なかなか評判がいい作品だよね
山田孝之がプロデュースということで、話題性が先行している印象もあるけれどね
カエルくん(以下カエル)
「でもさ、近年は芸能人が主要スタッフを務めた作品でも骨太な作品だってあるじゃない。
特に山田孝之は独特の感性がある人だけれど、こと演技や物語への情熱に関しては間違いない信頼の置ける役者さんだし」
主
「売れるためには大事なことかもね。
話題先行だとしても、60館という規模で上映してくれるならば、ありがたいお話です」
カエル「それでは記事を始めますが、今回も長いですので心してください。
だけれど、長いだけの価値はある記事だと思います!」
主「やっぱり好きな作品を語るときは楽しいなぁ。
というわけで、記事のスタートです!」
(C)「デイアンドナイト」製作委員会
作品紹介
俳優として活躍する山田孝之がプロデュースに専念したことが話題のサスペンスドラま作品。山田と同じ事務所に所属する阿部進之介が企画・原案から携わり、主人公明石役として長編映画にも初主演を果たした。
監督は『青の帰り道』などでも評価される32歳と若手の藤井道人。また小寺和久、山田孝之と連名で脚本も務める。
ヒロインである大野奈々役には清原果耶を起用し、影のある複雑な少女を熱演する。また物語の重要な鍵を握る北村役に安藤政信、明石と対立する三宅役の田中哲史のほか小西真奈美、室井滋、佐津川愛美などが脇を固める。
あらすじ
明石幸次(阿部進之介)は父の自殺の一報を受け実家へと戻ってきた。父の死の原因となったのは、故郷の町を支える大企業の不正を内部告発した結果であり、実はその告発は虚偽だったことがマスコミに発表されていた。
父の死に違和感を抱いた明石は、父の経営していた工場へと出向くと、北村(安藤政信)と知り合う。
北村は児童養護施設を運営しており、家族に捨てられた子供たちの面倒を見ていた。その中には高校生の少女、大野奈々(清原果耶)もいた。
父の死の真相を探るうちに、北村と父がどのようなことをしていたの知ることになる……
感想
それでは、Twitterの短評からスタートです
#デイアンドナイト
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2019年2月3日
山田孝之プロデュースの話題が先行している感もあるが紛れも無い傑作映画
正直、本作を超える邦画が今年出るとは思えないほど
多少語り過ぎな感はあるがそれ以上に映像言語が饒舌であり紛れもなく"映画"だからできる作品に
善と悪、人の境目の描き方が見事であり終盤は息を飲んだ pic.twitter.com/lSrfM7ZStc
映画だからこそできる、細やかな配慮の行き届いた見事な傑作です
カエル「Twitterでも語っているけれど、途中から息をすることも忘れてしまったような状態で……
エンドクレジットロールで立ちたくない! と思ったのは久々だったね」
主「”映画とは何か?”と問われて答えを出せる人はそうそういないだろうし、自分だって見当もつかない。
でも、今のところは”映像における情報量の制御”と答えるようにしているけれど……それが果たして映画だけの特権なのか? という疑問はあるにしろね。
本作はその情報量の制御が行き届いており、画面の端々から饒舌に様々なことを教えてくれる。そして、そのほぼ全てに意義がある。
音楽、脚本、演出、美術、役者、その他多くのことを合わせた総合芸術/エンタメとしての映画の力を示した作品だ。
なぜこれが話題になっていないのか、理解できないくらいです」
カエル「……『今年これ以上の邦画が出てくるとは思えない』と語っただけあって、大絶賛だね」
主「強いて、本当に1点だけ難点を挙げるならば一部シーンで語りすぎなセリフがあったことくらい。
そこはこの作品の核なのはわかるけれど、そこまで説明するのがもったいないと感じた。でも、そんな小さなことが気にならないくらい、とても大事なことに向き合ってしっかりと作られた作品でした。
藤井監督の前作である『青の帰り道』も気になっていたけれど見逃してしまって……それが悔しくなってくるほどの作品です」
(C)「デイアンドナイト」製作委員会
表現が目指すべきもの
これはまた、かなり大きく出たものだね
以前にも引用したけれど、いい言葉があるんだ
主「桜庭一樹が週刊文春で連載している映画評で、自分も今年屈指の映画と思う『バジュランギおじさんと小さな迷子』の評を上げていた。その中で印象的だった言葉があった」
『人間の感情には、それを表す言葉があるものと、ないものとがある。
たとえば「愛する」とか「怒る」とか「感激する」とかは、あるほう。
一方、なにかがついに終わって「辛いけれどホッとしている」とか、人から陥れられて「軽蔑のあまり無気力になる」とか、褒められて「うれしさになぜか悲しみも混ざる」とかには、名前がない。
こういう感情をひとつひとつ掬(すく)いあげて名付けていくのが小説の役割なのだと思って、わたしは小説家をやってます』
カエル「ふむふむ……さすがは直木賞作家である桜庭一樹、言葉の選び方が素晴らしいね」
主「邦画の宣伝でよくあるのが”感動した”とか”泣けます”という言葉だけれど、それらの言葉はとてもシンプルなものである。
もちろん、それでも泣かそうと思ってしっかりと泣けるものを作るのは、それはそれで難しいことだ。
だけれど、この作品は違う……どうしても言葉にできない感情を映像に載せて描いていていく。
やっぱり、これこそが表現があるべき形だとすら思うわけですよ」
カエル「一言で説明できない、それだけ複雑な物語かぁ……」
主「日本は”間の美学”がある。
人間、時間、空間、仲間、世間などね。
他にも、小説は行間を読むものとされている。つまり、行と行の、言葉の間にある感情やメッセージ性を読み取れということだ。
本作はその”間”に溢れている。
”人”や”キャラクター”などのような一面的な存在ではなく、多面的な顔を持った”人間”を描いている。
それができている作品がどれほどあるか……」
演出上の見所
では、ネタバレなしで見所を紹介してください
映像が饒舌だから、すべてを見てとしか言いようがないかも
カエル「それって派手な映画ってこと?」
主「いや、そうではなくて……派手な映画というと、例えば2月公開だと『メリー・ポピンズ リターンズ』などは派手な絵作りの作品と言える。もちろん、海外のしかもエンタメミュージカルだからそれはそれで正解。
ある程度映像を詰め込んでいって、物語を面白おかしく娯楽を強めで見せるわけだ。
だけれど、今作はそんな意味での派手さは少ない」
カエル「だけれど映像が饒舌なんだよね?」
主「自分がよく語るのは”光と闇の演出”だけれど、それも多くの場面で行き届いていた。それ以外でも境界線の演出であったり、あるいは1つ1つのメタファーやメッセージなども多い。気がつかない人だったらスルーするだろうし、あまり面白くないと思うかもしれない。
だけれど、今作はそんな細かい話をするまでもなくて……どのシーンを取っても映像がとても美しいから、1つの絵画としてみても楽しめる作品に仕上がっている。
その中でも……1つ語りたいのは”服の色”なんだ」
カエル「……服の色?」
主「特に阿部進之介が演じる主人公の明石幸次と、安藤政信が演じる北村健一、ヒロインである清原果那が演じる大野奈々の衣装の色には絶対注目してほしい。
この映画の肝はそこにあると言っても過言ではないだろう」
カエル「もちろん、脚本も優れているので是非そちらも楽しんでください!」
何でもないような服の色でも、心情が伝わって来る……
(C)「デイアンドナイト」製作委員会
役者について
役者についてはどうだった?
もう100点満点です、これ以上ないくらい!
カエル「迫力がある役者さんも多かったよねぇ。だけれど、ただ怖いだけではなくて、人間性を感じさせてくれる演技だったし……」
主「まず主演の阿部進之介は、この映画の企画、脚本も務めているだけあってそれだけ力を入れてきているのがわかる。
最初は観客と同じように何も知らない若者だったけれど、徐々に真相を知っていくうちに性格などが変化していく様は見事!」
カエル「ちなみに、今作は山田孝之がプロデュースということも話題ですが、その影響ってあると思う?」
主「あるんじゃないかなぁ……
それこそ若手イケメン俳優が映画の主要スタッフを務めるというと、斎藤工が監督を務めた『blank13』があるけれど、これもいい映画なんですよ。
そして一部で聞く話だけれど、今は大きな邦画は……悪い言葉で言ったら”ぬるい”作品が多い。本当は泥にまみれたり、骨太な演技がしたいのに、それができない作品が多いことに不満を抱えている人もいる。
だからこそ、役者としてやりたいことを100パーセント支援してあげられる環境を用意したのかな、という想像もあるかな」
清原果那が印象的な作品の1つ
圧倒的な清原果那の存在感
続いてはヒロインの清原果那ですが……もしかしたら、今年のベストガールが早くも決定してしまった可能性があるかも……
清原果那の印象を上書きするほどの役者や作品が2019年中に生まれるとは、全く思っていません
主「それほどまでに圧倒的であり……映画では重要な”世界一の美少女になる”ということを達成しているんだけれど、それが一癖も二癖もある。
複雑なバックボーンが多種多様な感情となり、蠱惑的な表情すら浮かべる複雑な思春期を思わせてくれるし………まだ高校生だけれど、将来的に男の人生を狂わせるには十分な小悪魔になり、その業に身を焼かれるのだろうな、と想像すらできてしまうほどの演技だったよ」
カエル「『3月のライオン』でも明るいながらもいじめに立ち向かう役を熱演していたけれど、ここまで進化しているとは……
ちなみに、ED曲も彼女が担当していますが、RADの野田洋次郎の作詞作曲と見事に合っていて、余韻に浸ることができます」
主「まだ17歳でしょ?
今の若手女優、どれだけ層が厚いのよ……次々と演技派が生まれてくるじゃん……」
カエル「長くなったのでさらっと他の役者について語るけれど、みんな良かったよね」
主「安藤政信、田中哲史などのベテラン陣も言うことなし。
田中哲史は悪役と言える役柄だけれど、横柄さの中にも人間味があったしね。
室井滋もよくて……出番が多いわけではないけれど、息子を思う母として、観ているだけで涙が出てくるような演技だった。小西真奈美はどことなくエロさがあった。
まあ、ちょっとだけ思ったのは髪型が清原果那と小西真奈美が似ていたこともあって、帽子を被ったり遠目のシーンではどちらか判別しづらかったかなぁ。割と中盤になってから『あ、あれは小西真奈美なんだ』って気がついた」
カエル「そのあたりは映画を見るときにパーツで役を覚えているからじゃない?」
以下ネタバレあり
作品考察
冒頭のバス
では、ここからはネタバレありで作品の演出などについて考えていきましょう
もう、スタートからキレッキレですよ
カエル「まず、冒頭ではバスに乗って明石がやってくるところから始まるけれど、映像として美しくて心を奪われたね」
主「本作は光と影の陰影の使い方がとてもうまくて、どこを映してもその対比ができている。
例えば、児童養護施設の中は光に包まれているんだよ。
ここが明るい未来に包まれた空間だということを強調していたりね。
そして、冒頭で乗ってくるのが”バス”というのが大事なんだ」
カエル「バスに限らず、乗り物に乗るというのは一方通行なことから運命を意味することが多いということだね」
主「例えば超有名作だからネタバレしちゃうけれど『千と千尋の神隠し』などは”車で入って、車で帰る物語”なんだ。もちろん、あの特殊な世界に入るのに違和感のない演出ということもあるけれど、もっと言えば一方通行の運命によってあの世界に迷い込んでしまった、と受け取れる演出でもある。
この映画で語れば外の世界から田舎町の世界に帰ってきたことにより、彼の運命が動きだすという描写にも受け取れる」
カエル「お父さんについて語ることも自然な程度であって、過去の思い出をアルバムや写真で見せて普通の家族であることを表してくれているよね」
主「ここで1つ脚本の技が光るのが、息子である明石は何も状況を知らないんです。
ただ父親が死んだこと、その死因が自殺であることだけを知っている。
これはこの映画を見始めた観客と同じであり、謎を解き明かす過程においてすべてを知っていくサスペンスとなる。
”何も知らない明石に説明する”ことは、ひいては観客への説明でもあるんですよ。
その結果、観客もグイグイのめり込んでいく。
実はこの映画を見ている最中はそこまでいい環境ではなくて、隣の席に座った男の2人組が小声で喋っていてけれど、途中からはのめり込んで黙っていった。サスペンスとしてはこれ以上なくうまくいった証明だよね」
3人の服装
そういえば、なんで3人の服装に注目! って言ったの?
この映画の多くがこの服装に現れているからだ
カエル「服装に?」
主「論より証拠、この画像を見てもらおうか」
(C)「デイアンドナイト」製作委員会
カエル「これはこの作品で最も複雑な人間性を持つ北村だね。
児童養護施設の責任者でありながら、実は裏では窃盗団などの犯罪者集団を率いている男でもあります」
主「北村はいつも同じ服を着ているんだけれど、それが真っ白なシャツの上に真っ黒な上着を羽織っている。
これが彼の全てを表しているんだ。
真っ黒な上着は彼自身が犯罪者集団として問題がある組織を率いていることを示している。
だけれど、その下では真っ白なシャツを羽織っている。
つまり彼の本心は真っ白。そこに私心は一切なく、多くの人のための行動だと信じている」
カエル「あ〜、なるほど」
主「そうやってみると明石の服装もそうで、彼はグレーのインナーを着ていることが多いけれど、それは彼の立ち位置を表している。
彼もグレーな色々と危うい行為に手を染めている。
そして、その本心は復讐などの暗い感情が渦巻いており、決して白いとは言えないまでも、父親に対しての疑念もある。
その曖昧な感情が服装に現れている」
カエル「となると……奈々は?」
主「奈々の服装こそがこの作品の肝である。
彼女は登場した時は頭から先まで真っ黒な服をまとっている。
それが妖しい雰囲気を醸し出していて、自分はノックアウトされてしまったんだけれど……別のシーンでは白を基調とした明るい服を纏っているんだよね。
つまり彼女の心理状態はその服の色で出ているわけ。
もちろん高校生だから一般的に制服は黒であり、すべてがすべてそうであるとは言わないけれどね」
白い服と黒い服を変える奈々のファッションで気持ちがうかがえる
(C)「デイアンドナイト」製作委員会
境界線の演出
そして、これもうちではよく出てくる境界線の演出です
これがものすごくうまい!
カエル「映画の中では柱などを境界線に見立てて、2人の登場人物の壁を作るということがありますが、それがとても活きた形となった作品です」
主「例えばさ、序盤にある明石と北村が児童養護施設で会話をするシーンがある。初めて奈々と出会った後だね。
このシーンでは窓の外に子供達が遊んでいるんだよ。
そして、奈々は真っ黒な服を着ているけれど、でもやっぱり外にいるんだ。そこは明るい太陽の下で、キラキラした光景が輝いている。
だけれど一方で明石と北村のいる施設の中では影が濃くなり、後ろ暗い話になっていることが予期できるようになっている」
カエル「そうか、奈々も施設の中では年長組ではあるけれど、守られるべき存在であることを示しているんだね」
車の演出
車の演出もうまいんだね
ちょっと話は前後するけれどね
カエル「このお話が動き出したのも、お父さんの乗っていた明石モーターズの軽トラのガムテープを剥がした瞬間だもんね」
主「あのガムテームの張り方などは違和感もあったけれど……自分は車に一切興味がないから、解体工場などでは一般的な光景なのかどうかもしれないので、ごめんなさい。
だけれど、あの演出は”周りの人たちから止められていることを自分の意思で破り、進んでいくこと”を示している。
そして最初に述べたように車は運命を意味するのだから、このシーンにおいて明石は自分の運命を決めて走り出したということだ」
カエル「だからガムテープが貼ってあったんだね」
主「そのあと児童養護施設のお話の後、夜のトンネルを車で走っていくでしょ?
ここで上手いのはカメラは一定の位置ではなくて、ちょっと近づくんだよ。
トンネルという限定された空間で車によることで、より観客の視線は車に寄る。ここから注目の出来事が起こるよ、という合図でもあり、さらに観客の視線をコントロールする細か演出と言えるだろう。
同時に、このシーンは明石が運転していない。
つまり”自分ではどうしようもない運命の流れに乗った”と解釈もできるんだ」
カエル「後半になると夜の仕事の際も自分で車の運転をしているけれど……」
主「自分の運命を自分でコントロールしているという描写でもあるんだろうな。
このように、上記のポイントだけでも相当細かい演出がなされており、それが饒舌に映像演出として語りかけてくるんだ」
後ろ暗いことも多い夜のお仕事の現場
(C)「デイアンドナイト」製作委員会
風車のある町
この映画では風車がとても印象に残るよね
あんな光景は日本ではなかなか見れないから、いいロケ地を選んだよなぁ
カエル「この風車にはどんな意味があると思うの?」
主「正直、明確にこれ、というものは見つからないんだけれど……
やっぱり漫画版の『プラネテス』に近いのかな?」
カエル「宇宙のゴミ、スペースデブリの回収の物語でアニメ化も果たした名作漫画です。作中では基本的に宇宙のお話ですが、ヒロインのタナベの過去のお話を描く際に、風車が印象的に使われています」
主「風車が出てくるシーンはとても穏やか場面が多いのが印象的で……本作ってメリハリがとてもついているから、自分は長さは感じたけれど飽きることはなかったんだけれどさ、良い意味ではダレ場というか、緩みのある描写になっていたよ」
カエル「やっぱり、風の流れが運命の流れを表現していたりするのかな?」
主「それと同時に、受け流すことからこの運命から逃げる選択肢を示すという意図もあるような気がしている。
今作って徐々に追い詰められはするけれど、結局は明石の行動が全てに直結しているんだよね。
彼が途中で復讐を諦めたりすれば、物語は違う結末を示すこともできた。
実はその様々な可能性を示唆していたのが風車だったのかな、という思いがある」
魔性の小悪魔、奈々
やっぱり奈々の魅力に取り付かれてしまうよね
あんな女子高生がいたらダメです、手を出しかねない
カエル「中盤で明石と惹かれていくシーンがあって、あのまま2人で東京に逃げ出していたら、それはそれで美しいなぁ……という思いもあったなぁ」
主「キッチンでの会話の流れが本当に好きでね。
『彼女になってあげる……』
『嘘だよ、ロリコン』
このセリフは今年見た映画の中でもピカイチ!
と言っても、まだ20作品も見ていないけれど、自分はFateの終盤のシーンに匹敵するくらいの恋愛描写に感じていた。
その後の奈々の誕生日に食堂を去った後の2人の描写も素晴らしくて、最初は柱が境界線だったけれど、途中から絵の額縁みたいなフレームになって、2人が同じフレームの中にいるんだよ。それだけで距離が近づいていることがわかる。
普段、恋愛作品は好きな方ではないけれど……このどうしようもなく追い詰められた2人が互いを求めあう描写には弱い」
カエル「奈々関連で語ると、学校での絵のお話をしているシーンも素晴らしいよね。
クラスメイトに『空が緑なんておかしいよ』と言われると、私にとってはこれが普通なの、と返すシーンがあって……」
主「カラフルな色使いは、それこそ多様性の象徴ともされている。だけれど、その多様性にも限度はあって……茶色に空を染めていた場合、色彩心理学ではあまりいい傾向とはされずに、子供の場合は心配されることもある。
もちろん、それが子供のストレスの場合もあるから無視していいわけではないけれど……でも、塗る色くらいは自由にしたいじゃない?」
カエル「そこで普通という概念を言われてしまうと戸惑うよね……そもそも、その”普通”からはみ出すのが表現とも言えるわけだし」
主「色彩心理学の話に戻ると、緑というのはリラックスの色とされている。
それを意図したかはわからないけれど、あの環境は奈々なりにも心地いいものだったのかもしれないね」
このように車の枠組みなどでフレームの中に2人がいる絵が多い
(C)「デイアンドナイト」製作委員会
黒く汚れていく
そして物語は大きな転換を迎えます
ここで当初の”服の色に注目”が更に活きてきます
カエル「まずは北村と奈々が雪の中で対峙するシーンですが……」
主「ここはスローモーションもあって、とても美しいんだよねぇ。
描いていることはとても過酷なのに、でも綺麗。
川にいる北村の姿なんてさ、水面がキラキラ輝いていたんだ。
なんとなくこの時、北村は救いを得たんだなって納得してしまった」
カエル「……え? 救い?」
主「北村は罪の意識をずっと抱えていたのは、キリスト教の教会のシーンでもわかるよね。
そして、その罪を清算した結果があのシーンであって……多くのものを抱えていたけれど、そこから解放されたのかなって。
だから、あれほど美しく描いたのかなって」
カエル「……救いなんだ」
主「当然、このシーンの奈々の服装は真っ黒であり、彼女の心理状態がはっきりと表れている。
そしてこの後、多くの崩壊の出来事が起きて田中哲史演じるラスボス、三宅と明石が対峙するシーンになるけれど、ここが痺れた」
カエル「アクションシーンでもあるけれど、迫力があって……息を呑むようなシーンだったね」
主「ここで注目してほしいのが2人が泥にまみれていくところでさ。
本当に汚いんだよ……
だけれど、黒く汚れていくからこそ、2人の泥だらけの正義が交錯する印象深いシーンになる。
正直、あの時自分は複雑な心持ちで……明石に手を下してほしいという気持ちもあり、同時に誰かに止めてほしいと願っていた。奈々あたりが来て、止めてほしいと思った。
不自然でもいいからと願ってしまった。
もしかしたら、自分が脚本家や監督ならば、そうしてしまったかもしれない。
それほどまでに……身を切られるようなシーンだった」
迫真のシーンに心が震えます
(C)「デイアンドナイト」製作委員会
幾つもの正義と、思い
……この映画はモヤモヤするものを観客が抱えることが目的の映画でもあるよね
だけれど、明石父の正義と三宅の正義って何が違うんだろう? という気もする
カエル「え、でもさ。三宅がやったことは社会に対する重大な倫理違反であって、それは罰せられるべきことじゃない」
主「もちろんそうなんだけれど、明石のお父さんがやったことだって全く同じことじゃない。
施設を守るために後ろ暗いことに手を染めて、守りたいものを守って……その罪の意識を抱えて自殺した。
そして、三宅もそれは同じだと思う。
ただし、三宅の場合は守りたいものは企業というとてつもなく大きなものだけれど……同時に何百人以上の社員の人生がかかっているわけでもあるしね」
カエル「守りたいものが違うだけ……」
主「それでいうと北村の正義もあって、明石はそれを継承するところでもあった。三宅を手にかけて、一生償いきれない罪を背負うところでもあった。
だけれど、そうはならなかった。
それは救いだったのか、それとも罰だったのか……色々考えてしまうね」
ラストのバスに乗って
そして、物語はバスに乗って奈々が旅立ちます
あのシーンで全てが救われた気がした
主「最初にも語ったように、バスは運命のメタファーを含んでいる。そして、それに乗ってやってきたのが明石だったわけだ。
そして去って行く時は奈々が来る……この上手側の移動と下手側の移動の演出意図も見事に効いていてさ、ああ、全てが救われたんだなって」
カエル「えっと、何がどう救われたの?」
主「守りたいものを守れなかった明石だけれど、彼はたった一つ、奈々だけは守り抜いた。
明石がそれを望んだのかはわからない。
だけれど、北村が守りたいと思ったものを、明石は守り抜いた。
この描写でこの物語は完成しているんだよ」
カエル「そのあとのED曲も素晴らしいよね」
主「野田洋次郎がこの作品のために書き下ろしたのかと思うほど!
特に『神様、あなたの気まぐれに付き合ってあげているからね』の歌詞は痺れた。洋次郎節が効いているんだけれど、それと同時にこの作品だからこそメッセージ性も内包しているし、間違いなく奈々の歌として表現されている。
絶賛です」
まとめ
では、長くなりましたがこの記事のまとめです!
- 今年屈指の邦画間違いなし! とてつもない傑作が登場!
- 服の色などに代表される細かい演出が饒舌に物語を語る!
- それぞれの正義が重くのしかかる
否定のしようがない、大傑作です!
カエル「あとはこの作品が心に響いたのはうちが大好きな『スタンド・バイ・ミー』や『ショートターム』『僕の名前はズッキーニ』などの児童養護施設を舞台にしたり、恵まれな子供達がテーマの映画だからかもしれないね」
主「『家族を探そう』という言葉がとても心に残っていてさ。もちろん奈々の家族を探すという意味もあるけれど、同時に新しい家族を作ろうという意図すらも感じられた。
藤井監督は初めましてだったけれど、これからずっと追いかけていきたいと思った。
本当にこの作品、評価されてほしい。
そう心から思える傑作でした!」