月最終週は観たい作品が多い、大変な週となっております
その第1弾は冲方丁原作のミステリーである『12人の死にたい子供達』だな
カエルくん
「冲方丁は結構好きな作家だから、注目もしているんだよね」
主
「テレビアニメではあるけれど、冲方丁が脚本を務めた『蒼穹のファフナー』シリーズは2000年以降のロボットアニメではNo1と言ってもいいくらい好きなアニメだし。
大人がしっかりと描かれている、稀有な作品ですよ。
2期の17話は泣いたなぁ……『冲方の悪魔め! でも、面白いよ、ありがとう』と言いたくなるほどの作品です」
カエル「……それがオススメになっているのかもよくわかりませんが」
主「元々ラノベ出身だし、自分が1番本を読んでいた時から活躍していた作家だったので、思い入れもあります。
『天地明察』もいろいろありましたが、作品は面白かったし。
どうせならば今作も脚本を務めてほしいくらいだよ」
カエル「原作者が脚本だと話題性もありそうだけれど、忙しそうだから難しいのかなぁ。
それでは、早速ですが感想記事を始めます!」
感想
それではTwitterの短評からスタートです!
#十二人の死にたい子どもたち
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2019年1月25日
いやー、素晴らしき茶番劇!
劇場内にはイビキがこだまし、捻りも少ないのにただただ長い物語に辟易してくる
明かされる謎もそこまで興味を持てず、その後のご都合展開には目を覆いたくなる
原作の欠点のカバーはできなかったかぁ…残念 pic.twitter.com/H96OCnCjh9
いやー、これは失敗作と言わざるをえないよねぇ
カエル「山も谷も何もない、つまらない映画だったよねぇ……
本当にこれに300館以上使って公開するの? という思いもあって。
原作をある程度読んでいたこともあるかもしれないけれど、退屈な感は拭えなくて……やっぱり、あの予告でこの映画が出てくると、非難する人も増えるんじゃないかな?」
主「予告の段階で某埼玉映画さんが『邦画史上最大の茶番劇!』という触れ込みをしていたけれど、この映画の登場によって2019年最大の茶番劇すらも怪しくなってしまったね!」
カエル「……コメディとシリアスなミステリーを同列に並べて語っている時点で、ご察しください」
主「簡潔に結論から述べれば、全てにおいて力不足だったと言わざるをえない。
というのも、このような密室劇、そしてシリアスな会話劇を見せるのであれば脚本、演出、音楽、役者などの全ての要素が複雑に絡み合い、見事な一致を見せる必要がある。
なにせ物語はほぼ1つの部屋の中で行われるものであり、しかも爆発などのエモーショナルな快感のシーンもほぼないわけだからね。
だけれど、本作はその”全て”において力不足を痛感する結果となった。
だから誰がダメといういうよりも、全部ダメ。
しかもさらに問題なのが……笑えるくらいダメな作品にすらなっていないからね。堤幸彦監督のイメージ通りの作品になってしまったかなぁ」
原作について
原作は買って読んでいたよね?
……途中で断念したけれどね
カエル「え? どうしてさ!
冲方丁は結構好きな作家だったじゃない!」
主「もちろんそれはそうなんだけれど……なんかさ、読みづらいんだよ」
カエル「え〜? 集中力の問題じゃなくて?」
主「それもあるとは思うけれどさ……
本作って間違いなく『12人の怒れる男』をモチーフにしているのは間違いない。タイトルからしてそうだし、ほぼ1カ所で繰り広げられる密室劇と考えても疑う余地はないとすら思う。
だけれど、これって映画だからできることであって、小説では難しいというのもあるけれど……今作で冲方丁はあるミスを犯していると思うんだよ」
カエル「ミス?」
主「実は小説に限らずに物語というのは多くの情報を含んでいる。
わかりやすくワンピースで例えると、以下のようになる。
- ルフィ=主人公=麦わら帽子の男=考えるより身体が動くタイプ=ゴムゴムの実の能力者
これはルフィという名前から連想する本当に基本的な情報を上げただけだけれど、みんな当たり前のように認識しているが、実はかなり情報量が多い。
では、他にも挙げていこう。
- ゾロ=副船長=腹巻を巻いた剣豪の男=豪快な性格=三刀流の使い手
- ナミ=航海士=初期はショートヘアーのヒロイン=打算的な性格=天気に詳しい
- ウソップ=狙撃手=鼻の長い男=嘘つきでハッタリを効かせる=パチンコを使う
- サンジ=コック=タバコを吸う男=女に弱い男=足技だけで戦う
とりあえず、こんなもんにしとこうか。
こうやって列挙すると本当に基本的な情報だけなのに、かなりゴチャゴチャしてくるのがわかるでしょ?
外見的な特徴と、それぞれの個性をキャラクターデザインや絵で見せることができる、これがワンピースの巧さの1つでもあるわけだ」
原作の失敗
それが原作のお話にどうつながってくるの?
『12人の怒れる男』は自分も大好きで、構成がとてつもなくうまいんだ
主「この作品がうまいのはたくさんあるけれど、今回特筆するのは2点。
”名前でなくて番号で呼び合う”
”それぞれの役割をきっちりと与えている”ことだ」
カエル「アメリカの裁判の陪審員のお話だから、わざわざ自己紹介などもなく、登場人物は番号だけで呼び合うよね? むしろ『あいつ』とか言っていて、番号でもあまり呼ばなかったっけ?」
主「結局のところ、名前なんて記号でしかないんです。
だったら番号でもいい。
だけれど原作は途中からそれぞれの名前が明らかになるけれど……正直ノブオ、アンリ、シンジロウ、セイゴと言われても、それがキャラクターと結びつかない。
これが3人とか5人ならばいい。だけれど、12人だよ?
覚えるのが大変だし、しかもありきたりな名前でもあるから混乱する。これが西尾維新みたいな超特徴的な名前だったら話は変わるけれどね」
カエル「まあ、それはちょっとわかるかも……
原作を読んでいると
『ドアのそばにいた者たちが早足で外へ出た。ミツエやマイだ。十二番の少女であるユキもその一人だった。ケンイチもそうだ。両手でモップの柄を握りしめている。きっとタカヒロと同じ思いに駆られたのだろう。タカヒロのそばにいるセイゴも目つきが鋭くなっていた』
この調子で延々と続くと、誰が誰でどんな行動をしているのか混乱するかも……」
主「本作の場合、スタートから番号札があったから番号で通すのも1つの手だったかもね。そもそも12人が多すぎるんですが……
そして明確な主人公が誰だかわからない。
『12人の怒れる男』は無罪を主張する8番陪審員を主人公にし、彼に同調するように物語を構築していく。それに感情的に有罪を主張する3番陪審員や、冷静に有罪を主張する4番陪審員との対決を描く。
8番に注目してもらうために多くの演出上の工夫があるし、適度に評決を含むことで各登場人物の立場であったり、あるいは1対11だったのが、5対7になったりすることで議論が進行する様をわかりやすく描いている。
だけれど、本作はそのての工夫が少ない印象もあり、残念ながら読みづらいと言わざるをえない作品になってしまったな」
カエル「以前にも語ったことがあるので、こちらの記事も参照にしてください」
役者について
役者についても語っておきましょう
この作品で上手い下手を語るのもかわいそうだけれどね
カエル「一応、主演は杉咲花になるのかな?
EDクレジットロールで1番上が誰だったのかは忘れてしまったけれど、映画情報サイトでは杉作花が1番上だよね。
ちなみに、うちとは相性が悪い印象もありますが……」
主「彼女に関してはいつも同じことをいうけれど、叫ばないで欲しい。
彼女の叫びは1種類しかないし、怒り方もただ怒鳴るだけの工夫もないから、そこに辟易とする。あまり好きな演技ではない。
だけれど、そこを抜きにすれば……そこそこ良かったんじゃないかな?
自分は杉作花のベストアクトは『メアリと魔女の花』だと思うけれど、実写映画では今作が更新したかもしれない。
かといって、惜しいなぁ……という評価は変わらないけれど」
カエル「次にあがるのはうちでの評価が高い新田真剣佑ですが……」
主「取り立てて語ることはないかなぁ……
あとは自分が好きな役者でいうと高杉真空もそうだけれど、落ち着いていていい味がでた演技だったと思う。
けれど、彼らのベストとは言いづらい。
悪くはないし、この作品と考えるといい演技を披露していた方だけれどね。
あとは……注目している俳優でいうと萩原利久だけれど、日本の吃音演技ってあんな風になりがちなのが気になった。面白くないし、偏見すら感じてしまう。このあたりは役者だけの問題ではないでしょうが」
カエル「えっと……ハシカン! 橋本環奈はどうなの?」
主「出番がちょい役みたいなものだから語ることができない」
カエル「……誰か気に入った人はいないの?」
主「上手い下手を語ることが難しいからなぁ……
北村匠海は出番も多いし見せ場もあったけれど……一番可愛かったのは吉川愛になりそうだけれど、あえてそこまで可愛らしくしていない俳優もいるからねぇ。
あと、これは全員に言えるけれど高校生には全く見えない。
『子どもたち』が少なくとも大学生くらいに見えてしまい、それが大きなノイズになった印象もある。
このあたりは、もう監督やキャスティングの問題でしょうね」
以下ネタバレあり
作品考察
壮大な茶番劇
では、ネタバレありで語っていきますが……いきなり茶番劇って
だって、こんなの初めから答えが決まっているだけのことでしょ?
カエル「えっと、ミステリー部分のラストにはあまり言及しないようにしますので、若干濁しながらのお話になります」
主「もともと”命の価値”とか”生きる意味”を問いただす映画になるとは思っていたよ。物語が退屈だけれど、最後は納得する答えを提示してくれると思っていた。でも、残念ながらそれは一切なかった。
全部が予定調和の上に、なんのメッセージ性も引っかかりも感じないものであったのが残念ですよ」
カエル「う〜ん……そこまでいうかぁ」
主「言いますよ、そりゃ。
終盤の展開でなぜそうなったのかが全く理解できなかった。
十二人の全員一致で決をとるのだけれど、そもそもあの終盤になってもまだ何も解決していない人はたくさんいた。心変わりをしそうな人は、わずか数人しかいなかったようにも思える。
だけれど、もっとも強硬だった人ですら意見が変わるというのが信じらなれなかったし、ただの茶番劇に感じてしまった。
暴言を吐くようだけれど、見ている最中に『お前ら●●!』と言いたくなってしまったね」
カエル「これは中々過激な発言ですのでボカさせていただきますが、だいたいご想像通りの言葉です」
主「もう、全部が全部どうでも良くなってしまった。
ミステリーもいうほどミステリーをしていないしさ……適当に作っているんじゃないの? と言いたくなるほど。
結論ありきで作っているのが良くわかるし、その結論に至る過程がわかりづらいからなぁ……」
映画化に不向き?
じゃあ、元々この題材に無理があったということ?
多分ね……そもそも、目的が”死ぬこと”というのが今の大規模上映邦画を作る上では無理がある
カエル「その目的を達成させることは倫理的に問題があるしねぇ」
主「本作は
みんなが死にたいという願望を持つ→問題発生→生きる希望を取り戻す
という物語になっているわけだけれど、最初の段階で死んでいればうちの基準で言えばみんなハッピーエンドなのですよ」
カエル「うちにハッピーエンドの基準の1つは”物語の登場人物、特に主役がその結果に納得しているかどうか”です。
家族に囲まれてお金があって幸せそうでも主人公が納得していないければバットエンドだし、家族に見放されてお金もなくのたれ死んでも主人公が納得していればハッピーエンドだろう、という単純な考え方によります」
主「目的を達成することが物語の主人公の役割の1つと考えれば、上記のような基準になる。もちろん、そんなに単純でもないですが。
今作はその視点で見た場合において、彼らの希望や目的を捻じ曲げていく物語になっている。
しかも、当初の段階で誰かに生き残って欲しいと願っている登場人物は誰1人としていないんだよ。
最初で死んでしまえば、ハイ、おしまいなんだよ。
むしろ、その目的を捻じ曲げられる方がバットエンドと言えるかもしれない」
カエル「彼らを取り巻く状況はなに1つとして変わっていないわけだしね……」
主「生きることは素晴らしい! というメッセージ性を内包させるには物語が弱すぎるし、メッセージ性も皆無だし。最後にはしゃいでおしまいにされて……別にみんなあの場に向かうことを5分で決めた訳ではないだろうに、その気持ちを適当な演説で覆されるというのもね……単に同調圧力に負けただけにしか見えなかった。
そのあたりもつまらんかったなぁ」
まとめ
では、この記事のまとめになります……
- 脚本、演出、音楽、俳優など全てにおいて力不足を露呈した作品
- 原作からして12人も出すことは無理があった?
- ミステリーとしても弱く、納得できる要素がほぼない
原作の冲方丁は初ミステリーだからと擁護はできるけれど、映像化するべきではなかったのでは?
カエル「特に堤監督はベテランだから、どうにかして欲しかった思いもあるかなぁ……せっかく『人魚の眠る家』で再評価の流れも来ていたけれど、ここでまた映画ファンの評価を下げてしまうというね……」
主「もう、どうしようもなかったのかもしれないけれど……
中々難しい原作だったと思うよ。演出面でも工夫しているように見えた部分もある。だけれど、全体を通しては……評価はできないなぁ」