亀爺(以下亀)
「沼田まほかる作品の実写化が相次いでおるようじゃの」
ブログ主(以下主)
「実は沼田まほかる作品って読んだことがないんだよねぇ」
亀「小説を熱心に読んでおったのは10年前くらいだという話じゃしの。その頃でいうと湊かなえや森見登美彦などが人気であったが、沼田まほかるもデビュー自体はその頃であるが、話題になったのはもう少し後の話じゃな」
主「まず、名前がすごくいいよね。キャッチーで目を引く。山崎ナオコーラなどを連想させるよ」
亀「近年、特に注目を集めている作家の1人のようじゃが、実はそこまで多作でないというのも驚いたの」
主「ウィキで見ただけど、まだ刊行数が少ないんだって意外だった。もっと量産しているイメージもあったから……それだけ出せば話題になるってことなのかもしれないな」
亀「そして、やはり湊かなえや貫井徳郎などのような、読み終わった後にいやぁ〜な気分になる『イヤミス』としても人気のようじゃな」
主「自分が手を出しづらいな、と思ったのはここでさ。イヤミスって他の作品に比べてちょっとハードルがあるんだよ。下手をすると途中で読むのをやめたくなってくるし、さ。
湊かなえなどもそうだけれど、わざわざイヤな気持ちになるために小説を読むのもなぁ……という気持ちもある。読んだらイヤミスだった! というならまだいいけれど、イヤミスってわかっていて読むのは、若干の抵抗があるんだよね」
亀「そんな作家の映像化であるの。
そして本作は『実写映画 心が叫びたがってるんだ』の監督を務めた熊澤尚人監督作品でもある」
主「ここさけの場合は原作が好きなこともあって、そのテイストの違いを楽しめなかったけれど、本作はどうだろうなぁ。
というわけで、感想記事に入りますが……ここで先に1つ言っておきます。
今回は酷評です。
いや、正確には酷評ではないけれど……自分の信条と著しく相反する作品だったために、かなり厳しい論調になっています。
世間評価は普通か、ちょっといいくらいであり、私も本作を評価する声があるのはもちろん理解できますし、納得もしていますが……いちゃもんかもしれないけれど、自分には受け入れられない描写がありました。その前提のもと読んでいただきたいです」
作品紹介
本屋大賞にもノミネートされた沼田まほかるの同名ヒット小説を『君に届け』などの熊澤尚人監督が映画化。主演は吉高由里子、その相手役を松山ケンイチ、謎を追う青年役を松坂桃李が務める。
亮介は父の書斎から1冊のノートを見つけて、それを読み始める。『ユリゴコロ』と書かれたノートには、女性が綴った殺人やそれまでの人生の記録が詳細に綴られていた。なぜ父の書斎にそのノートがあるのか? そこに書かれたことは事実なのか?
その謎を追い求める亮介に待つ真実とは……
1 感想
亀「では、いつも通りTwitterの短評から発表するが……」
ユリゴコロ
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2017年9月23日
多分評価する人もいるだろうし、やりたいこともわからないでもない
多分、駄作ではない……と思う
ただ個人的な信条、信念からはっきりと言わせていただきます
自分はこの映画は大っ嫌いだし、表現として否定します
亀「かなり強い表現になってしまったの」
主「ちょっと強く言いすぎたかなぁ、という思いはある。
駄作というわけではないです。
『こりゃひどいwww』という映画ではないし、人によっては高く評価するでしょう。もちろん感性を疑うとかいう話でもない。
ただ、どうしようもなく個人の信条に反してしまった作品だと思っただけ」
亀「その信条云々を除けばいい映画なのかの?」
主「う〜ん……もちろん、100パーセント客観視することは難しいけれど、でも中盤までならば評価しやすいかなぁ。ラスト付近はちょっと思うところもあるけれど、多くの人が絶賛するのは中盤が多いような気がする。
そして、その中盤が自分が1番ダメだったね。
あとはミステリーとしてのトリックもちょっとなぁ、と思った」
亀「さすがに核心部分になるためにこの記事中でもそこには触れないでおくが、かなり違和感があるトリックだったということじゃな」
主「小説だったら成立すると思うし、違和感は少ないかもしれない。だけれど、これは映画だからね。そのメディアの差を考えると、そのトリックを表現するのが難しいのはわかるけれど、ちょっといただけない思いもある。
ただ、しょうがないじゃん! と言われたらその通りでもあるかなぁ。
あとは演出についてもちょっと言いたいこともあるけれど……それは後述で」
吉高由里子の美しさに惹かれる
(C)沼田まほかる/双葉社 (C)2017「ユリゴコロ」製作委員会
否定する理由
亀「では、その否定する理由についてネタバレなしで述べていくかの」
主「すごく単純な話で、エログロ表現が過激すぎる。途中退場したくなったし、何度も目を背けた。そこにある種の美意識も感じることもできたけれど……とにかく本作はエログロが過激なんだよ」
亀「ふ〜む……しかし、本作より過激な作品はいくらでもある。例えば、昨年の『ヒメアノ〜ル』などは2016年ベスト10に入るくらいに評価しておるし、それから『バトル・ロワイアル』であったり、武つながりじゃと『ソネチネ』などは高く評価しておるわけじゃろう?
それらの作品に比べて特段過激だったかの?」
主「本作の演出……というか、近年の邦画の演出に言えることだけれど、足し算の演出なんだよね。かなり過激、過剰になっている。ただ、同じように過激な表現があった『ミュージアム』などは、過激になりすぎないように配慮しているところもある。それがどこまで効いているかは、微妙だけれどさ……
上記の作品は独特の美意識もあるし、暴力に対する虚しさもある。根底にあるのは暴力の否定なんだよ。でも、本作はそれが……感じなかったとは言わなけれどさ、それが弱いとは思った」
亀「この辺りは個人の感覚じゃからの」
主「エログロ描写を見せるだけであれば、それはスナッフビデオであったり、AVでいいわけだ。それは表現としては好き者の変態たちが裏で好き勝手にやっている分には、まあそこまで言わない。でもそれを『映像表現である』と言い出したら、それは大否定する。女性を美しく撮るAVなら認めるかもしれない、だけれど暴力が関わるものは全て否定します。
そして、本作は自分の中の一線を越えてきたね」
亀「そこまで過激だったかの?」
主「もちろんもっと過激な作品はあるよ? 『SOW』シリーズのラストの方とかは、もうただのスナッフビデオだから。
そういう作品と比べたらそこまででもないけれど……でもダメだったね」
暴力の反射
亀「これはいつも語ることではあるが、エログロ描写というのは『反射』であるというのがこのブログでの主張じゃの」
主「例えば暴力を振るう描写が出てきたら怖気付く、裸の女性、あるいは男性が出てきたら少し興奮する。それは当然のことです。
なぜならば、それは『反射』だから。それに慣れるには訓練しないといけない。ホラー映画で音でびっくりさせるのと一緒。
だけど表現というのは、例えばエロであれば服を着込んでいて肌を見せずに感じさせる色香であったり、暴力描写でもいきなり暴力を振るうのではなく『キレさせるとやばそうだな』と思わせる所作が表現になっていく。
裸の女性がいます、血がたくさん出ています、傷つけられています……それは表現ではないです。
反射です」
亀「そしてこの映画はそれがかなり過激だったということじゃな」
主「これが引き算の演出であれば気にならなかった。
例えば血がたくさん出てくる、カナダの銃乱射事件を扱った『メッセージ』などのヴィルヌーブ監督の映画で『静かなる叫び』という作品を自分は2017年上半期ベストの名作と評価しているけれど、この映画の暴力表現は過激にならないように引き算の演出によって計算されている。美しくもあり、悲哀もある。
でも本作は足し算の演出なわけ。より過激に、より扇情的に撮ろう、観客を煽ろうという意思を感じる。必要以上にね」
亀「もちろん、慣れている人はそれでいいのかもしれんが……」
主「自分のボーダーを越えていた。同じ理由で園子温も苦手なんだよね。かなり煽るように撮るからさ。エロチズムの撮り方はさすがAVも撮っていただけあってうまいなぁ、と思うけれど。
他にもダメな理由はあるけれど、それはネタバレになりそうなんで後述します」
今作は女優陣の演技がすごくいい!
(C)沼田まほかる/双葉社 (C)2017「ユリゴコロ」製作委員会
役者について
亀「しかし、本作の役者陣はそこまで酷評するものではないように思うがの」
主「まず今作のMVPは間違いなく吉高由里子です。
彼女のなんとも言えない艶かしい雰囲気、そして言動や体によって本作の魅力は引き立てられていた。女性陣に関してはみんな良かったんじゃないかな?
ミツ子という独特な役を演じていた佐津川愛美の演技は特に圧巻。吉高由里子との2人の組み合わせの時は、その倒錯した状況もあって確かに唸ったほどでもある。
まあ、このシーンが強烈すぎたからこそ、かなりの拒否反応が出てしまったんだけれどね」
亀「男性陣でいうと松山ケンイチも良かったの。
今作では浮世離れして独特な男の役であったが、確かに変な人ではあるが妙に惹かれてしまう味があった」
主「一方で個人的に微妙かなぁ、と思ったのは松坂桃李かな。ただ、彼の場合は求めれられている演技が吉高由里子達とはまた違うんだよね。
これは松坂桃李というよりも、演出の問題のような気がする。自分に合わなかっただけかもしれないけれどさ」
亀「全体的にはそこまで違和感がなかったかの?」
主「というか、吉高由里子が良かったから気にならなかったというか……ノートで語られることの時代の雰囲気も良かったしね」
以下ネタバレあり
2 過剰な演出によって
亀「ではここからはネタバレありになるが……演出に難があるというのはどういうことかの?」
主「血液をたくさん出す場面とかさ、リストカットのシーンとか、あれはもうやりすぎだよ。気持ち悪かった。
あとは川に飛び込んだ人を助けるシーンで、明らかに助けられる側が人形だったのもえ〜? って気分で……溺れているような状況なのに、手足が全く動かないんだよね。人を使うと危ないのはわかるけれどさ……
あとは細かいところでいうと、生まれたての赤ちゃんには見えなかったとかあるけれど……これはもうイチャモンかな?」
亀「一個気になりだすと連鎖的に木になるものかもしれないの」
主「過剰だなぁ、と思ったのが光でさ。
最近の邦画は光の使い方が独特だけれど、終盤のあるシーンで照らされた光があまりにも輝きすぎていて……正直『ダサい!』と思ってしまった。
そこまでの流れを考えれば、暗い世界の中にいたのに、明るい世界に出てきたということを演出したいのはわかる。わかるけれど、それがあまりにもクサすぎるでしょ。もっとあるんじゃないの?」
亀「細かいの……」
主「中盤まではかなり過剰で受け入れらない描写があったにしろ、まあでもありかな? と思っていたのよ。
だけど、後半はもうツッコミどころの雨嵐!
え? それどうやったの? あんたいくら〇〇〇だとしても、ここまでのことができるの? 相手も相手だし、圧倒的不利なのに? とかさ。警察無能すぎるだろ! とかさ。
そしてもうセリフや演出がクサイのなんの! そこまで徹底的に説明しないといけないの!? 同じシーンを繰り返す必要ある!? 若者向けのスイーツ映画でもないのに?
あの父子関係も正直気持ち悪かったわぁ……何、あのカニの描写?
もっと大人向けのビターな味わいに統一してよかったんじゃないかな?」
過激な暴力描写とガバガバな手口には目が丸くなる
(C)沼田まほかる/双葉社 (C)2017「ユリゴコロ」製作委員会
今作が表現したかったもの
亀「ここまであまりにも酷評続きじゃが、もちろん映画として褒めるところもあるんじゃろ?
例えばテーマなどは中々面白いものだったと思うがの。死に魅入られた人の生の世界というのは見ものじゃった」
主「死に魅入られた人は生に関心がいかなくなる。今作で多かったのは性と食の描写なんだよね。死というものの対極にあるもの、それが生きることの象徴である食と、次世代に繋げる性である。
是枝裕和監督の『海街diary』が顕著で、この映画は葬式が何度も出てくる。その負のエネルギーに対抗するために、性と食の描写を用意している。そして食は家族の象徴でもある」
亀「途中でみつ子が『あなたのご飯なら食べられる』というのは、おそらく家族になっているということじゃろうな。
倒錯した関係のようではあるが、その道である種の同性愛のような、変わった愛を構築しておった」
主「生と死の対比はすごく多くて、例えば亮介はオムレツなどを売りにする料理店のオーナーである。これは生きることの象徴、食をテーマしていている。そしてある人が途中からオムレツを得意料理にしているという描写がある。
ある種の……継承というよりは遺伝の物語かもしれないけれど、負の遺伝だけではなくて、良い遺伝もちゃんとあるんだよ」
亀「先ほどは酷評したが、あの仲睦まじい父子関係も食をテーマにしておるの」
主「そして美紗子も料理人と性に関する仕事をする。どちらも生きることに直結した仕事である。ここでももがいている様も伝わってくる。
そういうことをきちんとしているからこそ、酷評する映画ではないの。ただ、自分の感性と合わなかっただけで」
最後に
亀「少し短いがこれで最後にするかの」
主「……1番の不満点であるトリックについてだけれど、これは直接のネタバレになるから言えないけれどさ。
『ある映画』(重大なネタバレになるのでリンクを踏む時は気をつけてください。ヒントは今年公開のミステリー映画であり、結構話題になった作品です)の時も語ったけれど、あのトリックに対してこの演出は卑怯だよ。いや、そういうことなんだろうな、とはわかったよ? でもその技術があるからって、ああいう風に演出したらアンフェアじゃない?」
亀「非常にモヤモヤする言い方じゃの」
主「これもネタバレ厳禁だけれどビリー・ワイルダーの名画が似たようなトリックを使っているんだよ。そっちはちゃんとしているの、誤魔化していないし、観客も気がつきにくい。
やりようがあったんじゃないかなぁ、という思いは募るね」
亀「やはり1つ気になると、連鎖的に気になってしまうのかもしれんの……逆に気に入ったら粗も見逃すんじゃがなぁ」