カエルくん(以下カエル)
「今週はヘビー級の作品が続くねぇ」
亀爺(以下亀)
「ノーランに是枝に黒沢清じゃからの。どの作品も作家性が出ていて、面白いものではあるが……いかんせん、重量級なのは観る立場としては苦笑したでないの」
カエル「実は黒沢清はこれが初めてなんだよね。
邦画の中でも大ヒットしていない……というと怒られるかもしれないけれど、映画好きには常識的だけれど、一般にはそこまで知名度がある監督でもないんじゃないかな? という印象で……
アニメ界における押井守や今敏のような、ファン評価は高いけれど一般的には流行っていない監督ってイメージかな」
亀「黒沢清を知っているかいないかで、映画にどれだけ興味があるか計ることができるかもしれんな」
カエル「でもさ、当然主知っていたわけでしょ? なんで手を出さなかったんだろうね?」
亀「……多作でどこから手を出せばいいのかわからんこともあるが、最も大きな理由は趣味じゃないから、らしい」
カエル「趣味じゃない? 見たことないのに?」
亀「ほれ、黒沢清のイメージというとやはりホラーであったり、サスペンス色の強い作風じゃろ?
それは少しくらいならばいいのじゃが、あまりその要素が強いと気持ち悪くなるから、というのが1番大きな理由らしい」
カエル「……まあ、園子温とかも苦手っていってるしねぇ。『愛のむきだし』も傑作だし、エロティックで映画の美しさもあって評価が高いのはわかるけれど、もう2度と見たくないって語っているし」
亀「そういうわけじゃ。
しかし、さすがに今回劇場で公開ということでさすがに見に行かないといけないと思ったらしいの、『概念を盗む侵略者』という設定に惹かれたこともあるようじゃ」
カエル「じゃあ、初黒沢清としてこの映画をどう見たのか、というのも含めての感想になるね。
では感想スタート!」
1 感想
カエル「では、まずはTwitterの短評からだけれど……」
#散歩する侵略者
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2017年9月10日
うーむ、これまた評価に困る作品
やりたいことはわかるし、確かに成功している
けれどSFの要素がイマイチで、設定があるのかないのかまるでわからなくて……
中盤が1番楽しめたかなぁ
ラストはやっぱりそれしかないよね
亀「これは評価に困る作品じゃったの。
SF映画として見ると本作はかなりの粗があるようにも思う。いかにもSF的なことがすべて説明もなく、あたかも『そういうことです、宇宙人の能力です』というので説明されてしまうというのは、かなり強引な手法じゃな。
その基本的な設定もよくわからんかった」
カエル「いつもは『邦画は説明しすぎだ!』と語っているけれど、本作は逆に説明しなさすぎというか……普通の邦画のようなヒューマンドラマであれば僕たちの生活の延長線上にいるから、そこまで説明がなくても肌感覚や常識としてわかるんだよ。
でも、宇宙人とか出てきてしまうと、なんとなくでもわからないし……しかも、ここまで何でもアリだとねぇ」
亀「しかし、そのわからなさがこの作品の魅力でもあると言うのもよく理解できるのじゃよ。
つまり侵略者=未知の存在、理解できない存在として描こうという狙いは間違いなく成功しておる。そう考えると、わしが今言ったような基本的な設定がどうのこうのという話は、全くもって批判意見にはなりえない。むしろ、それこそが重要な設定なわけじゃ。
このように本作はその魅力の部分と欠点が背中合わせで混在しておる。
まあ、どの作品も似たようなものかもしれんがな」
カエル「ということはやっぱり本作も賛否両論系かぁ……」
亀「そもそも『概念を奪う侵略者』じゃかならの。
そんなわかりにくい映画を観に行こうという人は、それなりに映画や物語が好きな人じゃろうな。デートムービーやファミリームービーではないのじゃから、それでいいのかもしれん」
役者陣の演技が光る
(C)2017「散歩する侵略者」製作委員会
役者について
カエル「今作は何と言っても松田龍平の演技が光ったんじゃないかな!?
一般人とは少し違う、何も知らない宇宙人が憑依した人間の役ってそこまで簡単じゃないだろうし、なかなか比較対象の少ないものだけれど……」
亀「あの底知れない、何を考えているのか全くわからない表情であったり、それでいながら嫌悪感ばかりが湧くわけでもない。むしろ親近感があって、途中からは可愛らしくも見えてくるという、絶妙な演技であったな」
カエル「それと宇宙人の3人が個性があって良かったよね!
人間について積極的に知ろうとする真治(松田龍平)、暴力的に接する立花あきら(垣松祐里)暴力的ではないけれど、人間について若干敵対心をもって接する天野(高杉真宙)の3人の演技がこの作品を異質なものとして支えたんじゃないかな?」
亀「高杉真宙は今年に入ってもなんども映画館で見ておるが、出る役に応じて印象が変わっていく。こういう役がうまい! という印象もないんじゃが、どんな役でも一定の評価ができる役者になっておるの。
おそらく将来的にはスイーツ映画などのイケメン役なども演じて、若い女性を中心に人気を博すのであろうが、秘めたポテンシャルは相当なものがあるのかもしれん」
カエル「一方の宇宙人以外でいうと、長澤まさみは結婚生活が破綻しそうな主婦を熱演していたし、長谷川博巳は荒々しい社会派の記者を熱演していたし、役者に関しては特に問題に思うところもないよね」
亀「宇宙人組と違って、こちらは翻弄される地球人側の役じゃが、それも違和感なく演じておった。この作品は日常と非日常が混在する作品ではあるが、たまにそのせいで画面や役が浮いてしまう作品もあるのじゃが……今作はそういったことがない作品じゃな」
以下ネタバレあり
2 序盤からハチャメチャ
カエル「じゃあ、ここからはネタバレありで語っていくけれど、序盤からハチャメチャというとちょっと語弊はあるけれど、かなり違和感のある、特徴的な作品になっているよね?」
亀「まずはあきらが金魚を掬う場面からスタートする。これは金魚の世界を侵略する人間という、地球を侵略する宇宙人をもっと矮小化したような、これから始まる行為を連想させるスタートじゃの。
宇宙人にとって人間とは、わしらにとっての金魚みたいなものかもしれん」
カエル「そしてグログロな事件が発生するわけだけれど……その事件自体は一気に目を引くようなものになっているんだよ。だけれど、そのあとであきらが普通に町を歩くシーンにおいては、かなりコメディタッチな……ひょうきんな音楽が流れるんだよね。
そこで『あれ?』って違和感が強くて……」
亀「そのような違和感をもたらすことが、あの場面の狙いなんじゃろうな。ここでオドロオドロしい音楽であれば違和感なく、世界観に浸れるかもしれん。しかし、その違和感こそが本作では重要なことであり、肝なのじゃろうな」
カエル「ということは、このスタートはうまいの?」
亀「……難しいの。
監督の狙い通りではあるじゃろう。そしてそれは間違いなく成功しておる。成功しておるのじゃが……同時にわしはそこから違和感が付きまとい、世界観にのめり込むのが難しくなってしまった。
例えばトラックがあきらを避けようとして横転するのじゃが、その能力の意味がわからない。見終わった後でも意味がわからん。あれは能力だったのか、それとも運転手の事故だったのか……?
それから、明らかに唐突にCGに切り替わっておるのじゃが、そこが違和感となってしまった部分もある」
カエル「今作はかなり派手なシーンも多くて、爆発シーンや戦闘描写などのCGも使われているよね」
亀「途中であきらはとてつもない攻撃を食らうのじゃが、あのシーンが途中から明らかに人形に変わっておった。もちろん、映像表現としては納得するものであるし、仕方ない部分もあるじゃろうが、そういう1つ1つがどうにも余計な違和感につながってしまったの。
それから、コメディとして笑えるという意見もあるが、わしはほとんど笑えなかった。これは趣味の問題もあるのかもしれんが……トコトン合わなかったのかもしれん」
若手2人の演技も良かった
(C)2017「散歩する侵略者」製作委員会
概念を奪う
カエル「本作の最大の特徴といえば、何と言っても『概念を奪う侵略者』ということだけれど……これってどういうことなの?」
亀「映画を見ればなんとなくわかるのじゃが、そのままのように『概念』を奪うわけじゃな。『家族』という概念を奪われれば、家族という存在について理解できずにみんな他人のように思ってしまう。その奪った概念を持って、人間を理解しているわけじゃな」
カエル「『仕事』の概念を奪われたら仕事が理解できなくなって、ずっと遊び呆けるわけだ……
でもさ、なんでこんなややこしい設定にしたのかな?」
亀「これでしか表現できないものがあったんじゃろうな。
言葉にするのが難しいが……現代では多種多様な価値観がある。そしてその価値観に『縛られている』という一面もある。例えば、作中で言えば『自分と他人』という価値観じゃ。その価値観によって、これは自分のものである、これは他人のものであるという『所有』の概念が生まれている。
それがなくなったらどうなるか? おそらく物欲はなくなるじゃろう。独占欲などもなくなる。
そして人類のために……全体を考えて行動するじゃろう。だから平和を愛するようになる……のじゃろうが、わしにはこれも違和感があった」
カエル「違和感?」
亀「『自分と他人』の概念がなくなるということは、どれが誰が所有するのか、という意識もなくなる。そうなると窃盗という概念もなくなり、みんなのものはみんなのものという発想になるはずじゃ。
なんとなく、マサイ族を思い出したの。家族という概念が我々に比べると希薄で、父親がわからないこともあるが、それでも関係なく子供を育てたりするなどという生活態度をとっておる。
おそらく結婚という制度も崩壊するじゃろう氏、不倫などもなくなるじゃろう。『自分の』夫、妻という概念がなくなるわけじゃからな。
それほど重要な概念が奪われておるのに、その影響があまりにも小さすぎるようにも思ったの。
果たしてあのような行動に出るのじゃろうか? もっと……大変な行動に出るのではないか? という思いもある」
3 宇宙人をどのように考えるか
カエル「この作品における宇宙人って色々な受け取り方ができるようになっているよね」
亀「例えば、今のご時世で考えれば北朝鮮あたりが妥当かもしれん。
北朝鮮が日本の偵察に来たとして、それを調査している。目的は侵略じゃが、そのために概念を奪っている。
しかし、それを誰かに言ったところでおそらく大多数の日本人は信じないじゃろうな。これほどまでに脅威が目の前に来ておっても、心のどこかでは『大丈夫だろう』という思いがある」
カエル「あの演説のシーンってまさしくそれだったんだね……」
亀「どうにも長谷川博巳の演説を聞くと『シンゴジラ』を思い出すが、あの映画での演説シーンは作中では現場にいる自衛隊員に語りかけておったが、メタとしては観客に語りかけておったのじゃろう。
この映画も同じじゃな。シンゴジラと同じ長谷川博巳がその場面を担当したのは偶然かもしれんが、演出意図はほぼ同じじゃと思う」
カエル「じゃあ、あの危機が目の前に迫ってますよというのは、観客に語りかけていたの?」
亀「そうじゃろう。
それだけの危機が近づいておっても、映画の中の観衆は見向きもせずにスマホで撮影するだけじゃ。
観客も同じじゃろう。これほどの危機を、宇宙人というメタファーに溢れたものであっても、その危機が近づいているとは全く思わない。それを象徴するのが演説最後のセリフである『まあ、信じないよね』みたいなセリフじゃろうな。
いろいろな危機は確かに近づいておるのじゃが……それを信じようとしない一般大衆という構図は一緒じゃな」
カエル「でも、その宇宙人の設定がうまく固まっているようには見えなかったんでしょ?」
亀「う〜む……概念を明確にイメージ化して、触れば奪い取るのかと思っておったが、別にそうでもなく最後の方は離れた位置からも盗みとっている。そして人間の体がある程度破壊されれば、そのまま死んでしまうのにも関わらず、天野はあれだけ撃たれてもまだ生きている。
それも驚異を表す描写なのじゃろうが、わしには違和感として残ってしまった。結局のところ、未知の恐怖というよりは、宇宙人ということにすれば何でもありなのか? という方に意識が行ってしまったの」
結構ガバガバな設定が多い……
(C)2017「散歩する侵略者」製作委員会
ラストについて
カエル「じゃあ、最後にあのラストについて語ろうか」
亀「わしはあのラストが1番『う〜む』という感想を持った要因じゃな。
物語としての落とし所があのような形に行き着くのはわかるのじゃが、それが何となくありきたりな物語に見えてしまった」
カエル「……ありきたりだったの?」
亀「『概念を奪う侵略者に対してどう対抗するのか?』ということを考えた場合、まず真っ先に思いつくのがあれじゃろう。
宇宙人は『死』という概念を持たなかった。そのために死に対しての恐れや、それに対する禁忌の心を一切持たなかった。そして、愛を知ったことによって撤退するというのは、まず誰もが思いつく王道のパターンじゃ。
ここまで異質なものを見せておきながら、最後は王道になるというのがのぉ」
カエル「う〜ん……それでも、そのラストで絶賛する作品もあるんだけれどね」
亀「そこまでの描写に違和感があって、ノレなかったからの。そこで『最後は愛だ!』と言われても……の。
まあ、ワシの意見としてはこれが全てじゃよ」
プラネテスより。漫画もアニメも味わいの違う名作です
カエル「……これはまた挑発的な……」
亀「結局『暴力と愛』の物語となるとわしは幸村誠が今最も深いことをやっておるように思っておる。もちろん、比べる対象がおかしいのかもしれんが……これだけ異質なことをやっておるのじゃから、もっと目から鱗なことを示してほしかったの。
愛と一言で語っても、アガペーやエロス、フィリアなどといったように種類がある。神父の語る『愛』と、奥さんの語る『愛』は同じ言葉でも本質的には全くの別物じゃ。
なのに、その両者が混同されて、さらに『愛が地球を救う』をやられると違和感があるんじゃよ。これが普通の映画であれば問題ないのじゃが、『概念』というものを持ち出しておると、よりそれが顕著にじゃ。
個人の愛が地球を救う……その意味では本作も1つの『世界系作品』になるのかもしれんの」
最後に
カエル「なんかさ、今回酷評みたいになってしまったけれど、そういうわけではないんでしょ?」
亀「主がTwitterでもこのように語っておるの。
今週公開の注目作、ダンケルク、三度目の殺人、散歩する侵略者の3作はどれも作家性が出ていて万人向けではないんだよね
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2017年9月11日
その意味ではオススメではないけれど、多分どれか1作は今年を代表する作品になるはずだからとりあえず観に行ったほうがいいよ
今週公開の3作はどれも味わいが異なる映画に仕上がっておる。
そしてそのどれもが、悪い映画ではない。
じゃが、人を選ぶ映画になっておる。完璧な映画とまでは言わないが、それぞれに突出した味があり、それによって欠点も生まれてしまう。
わしはこの映画には違和感ばかりがつきまとったが、そうでない人もたくさんおる。このような作品でしかできないこともやっておるし、こちらの自意識と合わなかったというだけじゃ。もちろん、黒沢清が初体験というのもあるじゃろう。
とにかく、鑑賞して、それぞれが何を思うのか……それが大切な映画じゃな」
カエル「見る価値は大いにある映画なので、ぜひ劇場へ!」