カエルくん(以下カエル)
「今回語る新感染のヨン・サンホ監督はアニメ映画の監督なんだね」
ブログ主(以下主)
「韓国アニメ映画って観たことなんだよなぁ……
見る機会が少なくてさ、見たくても日本語字幕付きで見ることが難しいし」
カエル「ちなみに監督の最新作である『我は神なり』も17年の10月にユーロスペースなどで公開するので、お近くの劇場に来た際はぜひ鑑賞してね!
もちろん、アニメ映画を多く鑑賞しているこのブログでも扱う予定ですので、そちらもお楽しみに!
で、それはとりあえず置いておいて……アニメと実写映画の監督を務める人って珍しいよね?」
主「いや、ちょこちょこいるにはいるよ。日本ならその両立で作品を量産している人もいるし」
カエル「え? 誰だろう? 有名な人かな?」
主「押井守」
カエル「……あー、なんだか回答に困るねぇ」
主「他にもアニメ監督だと『オトナ帝国』の原恵一だとか、あとは庵野秀明もそうだよね。樋口真嗣も元はアニメ畑の出身だし。逆に実写の監督がアニメを手がけるというと岩井俊二や本広克行が思い当たるかな。
両方とも成功したと言えるのは庵野秀明が文句無し、あとは本広克行も『サイコパス』などで成功しているから、この2人が代表的な監督になるのかな?
まあ、総監督などだから他のアニメ監督や実写の監督とはわけが違うという意見もあるかもしれないけれど」
カエル「そう考えるとこの監督のアニメ映画の出来次第ではトンデモナイ功績を残すかもしれないんだね」
主「韓国のアニメ業界は市場が小さいと語っているけれど、そこの突破口となる監督かもしれないね。今後も注目していきたい。
では感想記事を始めるとするよ」
あらすじ
アニメ映画監督であるヨン・サンホ監督の初実写長編映画であり、今作の前日譚に当たるアニメ『ソウル・ステーション パンデミック』も公開されることが決定している。
韓国国内で発生したウイルス拡散事件。そのウイルスに感染すると、人々はゾンビ化してしまうという恐ろしいものだった。リグは娘のスワンと共に釜山に向かうために新幹線に乗り込むが、そこではすでに感染してしまった人が乗り込んでいた……
密室の中で訪れるパンデミック。逃げる場所もない中で、果たして2人や乗客の運命やいかに……
1 感想
カエル「ではまずはいつも通りTwitterの短評から書いていきます」
#新感染
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2017年9月1日
う〜む、これは唸る……
ホラー苦手人間だけど良くも悪くも怖くはない
しかし社会派ドラマとして卓越した出来であり、非常にうまい
下手するとチャチになりがちなのに、見事な構成も相まって……文句なしの傑作でしょう
主「自分はホラーが大の苦手の怖がりなんだけれど、本作に関して言うなら全く怖くなかったんだよね。それがいいのか悪いのかというのはまた別の議論になるけれど……Jホラーのような、いかにもおどろおどろしい雰囲気や音楽で静かにじっくりと追い詰めて、ある瞬間に……! というタイプの映画ではない。
アグレッシブなゾンビが次々と現れて襲ってくる作品だから、ということもあるかもしれない」
カエル「もちろん、本作を怖かったという印象を抱く人もいるだろうけれど、どちらかというとゾンビものということもあって『バイオハザード』などに近い恐怖感だよね」
主「今作は韓国で制作していることもあるのか、感情表現がかなり派手なんだよ。泣くとき、怒るときは身振り手振りで全力で感情を表す。これが非日常の世界観と見事にあっていて、面白い映画になっていたね。
しかも単なるパニックホラーではない。ゾンビ映画ってB級ホラーの代表格と言われていて……まあ、ファンが自虐的に、聳え立つクソの山の上にわずかに光る宝物を探すようなジャンルだという人もいる」
カエル「どうしてもB級感って出てしまうけれど、本作はまず設定がいいよね。新幹線の中をメインの舞台としたゾンビもので、逃げ場がないけれど、時間制限つきの物語になるという設定もまた面白くて!」
主「アニメでは『電車とゾンビ』という意味で似たような設定の作品に『甲鉄城のカバネリ』という江戸時代をモチーフとした世界観にスチームバンクを取り込んだ作品があったけれど、本作はカバネリでやって欲しかったなぁ、と思うことがたくさん詰め込まれている。
そして自分が本作で唸ったのは社会派映画としてなんだよね。
本作は人間ドラマも見応えあるし、社会派ドラマとしてかなりの完成度を誇っているわけだ」
解説
カエル「じゃあ、まずは簡単に解説をしようか。インタビュー記事を読んでいるとアニメ監督ということもあって、日本の作品にも影響を受けていることを公言しているね」
主「実写だと中島哲也、アニメだと今敏や大友克洋などの名前を挙げている。そう言われるとなんとなくこの映画からその雰囲気が伝わってくるよね。
『映画『パプリカ』感想と今敏が遺したものとはいったい何か? 』の記事でも書いたけれど、日本の深夜アニメを中心とした萌えアニメ作品よりも、少し売り上げや知名度では劣るような今敏や押井守、湯浅政明の方が世界的には大きな影響を与えているということがここでもわかる」
カエル「もちろん海外映画監督やスティーブン・キングなどにも影響を受けているとは思うけれど、日本の影響がわかるシーンなどはあるの?」
主「例えば主人公のソグが鏡の前で苦悩するシーンがあるけれど、これは今敏の『パーフェクトブルー』を連想する人も多いでしょう。わざわざ合わせ鏡にしたのはかなり意識しているな、という印象がある。
それから漫画だと古谷実のファンらしいけれど、納得するところもあるよね」
カエル「古谷実って『稲中卓球部』の印象が強いけれど、ここ最近は映画かも果たした『ヒメアノ〜ル』などの人間の内面性を深くえぐりとるような作品も描いているよね」
主「今作を見ていると中島哲也とか、古谷実の影響は特に強く感じるよね。多分押切蓮介とかも好きなんじゃないかな? まだ読んだことがないなら是非ともオススメしたい。まあ、監督がこのブログを読むわけがないんだけれどさ」
カエル「あとは何と言っても2017年で日本公開された韓国映画とゾンビと言ったら欠かせないのが『哭声 コクソン』で、このブログでも扱ったけれど、ありがたいことに結構高い評価を受けている記事でもあります」
この映画が好きな人にはこちらもオススメ!
主「コクソンと今作ってゾンビの振付師が一緒なんだって。だからコクソンの動きのパターンを下地にしているところもあるらしい。この辺りが繋がってくるのが面白いよ。
そしてこの2作品がやろうとしたことは全く違うようで、実はちょっと似ているところもある。どちらも受け手の想像力に委ねる部分もあるし、解釈の幅がたくさんあって、見た後に語りたくなる作品であるのは間違いんないんじゃないかな?」
子役とは思えぬ演技力を発揮したスアン役のキム・スアン
あの作品に近い?
カエル「あの作品? ってなに?」
主「自分が本作を知ったのは『シンゴジラの海外興行収入について考える〜邦画はこのままでいいのだろうか?〜 』の記事にも書いたけれど、スペインでシンゴジラが公開したけれど大コケしたというニュースだったんだ。で、調べてみたら実は5本セットのツアーの中の1作という扱いだった。
その中にこの作品がセットになっていたんだよね」
カエル「多分カルトな良作映画をパッケージにしてツアーをやっていたか、もしくは大規模上映の前の反応を見るための試験的な公開だったのかな?」
主「その中には記事にはしていないけれど、本格派ホラーでガチで怖かった『ジェーン・ドゥの解剖』もあったんだよ。
これも良作ホラーだよ。この3作品を見ても相当レベルが高いから、他の2作品もなかなかの作品なんだろうけれど、ちょっとヨーロッパのパッケージだったからどんな作品なのか全くわからないんだけれどね……
で、その意識もあったからだと思うけれど、自分はこの作品って『シンゴジラ』に似ていると思うんだよね」
カエル「シンゴジラに?」
個人的には2016年NO,1の大傑作! まだ見ていない人がもしもいたら、必見です!
主「シンゴジラというのはゴジラを天災の象徴として描くことによって、東日本大震災を振り返ったり、様々な読み取り方ができるように作られていたわけだ。実は怪獣映画の振りをした社会派の映画である。
で、この作品も同じなんだよ。
多くのゾンビ映画が失敗するのはゾンビが何を示しているのか? ということを設定できないから。だからただの逃げ回るだけのパニックホラーで終始してしまう傾向にある。
だけれど、ゾンビを通して何を描きたいのか? ということをしっかりできていると、中々面白いようにできるわけだ」
カエル「それこそ最近亡くなったロメロ監督の『ゾンビ』などがそうだということだね」
主「他にもドローンを用いた空撮による韓国国内の景色の撮り方であったり、主演のコン・ユがどことなく長谷川博巳のように見えてきたりしない?」
カエル「う〜ん……まあ、そう見える人もいるってことだね」
主「もちろん市井の人を中心に描いたりと違う部分もあるけれど、類似性は結構あるんじゃないかな?」
以下ネタバレあり
2 アクションについて
カエル「ではここからネタバレありで語るけれど……まずはスターということで、9限からってことになるのかな」
主「まあ、これは頑張っているけれどCGのクオリティがちょっと……と思うシーンが多いのは難点かなぁ。
あとはさ、あのゾンビたちの設定が若干気に食わなかった」
カエル「そう? いい設定も多くあったと思うけれどなぁ」
主「弱点の作り方などはいいんだけれどさ、明らかに身体能力とかおかしくない?
個体値に差がありすぎだし、モブに対してはゾンビが圧倒的なスピードを持って迫ってきているのにもかかわらず、主人公たちが戦うシーンではその動きがなくなっているんだよね。意外と普通のゾンビみたいになっていた。
あの座席を飛ぶようにやってくるゾンビはどこに行ったのよ!?」
カエル「う〜ん……もっとゆっくりとジワジワと迫ってきた方が良かったってこと?」
主「ゾンビ映画を見るといつも思うけれど、あいつらってどういう行動原理で動いているかわからないんだよね。もちろん、そんなことを語るのは無粋だけれどさ。
結局ゾンビの恐ろしさって1体1体はそこまで強くないけれど、基本的にタフだし、そして一度でも噛まれて感染したらその時点でアウトという感染力の高さじゃない?
無傷で完封しか許されないなんて、そんな理不尽な相手なわけだよ」
カエル「状況的にも閉鎖空間とあって圧倒的に不利なのは間違いなよね。武器もほとんどないし……」
主「その中であのスピードがあるからこそより恐ろしくなるというのはわかるけれどさ、それがマチマチだったんだよねぇ。なんでこのおっさんの素手が効くんだかもわからないし……返り血などで感染している可能性もあるんじゃない?
その辺りの設定がなんだかなぁ、と言う思いがあった」
カエル「結構力入っていたけれどね。終盤のあれが燃えているシーンとか、すごいお金がかかってんなぁという感心したのに」
主「いや、そういうのはいいよ? 列車にひきづられるゾンビなどもすごく良かった。
だからこそ、基礎身体能力が非常に気になったかなぁ。
でも、文句があるのはここだけ。あとは全て褒めになりますよ」
妊娠中の奥さんソギョン (チョン・ユミ)
こちらは坂本真綾が声を担当。もちろん凛として美しくあっています!
スタートについて
カエル「スタートから一気に引き込まれたよね。
韓国の街並みって日本に近いところがあるじゃない? もちろん人種的にも似ているしさ、検疫の場面からスタートするけれど、あれって鳥インフルエンザなどが流行した時によくテレビで見た光景でもあるわけで、既視感があったよね」
主「ここは上手いなぁ、と思ったよ。これから起こるパンデミックというのはもちろん空想上の物語であり、ゾンビなんて世界中のどこにも存在しない。下手をすれば夢物語になるんだけれど、ここで現実とリンクをする場面を作ることで、違和感を生じさせにくくしている。
序盤に関しては普通の日常の物語なんだよ。あのお父さんがWiiを2つ買ってしまうというのも、まあありそうな話だし」
カエル「トラックで鹿を轢いてしまって……というのも、現実ではよく聞く話だしね。あのような田舎町だとそれが普通なのかもしれない。だけれど、それが起き上がってくるという掴みは相当うまいよね」
主「非日常の世界へと違和感なく入り込ませながらも、しっかりと序盤で観客をがっちりと捕まる。基本かもしれないけれど、この作品らしいスタートで、これは計算されているな、と感じたよ。
それから列車に乗った後の登場人物の紹介もサラリとどんなキャラクターかわかるようになっているわけでさ。説明描写なんだけれど、不自然な台詞などがない。邦画も見習ってほしいところだよ。説明描写を過度に入れなくても、描写1つでどのような性格かわかるんだからさ」
3 本作のテーマ
カエル「本作のテーマ……社会派の映画だ、と語ったけれど、実際はゾンビでパニックになっている映画じゃない? 現実には起こりえないことだけれど、そんな映画で描いた社会派な一面ってどのような部分にあると思う?」
主「ここは色々な解釈ができるようにできている。人によっては戦争だというかもしれないし、儒教と経済優先の新しい価値観のせめぎ合いだということもできる。
自分は後者に近いね。自分は本作はある種のいびつな経済成長を遂げる韓国の現状を揶揄した映画だと受け取った」
カエル「ふむふむ……ではそこについて語っていこうか」
主「この作品のテーマとして誰もが思うのが『自分優先なのか、他者優先なのか』という問題だ。子供に対してコン・ユが『あのような状況だったら自分優先に考えないと』と語っている。スアンはそれは違うんじゃないの? ということで父親とはちょっと反りがうまくいっていない。
これは韓国の競争社会を揶揄しているんだと思うんだよ。
この映画において『他人を蹴落としてでも生き残る』という意思を持っている人は、社会的地位が高い人が多い。ソグも証券会社のやり手の社員みたいだし、バス会社の重役であるヨンソク(キム・ウィソン)もそうだ」
カエル「一方で筋肉マッチョのサンファなどはバックボーンこそ明らかになっていないけれど、おそらくあの風貌と性格からすると現場で作業する系の仕事だよね。あとは高校生のヨングクとジニもまだまだ子供だから、社会的地位は高くない。あのおばさんの姉妹もそうかな」
主「ホームレスのおっさんもそうじゃない? あのおっさんって基本的には足を引っ張っているだけなんだけれど、序盤の騒動からは生き残っている。
あの映画において社会的地位の高い人や、お金を持っている人などはどちらかというと蹴落とす側にいるわけだ」
女子高生ジニ(アン・ソヒ)と後ろいるのがヨングク(チェ・ウシク)
ジニは喜多村英梨が声を担当、適度にビッチ感が出ていた見事にあっています
入れ替わること
カエル「中盤で立場が入れ替わるじゃない? あれもすごくうまかったよね」
主「自分はあの乗客が言っていることも間違いではないとは思う。あの密室空間において、誰か1人が感染していたらそれだけでアウトだし、彼らが感染していない保証なんてどこにもない。
あのような状況下では見捨てるという選択肢も必要だとは思うんだよ。じゃないと、より被害が大きくなる。現にそういう映画もたくさんあるしさ」
カエル「そんな簡単に割り切れないから難しいところだけれど……」
主「ここで立場が入れ替わった時に、子供達や妊婦が保護の対象ではないというのが象徴的でさ。あの列車の中で繰り広げられたやり取りというのは、競争化社会で上に行った人間……他人を蹴落として成功してきた人間と、そうではない人の対比だということもできる。
今の韓国社会ってそうなっているじゃない? 一部の大手企業に入ることが人生の勝ち組の条件であって、そのために熾烈な受験競争などが問題視されている」
カエル「テレビなどでも報道されているのを見るけれど、受験の日はすごいことになっているもんね……」
主「それを見ているのが次世代を担う子供達なんだよ。その『他人を蹴落としてでも』という価値観についていくことができない、もしくはついて行きたくないと察知するわけだ。
それを象徴するのがソグの仕事でさ、彼がやってきた証券取引の結果がこのような結果を招いたのではないか? という思いもどこかにあるわけだ。
自分はこの描写から『大企業に追従する生き方だと、何かあった時にみんな共倒れになってしまう』という危機感も描いているものだと思った。大企業中心の社会だと、このようなパンデミック(経済的混乱)もいつ起きてもおかしくはないよ、という暗喩にもなっている」
カエル「最後、結局生き残るのはあの人たちじゃない? これってどういう意味があるの?」
主「そのまま次の世代に何を残せるのだろう? 何を残せばいいのだろうか? という自問自答だよね。
それまで必死になって戦ってきた仕事マンのお父さんの姿もあって、競争化社会を当然のものとして、家族や他のものを犠牲にして生き残ってきた姿もある。一方で本当にそんなのでいいのかなぁ? という思いもある。
この2つのせめぎ合いの中で、父親として見せた姿。それが次の世代に対してどのように継承されるのか、というテーマだろう」
最後に
カエル「僕さ、あの女子高生のジニとヨングクの後半のシーンがすごく好きなんだよね。ゾンビものだけれど、ここまで美しいゾンビのシーンを描けるのか、って感動しちゃった」
主「この映画の中には色々な競争化社会で失いがちなもの……家族への愛だったり、恋人への愛などが詰め込まれている。
この映画が示した問題は日本も似たようなところがあるとは思うんだよ。もちろん、韓国ほど激しくはないけれどさ……」
カエル「競争化社会や勝ち組、負け組みという価値観も依然として存在しているしね」
主「本作がかなりいい出来だったから、この監督のアニメ映画ももっと見てみたくなった。前日譚のお話も見に行くだろうし、もちろん長編も見に行こうと思う。
これは韓国映画から新たな鬼才の誕生花もしれない。やはり韓国はすごいね。この手の映画が大規模で作られるからさ」
カエル「日本も負けていない……と言いたいけれど、大規模公開だと負けているとしかえないからね……小規模だといい映画もあるんだけれど……」
主「こういう映画にお金を使えるというというのが韓国映画界の強みだと思うし、一方では歪みなのかもしれないね」