今回は『トリツカレ男』の感想記事です!
この記事を書いている頃はほぼ公開も終わって、かなり遅くなったなぁ

カエルくん(以下カエル)
今更? と思われるかもしれないけれど、どうしても語りたい映画だったんだね
主
もっと早く語っておきたかったという気持ちもあるくらい、年間ベスト級に面白い映画だった、と最初に語っておくよ
カエル「それでは、感想記事のスタートです!」
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ChatGPTによるこの記事のまとめ
○尖った雪や線画背景など、実写では不可能な表現を積極的に活用し、アニメならではの快楽性を最大化し、高橋渉監督が持つ演出力と作家性が、多層的な映像表現と丁寧な物語運びに結実。
○風変わりな恋物語として軽快に観られる一方、実際はマイノリティの人物同士の出会いを扱う重厚なドラマ。映像、音楽、キャラ造形が調和し、多層的な魅力を放つ意欲作となった。
ファミリーにも受け入れられやすく、しっかりと社会的なテーマを扱いながら、エンタメに徹しているように感じているよ
感想
それでは、感想からのスタートです!
個人的には年間ベストに推したい映画だね
カエル「何がそこまで大きくハマったの?」
主「物語、映像、音楽など、多くの点で個性が溢れているし、とても素晴らしい映画に仕上がっていた。
この映画を観に行く人は、アニメ映画ファンと声優を務めている役者のファンが多い印象だけれど、自分はアニメ映画ファンなので、その映像表現を楽しみにしていったけれど……これが大きく刺さったというのが、今作を語る上ではとても重要だね」
多くの人に愛されるような映画に仕上がっていたのではないか? ってことかな
ファミリーにも受け入れられやすく、しっかりと社会的なテーマを扱いながら、エンタメに徹しているように感じているよ
高橋渉監督について
まずは、うちが注目していた高橋渉監督についてご紹介と一緒に語っておきましょう
一般の観客には知られていないかもしれないけれど、個人的には大注目の実力がある監督だと思っているかな
カエル「高橋監督は今作も制作を担当したシンエイ動画に制作進行として入社し、そこからシンエイ動画でずっと活躍してきた方です。
特にクレヨンしんちゃんシリーズにずっと関わってきており『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』や『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』など、多くの評価の高いクレしん映画を手がけています」
誤解を恐れずに言えば、近年の傑作クレしん映画の多くは高橋渉監督作品という認識すらあるね
カエル「シンエイ動画一本でずっとやってきたこともあって、スタジオを代表するクリエイターの一人という認識だよね」
主「高橋監督のクレしん映画は、本当に素晴らしくてコメディとしても社会性の捉え方もバランスよく、極めて褒める箇所が多い映画ばかりだった。
過去記事でも書いているけれど、しんちゃん映画らしさを失わず、それでいながら単体としても楽しめる映画になっている。しかも深く考えると『おや?』と思うような、社会性も兼ね備えていたんだよ。
じゃあ、クレしん映画以外では何ができるのか?という疑問があったのだけれど……今回はその期待を大きく超えてきて、全く舐めていたつもりはないのに、あまりの素晴らしさに驚いてしまったよ」
シンエイ動画らしい映像表現
その素晴らしいというポイントをネタバレなしで話すとどこなの?
まずは映像演出とキャラクターデザインにも出ているよ

カエル「一部ではこのキャラクターデザインが苦手……という意見もあるようだけれど、うちでは大絶賛ですね」
主「近年は確かにリアル路線の、いかにも日本のアニメらしいキャラクターデザインが好まれる傾向にあるのは事実だろう。それはそれで問題がないのだけれど……でも、本来のシンエイ動画のキャラクターデザインというのは、むしろ直線的でカクカクしていて、抽象的な背景で描かれた画面で構築されているものだと認識している。
それは初期のクレしん映画を見ても分かるように、かなり攻めたルックのアニメが多かった」
だけれど、最近はそのクレしんも比較的リアルめに描かれていることが多いかな?
そういったシンエイ動画らしい映像表現の場というのが、かなり減っているような印象を受ける
カエル「もちろん、すべてのシンエイ動画のアニメを見ているわけではないのであるのかもしれませんが、うちは認識できていないってことだね」
主「リアルなアニメーション表現は、それはそれで面白いものがある。だけれどシンエイ動画の持つ映像表現が効いた、デフォルメされたアニメーション表現もまた、決して無くしてはいけないものなんだ。
今回の企画はその映像表現を全面に繰り出しており、それがアニメーションの快楽性を強めている。
全体的にアニメーションそのものも高品質、そしてそれをどのように見せるのかをレイアウトから動きを含めた作画表現、エフェクト表現に至るまで褒める箇所しかない、というほどにとてもいい映画に仕上がっているね」
具体的にはどのようなポイント?
1つ抜き出すと雪の表現だね

主「雪はリアル目、あるいは通常のアニメ表現だとフワフワとした丸くて白いものが降ってくるという表現にするだろう。だけれど今作では尖った雪の表現にしている。
これによって反射する雪がまるで鏡のようにも見えてくるという表現になっている。つまり煌びやかさが増していて、さらに雪の持つ冷たさが鋭利な刃物のように……突き刺さるような冷たさも感じさせる。
これは実写などの映像ではできない表現だよね」

このシーンも結構象徴的なのかな?
主「おそらく、今のアニメ表現では背景を緻密に描いて、そこに色付けして……というふうに描くだろう。だけれど、今作はあえて背景を線だけで表現し、個別に色をつけない。
その代わり全体に柔らかく色付けして、寒色で温度による空気の寒さを、一方で暖色で心情表現の暖かさを表現しているわけだ。
このような表現が随所に見受けられ、あまりにも素晴らしい映像表現の数々となっているね」
ミュージカル描写について
それじゃ、ミュージカル描写についてはどうだった?
ここも素晴らしかったよ!
カエル「あんまり数は見ないけれど、なんだかんだで音楽映画やミュージカル映画は好きな傾向があることも、もしかしたら良い評価につながっているかもしれないね」
主「基本的にミュージカルというのは心情の表現をする場なんだよね。
だから物語そのものは停滞するんだけれど、キャラクターの心情が伝わってくるような表現となっている。さらに単純に面白いから、エンタメ性の確保にもつながっていて、広く知られる余地がある映画になっているんじゃないかな?」
それじゃ、そのまま声優陣について語ろうか
ここは少しだけ、意見が割れるとこになるかもしれない
カエル「あれ? あんまり上手くなかったの?」
主「声優の上手いとは何か? という問題に行き着くかもしれない。
もちろん、ミュージカル経験があることもあって歌唱パートも上手かった。声優として高評価を浴びるのも分かる。
だけれど同時に……キャラクターになっていたか?というと、それは評価が割れるところだろう。
これは芸能人、特にアイドルやスターに多いけれど、基本的に舞台とか実写を想定して自分の身体を含めて見てもらう前提の演技なんだよね。よく『キムタクは何をやってもキムタク』というけれど、そういうことなんだよ。
それでいうと、今作はジュゼッペになっていたか? というのが意見が割れるところかな」
声や歌が上手いだけじゃダメってこと?
ここはもう、何を観にきたか? ということで意見が割れるかもしれない
主「自分に言わせてもらえば、佐野晶哉も上白石萌歌も歌唱がうまかったけれど当人であって、キャラクターではなかった。でもこの映画で佐野晶哉や上白石萌歌を観にきた人にとっては、満足度が高いのは当然だろう。求めていたものが出てきたからね。
ここが声優という仕事の特殊なところで、求められるのは声優本人ではなくて、キャラクターなんだよ。まあ、今は声優が前に出ることが多くなったけれどさ。
その意味では……声優とVTuberの違いに近い。すでに確立しているキャラクターに声を充てるのが声優で、そのキャラクターを生み出していくのがVTuber。
それでいうと、今作はキャラクターにはなりきれていないかったという判断もできる。
ただし、まだ年齢が若いから、これで十分すぎると自分は思うかな」
結構厳しく言うのね
でも、基本的には褒めの演技だよ
主「あとは今作で芸能人声優が良かったのはミュージカルだから、と言うことがある。
基本的には語りの場面でも、リズミカルに歌っているんだよね。
声の演技には色々あるけれど、今作の芸能人声優はずっと歌っているから、リズムがしっかりと取れていて気になりにくい。あとは……キャラクターの設定と声が合致していた。
この”語り”と”歌っている”の差は、今作で言えば森川智之とか平田広明の演技と比較するとわかりやすい。
この人たちは”語り”で涙を誘い、佐野晶哉や上白石萌歌は”歌い”で笑顔を誘う。そこが本質的な演技の差になっている」
ただし、これは良い悪いではないし、繰り返すけれど年齢を考えたら、とても良い演技であり、制作側もきっちりと考えた配役だったと高く評価するよ
以下ネタバレあり
物語について
今作と比較する映画など
では、ここからはネタバレありで語っていきます
今回、比較作品として引用するのはチャップリンの名画『街の灯』だ
もう100年くらい前の映画だけれど、言わずとしれた映画史に残る名作だね
基本的な物語の構造は、ほぼ同一といっても過言ではない
カエル「貧しい少女に対して、同じような境遇の男性が手を差し伸べるという部分とか?」
主「それもそうなんだけれど……実は『トリツカレ男』の物語が抱える、隠れた社会性の部分が、ほぼ同一なんだよ。
今作は2つのマイノリティが混在している物語になるんだ」
現代では伝えるのが難しい描写?
2つのマイノリティ?
それは”軽度の知的障害”と”移民”だよね
カエル「う〜ん……言葉に気をつけないといけない部分になってきたね」
主「また話が飛ぶけれど、現代では落語が通じずらい時代になったとも感じるんだよ。
落語の中には与太郎というおとぼけキャラクターがいて、そいつも騒動を巻き起こすんだけれど、客は『与太郎はバカだなぁ』と思いながら笑うことができる。だけれど現代では与太郎は明らかに軽度の知的障害を抱えている存在として認識されやすい。
そうなると、途端に笑えなくなるというのが、落語の構造的に難しいところ」
カエル「社会的に理解が進むほど、それらを福祉に繋げないといけないという意識が強くなるんだね」
主「それ自体はとても良いことだけれど、同時に物語としてはやりづらい。
例えばチャップリンが演じている浮浪紳士も、低所得者で少し抜けた存在として描かれている。現代ではおそらく、軽度の知的障害、あるいは発達障害や、それに似た類の精神疾患を抱えていると判定されるかもしれない。
そうなると、途端に一般大衆のアイコンとして愛されたチャップリンの浮浪紳士が、途端に笑えなくなってしまうという構造は同じなんだ」
なんとなく差別とか、あるいは配慮とかが入ってくるんだね……
それが今作の構造と似ている
主「自分に言わせてもらえばやっぱりジュゼッペはチャップリンの浮浪紳士や与太郎と同じような、社会に普通に存在しているし、診断もされていないけれど、何らかの問題を抱えている人だろう。
だけれど町の人がそれを受けれ入れているし、理解者もいるし、本人も気にしていないからそれで良いじゃんってのが自分の意見かな」
マイノリティだからこの縁
ふむふむ……そうなると、ペチカは移民であることがダイレクトに描かれているよね
そもそも、言葉も通じない存在だったわけだよね
カエル「今作においては風船を売ることで生計を立てているけれど……」
主「あれこそ、まさに『街の灯』のヒロインである花売りの女性と同じで、視覚障害者だからこそ普通の仕事にありつけない困窮した低所得者となっている。
そしてペチカは移民だから仕事が限られてしまう。
自分は『街の灯』の花売りの女性は娼婦のメタファーだと語っているけれど、ペチカもその一歩手前の存在。キャバレーに行くとか、すごくコミカルに描かれているけれど、そういう売買春の現場に行かないと生活できないという、苦境の中にある人……つまりマイノリティであることを、この映画は描いている。」
そう考えると、めちゃくちゃ重い話なんだね……
でも、だからこそこの2つのマイノリティの縁が繋がるんだよね
主「町という多数派が該当するコミュニティがあって、そこからジュゼッペは半分はみ出している人。
そして移民であるペチカは、言葉も、あるいは文化も異なるだろうから半分はみ出している存在。
そういったマイノリティ同士だからこそ、この2人は繋がり合うことができるわけだ。
そこで町のコミュニティに属している同士であれば、そこにマイノリティであるお互いに気がつくことはないかもしれない。だけれどマイノリティ同士だからこそ、2人はその存在に気がつくことができるんだよね」
ネズミのシエロ
もう一匹? の重要キャラクター、シエロに関してはどうなの?
彼のキャラクター設定が相当に上手い!
主「ネズミのシエロは、実は価値観そのものはこの映画における多数派の、つまり一般大衆側なんだよ。だから『ジュゼッペはどうかしているぜ』みたいなことも言うんだけれど、これは観客の代弁者であると同時に、マイノリティ同士である二人のキャラクターを動かすために仲介するキャラクターとなる」
カエル「だけれど、ネズミであるからこそ、それが過干渉にならないと」
主「そうだね。
これが人間だったら、何でもできるから物語が終わってしまう。だってその人物が動けば、何でもできてしまうから。
だけれどネズミという物理的な障壁があり、言葉が通じないことで制限を与えることで、能動的に二人が動き出さないといけない状況を作り上げている。
ここが本当に上手い映画だよね」
アイテムの使い方
そしてもう一点褒めたいのがアイテムの使い方、という話だけれど……
これもまた素晴らしかった!
カエル「やっぱり、象徴的なのが”ブレーキが壊れた自転車”なのかな」
主「そもそも自転車というのはその爽快感や、坂道を下るという映像の迫力も含めて映画的な快感に溢れたアイテムでもあるよね。
同時にペチカが普段から引いているというのが彼女のキャラクター性を……つまり本当はブレーキもなく駆け出したいという性格を説明している。
そして後半のあるシーンではそれを活かすんだけれど、そこの映像的な迫力と同時に、キャラクターの感情が一気に乗ってきて、まさに素晴らしい快感を運ぶわけだ」
ふむふむ……そうなると、かなりよく練られたお話なんだね
実は、めちゃめちゃ攻めている話でもあるんだよ
主「ぱっと見は風変わりな男性と女性の、風変わりな恋愛映画をミュージカル調に楽しく見せるって映画。
だけれどその中身を紐解くと、軽度の障害か問題を抱えていそうな男性と移民の女性というマイノリティ同士の恋愛劇。だからこの映画に違和感を抱くのも、それはそれで現代社会の感覚としては正しいと言えば正しい。
でも自分としては……その狂気じみた暴走も含めて、素晴らしい映画だったと評価したいね。
そしてそれをコントロールして、挑戦と野心と心意気に溢れた映画を作った高橋渉監督は、やはり今の日本アニメにおいて重要なキーパーソンであることを再認識したよ」
素晴らしい映画でした

