物語る亀

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物語愛好者の雑文

漫画『娘の家出』 全6巻感想と1話の紹介 志村貴子の優しい描き方が心にしみる……

カエルくん(以下カエル)

「じゃあ、今回は志村貴子の話でもしようか。リテイクも必要な記事がたくさんたまっているしね」

 

ブログ主(以下主)

初期に書いた記事はリテイクするのがブロガーとしての基本! とはよく聞くけれど、それができれば悩みもしないわけで……」

 

カエル「このブログってあんまり手直ししないんだよね。だから書いた直後はともかく、後々読み返すと『なんだ? これ、何が言いたいんだ?』ってことも多くて。そういうことを直すためのリテイクなんだけれど『まあ、いいか。あとでやろっと』と思ってそこでおしまいになりがちで……」

主「明らかな誤字脱字とかはなるべく直すけれど、ほとんどの記事は書いた後1週間もしたら書いたことすら忘れているという……この忘却力の高さが売りだから! いつでも新鮮な気持ちで物語を見ることができるよ!」

カエル「……バカなことを言っていないで『娘の家出』の全6巻のレビューと感想と……批評になるかはわからないけれど、まあ、批評まがいなことを始めるよ」

 

主「ちなみに今回は過去に書いた記事のリテイクでもあるので、その箇所を少し残しますので、なんだか不思議な記事になるかも……

 リテイクといいながらほとんど書き下ろしだけどね!

カエル「書き方そのものが変わってしまっているもんね……」

 

 

 

 

1 志村貴子と『娘の家出』

 

カエル「じゃあ、まずはこの作品についての説明だけど……志村貴子といえば何と言っても繊細な人間、恋愛描写が売りの漫画家で、ジェンダーの描き方などは独特の雰囲気を醸し出していて面白い作品が多いよね!

主「今回は何よりもこの作品の面白さを伝えるために、1話の非常にうまい話の作り方を紹介しようか。

 この作品は連作短編のオムニバス形式となっていて、基本的には1話完結の物語だ。1話で出てきたまゆが一応主人公であるが、話によっては一切出て来ない回もあり、様々な人間に視点を変えていく群像劇となっている。

 なのである話では単なるサブキャラに過ぎなかった人物が、ある話では主役になるということも珍しくなくて……読み進めていくと『あの人はどうなったのだろう?』とか『この人に注目するんだ!』と少し不思議な物語になっている。

 

カエル「お話の方向性がどこに行くか、全くわからない作品でもあるよね」

主「このような作品は特定の誰かに注目するわけではないのでキャラクターの作り方など少し難しい面もある。物語において重要な『大目標』つまり理想やキャラクターたちが追いかける夢などもない。そんな目的がない物語は最近は『日常系』として数も増えているけれど、本作は日常系と呼ぶには少し刺激が強いかな」

カエル「良くある日常系はある種のあるあるだったり、キャラクターのかわいらしさを前面に押し出していくものだけど……もちろん、キャラクターにも魅力はあるけれど、萌えとはまた違うし……」

主「本作の特徴……というか、志村貴子の持ち味だけどさ、ジェンダーという武器を非常にうまく使って物語を魅力的なものにしている。

 これがあるからこそ物語としてはそこまで派手なものではないけれど、すごく引き込まれるものになっている。それが1番うまく出たのは、やはり1話だと思っていた……

 自分は短編漫画としても、連作短編のスタートとしても特にこの1話は完璧な作品だったな

 

 

 

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1話の圧倒的なうまさ

 

カエル「じゃあ、ちょっと1話だけ簡単にあらすじのネタバレをしちゃおうか」

主「本当は漫画を読んで欲しいけれど、まあ、1話だけ、映画の出だしだけということで勘弁してください。

 1話はこの物語の主人公、まゆの視点で紡がれる。

 女子高校生のまゆは母親の再婚を機に家出を決意する。向かった先は別れた父親の元だった。

 特にまゆは父親を嫌っているわけではない。

 なぜ両親が離婚したのかというと父親に男ができたからである。

 

 これは誤植じゃないよ。

 父親に男ができたから。

 

カエル「まず、この段階で衝撃だよね……両親の離婚の原因が同性愛っていうのも、なくはないけれどさ……子供まで生まれていて、そっちに走るんだ、という衝撃もあるし……」

主「男性が同性愛に目覚めるというのは女性よりも遅い傾向があるんだよ。

 女性の場合、身体的な変化って多いじゃない? 生理が来たり、胸が膨らんだり……男も精通が始まったり、毛が生えたりするけれどそこまで劇的ではないことがある。そういう事情もあるのか、男性の場合は子供が生まれた後に目覚めることもあって……子供のいる同性愛者はそれなりにいるみたいだね。

 今子供を育ている男性もいつ目覚めるのかわからないよ。古代ローマではむしろバイセクシャルの方が普通だったし、同性にトキメクというのはもしかしたらそこまでおかしなことではないのかも……」

 

カエル「ここでまず読者は『同性愛の父親かぁ……』と一気に引き込まれる(もしくは引かれる)けれど、それでお話はおしまいじゃなくて……お父さんはなぜまゆは家出をしたのか、母親の再婚相手が酷い男なのかとヤキモキして色々と考え込んでしまう。そんな父の心配をよそにまゆは平然と生活を続けていくんだよ」

主「やがて父親の恋人である男性のしんちゃんを誘惑するけれど、相手は女性に興味がないので見向きもされずにフラれてしまう。 

 ではそんなまゆの思惑とはなんだったのか?

 その一つは父親に対するいじわる。

 もう一つが以下のセリフである。

 

 

 でもたぶんいいのです別に あたしは父が大好きでしたから

 一度きちんと恨み言をぶつけてやりたいと思っていて

 でもたたきのめしてやりたいとまでは思わなかったのです

 

 ただ困ったのは

 母の彼氏も父の彼氏もどちらのあたしのタイプだということです

 そこだけは許せません」

 

 

カエル「ここはシビレたねぇ……

 父親が離婚していて、しかも同性愛者というだけでもとんでもない飛び道具を持っていたのにもに関わらず、それをオチに使わずにそれ以上のオチを用意していて……。これは本当にとんでもないスタートだよ!」

主「個人的に特に評価するのは、これは漫画だからできることではないということで、この物語はやろうと思えばドラマでも映画でも小説でも演劇でも、媒体を問わずに使える技法でもある。これが『物語』としての面白さだよなぁ……勉強になりました」

 

 

2 全6巻の感想

 

カエル「リテイク前は4巻のことについて書いていたけれど、今回リテイクということで大幅に書き直していくよ!」

主「まあ、4巻の感想についても少しだけ残しつつだけど…… 

 このお話はジェンダーを扱い、確かに1話も衝撃的な物語を紡いできた。だけど、志村貴子が『青い花』『放浪息子』で描いていたことというのは、確かにジェンダーなどの衝撃の設定もあるんだけど、それ以上にすごく丁寧に紡がれた登場人物たちへの愛に溢れていること、そしてどんな選択でも受け入れるということにあると思う

 

カエル「以前に『恋愛作品論でも語ったけれど、現代は恋愛物語を書こうとすると壁が少なすぎて……しかも携帯があるからすれ違いも使えない。じゃあ、現代でも生きる恋愛の壁というと、やはり『ジェンダー』『不倫、浮気』などがあるわけだね」

 

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主「特に近年はジェンダーを扱った作品に名作が次々と登場している。2016年なら『キャロル』が素晴らしかった。

 だけどジェンダーを扱うとどうしても……煽るって表現が妥当なわけではないけれど、なんというか『構える』んだよね。ちょっと強調してしまうというか。

 一方、志村貴子はジェンダーに対してナチュラルに描いていると思う。もちろん物語としてジェンダーで魅せることはあるけれど、強調が不自然ではないというか、普通の恋愛と同じように描いている」

 

カエル「色々な人の人生が描かれていて、ジェンダーをはじめとしてたくさんの恋愛が描かれているけれど、どれも普通のこととして描こうとしているというか……」

主「まゆはポッチャリした男の子が好き、という性癖と同じように描いているんだよ。ポッチャリした男の子が好き、というのは少し世間とずれているかもしれないけれど、でもそれはそれで理解されやすい性癖だと思う。

 その延長線上にジェンダーのお話があるだけであって、特別おかしなことなんてない、という書き方かな

 

 

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それぞれの愛の形

 

カエル「この作品は色々な愛の形が出てきたよね」

主「男と男の同性愛もあれば、女と女の同性愛もある。もちろん結ばれるものがあれば、叶わないもの、片思いもある。それを取り巻く家族の反応も様々でさ……

 それに、不倫だったり過去の恋話、あとは友達と同じ人が好きになってしまったり、アイドルを通して繋がる生徒と教師の関係であったり……様々な繋がりが描かれてきた」

カエル「オムニバス形式に物語の強みかも……群像劇としてもなかなかの作品だったし」

 

主「あの人とこの人が実は……という関係で繋がっている描写も多かったね。

 そういった人の繋がりや生きるということ、出会いと別れ、そういった人生をしっかりと描いた。

 全6巻だけどこれも丁度いいんじゃないかな? やろうと思えばいつまでも続くお話だけど、ダラダラしちゃうし。

 この辺りで締めるのもいい決断だよね」

カエル「そして最後はやっぱり学生ものらしい終わり方だったね」

主「一度この物語は終わる。

 だけど、それは人生の終わりという意味では当然ない。

 むしろここからが本番なわけで、今は楽しい恋愛生活を送っている子だってどうなるかわからんし、大人組のように複雑な関係になるかもしれない。

 それは逆に言うと、今は報われない恋に悩んでいたり別に好きな人がいなかったり、きつい生活を送っているかもしれない。でも、いつまでもそんな生活が続くわけじゃない……良くも悪くもね」

 

 

 

 

それぞれの人生、それぞれの生き方

 

カエル「例えば4巻の内容に言及した記事だったから、4巻を中心に語るけれど……特に気に入ったのは#23の空も飛べるはず と#24の TRAIN TRAINだったので特にこの2つを中心に考えるよ」

 主「引きこもりの姉妹のお話なんだけれど、この2人が一気に変わった要因というのはまた違うでさ。

 姉には彼女ができて、妹には学校の担任という友達ができた」

カエル「同じ趣味の仲間などなんでもいいけれど、外との繋がりができると大きいよね」

 

主「最近何かと話題の引きこもり問題だけれども……語弊があるようだけど、個人的には割とどうでもいい問題でもあるんだよ

カエル「どうでもいいって……」

主「だってさ、一応外で働いてはいるけれども、家と会社の往復だけで1日が過ぎていき、あとはテレビを見るかスマホゲームで時間を潰すかなんて人はいくらでもいるわけだ。自分だって映画や物語を見てネットをして、あとは仕事しているくらいだよ。

 そんな日が9割くらい。

 そこまでいくと自活はできているけれども引きこもりとそう変わらないように思えるんだよね。もちろん、世間が自活できるか否かというのを重要視しているのは重々承知だけど」

 

カエル「いつまでも親と一緒に暮らしているわけにはいかないし……」

 主「大事なのはルーチンと違うことをすることであり、新しい人に会う、新しい街に行く、新しい店に行く、もっと言えばいつもと違う道で帰る、それだけでも人生は少しずつ変わっていくんだよ。

 別に大冒険や恋愛をしろ、というわけじゃない。ただ、ちょっとだけ何かを変えてみる。その変化がもしかしたらいつか大きなうねりになるかもしれない。

 その意味で姉が外に飛び出して、たとえ同性であろうとも恋人を捕まえたというのはとても良い変化なんだよ」

 

カエル「妹の方も同じで好きなアイドルのライブに行くというルーチンから外れた行動をしたことにより、新しい友人ができて、それが例え自分の担任であっても、その1歩が非常に大事ってことだね」

主「教師と生徒の関係性ってどうしても壁があるように思えるが、あれだけの数の生徒がいれば気の合う人間、合わない人間がいくらでもいるのは当たり前。その中で教師と生徒の関係としては多少常識外かもしれないが、同じアイドルが好きなファン仲間という関係性でもいいと思うんだよね。

 自分はそういう教師とばっかり仲が良かったし」

 

カエル「でもそういう学生時代を送ってきた人っていると思うよ。クラスメイトよりも先生の方が話があうというかさ」

主「自分が大切にする言葉で「10代のうちに30代の友人を見つけなさい」というものがある。誰が言ったのかは忘れたんだけど、20代だと歳が近すぎる、40代だと離れすぎている。だから30代なんだって。

 同世代ではない人間と友人関係になることで、その子の世界はすごく広くなる。

 この2人の関係というのはまさしくその通りで、こういう変化がすごく大事」

 

カエル「あとは……結構性的な話も多いけれど、全くいやらしくないのは女性作家だからかな?」

主「ここも煽らないんだよね。冷静に描いているのが伝わってきて、安心して読んでいられるというか。欲の関係はあまり描かない漫画家だでもあるよね」

 

 

 

 

最後に

 

カエル「志村貴子作品って『その先』を想像させる終わらせ方がうまいよね」

主「明確な物語のゴールがあるお話を描く漫画家ではないからね。それはそれで結構難しいものだよ。

 卓越した才能であることは疑いようがないし、綺麗にまとまった良作だった

カエル「次もこのような作品を書くのかな?」

主「もう1つの型だしね。自分は冬目景と志村貴子はどんな作品でもとりあえず読むようにしているから!」

 カエル「……冬目景はかなりテイストが違う漫画家だけどね」

 

 

 

 

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