かなり間が空きましたが、今回は『2分の1の魔法』の感想記事です!
かなりの難産の記事になってしまったの
カエルくん(以下カエル)
「更新頻度が少なくなってしまったのも、色々と忙しかった……というのは言い訳で、実はかなりグダッとしていたというのが実際のところです……」
亀爺(以下亀)
「それだけ『語りたい!』と思わせる作品が少なかったという見方もできるじゃろうがな」
カエル「いや、でも語るべき作品は多かったんだけれど、やっぱりダラけてサボるとダメだね。今までブログをどうやって書いていたのか、わからなくなってきているよね‥…」
亀「色々と執筆活動をしていた弊害もあるのかもしれんの。
まあ、そこも含めて少しずつ頻度を高めていくしかないのではないかの。
それでは、早速じゃが記事のスタートじゃな」
感想
それでは、Twitterでの短評からスタートです!
#2分の1の魔法
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2020年8月21日
う〜〜〜〜〜ん…
無難!
序盤中盤はRPGのチュートリアルの如く話の広がらなさに疑問符もあったが後半は巻き返すも、メッセージを含めて全体としては無難な印象か
魔法と科学の対比などもされればなお良かったか
ワクワクはするので万人向けではあると思います pic.twitter.com/nPmrhDcgIT
これはこれで、言葉に困る作品ではあったの‥…
カエル「まず、1つだけ確実に言えるのは決して駄作ではないってことだよね。
もちろんディズニー/ピクサー作品だから、初めから一定以上のクオリティは保証されていて、この作品もしっかりと楽しませてもらったんだけれど……
でも、なんだか近年の作品と比べても小粒な印象があったかなぁ」
亀「無難にまとめたな、という印象じゃな。
近年ではディズニー作品=少女に向けられた女性主人公の作品
ピクサー=少年に向けられた少年主人公の作品
という印象があったが、今作も男の子らしい冒険がたくさん詰まった作品になっておる」
カエル「ディズニーはプリンセスなどが多く出てくるから、そういう印象になるのかもね」
亀「しかしの……これはかなり大きなことを言うのかもしれんがディズニー/ピクサーは自分たちの表現を自己模倣しているだけのようにも感じてしまうの。
確かに映像的には相当美しいものになってきておる。
しかし……ピクサーの新境地! と思えるほどの作品は、このやり方では生まれてこないのかも知れん」
まあ、多くの人たちが関わって制作しているスタイルだからこその面白さであって、1人の天才が中心となるスタイルではないからね‥…
無難、という言葉が出てしまう原因は、このスタイルにより作りあげられることなのかも知れんの
カエル「飛び抜けた個性を発揮するのではなくて、多くの人が違和感なく楽しめる作品を‥…といったところなのかな」
亀「わしはまるで教科書を観ているような気分じゃったの。
これはディズニー/ピクサーが世界的な大資本の元で作られておることで、半ば必然なのかもしれんが、監督や個人作家の個性ではなく、スタジオや世間の流行、社会情勢を見ながら制作しているように感じられてしまう。もちろん、スタッフは非常に優秀であり、天才といえる人々の集まりじゃろう。
しかし……大ヒットを記録することが絶対条件となっている以上、尖った才能よりは無難な面白い作品を……となった結果、過去の作品を踏襲するような自己模倣に陥っているような印象もあるかの」
チュートリアルのような物語
なんかさ……すんごい、説明的な話だったよね……?
特に序盤はその印象が強かったの
カエル「この力で何ができるのか〜とか、そういう説明がとても多いんだけれど、それがあんまりうまくない印象もあったかなぁ……
しかも、〇〇をしなさい! って結局は操作方法を教えているチュートリアルのようで‥…なんだろう、ゲームの実況動画を見ても、アクションゲームをプレイしている様子などであれば盛り上がるだろうけれど、今作の場合は延々とRPGで操作方法をチュートリアルで教えられているようであったから、ほとんど盛り上がることもなく進んでいったという印象なんだよねぇ」
亀「これはハリーポッターシリーズもそうであるが、魔法というものが便利すぎるわけじゃな。
特に今回は亡くなった人を生き返らせるという、多くの作品でも禁呪であったり、できないとされるほどのものじゃ。アラジンですら、禁じられたものであったの。
それすらも可能となると、物語の障害が全てないものになってしまう。
目的地まで一気にワープするとか、敵となる存在は全て消してしまうとかも、本来魔法であれば可能なはずじゃからの」
カエル「予告にもあるけれど、透明な橋を渡れる〜とかって、それができるならばもっと色々といい方法があるんじゃないかな? って気はしちゃうよね。
もちろん、それを防ぐためにいろいろな制約はできるんだけれど‥…その説明役としてのお兄ちゃんってことにはなってくるんだけれどさ‥…」
亀「まあ、全体的には説明的すぎたかの。
特に中盤までは話はずっとだれてしまった印象があるの」
魔法(伝統)と科学(革新?)の対比の問題点
で……やっぱり、テーマはここに繋がってくるわけじゃない?
『リメンバーミー』に続いて、近年出てくるアイディアじゃな
カエル「でもさ、悪くはないと思うんだよね。
例えば透明な橋を渡るのは『インディージョーンズ3』のオマージュだろうし、あのラストも『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を連想させられたじゃない。
そういった過去の名作のオマージュを重ねることで”伝統”を語るというのは、いい手法だと思うんだよね。
あとは、これは近年のトレンドだけれど『ズートピア』のように動物を主人公にしたり、今作のようにファンタジーキャラクターを主人公にすれば、白人だの黒人だのの批判も回避できるわけで‥…その意味では、いい設定だったと思うんだよ」
亀「前述のように魔法の便利すぎる設定はあるものの、それ自体はワクワクさせるものであるしの。
しかし……やはりワシは、メインテーマとなる魔法(伝統)と科学(革新)の対比が全くうまくいっていないのが気になってしまった。
このあたりは最近ず〜〜〜〜っと『ファイアーエムブレム 風花雪月』をプレイしているからかも知れんの」
最近ブログの更新が滞っている最大の原因でもあります‥…ごめんなさい
作品自体は名作であり、ハマるのも仕方ないのかもしれんがの
カエル「簡単に説明すると、紋章という伝統的な価値観による慣習に苦しめられる人々がいて、それを変えたいと思うんだけれど……それぞれの思惑が交差しながら、3人のキャラクターを中心に物語が展開していく作品です」
亀「”伝統こそが素晴らしい”ということを何の疑いもなく、本気で信じれるものなのかの?
もちろん、素晴らしい伝統、守らなければいけないものもたくさんある。しかし、それによって苦しめられるクソみたいな伝統もたくさんある。それを全てひっくるめて”伝統は素晴らしい、大事にしよう”というのは、流石に無理があるのではないじゃろうか」
カエル「う〜ん……まあ、物語って革新性を求めるものでもあるしね。
旧来の価値観を壊そう! という意味では、近年のハリウッドに多い多様性の尊重とかも含まれるわけで」
亀「その対比そのものが下手くそなわけじゃな。
それに単純にこの映画がもつラストには全く納得しておらん。
『本来の自分たちが持つポテンシャルを活用しよう』というラストになると解釈しておるが、そんな馬鹿な話があるかと。科学の発展の歴史を無視しておるようにも思えてしまう。
例えば現代では飛脚は存在しないし、馬車もおらん。それよりも自転車・バイク・車の方が優れているのは明らかなわけじゃな。
作中でも車を捨てて自分で走る、バイクをやめて自分で空を飛ぶなども出てくるが……それは確かに趣味としてランニングなどを楽しむというレベルならば納得じゃが、仕事に活用したり、あるいはそれが重要な個性となると、だいぶ疑問がわくかの」
カエル「まあ、あくまでもファンタジーの話なので……」
亀「結局、物語の作り込みが甘いと言わざるをえないでのはないかの?」
さよなら、ジョン・ラセター?
そういえばTwitterでは『今作はさよならジョン・ラセターなんじゃないか?』ってツイートもしているよね
ここ最近のピクサーからはそんな雰囲気も感じるの
カエル「その前の『リメンバーミー』とかはどこまで作品に関与していたのかわからないけれど、去りゆく者に対する思いとかが、そういう感じに思えるのかなぁ」
亀「それもあるじゃろうな。
もちろん、ラセターが去った理由は自業自得という人も多いじゃろう。その点に対して非難はあって当然ながらも、しかし彼が残してきた功績もまた、讃えられてしかるべきものである。
また、既に亡くなってしまった父さんとの別れというもの‥…特にラストの流れなどは、それまで長年在籍しているスタッフに対する思いという風にも思われる。
これは日本もそうであるが、大きな役割を残した監督‥…それこそ宮崎駿、押井守への言及があると思われる作品も多い。
もしかしたら、ワシがそういう思考で作品を見過ぎているいるのかもしれんが……そんな感傷的な思いも伝わってくるような作品じゃったの」