今回は藤井道人監督の『宇宙でいちばん明るい屋根』の感想記事になります!
最注目の若手映画監督であることは間違い無いでしょう
カエルくん(以下カエル)
「うちとしては2019年に知った監督ではあるけれど、そこからずっと追いかけて行きたいと思うほど熱い気持ちがこもってしまう監督だよね」
主
「その意味では、やっぱり冷静な視点ではないのかもしれないけれど……良くも悪くも、2019年に自分の気持ちを最も揺さぶった作品を撮った監督だったと思う。
今作は清原伽耶ちゃんの初主演ということもあり、注目していきたいね」
カエル「それでは、記事のスタートです!」
(C)2020「宇宙でいちばんあかるい屋根」製作委員会
感想
それでは、Twitterの短評からのスタートです!
#宇宙でいちばんあかるい屋根
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2020年9月4日
全ての人生は尊い、を描く藤井道人監督のファンタジー混じりの日常劇
少女の成長と周囲の人々の描き方が暖かく包み込まれ、自然と涙が浮かぶ
クラゲのシーンを始め映像美が世界の美しさを示すよう…初主演が本作の清原果耶は幸せものだよなぁ
傑作です! pic.twitter.com/LX0y1VuBYa
さすがは藤井道人監督! と言いたくなる作品でした
カエル「うちは藤井監督のファンであり、まだ30代半ばと若い監督でありながらも、質・量ともに順調に伸びている点、また『新聞記者』が日本アカデミー賞の最優秀作品賞に選ばれるなどの実績もあり、今後日本を代表する監督になるであろうという思いがあります」
主「今作に関しては、もしかしたら『新聞記者』のイメージでいったら、面食らうかもしれない。
確かに社会派の作品が高い評価を得ているけれど、今作は日常劇でありながらもファンタジーの要素が多い。もしかしたら、それが全くダメだという感想も出てくるかもしれない。
その意味では『新聞記者』とは違った意味で賛否分かれるかもしれない。
もちろん、政治的な云々ではなく、映画に対する印象でね」
カエル「しかも、ファンタジーが含まれている日常の物語で……ちょっと藤井監督の印象とは違うかもしれないのかな」
主「近年では『青の帰り道』『デイアンドナイト』『新聞記者』と、シリアスな印象の強い作品を多く手掛けてきた。
だからこそ、ヒリヒリするような人間の感情を描く監督だと思われているだろうし、実際その通りなんだけれど、今作は異質なようにも思える。
だけれど長編デビュー作の『オー!ファーザー』は、変わった家族を基にした家族・ヒューマンドラマというか、コメディ要素もある作品なんだけれど、それに近い印象がある。だから、近年の作風とは異なるけれど、決して異例な作品というわけではないと思うんだよね」
わかりにくいかもしれないけれど、amazarashiでいうところの『スターライト』を初めて聞いた時近い印象かな
カエル「簡単に説明すると、それまで若者の悩みを歌い上げていたamazarashiが、スターライトという明るい曲調の歌を歌ったときに似たような感覚を抱いたというか」
主「あれ、これまでと違くない? という違和感はちょっとあるかもしれない。
だけれど、そこで描かれているものは実は大きく変わったわけではない。
描き方が少し違うだけであり、中身は一緒。
その意味では、本作は"もう1つのデイアンドナイト”という風に自分は形容したいかな」
カエル「もちろん、清原伽耶ちゃんが出ているから、ということもあるだろうけれど、実は描き方が違うだけで、描こうとしているとものは似ていると」
主「というふうに、自分は感じているんだよ。
あとは演出面というか、カメラワークもぬるりと動く姿とか、画面から”藤井節”が漂っていたね。
今回は盟友の今村カメラマンではないのだけれど、上野千蔵撮影でも変わらぬ味を発揮している。
その面も面白かったな」
”全ての人生の尊さ”を描く藤井道人監督
でもさ、なんでそこまで藤井監督が好きなの?
……なんだろう、同じamazarashiファンだから?
カエル「え、なんか、もうちょっとなんかないの?」
主「なんだかんだ言っても、多くの映画で”全ての人生が尊い”と言っても、そこには例外が生まれている。例えば犯罪者。罪を犯した人は、排除してもいい、リンチをしてもいいというような価値観を感じることが最近多い。
また、そこまで極端でないとしても‥…例えば悪役に関してはそこまで深掘りもされぜに終わる作品も多いだろう」
カエル「時間の制約上、悪役を掘り下げて描けないなどの理由はあるだろうけれどね」
主「でもさ、全ての人生に意味はあるし、尊いんだよ。
それが例え、犯罪者でも。
それを描いてきたのが『青の帰り道』であり、『デイアンドナイト』だった。その視点はamazarashiともつながると思うし、現代の価値観としてとても妥当だと思う。
だからこそ、自分は『新聞記者』に憤りを覚えたんだよね。
別に安倍政権を批判するのは構わない。実際、森達也監督のドキュメンタリーの『i 新聞記者ドキュメント』は絶賛だよ。
ただ、物語で政権の悪を捌くのならば、政権の正義も描くべきだろうと。
また、主人公たちの正義と同時に悪も描くべきだろう。
みんな政治に対して”利権”って言葉を使うけれど、自分を支持してくれる人々のために行動するのは民主主義としては当然だ。その人たちの利益になるように行動しなければ、選んでくれた意味がない。
だけれど、実際には経団連と労組のように対立関係になりやすいものがあったりして……政党や人によって背負うものが違うし、理想とするものが違うからぶつかる。そこを描かずに、政権側だけを批判しても、それはボクが好きだった藤井監督の描き方とは異なるものだった」
amazarashiの『つじつま合わせに生まれたぼくら』の歌詞になる”善意で殺される人 悪意で飯にありつける人 傍観して救われた命”という視点だね
で、今回はその描き方が戻ってきたんだよ
カエル「それが”全ての人生の尊さ”の描き方だと」
主「この作品では敵っていなんだよね。
それは優しい物語ってだけでなくなくて、そうなるように深く人物を設定している。
パンフレットに書いてあったけれど、藤井監督はこの作品を作るにあたって綿密な登場人物設定を書いている。おそらく、その多くは描かれていないものだろう。だけれど、それがあることによって、本作の登場人物は”キャラクター”を超えて、”人物”になっている。
つまり、人間としてのいろいろな葛藤、悩み、思い……それを抱えて日々を懸命に生きる姿。時には過ちを犯すし、人を傷つけるかもしれない。だけれど、それも自分の人生に向き合った結果である」
カエル「その描かれていない設定が、登場人物の厚さになってきているのかな」
主「そうだね。
やっぱりさ、その人のことを深く知れば叩けなくなるんだよ。
稀代の悪党と思われる人でも、実は多くの思いがある。何らかの罪を大衆が叩く時、それはその罪人ではなく、罪人のイメージを元に攻撃することが多い。
だけれど、その人の人生、思い、その時の感覚……それを知っていくと、攻撃することができなくなる。
それが本当の平等の視点だと思うし、”全ての人生は尊い”という、誰も排除しないものの見方になるのではないだろうか」
役者について
今回初主演になった清原伽耶ちゃんをはじめ、役者について語っていきましょう
やはり、10代の役者さんでは飛び抜けているんじゃないかな
カエル「若手女優は群雄割拠ともいえるほど、多くの魅力的な人々がいる中でも、異彩を放つ……という表現が正しいのかはあれだけれど、特別に目を引く存在だよね」
主「正直さ、最初は『あれ?』ってなったんだよ。
というのは、すごく演技が硬い印象を受けた。
なんて言うか……作りすぎてんじゃないかな? って。
で、多くのシーンで演技としてはタイマンというか、1対1で向き合わねばならない桃井かおりのペースに、完全に負けている印象もあった。
それが、ある瞬間に”入った”んだよね。
そこからが清原伽耶ショーの始まりだった」
カエル「屋上で星ばあと話しているときに、突然ブチギレるシーンだね」
主「順撮りしているのかはわからないけれど、そこから優等生の演技から、血肉の通った人間になった印象だ。やっぱり、このブチギレ演技が彼女には似合っているんじゃないかなぁ」
屋上で繰り広げられる、2人の女優の演技合戦は見もの
(C)2020「宇宙でいちばんあかるい屋根」製作委員会
パンフレットでは桃井かおりが『本気で怖がらせた』と語っていますが、そのことに対する憤りというか、感情が一気に爆発したのではないでしょうか
それと『(清原伽耶は)まだ役の中だけに生きる孤独な俳優さんです』という桃井かおりの評が、最も適切だろう
主「それはやっぱり、自分も感じる。
役を作りあげくるけれど、それを作りすぎている印象がある。
その点で言うと、今作の桃井かおりは本当に圧巻。
自分は樹木希林を連想したけれど、自由に動き回り、周囲を巻き込みながらも、その人物の人生が垣間見える演技だった。もしご存命だったら樹木希林が演じても面白いだろうけれど、でも桃井かおりは動けるから、それがファンキーなお婆ちゃんとして機能していて、とても面白かった」
カエル「清原伽耶ちゃんに話を戻すと、その演技の殻をどうやって壊すのかが、課題だったのかなぁ」
主「それが……例えば海のシーンとか、あるいは水族館とかの2人で楽しんでいる場面で、素の表情が垣間見える。
桃井かおりは多分役を崩してないけれど。
こういった部分を撮るというのはすごく大事で……初主演というのこともあるけれど、今作は言葉には反感を覚えるかもしれないけれど、言ってしまえばアイドル映画の側面があるんだよ。清原伽耶という、今度日本で重要な立ち位置になるであろう女優の魅力を、最大限発揮する映画という意味でね。
その意味でも、今作は見事だった。正直、暗い役で最も力を発揮する女優さんだと思っていたし、いわゆるアイドルのような女優には向かないのかな、と思っていたけれど、そんなことない。
きちんと10代の女の子らしい、可愛らしさを演じ抜くことができていたし、誰が見ても振り返るような世界一の美少女になっていた。
その意味で、外野が勝手なことをいうけれど、色々な意味で本当に幸せな映画になったと思う」
以下ネタバレあり
作品考察
ホームレス=王様
それでは、ここからはネタバレ有りで語りましょう
人々の描き方で注目したいのが、星ばあの存在だ
カエル「屋上に住んでいるという設定だったり、あるいはその風貌からホームレスのお婆さんなんだろうなって印象だったよね。
だけれど、物語が進むにつれて魔法使いのようにも思えてきたし……ファンタジーだから、もうなんでもいいのかなって」
主「星ばぁ、格好がとても大事でさ。
物語においてホームレスって王様なんですよ」
カエル「……それは童話の話?」
主「それもあるけれど……なんというかな、社会の、というよりは俗世間の外にいる人じゃない。
だからこそ、独自の価値観で動き回る。
この作品では14歳の少女が主人公だけれど、学校にいるとその理屈に振り回されがちだ。だけれど、それって本当にちっぽけな、ちっぽけなコミュニティでしかないんだよね。だからこそ、その外側のコミュニティを知る必要がある。
その手段の1つが書道であり、水墨画なわけだ。
そしてもう1つが、星ばあの存在。お金もない、食事をねだる、典型的なホームレスのようでありながら、その奥に長年の人生経験に裏打ちされた人生を感じさせる。
自分というものをしっかりと見つめ、俗世とは違うルール好き勝手に動き回る。それは孤独なようでもあるけれど、だからこそ王様であり、人に気づきを与える賢者でもあるわけだ」
物語とはいえ、ホームレスっていうのも1つの偏見なのかもしれないよね……
そういう目線がこの映画には詰まっているよね
カエル「本当のお母さんであるひばりの思いとか、あるいは再婚した麻子の思い、また笹川のシーンとか‥…
1つ1つを物語のお約束に当てはめると、とてもテンプレートなものができるかもしれないけれど、だけれどそうしないんだよね。それでも、その人たちの人生が見えてくるもので……もしかしたら『なんだこれ? ありきたりなお涙頂戴かよ』と思われるかもしれないけれど、でも登場人物の厚さが段違いだからこそ、胸に来る人物像になっていて……」
主「それでいうと、とても好きなのはホオズキのシーンでね。
『何もない殺風景のベランダにホオズキがあって、美しかった』という視点だよ。ホオズキは厄除の花としても知られている。実は最悪な男のように見えて、そう思うのが違うのかもしれない……
もちろん、物語ではそこは深掘りされない。ホオズキは薬効や厄除と同時に、毒性もある歴史的にも色々な意味を持つ花だから、本当に毒男だったのかもしれない。
だけれど、何もわからないとしても、あの男の人生というものに少し感じるものが出てくるのではないだろうか」
映像美が光る演出たち
映画として……映像面ではどこが印象的だった?
いろいろあるけれど、1つは屋上かな
カエル「この物語で重要な舞台となる屋上は、セットを組んで背景や空はCGで作り上げたそうです。またパンフレットによると、この背景にもいろいろな仕掛けがあるようです」
主「あそこだけ、妙に現実感がないんだよね。
それはCGを使っているからかもしれないけれど、明らかに違和感があった。そうだな‥…舞台のようだ、というかね」
カエル「でも、それがいい味を出していたんじゃないかな。
それこそ、異世界感というか、現世と違うということが出ていたんじゃない?」
主「今作はスタートからドローンを用いた映像から始まるけれど、それが多くの家々の屋根を移している。それだけたくさんの家があり、そこにはたくさんの人が過ごしている……わかりやすい演出だよね。
そしてなんといっても、圧巻だったのはクラゲの演出だ」
カエル「真っ暗な水族館の中でクラゲが泳ぐ水槽だけが光っていて、それが映画館の暗いなかと見事にリンクしていて、ここだけは映画館で見ないと真価が発揮できないんじゃないかな。
ここはポスターでも使われているけれど、ここを撮った時点で変な話だけれど、この映画は勝ちと言ってもいいんじゃないかなぁ」
主「ここでゆらゆらと泳いでいるクラゲは、ともすればとても自由なようにも見える。だけれど、同時に小さな水槽の中でいることを表現していて……その物事の二面性を捉えているということもできる。
結構、ガラス越しに見つめる、あるいは語るシーンっていくつもあってさ。
この場面以外でも家の中で……終盤かな、父と娘が語り合うシーンなどもあるけれど、そういった部分でも使われていた。
この映画では、序盤はまるで家の中を覗くような視線が多いんだけれど、それを考えると狭い部屋の中を除く→世界を外の世界を見つめる、というように世界の見方が変化していくような印象を抱いたかな」
カエル「世界の見え方で言うと、水溜りに映った景色とかもそうかもね。
世界の見え方が少しだけ変わる映画、なんだね」
デイアンドナイトと裏表の物語で
そういえば、『デイアンドナイト』でも見られた、スローモーションを活用した演出もあったよね
この物語は一歩間違えれば、あの世界に足を踏み込んでいた
カエル「『デイアンドナイト』は地元に帰ってきた青年が、父の死の真相を探るうちに大きな疑惑にたどり着くのだが……という物語です。善と悪の境目を考えるような映画となっています」
主「今作も、一歩間違えれば『デイアンドナイト』になっていたんだよ。
普通の青年が家族を愛する気持ちを持ったが故に、苦難の道へ足を踏み入れようとしてしまう。
だけれど、そうはならなかった。
あの事故自体は偶然かもしれないけれど、だけれど何かの縁を感じさせる……
『デイアンドナイト』が悪い方向に偶然が重なったけれど、こちらはいい方向に偶然が重なった結果の物語だ」
カエル「その2つを分けたものは、ただの偶然でしかないと……」
主「そうだね。
清原伽耶を、またあの世界に引きずり込むことだって物語としては可能だった。だけれど、そうはならなかった。それもまた運命の表と裏であり、人生の面白さといえるだろう。
だから、この物語の優しさって1つの奇跡なんだよ。
だけれど、それは特別な人に与えられるものではなくて、どこにでも転がっている普通の日常の奇跡が積み重なってできた奇跡であり‥…だからこそ、優しくて美しい物語に仕上がった。
ファンタジーなんだけれど、実はどこにでもあるはずの日常であり、どこにでもいる家族と少女の物語でもあるというね。
藤井監督は『オー!ファーザー』の頃から、変わった家族像を提示していたけれど、現代で一般的とされる血縁関係などを中心としたものではない……それこそ絆というしかない、家族像を提示し続けている監督だ。凝り固まらない人間像、あるいは家族像を打ち出し続けているという意味でも、注目したい監督なのではないだろうか」
最後に
それでは、最後になります
やっぱり、自分としては是枝監督と結構かぶるんだよ
カエル「あー、家族像の更新とか?」
主「そうだね。
是枝監督よりは結構暴力的なものも撮れる監督ではあるけれど、このテーマも含めて、今後日本でもとても重要なテーマを撮り続けるのではないだろうか。
ヒリヒリとした人間そのものを描ける、卓越した監督であることは間違い無いから、今後も要チェックの監督であることは間違いないね」