今回は世界でも高く評価されたアニメ映画『音楽』についての記事になります!
ちょっと独特なルックの作品ではあるよね
カエルくん(以下カエル)
「一足お先に新千歳空港国際アニメーション映画祭にて、長編コンペディションに日本代表みたいな形で入っていたために見ました」
主
「その意味では、劇場公開版とは多少違うらしいです。
なお新宿武蔵野館では公開初週の土日は全回満席らしく、ヒットしていて嬉しいね!」
カエル「ちょっと期間が空いたから記憶を蘇らせながらの感想になりますが、色々と……現代のアニメとの比較とか、語り口が幅広い作品でもあるので、純粋な作品評とは違うかもしれませんが、お楽しみください。
では、記事のスタートです!」
作品紹介・あらすじ
漫画家、大橋裕之の『音楽と漫画』をアニメ映画化した作品。世界4大アニメーションの1つにも数えられるオタワ国際アニメーション映画祭にて、長編コンペディションのグランプリに輝くなど、世界中で高い評価を受けている。
監督は実写映画などを手掛けた経験も持つ岩井澤健治監督。約4万枚にもおよぶ作画を手書きし、全編をロトスコープで描かれたことも話題を呼ぶ。
キャストには坂本慎太郎の他、前野朋哉、芹沢興人、竹中直人、岡村靖幸などが声を当てている。
丸坊主の不良少年、研二は他校からも恐れられる男だった。ある日、急に思い立ったようにバンドを始めることにし、仲間を誘う。最初は戸惑いを隠せない面々だったが、やがてバンドにのめり込んでいくようになるのだが……
感想
では、だいぶ前のものになりますがTwitterの短評からスタートです!
#音楽
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2019年11月3日
大絶賛!
この作品に出会えたことは今回最大の収穫!
シンプルで下手にすら思えるアニメがここまで快楽性を経て、しかもコメディとしてもゲラゲラと笑えて、音楽もきちんと主役であった!
本作の存在そのものがロックだ!
みんな、来年の1月に公開したら観よう! pic.twitter.com/gCddv98ek0
(11月に行われた『新千歳空港国際アニメーション映画祭』で鑑賞した直後のツイートです)
ロックの初期衝動を見事にとらえた、音楽映画の傑作が登場!
カエル「というわけで、大絶賛です!
うちが見たのは映画祭の場だったのですが、その時に一緒になった人とも『良かった!』という話をしたほどです。残念ながらコンペディションでは賞を逃しましたし、その理由もわかりますが、それでも1番深く印象に残った作品でもあります!」
主「もしかしたら……日本の”アニメ”が好きな人には若干の違和感がある可能性もある。どちらかというと、オタワでグランプリなど海外でも絶賛を受けたように”アニメーション”の文脈で考えた方が適切かもしれない。
だけれど、この作品はきっと多くの人に届くと思うよ」
カエル「もう、ゲラゲラと笑えるんだよね!
劇場内も笑い声で溢れており、とても一体感がある作品でした。例えるならば、スリムクラブの漫才が似たような印象かな?
また音楽映画としてもとても重要で……この辺りの説明が難しいけれど、歴史に残るようなものではないかもしれないけれど、だからこそ強く印象に残る音楽を聞くことができます」
ロトスコープについて
ロトスコープとは何か?
本作は4万枚以上もロトスコープ方式で制作されたことが話題です!
この上手さは歴史的なものかもしれない
カエル「ご存知の方も多いかもしれませんが、ロトスコープの説明をざっくりとします。
一般的な日本のアニメはアニメーターさんが状況に合わせて構図やキャラクターのポーズなどを書き、それを何枚も書いて動いているように見せます。
ロトスコープは最初に役者さんが実際に演技をして、その演技を元にアニメーターさんが動きを紙にトレースにて書いていき、キャラクターがその演技をしているように動かす手法です。
本作はこのロトスコープで全編作られています」
主「日本でロトスコープというと、この2作品が思い浮かぶかなぁ」
テレビシリーズの『惡の華』と岩井俊二監督の映画である『花とアリス殺人事件』ですね
主「この2作品は全編ロトスコープという実験的な手法で行われているけれど……アニメオタク的な感性の強い自分からすると、とても違和感があるものだった。ロトスコープの難しさをはっきりさせたかもしれない」
カエル「元々アニメーションの世界では昔から『ロトスコープは邪道』という考え方があった、という話もよく聞きます。これは”アニメーション=動きの創造”という哲学が根強く、職人的な気質もあり、実写との差別化を図るためなどの様々な理由の上にこのような考え方があったのかもしれません。
それでありながらも、あえて挑戦したのが上記2作でした」
主「だけれど……あくまでも個人的な意見だけれど、日本のアニメとロトスコープって実は相性が悪いのでは? という思いも自分はある。
もちろん、商業アニメでもロトスコープは一般的で、例えば楽器を弾くシーンなどの細かくて現実的な動きが要求されるシーンなどでは活用されている。だけれど、全編にロトスコープはあんまりなかった。
なぜかというと……多分さ、日本のリミテッドアニメとの相性が悪いんじゃないかな? という印象なんだよね」
リミテッドとロトスコープの相性の悪さ?
えっと……リミテッドは日本のアニメの特徴でもあって、いってしまえば作画枚数を節約したアニメの手法だよね
日本アニメが独自の成長を果たした1番の要因だ
カエル「リミテッドアニメーションとは、本来1秒間で24コマ(24枚の絵が必要)とされるところを、1秒間で12コマ、8コマで映像を作ってしまおうと枚数を減らす手法です」
主「日本はこのリミテッドアニメーションがあったからこそ、アニメ自体が発展してきたのは旧知の事実なわけだ。
そもそも、リミテッドを開発しなければアニメそのものを量産することもできず、発展することは難しかっただろう。まあ、その弊害も山のようにあるのかもしれないけれどさ……
その可能性を追求したのが片渕須直監督の『この世界の片隅に』だったりする」
で、リミテッドって……自分に言わせてもらうと、観る方にも特殊な訓練が必要なのかもしれない
特殊な訓練?
主「例えば走るシーンがあるとする。普通に考えれば
- 地面を蹴る
- 足と手を大きく振る
- 地面に着地
これを繰り返す、とか考えるじゃない。だけれど、実際は一部のアニメーターさんのコマを1枚ずつ観ると、地面に足がついているコマががなかったりする。
ということは、絵の中ではその人物は空にずっと浮いているということになる。
そこだけを聞くと変なようだけれど、連続してみるとしっかりと地面に足をつけて走っているように見える。ということは、鑑賞者の脳内で”地面に足をつける”というシーンを付け足しているんだよ」
いわゆる、仮現運動が関連する現象だよね
日本のリミテッドアニメは”少ない枚数でカッコよく見える”ように発展してきた部分がある
主「『作画崩壊!』とか言って動画の1コマの崩れたキャラクターの表情などをみせるようなサイトや雑誌もあるけれど、その崩れた1コマが流れで見ると重要な動きの味をもたらす可能性も高い。
また物を投げるシーンに腕がなくなる、あるいは何本も増えたように見える、なども似たようにより躍動感を描き出すための工夫だったりするわけだ。それを『腕が消えた!(増えた)』と笑うのはナンセンスなわけ。
で、もしかしたら子供の頃からアニメに慣れれば慣れるほど無意識に訓練されていき、その”描かれてない動きや体”を頭で想像し、観ることができるのではないか? というのが自分の意見。
だから海外のCGで作られた1コマうちのフルアニメーションなどに慣れると、3コマなどがカクカクしているようにも見えるし、動きそのものも違和感が出てくる。
また日本人でもアニメを普段見ていない人は、アニメオタクとは違う動きを見ているかもしれない」
独特な絵柄と動きの本作
これだけ簡素でなかったら、少人数体制で4万枚も描くのは不可能でしょう……
”実際の動き”と”空想の動き”の相性
……はぁ。で、ロトスコープとの相性の悪さがどこに繋がるの?
ロトスコープの動きとリミテッドの動きは全く違うものだ
主「ロトスコープは”実際の人間の動き”を元にして、絵の動きを創造している。
一方でリミテッドは”空想の人間の動き”を元にして、絵の動きを創造している。もちろん、その大元は実際の人間の動きではあるものの、現実には人間ができないような動きをあえてすることで、よりカッコよく見せることもある。
ということで、リミテッドの動きにはある種の”型”のようなものがあるのではないか?
そしてロトスコープのそれとは根本的に異なるものである。
ということは、”空想の動きであるリミテッド”に慣れた人であればあるほど”現実の動きであるロトスコープ”の動きには違和感を覚えるのではないか? というのが自分の考え。
ただし、ダンスや楽器の演奏シーンなどはより精緻でリアルな動きが求められているから、ロトスコープの方が合うんだろうけれど、日常的な動きだと余計に違和感が出てくる」
カエル「あとは、単純に上記2作品のキャラクターデザインが、萌えをアニメオタクが抱きにくいルックだったのも大きいのかもね。
もしくは、単純に元になった演技が下手っていう話もあるけれど……それはなんとも言えないね」
日常の動きに宿るロトスコープの違和感
でもさ、日常的な動きをより目指した作品としては『リズと青い鳥』などもあるんじゃない?
あれらが本当の意味でリアルなのか、という問題だよ
カエル「え、だって記事でも『リアルな動き!』って褒めていたじゃん」
主「それこそ『この世界の片隅に』で片渕監督が1コマ打ちを禁止したって話もあるんだけれど、”リミテッドアニメのリアル”と”ロトスコープのリアル”ってまた違う物なんじゃないかなぁ。
リズの場合は現実的な動きなんだけれど、それを強調しているというか……リアルだけれどアニメだからできる作品であり、あれを実写で描き出しても同じような感動にはならない。それは演技力とかそういう部分ではなくて、それこそアニメの持つ魅力や魅せ方を熟知した上での作品だったのではないか?
ロトスコープではないけれど、その違和感を説明するのにいい作品が『THE IDOL M@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!』なんだよ」
人気コンテンツの劇場版で、僕たちも公開時は見に行ったね
この途中のシーンで変にヌルヌル動くシーンがあるんだ
カエル「技術的には途轍もないのに、他のシーンとのバランスが悪くて今でも語られてしまうシーンだね」
主「あれもロトスコープじゃないのにああいう動きを描いたという時点でもすごいけれど……やっぱりリミテッドアニメや萌えアニメにおいて、ああいう動きというのは奇妙に映るんじゃないかなぁ。
それがロトスコープの使い方が限定的になった理由だと思う。
ただし、今作はそれが非常にうまくいっていると感じた。
その理由はこれから話すよ」
今作のロトスコープが成功した理由とは?
動きの違和感が発生しない作品
でもさ、全編ロトスコープでもすごい満足度を起こした作品が『音楽』なわけでしょ?
……その動きの違和感が発生しなかったのではないか? ということなんだ
カエル「え、動きの違和感が?」
主「ぶっちゃけていうとさ、アニメ映画としてルックが特別優れているようには見えない部分もある。
ユルイというかね。
近年は線が細かいアニメが多くなっており、さらに動きも派手だったりする。アニメ映画なんてあまりにも進化しすぎて、鑑賞している側が製作者の心配になるほどだったりする。
それらに比べると本作のルックが特別なものかというと……それは難しい」
カエル「1枚1枚の描写を見ると、ちょっと線も不安定だったり、あるいはキャラクターデザインなども簡素で、落書きみたいに見えるひともいたりして」
主「動きはリッチなんだけれどね。
ロトスコープで最高傑作の呼び声も高いのがA-ha-の『Take on me』のMVだけれど、あれもアニメーションのルックとしては……なんというか、白黒だし制限されたものだ。いや、あれは超リッチなんだけれど……絵柄がシンプルって言葉がいいのかな?
だけれど、だからこそ……全てがリッチすぎないからこそ、ロトスコープの違和感が少なくなったのではないか? というのが自分の分析。
それこそ、今作は声も独特だけれどそこまで下手に……違和感を与えないと自分は思う。
大元の、それこそ思想からして他の日本のアニメとは違うのではないか?」
”ロックの初期衝動”を完璧に描写した作品へ
だけれど、だからこそ今作が優れていると言いたいわけなんでしょ?
これが何もかも……映像もリッチな作品だったら、こんなに褒め称えることはないよ
カエル「必ずしも人目を引くような、誰もがわかる映像がアニメの強みではないってことなのかな?」
主「結論としてはそうなるだろうね。
今作は7年かけて制作され、4万枚も描いて作れているという意味では、もちろんリッチな作品と言える。だけれど、やっぱり予算はいわゆる大作と呼ばれるアニメ映画よりは少ないだろうし、機材なども差があるだろう。
だけれど、この作品を描いた……それこそが”初期衝動”だと言えるのではないか?」
カエル「ふむふむ……」
主「彼らの演奏も決して上手いわけではない。でもだからこそ伝わるものがある。
最近はロックバンドの人気が定着し、バンド=ロック、というようにもなってきている。もはや、ロックというのは音楽業界の多数派となっている。
だからどこかで”ロック様”というロックというジャンルを特別なものとして称えるようになってしまったり、あるいは巧さ勝負になっている印象もある。
ドゥメイン・ジョンソンの話じゃないよ!」
カエル「いうと思った……それはどうでもいいので、話を続けてください」
主「それはアニメも同じでさ、語り口が
- どれだけ作画が動くか
- どれだけ丁寧で美麗な映像を作れるか
- (特にライブシーンは)どれだけ音楽がカッコいいか
- キャラクターが萌えるデザインか
などの勝負となっている。だけれど、本当はそうじゃない。
下手だからこそ味がある、そんな作品だってあるはずだし、だからこそ魂を感じさせる作品もある。
ちょっと悪口のようだけれどそうじゃなくて、その点を思い出させてくれた」
その点で自分は『映像研には手を出すな!』と並ぶ傑作だと思っています
カエル「『映像研には手を出すな!』は湯浅政明が監督を務めるテレビアニメで2020年からNHKにて放映を開始しています」
主「もちろん、本作も映像研も”下手”と言える作品ではない。むしろ逆なんだけれど、ただ現代の多くの作品にある萌えを重視したような、線の多さで勝負するようなルックとは全く違う作品となっている。
でも、その型とも言える何かに囚われてしまった結果失ってしまった”初期衝動”という大切なものを描き抜いた作品として、自分は高く評価したい!」
カエル「なお、当然ながら全部素人の考察だということは言っておきたいと思います」
最後に
それでは、この記事のまとめです!
- ロトスコープを活用し、笑える傑作アニメ映画!
- 近年のアニメとは違う見た目だからこそ成功した作品に?
- アニメーションの面白さが伝わる動きの魅力
- 初期衝動をとらえた見事な作品!
これってさ、全くの別の話なんだけれど……実写とアニメって分ける必要がないのかもしれないな
カエル「え、最後に何を言い出すの?」
主「う〜ん……単純にさ、この作品みたいにロトスコープを用いたアニメと、あるいはTwitterとかでもメイキング映像が話題になった『美女と野獣(実写版)』みたいな作品って何が違うんだろう? って気がするのよ。
結局、人間の演技を手書きやCGでキャラクターに見えるようにトレースしているという点では同じなわけじゃない。
そうなってくると……じゃあ、実写とアニメの差というものは、どうやって生まれてくるのだろうか? と考えることがある」
カエル「……実は、2020年代は”実写とアニメ”という定義がさらに揺るぐのではないか? という予感があるって話かなぁ」
主「かつては”映画は映画館で見るもの”とされていたけれど、ネトフリなどの躍進により、そうも言えなくなってきた。
同じように、超実写版をうたった『ライオンキング』がGG賞でアニメーション部門に分けられたように、アニメと実写の境目が消えていく……そんな思いもより強くなった作品であり、その意味でも語り甲斐があるのではないでしょうか」