「なんかさ、自分には結局アベンジャーズメンバーがやっていることはインフィニティー・ウォーにおけるサノスがやったことをそのままやり返しただけにしか思えんのよね。
ヴィランがとった手法をそのままやり返しただけって……まあ、別に手法自体に問題があったわけではないけれど、なんだかモヤモヤした。
ああ、結局同じやり方を選ぶんだなぁ……あれだけ困っていたのに、自分のためであればガントレットの力を使って敵を倒すのはアリという価値観なんだなぁって」
カエル「そのモヤモヤって?」
主「結局は”ガンドレットを手にした人間=勝利”の構図になってしまい、単なるお宝争奪戦になってしまった印象がある。自分が望んでいたのは……例えば
復活したブラックパンサーやスパイダーマン達がサノスと戦う
↓
サノスの圧倒的な強さで止まらず、アントマンなどのフェイズ2の面々も倒す
↓
立ちはだかるアイアンマン、キャプテンアメリカ、ソー、ハルクのフェイズ1の4人
↓
ボロボロになりながらもサノスがある程度は勝つ
↓
外装が壊れながらもあの名台詞を言いながらトニーが手のひらからビームを出す
↓
サノス敗北
これは完全に自分の好みだけれど、ボロボロになるまで最強のヴィランと最高の主人公が対決する、そしてヒーロー達のこれまでの能力や技術と団結力で勝利する、という展開だったら上がったかもしれない。
だけれど、今作は最後まで”最強のアイテム=ガントレット争奪戦”になってしまった。そこまであのガントレットには思い入れがないし、しかも前回のヒーローと同じようにサノスが消え去ってしまい、カタルシスが一切なかったんよねぇ」
カエル「あれがいいって人もいるだろうけれど……」
主「だって、あの終わらせ方ならアイアンマンである必要性はないじゃん。
それこそ、ガントレットをはめるのは誰でもよかったんじゃないの?
アイアンマンだからこその戦い方で最後は貫いて欲しかったなぁ……
あんなチートアイテムに頼ることなくさ」
褒めるポイント 親子関係
何か褒めるポイントはないの?
基本的に親子関係や家族関係を描いたのはよかった
カエル「サノスとガモーラたちも親子の関係ではあるけれど、それとまた違う形の親子関係や家族関係をいくつも描いていたよね」
主「強いて言えば、ヴィランの父親、あるいは家族像とヒーローの家族像の違いにより、愛などが彼らを支えているということが伝わってきたし、いい対比効果となっていた。
このあたりは深く愛した人はさらに染み入るだろうし、とてもいいポイントだったんじゃないかな?」
まとめ
では、この記事のまとめです
- 世間評では絶賛も、個人的は相性の悪さが露呈した作品に……
- キャラクタームービーとしてはいいものの、疑問があまりにも多い
- ご都合主義や超パワーが目立ちすぎてなんでもありな印象も……
- 家族描写を中心としたことなどは対比効果もあり◎
ファンが喜べばそれいいのではないでしょうか?
カエル「これでアベンジャーズは一区切りついたね。
この先の作品もすでに発表はされていますが、ルッソ兄弟は一度アメコミ映画からは離れるようです」
主「いつも通りのディズニーさんらしくポリコレ要素もあって、そこが目についたのもイマイチだったけれど……それに関しては今回はいいでしょう」
カエル「結局、うちとMCUの相性の悪さってなんだったの?」
主「簡単に言えば……うちは『HUGっとプリキュア!』を大絶賛したけれど、これからの時代は正義VS悪ではなく、悪にどれだけ寄り添うことができるのか? ということが試される時代になると考えている。
例えばイスラム過激派は確かに脅威でもある。だけれど、彼らやイスラム教徒を恐れて排斥するだけでは問題は解決しない。だからこそ、悪を許し、あるいはどのように救うのかが正義のあり方になるのではないだろうか?
その点、MCUは強大な力の使い方なども含めて、自分には正義と思うことができなかった……それが最大の問題と言えるだろう。
それから、一方的な正義を賞賛するのも自分には合わない。
結局、本作ははアメリカの旧来の正義を描いただけであり、悪を倒せば終わりという単純化した正義を描いただけでヒーローの映画としては目新しさを感じなかったのが最大の要因かな」
カエル「……う〜ん、求めるものが違うのかなぁ」
主「ファンが喜べばいいんです。
門外漢が語ることすら間違っているならば、それはそれでいい。
まあ、これでMCUを卒業してもいいのだろうな、と思うくらいには見切りがついたよ」