物語る亀

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物語愛好者の雑文

オリジナルアニメ映画に未来はあるのか?〜TOHO大作オリジナル映画の抱える問題点と宣伝戦略について〜

 

『きみの色』が公開前なので、言いたいことを言っちゃおうのコーナーです

 

まだ観ていないから言えることっていうのもあるよね

 

カエルくん(以下カエル)

確認だけれど、試写会も含めて観ていないんだよね?

 

観ていないよ、公開日に観に行こうかなぁっていう、台風との兼ね合いで考えている段階

 

カエル「今回は『きみの色』に限らず、大手のオリジナルアニメ映画が抱える問題点に対して意見する、という内容だね」

 

主「まあ、こんなことを言っても何の意味もないことはわかるけれど、ちょっとしたお気持ち表明ってことだね。

 それでは、記事のスタートです」

 

 

 

 

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大きな3つの問題点

 

ここでは、どんな問題点を扱うの?

 

箇条書きにすれば、このようなことだ

 

ポイント! 
  1. 大手オリジナルアニメ映画のプロデューサーの同一感
  2. 変わらない宣伝方法・素人を起用する問題
  3. 大作オリジナルアニメ映画に未来はあるのか?

 

 

 

問題点① 大手のオリジナルアニメ映画のプロデューサーが同一になる問題

 

まずはここから語っていきましょうか

 

むしろ、この記事で最も重要なのはここなんだけれどね

 

カエル「えっと……これは、まあ、名指しをしてしまえば川村元気が関わりすぎってことでOK?

 

主「OK、OK。

 まあ、川村元気が目立つだけであって、本来オリジナルアニメ映画のプロデューサーなんて数人の持ち回りなのかもしれないけれどさ。

 もっと言えば、本来の問題は東宝以外の大手がオリジナルアニメ映画をなかなか制作・配給が難しいということにあるかもしれないし、邦画業界の東宝1強に原因があるってことになるのかもしれない。

 だけれど、やっぱり座組の問題っていうのは、あるよね」

 

オリジナルアニメ映画においてプロデューサーが同じだと、何が問題なの?

 

監督や制作スタジオなどのスタッフが変わっても、根本が変わらないんだよ

 

カエル「じゃあ、ここでわかりやすく、象徴的な2016年の『君の名は。』以降に、川村元気が関わったアニメ映画について、少し振り返りましょう」

 

ポイント!

2016年 君の名は。

2017年 打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?

2018年 ドラえもん のび太の宝島(脚本)

     未来のミライ

2019年 天気の子

     空の青さを知る人よ

2020年 ドラえもん のび太の新恐竜(脚本)

2021年 竜とそばかすの姫

2022年 バブル(ワーナー配給)

     すずめの戸締り

2024年 きみの色

     ふれる。

 

 

東宝の大作揃いだよね

 

これだとさ、まるで川村作品を見に行っているようなものじゃない?

 

カエル「それだけ公開規模が大きくて売り上げもある作品をプロデュースしているということなのだろうけれど……」

 

主「だけれど、これじゃ監督も制作スタジオも変える意味がどれだけあるのだろうか?

 スタジオジブリが鈴木敏夫プロデュース作品になるのは、同じスタジオだから当然だと言える。それならば、確かに東宝の映画だからほとんどが同一プロデューサーになるのは、理屈から言えば当然という意見もあるだろう。

 だけれど、その監督の作家性とか、新しい可能性とかを期待していくのに、何でもかんでも同じプロデューサーが入ると、その差が生まれづらくなってしまう

 

そこが気になるのは川村元気が目立つから、というのは大きくて、ほとんどの作品が同じようなことになっているのかもしれないね

 

その意味では、ポジションに対する嫉妬と言われればそうだし、繰り返しになるけれど東宝以外に公開規模の大きなオリジナルアニメ映画をなかなか作りづらいというのは、あるかもしれない

 

カエル「もちろん『グッバイ、ドン・グリーズ!』『アリスとテレスまぼろし工場』などのような、東宝以外が配給しているオリジナルアニメ映画作品もあるけれどね」

 

主「オリジナルアニメ映画は当たり外れが極端に大きいから、プロデューサーを統一してノウハウを蓄積したいというのもわかるけれど……その個の弊害が大きすぎるのではないだろうか?」

 

 

 

問題点② 変わらない宣伝方法、素人を起用する問題

 

じゃあ、なんで同じプロデューサーの起用に問題があると考えるの?

 

 

結局さ、同じことを繰り返すことになるのではないか? ということだ

 

カエル「一般的にはプロデューサーの仕事は、作品のプロデュースをすることだから……例えば監督を選んだり、どのような作品にするか考えたり、あるいは宣伝方法を考えたりだよね」

 

主「根本の部分を担当することが大きいから、作品の影響力はとても強い。もしかしたら監督・脚本家よりも強い場合だってあるだろうし、なんなら現場での権力……いや、現場ではないか? ただ作品に与える影響力は1番強いと言えるかもしれない。

 その部分を同じ人が担当することで、監督やスタッフ、制作スタジオが変わっても結局は根本は同じになる可能性があるわけだ

 

特に気に入らないのが宣伝方法だと

 

いわゆる”芸能人を声優に起用する問題”もその一環だよなぁ

 

カエル「あれ、でも”芸能人声優=悪”の風潮には反対なんだよね?」

 

主「芸能人声優がそのまんま作品に悪い影響を与えるとは限らない。だけれど、芸能人声優が作品のテイストに合わない可能性は十分にありうる。

 TVアニメって、映像の演技も極端に作られている場合が多いし、その時は大仰な……アニメ声優の演技が求められる。一方で映像の演技が繊細な場合は、声の演技が重大な意味を持つから繊細な演技が求められる。

 それができる人ならばいいんだけれど、でもできない人も多い」

 

誰でもいいってわけではないよね

 

普通に考えてさ、監督や脚本、作画監督などを芸能人にやらせないよね?

 

カエル「それは同じ役者だから……」

 

主「同じ役者といっても、舞台役者とドラマ役者は話が違うわけだ。

 落語の舞台にお笑い芸人が上がるようなもんで、寄席や舞台に慣れている芸人ならば問題ないが、その経験が乏しいと浮いてしまう。結局のところ、役者なんて誰でもできるって思われているわけだよね。

 本当はこの現象に怒るべきは、役者であり、声優だよ。

 『役者は素人ではない』って。

 だけれど、声優としては素人・初めてに近い役者に宣伝目的で演技をさせるというのは、役者というものを過小評価しているとしか思えない」

 

 

 

 

エビデンスのない旧来の宣伝方法

 

なんでそこにそんなに怒っているの?

 

これって、全くエビデンスのない宣伝だよね

 

カエル「エビデンス……つまり、根拠がないってことだよね。

 芸能人声優はその話題性でTVなどで宣伝してもらったり、役者人気で観客を集めるということが通説になっているけれど……」

 

主「そんなの、全くないじゃん。

 本当にエビデンスがあって、効果があるならばなぜオリジナルアニメ映画は爆死の山なんだって。

 ここ数年のアニメ映画をかなり観てきたという自負があるけれど、作品の良し悪しに限らずに爆死の山だよ。本当に効果があるならば、どの作品も一定の興行収入があって然るべきだろう。

 ここまでくると逆に『芸能人声優の作品だから、観にいく必要はないでしょう』という説を覆すことすらできない」

 

そして最大の問題は、宣伝効果が薄いだけでなく、作品そのものにも影響を与える点だ

 

カエル「単に”宣伝効果がない”だけで収まらないんだね」

 

主「繰り返すけれど、芸能人が声優を務めることがイコールで悪、ということにはならない。

 だけれど、演技ができない役者を作品に出すことは、イコールで悪になるんだよ。

 それこそ『SHIROBAKO』で有名なセリフである『政治的なキャスティングは絶対にばれます』ってことだよね。まあ、今はキャスト選出が政治的であっても、隠そうとしていないから、その点は潔いのかもしれないけれどさ。

 そして洋画の吹き替えであれば、まだ字幕版との選択が生まれるけれど、日本アニメの場合はその選択も生まれない。

 ”宣伝効果がないけれどやっておこう”というならば、おまじないも時には重要だからアリだよ。建物を建てるときに神主を呼ぶようなもので、科学的なエビデンスは一切無いけれど、それで心理的な不安感がなくなるならば、むしろ積極的に活用すべきだ。

 しかしそれで、肝心の作品に影響があるならば、それはおまじないでは収まらない

 

『きみの色』の宣伝方法の旧来性

 

それでいうと、この記事は『きみの色』に関しての記事だから、その宣伝方法に対して疑念があると

 

結局さ、月並みで面白くない宣伝しかできていないよね

 

カエル「でもさ、山田尚子作品で言えば『聲の形』だって、声優に松岡茉優を起用して、さらにエンディングはaikoだったじゃない?

 それで大ヒットを記録しているから、成功例もあるんじゃないの?」

 

映画 聲の形

 

その検証が全くできないよね。

 

主「映画興行・宣伝の難しいところは”作品が素晴らしいからヒットする”というわけではない。例えば……某幼稚園児コメディシリーズだって、作品評価がいい作品が興行収入上位かというと、必ずしもそうではない。むしろ、その逆だったりするんだよね。

 もちろん、何を持って作品が良いとするか、なんだけれど」

 

それでいうと、芸能人声優の起用や主題歌を人気歌手にするのは、古い手法でもある

 

カエル「ここで疑問視しているのは、先ほどにも挙げたように『作品にも影響を与える古い宣伝方法』という意味であって、決して古い宣伝方法そのものが意味がない、ということではありません」

 

主「むしろ、旧来のやり方だって意義があるならばやるべきだ。おまじないレベルでもやらないよりはマシ、ということもあるだろう。

 だけれどさ、新しい宣伝手法……特にネット手法を何かやっている感も見えてこない中で、作品価値を毀損するようなやり方っていうのがどうなの? と思うわけよ

 

……もっとストレートで直球の不満は?

 

単純に山田尚子作品でミスチルってセンスが感じられないよね

 

主「『君の名は。』の時にRADはまだ、あの当時の20代くらいのバンドって感じもしたからわかるところはあるよ。でもさ、ミスチルってもう40代以上向けのバンドじゃない?

 我々の頃でいえば、さだまさしとかグレープとか、小田和正とかオフコースとかみたいなことものじゃない?」

 

カエル「いや、あなたの青春の音楽じゃないですか。

 むしろさだまさしとか、小田和正に影響されてきたくせに」

 

主「古いから悪いわけではないけれど、ここでミスチルというのは、大衆ウケに来ているようで、実は外しているような気がしているわけだ。むしろ、そこのセンスを発揮するならば、それこそ羊文学とかの方が、大衆に色がついていないだけいい。

 結局さ、この記事で語る問題点って、公開前なのにすでに川村元気、芸能人声優、ミスチルっていう、変な色が作品についていることなんだよね

 

 

 

 

問題点③ 大作オリジナルアニメ映画に未来はあるのか?

 

そして最後の問題提起部分になります

 

まあ、でもさ、オリジナルアニメ映画に未来があるのか? って話になる気がするんだよね

 

カエル「まあ、身も蓋もない話をするとアニメ映画も売れるのはすでにファン層が確立している作品だよね。2024年の『コナン』とか『ガンダムSEED』とか『ハイキュー』とかだもんね。

 実写映画も似たようなもんで、邦画はTVドラマの劇場版や『キングダム』などの漫画原作シリーズ、洋画だってヒットしたのはアニメは『ミニオンズ』系やディズニー・ピクサー、実写も『トップガン』とかだし……」

 

主「その意味では、名前も知らない劇場映画を見にいくっていうのは、物好きなのかもしれない。山田尚子って名前はアニメファンには知られていても、一般層にどれだけ受けているのかもわからないし。

 そう考えるとさ、もしかしたらもうすでにオリジナルアニメ映画に需要なんてない、という身も蓋もない話になるかもしれない

 

だったら、なおさら制作していただいてありがとうございます、ってことになるんじゃないの?

 

それもそうだねぇ

 

 

 

新しい宣伝スタイルを模索する必要性

 

じゃあ、旧来の宣伝スタイルを否定しておきながら、何を語るの?

 

新しい宣伝スタイルを模索する必要性があるってことだよね

 

カエル「YouTubeとか、XやTikTokなどのSNSってことだね」

 

主「今は各作品がそういった宣伝媒体を持つことも珍しくなくて、それこそTOHOだって『TOHO animation チャンネル』があって、330万人(2024年8月末現在)の登録者がいる。

 だけれど、このYouTube運用が面白くない。

 『ポケモン公式YouTubeチャンネル』『ポケモン Kids TV』とかも企業体が運営しているという意味では同じだけれど、いろいろなオリジナルコンテンツを発表して、ポケダンスみたいなムーブメントを生み出している。

 また作品単体では『TVアニメ【推しの子】公式チャンネル』が100万人近い登録者数がいて、VTuber化したり、YouTuberとコラボしたりして色々と活動していて面白いんだよね」

 

その意味では、大爆死と言われてはいるけれど、Netflixと同時公開に踏み切った『バブル』とかの試みは、ボクは評価したい

 

主「失敗だけれど、その失敗は有意義だからね。むしろ、今は挑戦すらしないで同じことを繰り返しているだけなのが、面白くないって話だから」

 

その点で、TOHOのチャンネルはただ予告などを置いているだけで面白くないのでは? と

 

まあ、いろいろな作品を網羅しているという点では価値があるのかもしれないけれど

 

カエル「そういう、新しい宣伝スタイルを全く模索していないように見えてしまうわけだね……」

 

主「もちろん、放送中のTVアニメと一発勝負の映画だったら戦略も異なるし、ネットとの相性も異なるかもしれない。

 だけれどさ『しかのこのここしたんたん』があれだけ放送前にバズったのとか見ると、今の映画の宣伝方法が本当に適しているのかは謎だよね。もちろん、作品にもよるし、高齢者には届かないかもしれないけれど、でも若い人、いわゆるZ世代はTVをあまり見ないとも言われているから、その意味では最も効果的。

 そういうことをしていないように見えて、変な色だけをつけられてしまうのは、どうなんだろうっていうのが、この記事の最後ですね