今回はディズニー映画の往年の名作『メリー・ポピンズ』の新作のお話です!
50年前の作品が現代でリメイクされるというのも不思議な気分だな
カエルくん(以下カエル)
「ちなみに、今回は吹き替え版で鑑賞しました!」
主
「吹き替え自体は特に問題もなく、とても楽しめるものだったな」
カエル「ディズニーは吹き替え声優もちゃんとした人を選ぶし、違和感がある人は少ない印象があるかな?
このあたりが人気の高さの理由の1つかもね」
主「今作も平原綾香をはじめとして、ミュージカルなどで歌唱力に定評のあるキャストなので、そちらも見所でしょう。
というわけで早速記事を始めますが……世間評価とはまったく違う感想になりそうなので、そこはご注意ください」
カエル「……本当、うちはディズニーとの相性が最悪だよねぇ」
感想
それでは、Twitterの短評からスタートです!
#メリーポピンズリターンズ
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2019年2月2日
ミュージカル描写や楽曲は良いもののダレてしまい途中から飽きた部分も
確かに豪華絢爛ではあるが…
ストーリー性があまりにも最悪すぎてヘドが出るほど
近年のディズニー映画でも輪をかけて酷い!
愛が大事? 金が大事の間違いでしょ? pic.twitter.com/dMYb8gve7N
世間評価は決して悪くないでしょうが、自分はかなり苦手な作品かなぁ
カエル「やはりここでも天敵ディズニーとの相性の悪さが露呈した形となるのかな。
でもさ、そこまで評判は悪くないし、あくまでもディズニー基準で考えるとってことだよね?」
主「それはあるかも。
自分はいつもディズニー映画に対して文句を言っていて、文句なしに褒めたのは『ズートピア』くらいしかないような人間ではあるけれど、でも物語制作集団としては世界一の実力を誇っていると考えている。
それだけレベルが高い表現が多く見られているし、ディズニー映画として普通ということは、一般的な映画と比べると良作という評価になる」
カエル「うますぎるし、それだけのハードルを設定しても越えられるだけの力があるという期待値もあるから、いつも厳しいことを言ってしまう面もあるわけだね。
何というか……ツンデレ?」
主「いや、多分デレたことは1度もないはず。
今作も映画としての見どころであったり、技術に関しては抜群にうまい。
特にメリーポピンズはミュージカル映画であるけれど、音楽とダンスの融合などは見所ばかりの作品だ。
もちろん劇場なので正確には測っていないけれど、約130分の上映時間中、90分くらいは踊っていたと思うくらいに、ミュージカルシーンが多かった」
カエル「しかも予告でもあるし、前作でも驚愕だったアニメーションと実写の融合などもしっかりと違和感なく面白かったしね」
主「例えばアニメーションのキャラクターと実写の人間が帽子を交換するシーンがある。
すると、実写の人間がアニメーションの帽子をかぶり、アニメーションのキャラクターが実写の帽子をかぶるけれど、このあたりの描き方も見事という他なかった。
その点において文句はあまりないし、長くは感じたけれど、でも評価されるのもわかる作品に仕上がっている」
アニメーションのレベルの高さ
まずは褒める部分として間違いなくあるのが、久々に見たディズニーの手書き風アニメの力だよね
あれは痺れた! 近年のCGも実力があるけれど、あのアニメーションでまた長編新作を観たいと心から願うよ
カエル「予算などの様々な問題もあってCGアニメーションに移行していき、今では作るのをやめてしまった2Dや手書きのアニメーションだけれど、そのレベルの高さはいまだに健在であることを証明した形です!」
主「前作が1960年代の作品だから、アニメーション自体も若干のレトロな雰囲気が漂っているけれど、それがまた味となっていてさ。
近年はCGで背景や特殊効果などを作る実写洋画も多いけれど、やっていることは2Dとの違いがあるとはいえ、同じことだと言えるかもしれない。
しかし、現実にある(ありそう)世界観を作るのではなく、あえて現実感を損なう作りだからこそ、このファンタジーな物語がさらに生きるね」
カエル「あのミュージカルシーンは何度も見たいなぁ……前作でもそうだけれど、やっぱり2Dのディズニーの動きの緻密さにも驚くし」
主「そう考えるとさ、この作品のフルアニメーションの力ってとてつもない。
人間が滑らかに動くことに対して、アニメーションはどうしてもカクカクしたものや省略が入ってしまいがちだ。
それでなくても、動きが人間に比べると不自然になるものだ。
だけれど、今作には違和感が一切ない!
そのアニメーションの技術の高さに脱帽です。
もちろん、それに合わせた衣装や美術、演出もいいよ」
ミュージカルの弊害
ここまで褒めていて、何でそんなに文句が多いの?
……ミュージカルシーンの弊害がでた形かな
カエル「ミュージカルシーンの弊害?」
主「ミュージカルシーンってとても映画的で、好きな人も多いけれど物語としては停滞するポイントなわけ。
これはネタバレにはならないと思うけれど、本作でも何度も何度もミュージカルシーンがある。
だけれど、その多くは普通に描写すると1分もかからないであろう描写なんだよ」
カエル「例えば色々な人に手伝ってもらいながら家に帰る描写とか、お風呂に入るシーンとか、物を直してもらうシーンとかだね」
主「それらはミュージカルシーンだからこそ5分や10分かけて、歌って踊って楽しく描いている。でも物語としてはほとんど進展しない。普通の物語ならば踊る必要性なんて皆無なんだよ。
もちろん”ミュージカルシーンなんていらない!”という元も子もない批判をするつもりはないよ。自分もミュージカルは大好きだし。
だけれど、本作はその弊害として……”長い割には何のまとまりのない物語”となってしまった印象がある」
カエル「つまり、ミュージカルシーンが多すぎるってこと?」
主「そうかもね。
結構シンプルなお話なんだけれど、それを強引にまとめすぎて後半が破綻してしまった。
しかも過去作に目配せをしすぎているきらいもあり、ただでさえ少ない物語を紡ぐはずの尺が制限されてしまい、ディズニーの脚本とは思えないほど後半は力技でカバーしている。
その結果、この映画はかなり歪な作品となってしまった印象かなぁ」
メリー・ポピンズ自身のキャラクター像について
もしかしたら、これが1番大きな合わなかった理由かもね
単純にメリーポピンズのキャラクター性が嫌いなんだろうね
カエル「えー? でもさ、エメリー・ブラントが魅力的に演じていたじゃない」
主「実は前作を見たときもメリー・ポピンズのキャラクター性には全く惹かれなかった。
むしろ、彼女が悪役かと思うくらいで、なぜ人気キャラクターなのかはわからないほどなんだよなぁ」
カエル「う~ん……何でもできるし、助けてくれる心優しい魔法使いみたいなものじゃない。夢と希望に溢れた、ディズニーらしいキャラクターで……」
主「単純に仏頂面のおばさんに見えてしょうがないんだろう。
この手の家庭教師やベビーシッター(ナニー)の役割というのは、そこまで好意的に描かれないことも多い。例えば『アルプスの少女 ハイジ』におけるクララの家政婦であるロッテンマイヤーなどがそうだろう。現代でも『ハイスコアガール』のヒロイン、大野晶の教育係である業田などのように、とっつきにくくて頭が硬いイメージがある。
メリー・ポピンズ自体も一見するとそのような厳格にも見えるキャラクター像であり、自分には全く相入れることができない。
不思議な魔法やイマジネーションの力があるとはいえ、あの性格の家政婦を好きになることはできない」
カエル「……ということは、エメリー・ブラントは関係ないの?」
主「ほぼないね。
今作でも基本的には仏頂面ながら、一部シーンではニコリと笑うわけだ。そこはとてもいい。だからこそ、普段の仏頂面が気になってしまった」
カエル「……『笑えばいいと思うよ』ってところですか」
以下ネタバレあり
作品批判
脚本の作り方の歪さ
それでは、ここからはネタバレありで語っていきます
と言っても、ここから先は作品批判が中心となるな
カエル「とは言っても批判のほとんどは物語(脚本構成)のお話です」
主「本作って至極単純なお話であるにも関わらず、かなり歪な構成となっている。
もちろん主人公はメリー・ポピンズではあるけれど、彼女は初めから完成された存在であり、悩みや葛藤を抱えて成長する余地がない。かと言って、彼女が無双する物語というわけでもなく、誰か他の人物を成長させるタイプの主人公である」
カエル「えっと……似たようなタイプで言うと『ドラえもん』になるのかなぁ。ドラえもん自体は完成した人格者というわけではないけれど、のび太君を成長させるための存在という意味では同じだよね?」
主「ドラえもんの場合は道具の力を使うという意味では、確かに似たような存在かも。もっとも、未熟な分だけ親近感を抱きやすいキャラクターだけれど。
そして本作に話を戻すと、成長するキャラクターは誰になるのか?」
カエル「えっと……子供達?」
主「いや、子供達は違うんだよ。
何故ならば、この物語で子供達が解決しなければいけない問題はほとんど発生していない。
今作の障害、あるいは物語の最後の目的は『家を守る』ことにあるんだ。そしてその手段として株券を探すことになるけれど、家の差し押さえを阻止することは子供達ではどうしようも無い事態である」
カエル「となると、お父さんであるマイケル?」
主「だけれど、マイケルはこの子供達の言葉を信じない、前作のお父さんと同じような物語の障害となる。つまり”成長するキャラクター=子供達の障害”となり、かなり歪なわけだ。
しかも、作中でマイケルが行う株券探しにメリー・ポピンズはほぼ手を貸さない!
さらに言えば、ほとんど魔法の存在を信じないし、彼自身は中盤まで見せ場は多いとは言えない。
これが歪な物語の構造の原因になってしまう」
無駄なシーンだらけ
その歪な物語って何?
多くのミュージカルシーンがこの物語には直接的には不要なんだよ
カエル「えー? そしたらこの映画の魅力がなくなるじゃない?」
主「だけれど、この物語の目的は”家を守ること=株券を探すこと”なんだよ。
そして、その流れに子供達はほとんど絡んでこない。
最初のマイケルの妻を思うミュージカルはもちろん意義があるけれど、お風呂から海に入るミュージカルに、物語の展開に何らかの意味があるのか?
骨董品の中に入るシーンは敵の存在の示唆以外に何の意味があるの?
骨董品を直しに行ったり、帰り道で迷うミュージカルには物語に何の意味があるの?」
カエル「映画としては楽しい見せ場だし”想像力こそが大事”というテーマを見せるのにいい場面だと思うけれどね」
主「それは自分も同意はするけれど、これらのシーンをほぼカットしても物語としては通じるんだよ。
さらに言えば本作の子供達は最初から(ほぼ)完成されている。
悪ガキでもなければいじめっ子でもない、ある程度の分別のある子供たちなわけだ。
だから成長する余地も少ないし、その必要も無い。
そのせいもあるのか、ラスト付近は出番がさらに減ってしまう」
必要のない悪役
それまで挙げたことよりも、ここが1番の不満になるのかなぁ
ディズニーの作劇の限界かもしれないね
主「今作はさ、悪役なんて必要無いじゃん。
なんでミスター・ウィルキンズが悪役にならなてはいけないのよ?」
カエル「えっと……なんでと言われてもなぁ」
主「ウィルキンズのキャラクター性が一切理解できない。
あの家が欲しい、もっと儲けたいというのは動機としてわかるんだけれど、それならば深夜0時になるまで会長室に待ち続ける必要が無いよ。
連絡が取れなくなれば、もう差し押えるしか無いわけだし。
『約束は守る男だ』って、そもそも株券の記録を破り捨てているほどの悪党なんだから、もっと色々悪どいことをやる存在でもあるでしょ?
結局彼はディズニーの勧善懲悪の作劇と、白人贔屓の批判を回避するために用意された黒人弁護士のかっこいい姿を印象付けるために、無理やり作られた悪役にしか思えなかった。
そのあたりは、いつもの政治的なメッセージを込めるディズニーらしい描写でもあるんですが」
カエル「じゃあ、どういう人だったら納得したの?」
主「例えば”規律や規則に厳しい人”だったら?
『君は従業員だし救いたいが、この大恐慌時代で君だけを特別扱いはできない。契約の通り、差し押さえを執行する必要がある』と理詰めで来るタイプでいいじゃない。
それでもこの物語は成立するよ」
終盤の描き方の不満点
そうなると、終盤も大きく変化するよね?
まず、あの終盤の不満点について語っていこう
カエル「とりあえず終盤の展開で色々あったのちに、最後は思わぬ助っ人が現れて助けてくれるという展開になっています」
主「あのラストの展開は本当に最悪。
結局、マイケルたちは何もしていないじゃない。
株券を見つけて、走って駆けつけるまではいいよ。だけれど、その後で社長よりももっと偉い人が現れて鶴の一言で全てがひっくり返っている。
そして懸念の借金問題も『預けてくれたお金を元に投資をしたら増えているから大丈夫だよ』って、何ですかそれ?
そんなの、ご都合主義ですらない。
単なる辻褄合わせでしかないよ」
カエル「一応あの2ペンスは前作から続くお話ではあるんですが……」
主「前作から続いていたら何でもいいわけ?
結局、意地悪な権力者のさらに上位の権力者が『おいおい、いい加減にしろよ』って言って、ご都合的に増やしてくれたお金で万事解決でしょ?
ということは、この映画は『権力とお金があれば全部解決!』ってメッセージになっているんじゃないですか?
愛が大事とか、どの口で言えるんだよって話」
終盤の描き方の提案
じゃあさ、文句ばかり言ってないでどんな展開だったら許せたわけ?
いくらでも対案は出てくるよ
主「例えば、最初に挙げたようにウィルキンズが”規律や規則に厳しい人”だとする。
すると、以下のような展開ができる」
約束通り規則である0時まで会長室で待るウィルキンズ
↓
警備員などがいつも通りに鍵を閉めてしまう
↓
時計塔を巻き戻して、なんとか時間ぎりぎりで間に合うも扉が開かない
↓
黒人弁護士の機転で鍵を開けてもらう
↓
株券を発見も、サインがなくて”規則だからこれは認められない”とウィルキンズが話す
カエル「……あんまり大きく変わっていないのかな?」
主「問題はこの後だ。
今作であの壺を直すシーンは全くの意味がない。
この辺りをうまく使ったりしてみよう」
前頭取登場、子供達も会長室に到着
↓
預けていた2ペンスが利子などで増えていることを告げるも、借金のお金には足りない
↓
ここで魔法で修理された壺が子供達の手に戻る
↓
その壺を気に入った頭取がそれを担保にお金を貸す提案も、まだ家を取り戻すには足りない
カエル「あ、ここで壺が出てきた」
主「『物の価値は人によって変わる』という言葉を使えば、頭取にはすごく魅力的な壺に見えたということもできる。何ならば、マイケルの本職である画家の力を使って、さらに豪華に描かれた壺にしてもいい。
この作品では壺と、マイケルの画家設定は意味のないものになっているからここで回収する」
カエル「でも、家を買うにはまだ足りないんだよね?」
主「そこで助けてくれた人たちが窓の外に集合する。
それまでの真面目な勤務態度と、これだけ多くの人を動かす人望(信用)を最大の担保として、お金を貸りて家を買い戻すなり、新しい家を買うなりしてハッピーエンド」
カエル「それで何が変わるの?」
主「3つの意味が加わるんだよ。
- 父の残してくれた2ペンスから増えたお金
- 子供達が必死になって直してくれた壺
- マイケルの人望とそれまでの努力
この3つが揃うことで、家や家族を取り戻すことができる。
こうすると3世代の思いを超えた物語にもなるし、さらに言えば壺のくだりや、それまでたくさん描かれた魅力的な登場人物達もみんな生きてくる。
家族の愛、父の愛、隣人愛、さらに言えばメリー・ポピンズが子供達のためにやってくれたことが全て意味を持つ。
1時間くらいで組んだ適当な素人考えではあるけれど、こんな流れでさ、わざわざ悪役を作ったり、無理やりな展開にする必要なんて皆無だと思うけれどね」
ラストのありえない描写
本作にこれほど文句が出てしまった理由はどこにあるの?
ラスト付近で、ありえないシーンがあったからだよ
カエル「みんなが楽しげに風船を選んでいる中で、ウィルキンズさんの風船だけは沈んでしまい『あれ、おかしいわね』みたいなことを言われるシーンだね」
主「あのシーンで全てが台無しになった。
子供心が大事?
みんな童心に帰ろう?
そんなメッセージなんてないじゃん。
この映画が示したメッセージは『一度失敗した人間は、どんなに望んだところで他の人たちみたいな幸せな瞬間は訪れないし、童心に帰ることは許されない』という悪党を完全に成敗し、断罪するものだよ」
カエル「……それはうがち過ぎなんじゃない?」
主「いつも語るけれど、自分は正義の味方よりも悪党の方に惹かれる。悪党が悪に走らざるをえなくなった理由とか、悪の矜持を持ってことを為す様などが好き。
近年のディズニー映画だと……アベンジャーズ関連だけれど『ブラックパンサー』のキルモンガーとか、あるいはサノスなんていい味をしていたじゃない。魅力的な悪党はそれだけで物語をより惹きつけるものになる。
だけれど、今作のウィルキンズさんは全く魅力はない上に、最後の最後まで矜持もなく、救いもないただ断罪されておしまい。
ああ、ディズニーは過ちは絶対に許さない企業なんだな、というのがよくわかったよ」
カエル「何もそこまで言わなくても……」
主「実際、ディズニーの動きってそう言わざるをえない部分もあるんじゃないの?
最後はハッピーエンドで喜んでいる人たちを描いているけれど、結局は映画の中の善人として描かれている面々だからそうなっているだけなんだよ。
物語の都合だけ。
確かに演出力はすごい、ミュージカルも見事。
それで満足して、多幸感を得る人が多いのも納得する。
でも自分は一切ダメ。
これだけ想像力のない、適当に人を断罪するラストの流れを見て、褒めることはありえません」
カエル「ひねくれ者の意見です」
まとめ
では、この記事のまとめです……
- ミュージカルシーンやアニメーションが見事!
- ただし無駄の多すぎる物語展開には疑問が多い
- 終盤の展開はご都合主義を通り越している!
確かに映画としてはいい出来だろうけれどね
カエル「う〜ん……ここまで手厳しくなる作品とも思えないんだけれどね。
実際、好評価も多いしさ」
主「そこがディズニーマジックなんですよ。
この辺りは宮崎駿なんかもそうだけれど、ディズニーなどはとてつもなく高い演出能力の影響もあって、脚本の粗とかは全く気にならないようになっている。もちろん、ディズニーの脚本はレベルが高いという思いもあるかもしれない。
でも、今作の終盤の展開に代表されるような描写が自分は全く合わないので……そこが残念です」
カエル「ちなみに、好きな歌はどれ?」
主「これもボロクソ言った理由の1つだけれど、音楽的に好きな歌が一切ないんだよねぇ……アニメーションが素晴らしいとか、ダンスがいいとかはあるけれど、サントラで聞きたい! と思うほどの曲が自分はなかった。
まあ、ここも好みだろうけれど……中盤以降飽きてきたのもあるなぁ……物語としての刺激がないし、ずっとキラキラしているから山や谷が作れていない印象もあったし」
カエル「……本当にディズニーは天敵だね」