物語る亀

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物語愛好者の雑文

<作家論>『ヴィレッジ』ネタバレ感想&評価 キャストに込められた河村光庸&藤井道人の思いとは

 

今回は『ヴィレッジ』の感想記事になります!

 

大好きな藤井道人監督の新作なので、遅ればせながら劇場に向かいました

 

(C)2023「ヴィレッジ」製作委員会

カエルくん(以下カエル)

1週間遅れましたが、鑑賞してきたので感想記事を書きました!

 

色々と語りがいがある作品だといいね

 

カエル「好きな監督ということもあって、少し独自色が強くなるかもしれません。

 それでは、感想記事のスタートです!」

 

 

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感想

 

それでは、Twitterの短評からスタートです!

 

 

映画としての評価と、語りたいことは、また別ということだね

 

カエル「今作は特に好きな監督として追っている藤井道人監督の最新作ということですが……映画そのもののレビューとしては、とても評価が難しいんだね

 

主「まあ、作品そのものの出来としては中の上くらい、決して駄作ではないけれど、良い作品でもないってところじゃないかなぁ。

 中途半端といえば中途半端。社会を切りに来たのか、エンタメなのか、役者を見せたいのか……その目的があっちこっちに飛んでいる気がするし、どこか飛び抜けたものがあるわけではない。

 でも、今作は語る価値が大いにある作品だと感じている

 

ふむふむ……それはどういう意味で?

 

単純に、今作で目指したことがなんなのか、ということだよね

 

カエル「いつもの”表現とは作り手と受け手の誤解の上に成り立つ”というやつですか」

 

主「ここから先は完全に独自解釈だけれど、今作に関しては作品が面白いとか、つまらないとか、そういうことについては、度外視していい。

 それが目的で作られていない。

 今作を語るのには2つ……プロデューサーの河村光庸さん、そして藤井道人という監督について語ることになる。

 この視点なくして、本作は語れないんだ」

 

 

 

河村光庸さんと藤井道人監督

 

企画・プロデユースの河村光庸さんについて

 

今作の企画・制作・エグゼティブプロデューサーは河村光庸さんです

 

 

近年、話題になることもあった名物映画プロデューサーだね

 

カエル「映画制作会社スターサンズの代表取締役などを務め、多くの話題作を手掛けてきた方です。

 残念ながら2022年6月11日に、心不全のためにこの世を去っています」

 

主「良くも悪くも思想性が強くて、パワフルな人だったんだろうな、って印象だよね。

 自分自身は、そこまで相性が良い方ではなくて……多分、思想も政治観も全然違うし、作品も合わない方が多かった。一時期『鬼滅の刃』が流行った時に、アニメ映画が実写映画を苦しめているような発言に憤ったこともあったよ。

 実際、毀誉褒貶のある人だし。

 まあ、コナン、マリオを見れば今もその状態が続いているようなもんだけれどさ。結局実写もドラマや漫画原作ばかりだし。

 でも、同時にクリエイターとして尊敬もしています。

 映画にかける情熱は本物だったと思うし、あれだけの作品と、クリエイター、役者にチャンスを与えてしっかりと結果を残してきた功績は、とても大きいです

 

あんまり一般の方には浸透していないかもしれないけれど、でも映画ファンには確かに届いた作品を多く制作してきた方ですね

 

 

今作を語る際には、河村光庸さんの遺作となっていることが、とても大きいんだ

 

カエル「ふむふむ……確かにそう考えると、河村作品に登場して印象的な役者が、多数起用されているね」

 

◆今作の河村作品の出演者◆  

愛しのアイリーン →  木野花

宮本から君へ →  一ノ瀬ワタル

MOTHER マザー → 奥平大兼

空白 → 古田新太

 

これだけの役者が揃っているというのは、とても大きな意味があると考えたい

 

カエル「河村さんが自身の死期を悟っていたのかはわかりませんが、遺作になる可能性を考えていたのでは、ということですね」

 

主「この役者の集め方からすると、そう考えていた可能性が低いとする方が、無理があると感じてしまう。

 さらに監督には藤井道人……『新聞記者』以来、タッグを組むことも多い若手のホープだ。

 だから、何かを伝えたい、遺したいという意図がものすごく伝わってくる座組だった。

 同時に社会性を重要視するプロデューサーだから、今作は色々な社会的な読み取り方ができるのではないだろうか」

 

(C)2023「ヴィレッジ」製作委員会
藤井道人監督の挑戦

 

もう一方で、語りたいのが藤井道人監督について、ということですが……

 

とても注目している、若手のホープといえるであろう監督だね

 

カエル「藤井監督はずっと好きで、新作が出るたびに鑑賞しています。

 まあ、ドラマまでは追いかけきれてないんですが……

 その特徴としては、人の人生をしっかり描こうという意志というか、悪役をただ悪役として描かないフラットな見方があると考えています

 

主「勝手に自分と感覚的に近い印象を抱いていて……なぜかというと、藤井監督も自分もamazarashiファンなんだよね。

 自分も秋田ひろむが大好きで、ひろむに救われたような気がしている。で、藤井監督が表現したいことも、amazarashiの精神に、とても近いものがあるんだよ」

 


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amazarashiとヴィレッジがコラボした動画も上がっています

 

同じアーティストが好きというのは、小さいことのようで、でも大きいことなのかもね

 

このamazarashiが根底に持っている意識を、映画に込めている監督だよね

 

主「あとは、河村さんと知り合うことで社会的な視点も入れている。

 今作に関しては横浜流星が主演だけれど、彼は『青の帰り道』という映画で重要な役どころを演じている。その意味では、藤井監督と縁がある役者でもあるんだよね。

 今回はその意味でも、色々と考えるところがある作品であるんだ

 

青の帰り道

青の帰り道

  • 真野恵里菜
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河村さんと藤井監督の相性

 

今回はその2人が中心となった作品ということだけれど、過去作を観て、どう感じているの?

 

う〜ん……個人的には、実はこの2人って相性が良くないのでは? と思っちゃうんだよね

 

カエル「あれ、名コンビではないんだ」

 

主「自分の感覚ではね。

 というのは、河村さんは強い社会への関心があり……まあ、言ってしまえばリベラルで、反政権的な部分があるんだよ。

 だから安倍元首相をテーマにした反政権の映画も、いくつもプロデュースしている」

 

 

もちろん、反政権だから悪いというつもりはないよ

 

主「だけれど、リベラル的な思想が強すぎるというか……明確に現自民政権を敵として設定しているんだよね。もちろん、その意識そのものは色々な意見があるだろうから、ここでは是非を語らないけれど。

 でも、藤井監督は……少なくとも自分は『悪とされる人にも寄り添う描き方』が、とても好印象だった。

 つまり、自民だろうが立憲だろうが……保守だろうがリベラルだろうが、その事情があるという見方をする監督だと思う。

 その意味では、権力を仮想敵として設定する河村イズムは、実は合わないのではないか? というのが、自分の意見だ」

 

ふむふむ……それが出ているのが映画の『新聞記者』とNetflixドラマの『新聞記者』ですね

 

 

新聞記者

新聞記者

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この2作、同じ藤井監督だけれど、自分の評価は全く違う

 

カエル「映画の『新聞記者』は……今思うとなんでそこまで? と思うほど怒っているけれど、Netflix版はめっちゃ好きって褒めているんだよね」

 

主「この2つの違いは、政権や権力者に対する視線で、映画版は現実の政権を断罪するだけの内容に思えた。

 それはフィクションの都合のいい使い方も含めて、気に入らないなぁ……と思った。

 でもNetflixドラマは、人々の葛藤とかドラマが中心なんだよね。

 政権に対する思いもあるけれど、それはサブで、メインは人間のドラマ。

 自分はそっちが好きで、藤井節を感じたから、褒めている。

 このように、同じテーマの作品でも……い言い方をすれば藤井監督は河村さんの企画の敗戦処理をしているのかな? と思う時もあるんだよねぇ」

 

 

 

 

作品感想

 

今作を語る際に注目したい過去作

 

ようやく『ヴィレッジ』について語っていきましょう

 

それでいうと、今作って構造というか、明確に『デイアンドナイト』を意識していると感じるんだ

 

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『デイアンドナイト』は、2019年に制作された藤井監督の過去作です

 

カエル「地方の小さな町を舞台に若者たちが善と悪の境目を行き来するような内容となっています。

 めっちゃおすすめの作品ですので、よければ上のリンクから鑑賞してください

 

主「今作はその構造などで意識していると思う部分がたくさんある。

 だけれど、決定的に違うのは以下の点だ」

 

◆デイアンドナイトとヴィレッジ◆  

デイアンドナイトからOUT  清原果耶 今村圭介(カメラマン)

ヴィレッジにIN  河村光庸さん 横浜流星

 

つまり、本作は清原果耶と今村圭介が抜けて、河村光庸さんと横浜流星が入った『デイアンドナイト』なんだ

 

カエル「ふむふむ……今では朝ドラ女優にもなりましたが、この作品での清原果耶の演技は絶賛されてたね。

 また今作は、藤井監督の盟友であるカメラマン、今村圭介がいないんだよね」

 

主「それでいうと、映画としては……力は落ちているよね。

 というのは、今村カメラマンの撮影技術を再現しようとしている部分もあるし、実際それができているのもあるけれど……でも、明らかに映像に力がない。

 しかもヒロインも……もちろん、黒木華が悪いというわけではないけれど、清原果耶のあの演技には届かない。そりゃ当たり前なんだけれどね。

 その意味では、今作は……ある意味では藤井監督の飛車・角落ちで勝負しているようなもの。

 その代わりに河村さんと横浜流星が入っているので、駄作にはなっていないけれどね」

 

(C)2023「ヴィレッジ」製作委員会

光の使い方などが印象的だけれど、絵力は過去作に劣る?

 

河村作品の要素

 

今作は河村プロデューサーの要素が強いの?

 

めちゃめちゃ強いね

 

カエル「先にも述べたように、役者は過去の河村作品の流れがあるのはわかるけれど……一ノ瀬ワタルが演じる透なんかは、過去作の影響をすごく感じたよね」

 

主「本作って田舎町の話だけれど、もっと大きく言えば会社や学校(組織)の話だし、さらに言えば国の話でもある。

 逃げたくても逃げられないというのは、学校や会社などの小さなコミュニティでもあるだろう。そこを逃げることができる人ばかりではないし、日本で暮らすのが苦しいとしても、海外に逃げるというのは……結構難しいよね。

 そういうコミュニティの不全の問題……さらに言えば、差別や、今タイムリーになってしまった公金(補助金)を当てにして存続しているコミュニティなどは、社会的な視点が強い。

 こういう部分にも河村節を感じる映画になっている」

 

……やっぱり、河村さんの集大成のつもりだったのかなぁ

 

そうだと思うよ

 

主「河村さんの集大成であり、今の藤井監督の現在地を示す作品にするつもりだったと思う。

 だけれど……色々な制限が多すぎるよね。

 河村作品の過去作も踏襲し、その思いや意図も受け継ぎながら、話をまとめるのは、雁字搦めになっているような印象を受けた。

 だから、話が弱いとか、絵力が弱いとかの批判は、自分も同意するかなぁ。その意味では、今村カメラマン抜きの今の藤井監督の力がどのレベルなのかは、わかった気がする。

 とは言っても、悪い作品じゃないんだけれどね」

 

以下ネタバレあり

 

 

 

 

作品考察

 

藤井監督らしさ

 

とは言っても、藤井監督らしさって発揮されているの?

 

それはもちろん、全くないわけじゃない

 

カエル「今作はゴミ処理場を舞台とした、小さな村が舞台だけれど……あの状況って、本当にどうしようもない気がするよね」

 

主「今作の悪役である透とか、あるいは村長もだけれどさ、彼らがじゃあ純粋に悪だったのか? というと、そうではないと感じるんだよね。

 ただそこまで積み上げてきた村の構造を守るのに必死で。

 だからこそ不法投棄とか、悪いことに手を染めてしまったりする。それは外の世界を知らない……知れない、知っても、出ていっても帰ってくるしかない人々という閉塞感として出てくる。

 その閉塞感を打破したくても、個人の力では何もできないんだよね

 

例えるならば、学校のいじめとか、職場のパワハラを改善したくても、個人の力じゃ難しいってことかな

 

それを変えるには公共やより大きな力……学校なら教育委員会とか、会社ならば外部機関とかに駆け込むとかになるかもしれない

 

主「でも、あの閉塞感の中では、大きな組織そのものがグルだから、それもできないんだよね。

 で、結局変えたと思っても、自分が上位者になったら、新しい地獄を作り出してしまう。

 そしてそれを維持するために、犠牲を生み出す……その繰り返し。

 だから誰もが足掻いているけれど、苦しんでいるけれど、でもどうすればわからない。それって、今の日本社会が抱えている苦しみとも言えるのかもしれないね」

 

(C)2023「ヴィレッジ」製作委員会

 

引用された邯鄲(かんたん)

 

今作では邯鄲(かんたん)という能の演目が引用されます

 

これが自分には一定の効果があったようにも感じられた

 

カエル「この題目もそうだし、黒木華が語る『能は自分と向き合うもの』という言葉も、表現論として面白かったね」

 

主「邯鄲でなくても、自分が思い浮かべたのは胡蝶の夢、あるいは室町後期に編集された『閑吟集』の中の、この名文句を思い出すかな。

 

閑吟集より

くすむ人は見られぬ 夢の夢の夢の世を うつつ顔して

何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ

 

 現代語訳

 真面目な人は見ていられぬ。夢の夢の夢の世を真面目に考え込んで何をするのか。一生は夢のようなものだ、ただ狂えばいい。

 

結局、今の人生というのは一瞬の夢のようなものなのかもしれない

 

カエル「すごく儚くて、それでいて観念的な考えだね」

 

主「結局のところは、この作品の3幕……成功した姿というのは、一期の夢にしか過ぎないんだよ。だからとても都合が良くうまくいったようにも見える。

 そこは唐突という意見もあるようだけれど、そりゃそうだ。

 だって夢なんだから

 

カエル「最初見た時は『いつ夢オチにするのかな?』と思ったなぁ」

 

主「それでも、夢ではないんだけれど、現実は何も変わらない。とても変わったようでいて、より状況は実は悪化していた。

 狂うしかない状況に置かれてしまったわけだ」

 

 

 

ラストが示すもの

 

あのラストの展開をどのように解釈するの?

 

……自分は『攪乱』が起きたんだなぁ、と感じた

 

カエル「攪乱?

 生物学の用語で、火山の噴火とか大地震、津波などによって、その地域の生態系が一変するような現象だよね」

 

主「もう、あの村は一度壊すしかなかったんだよ。

 もちろん、撹乱は苦しい行為だ。生物学でも生き物がたくさん亡くなるし、生態系は一変する。でも、それと同時に古い環境が一新されて、新しい生物がそこで芽吹く可能性が高まる。

 それを人間社会でも起こすしかないのではないだろうか?

 

それは、まあ、過激と言えば過激だけれど……

 

村を、ひいては日本を変えるには最大の方法だよね

 

主「今の日本を根本から作り直すために撹乱する。例えば徳川幕府がなくなり、明治政府が生まれたように……あるいは、戦争で全てやり直しになり、日本を立て直したように。もちろん、そこには大きな苦しみが伴うけれど、日本を変えるにはそれしかない」

 

カエル「ちょ、ちょっと待って、なんか危険思想みたいになってない!?」

 

主「まあ、そうかもねぇ。

 でも同時に、そんな行動を個人がとることには限界があって、結局、優が起こした行動以上のものはない。

 そしてそれは、単なる情報として現代社会では情報として処理されてしまい、スマホでニュースもスワイプされてしまう……それを描いたのがamazarashiとのコラボ動画だ。

 どれだけ苦しもうが、悲しいことになろうが、今の社会ではそれは情報として流れてしまう。

 狂ったところで救われない社会、それが現代社会なのかもしれないな」

 

 

 

 

最後に

 

では、今回はここまでとなりますが……他に語っておくことはある?

 

ここから先は、本当にただの妄言である

 

カエル「はぁ…?」

 

主「藤井監督、これはスターサンズと河村さんとの決別宣言なのかなぁって。

 なんかさ、この映画って”継承の拒否”みたいに見えるんだよね。

 河村さんの集大成的でもあるけれど、同時にその継承を拒否しているとも解釈できる。そしてその村から出るか、そこで暴れるかする2つの選択肢を示したのではないか」

 

カエル「それはホントに勝手な解釈だね」

 

主「でもさ、やっぱりこの映画は藤井道人の映画であるけれど、実際は河村光庸さんの映画だと思うんだよね。

 河村色が濃いというか。

 自分は藤井道人という人が、この先どういう映画を撮るのか見ていきたい。この路線は正直、限界が見えた気がするから、別の道を探すのも必要かも……まあ、河村さんと藤井監督の関係がどれほどのものなのか知らないけれど。

 あと、これはホントに妄言のようだし、前言と矛盾するけれど……藤井監督には社会に対してナイフを振るうしかなかった人、秋葉原の加藤とか、山上みたいな人をモデルに創作を撮ってみてほしい。それはとても勇気がいるけれど、藤井流でどのように演出するのか、そこが楽しみだね」

 

カエル「というわけで、長い記事でした‼️」