『殿、利息でござる』を鑑賞してきたのでその感想をあげていく。
邦画の時代劇となると、どうしても暗いシリアスな作品を連想しがちだが、今作は予告編通りコメディータッチの笑える作品となっていたので、お祖父ちゃん、おばあちゃんのみならず、若者が見ても楽しめる作品に仕上がっているので、ファミリーで、デートで、もちろん一人でも鑑賞できる。
しかし最近は『超高速! 参勤交代』などコメディー調な時代劇が増えてきたように思う。参覲交代も続編が決定(しかもリターンズなんてカタカナをタイトルに使うとは!)しているので、非常に楽しみな一作である。
では恒例の一言感想から
日本人には染みるわぁ……
1 無私の精神
最近、話題になる映画作品は如何にお金を稼ぐか、他人を出し抜くかという話が非常に多い。
例えば最近だと『マネー・ショート 華麗なる大逆転 』などはその最たるもので、アメリカ経済の崩壊に賭ける男たちの話となっていた。(もちろん、その不謹慎さを嗜めるシーンもあるのだが)
他にも『ソーシャル・ネットワークなんてまさしくそんな映画で、金と女とドラックが彼らの原動力になっている描写が非常に多かった。
一度本屋さんに入れば『如何にして金を稼ぐのか』系ビジネス書はともかくとして、怪しげな自己啓発本にセミナー、さらに飲み会にはマルチ商法の手先が紛れ込んでいる世の中である。
ネットの世界も同じで、結局は金を如何にして稼ぐのか、という記事がビューを安定して稼いでいるし、有名ブロガーの尊敬と嫉妬もその多くが書いた内容ではなく、稼いだ額に由来するものであることも多い。
全く、恥を知れ!!(アフィリエイトを貼っている私が言えることではないけれど……)
そんな冗談はこれまでとして(冗談ですよ!)、やっぱり金を稼ぐ話というのはわかりやすくて面白いのは事実である。物語における行動原理として、なぜ主人公が苦境に立ち向かうかといえば、『金を稼ぎたいから』という理由は誰にでも納得できるし、説明不要の人類共通の目的である。
だが、この作品はそんな『金の稼ぎ方』を教えるのではなく、『金の使い方』をテーマにした点でも興味深い一作となっている。
(そういう意味ではチャップリンの街の灯に近い印象)
2 作り込まれた世界観
本作はあくまでも時代劇でありながらコメディーなのであるが、ではその作りは手抜きかと問われると、とんでもない。むしろシリアスな時代劇よりも、金も手間もかかっている。
私が時代劇で一番萎えてしまうのは、あまりにも綺麗すぎる世界観である。例えば役者は小綺麗な格好で毎日洗濯しているような、鮮やかな着物を身にまとい、町人や百姓であろうとも顔に少しだけ泥を付けていればいい方で、血色のいい顔を晒しながら「貧しいだぁ」なんて言われても説得力の欠片もない。
村の様子も非常に貧しい割には家の作りがしっかりとしていたり、あまり貧しさを感じない美術や背景の作品もある。
だが本作では上流階級のお侍は綺麗な格好でピシッと決めているし、主人公たちの金を持つ農民(商人)達はそれなりに小綺麗な格好をしているが、下男たちは今にも臭いそうなボロをまとい、肩などススキれているような服装で、ドロドロの顔を晒すのである。
本作は農民たちが『貧しい』ことが一つのテーマになっているため、その貧しさに説得力がないとそもそもお話が成り立たない。そこをより強く意識したのだろう、階級ごとにおける生活感の違いなども画面にしっかりと現れていた。
また家なども金を出しあう商家の主人たちは、しっかりとした作りの家であったが、下人は風の吹き込むボロ屋敷に住んでいる様なども良かった。
私は特別この時代の暮らしぶりに詳しいわけではないが、専門家が鑑賞しても特に違和感のない美術や背景になっているのではないだろうか?
3 脚本の妙(以下ネタバレあり)
私は物語を見るときに一番注目するのが脚本なのだが、この点に関しても感心した。
映画館の予告で見た大体のあらすじや、ギャグのようなシーンは大体開始10分ほどで出てきてしまう。そのため、この先どのような展開になるのか想像が難しくなってくる。
例えば瑛太演じる菅原屋は殿様に利息を買うということを提案するものの、千両(3億円)という膨大な額を集めることができるわけがないと諦めるし、この計画が始まってもあまり乗り気ではない。
だが阿部サダヲ演じる穀田屋の奔走もあって、次々と仲間を集めてしまう。そのため、計画を潰そうと絶対反対するであろう村の代表役に話をしに行くのだが、逆に賛成されてしまい、引くに引けなくなってしまう。
この辺りのコメディーを含みながら話が加速していく序盤は、笑えて面白い上に物語に引き込まれて行く、いい作り方だろう。
展開の妙
特に私が驚愕したのは展開である。
この作品のあらすじを聞いた時、誰もがなんとなく以下のような障害を想像することができるだろう。
- お金を集めようとするが集まらない
- 話が漏れてお侍に知られる
- 裏切り者が出て金を持ち逃げされる
- そもそも受け取らない
大体パッと考えただけでも、こんなトラブルが発生するのかな? と思いながら鑑賞していたのだが、せっかく銭を集めてもお上が受け取らない時点で、ここが最大の障害になるのかなぁ、なんて思っていた。
そこでケチと思われていた穀田屋の父親が、実は宿場のために銭を貯めていたと知った時、「あ、このいいお話をしてお上が受け取っておしまいかな」と思ったものだ。
実際、お上は受け入れると告げる。
ただし、千両に換金してからな、と告げて。
「千両に足りないよ!」
確かに先の話で「銭を作るお上に銭を貸すのが一番儲かる」という話もあったが、ここでまさか前提条件である五千貫文という目標を、為替相場の関係で引き上げるとは全く思っていなかった。
この作品のトラブルと解決は
1 銭集めと秘密の保持
2 お上に受け取ってもらえるように働きかける
3 さらに追加の銭を集める
という3つパートに別れているのだが、これが2の段階で終わっていたら時間的にすっきりするものの、少し物足りなく思ったかもしれない。
完全に油断しているところにこのように展開してきたので、非常に驚いてしまった。
4 役者の演技
今回は誰がいい、悪いというのは特になかったかなぁという印象で、コメディーというだけあってオーバーリアクションなのだが、それがあまり嘘くさく感じられなかったのは役者の腕ということだろう。
特にコメディー色の強い役柄には阿部サダヲや、きたろう等、コメディーもできる役者を起用しているし、西村雅彦のいつもの小さい男振りが如何なく発揮されていた。強いて言うならば千葉雄大が若干周囲のオーバーリアクションから浮いているかなぁ、という気もしたが、そういう役だと割り切ってしまえば特に問題もない。
話題の羽生結弦の演技も若い殿様らしさに溢れていて、思ったほど棒演技でもなかったし、小慣れていない感じが「まだ殿様になって日が浅い、若者だな」と思わせるものでよかった。スポーツ選手が出演となると酷い演技を晒す印象があるが、羽生結弦に関しては、引退後にでも役者を目指してもいいのでは? と思える演技だった。(出番は少ないけれど、台詞量もしっかりあった)
最後に
個人的には減点する要素もないし、2時間しっかりと楽しめたし、ほろりとさせる展開もあったので好印象。
誰にでも勧められる映画に仕上がっていると思う。せっかくならばGWに合わせれば、それなりにいい成績を残せたのではないだろうか?
日本人に笑いと涙をしっかりと届けてくれる、安心して見られる作品だ。