物語る亀

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物語愛好者の雑文

万引き家族が描き出した、世界に共通する重大社会の問題点とは?

 

 

カエルくん(以下カエル)

「こちらは『万引き家族』の作品内容考察とは少し離れて、社会性の考察になります」

 

「作品感想の記事が相当長くなってしまったので、別記事です」

 

カエル「万引き家族の作品について知りたい! という方はこちらの記事を御覧ください」

 

blog.monogatarukame.net

 

主「また、この記事は鑑賞後であることを前提としています。

 ネタバレはないものの、鑑賞していないと読んでも意味がわからないかも……」 

カエル「では、記事のスタートです!」

 

 

 

 

『万引き家族』が訴えかけるもの

 

東日本大震災の日本

 

カエル「今回、万引き家族を語るときに重要な視点があるということだけれど……」

主「まずはこのインタビュー記事を読んでほしい」

 

wotopi.jp

 

カエル「是枝監督は『東日本大震災の時の絆という言葉に違和感を抱いた』と書いているね……」

主「この違和感を抱いた人も多いのではないかな? 

 少なくとも、自分も全く同じことを思っていたし、はっきりと言えばあの時の『がんばろう日本』の大号令の元に一致団結していく姿が、とても気持ち悪く思えてしまった。

 以前にも語ったかもしれないけれど……『あぁ、日本はこうやって第二次世界大戦に突入していったんだな』というのがとてもよくわかった」

 

カエル「……もちろん、それだけの国難であり、あの時はその……全体主義のような状況にならざるを得なかった瞬間でもあってさ、この行為自体は正しいけれど……」

主「何が怖いってさ、これを行ったのが民主党政権下なんだよ。

 これが自民党であれば『また戦前への逆戻りか!』なんて言えたかもしれない。だけれど、リベラルな政党であり、全体主義や戦前の雰囲気を否定する民主党政権が、そのような空気を発していた。

 普段はリベラルな価値観を唱える人たちでさえ、この論調にいっせいに賛同しているようにも見えた

 

カエル「みんな自主規制を行って、どんな行事も控えるような状況で……国が一つとなった、東北に視線を向けていたとも言えるけれど……う〜ん」

主「じゃあ、あの当時ブログを行っていたら……その違和感を表明しましたか? と言ったら、自分は多分やらなかった。そうするだけの度胸もないし、炎上も怖い。

 だから、結局そういうことなんだよ。

 多分日本はまた戦争や国難が訪れたら簡単に一致団結するし、全体主義に陥る。それだけの風土がある。

 過労死するようなブラック企業やサービス残業にも文句は言いつつ、仕事に従事するような国民性を持っているじゃない?

 しっかりと認められた労働組合活動も盛んとも言えない。

 それより大きな『国』が醸し出す雰囲気に対して何かを言うことは……基本的に難しいだろうね」

 

 

 

『正しい』の功罪

 

カエル「でもさ、あの時はそれが正しかったわけじゃない?

 じゃあ一致団結しない方が良かったのか? と問われると、絶対そんなことはないわけで……」

主「そうだよ。

 だから自分は今でも断言するよ。

 あの時の『がんばろう日本』や『絆』は正しかった。

 ただ、正しいことがいつも良いとは限らない」

 

カエル「……正しいことが?」

主「『正しいこと』ってさ、同調圧力があるんだよ。

 特に日本においてはさ。例えば、今作も『万引きで潰れるお店もあり、そんな作品が世に放たれることは問題だ!』と多くの人に語られる。

 それは間違いなくそうだ。万引きは犯罪だし、非難の声を上げるべき行動だろう。

 だけれどさ……正しいの追求が続いてしまった社会が、今の日本だ」

 

 

正しさの先にある社会とは?

 

カエル「伊藤計劃という若くして亡くなった作家の代表作でもある『ハーモニー』の世界だね。誰もが彼もが健康を管理されていて、正しく暮らすように求められる。タバコもお酒もダメで、誰もが人に対して優しくなれる社会……だけれど、すごく息苦しい社会で……

 それが『正しい』の先にある社会なのだとしたら、それはそれで嫌かな」

 

主「『自分が正しいと思い始めたら、間違っている』ということもあるからね。

 その正しさを人に押し付けるようになるし、それが教育であったり、あるべき姿だと思ってしまう。

 でもさ、そもそもその『正しい』ってなんなのよ?

 むしろ、人間って間違うからこそ愛おしいのではないか?

 ダメなところ、罪、過ち……それがあるからこそ、人に対して優しくなれたりさ。不完全だからこそ美しい、ということは、絶対にある」

 

カエル「使い古された言葉だけれど『正義の反対はまた別の正義』ということだよね」

主「その先にあるのは非寛容の社会でしかない。

 だからと言って万引きを認めなさい、寛容しなさい、とはならないけれど……でも大事な物の見方と言えるのではないかな?

 

 

 

他の映画と万引き家族

 

名作映画との関連性

 

カエル「えっと……実は最近、黒澤明の『羅生門』を見返していたんだよね。

 だからこそ本作が描いたことと、羅生門が描いたことってとても似ているような気がしていて……

主「映画の羅生門は名前こそ羅生門だけれど、実際は芥川の『藪の中』なんだよね。

 あの映画は『視線の映画』だと考えている。

 カメラにしっかりと向いて語るシーンが多く、それが観客に直接的に語りかけてくるんだけれど、それがしっかりと心に響くようにできていて、それはこの作品の後半と同じだ。

 役者の演技と相まって、とてもグッとくる部分だよね」

 

カエル「そして内容も『正しいとはなんだろうか?』と考えさせられる作品でもあり、今作と同じように盗みについても触れている作品でもあるよね」 

主「羅生門は制作されたのが戦後間もない頃ということもあって、闇市などをはじめとしてかなり倫理的に問題のある行動をとる人達も多かった。

 だからこそ、この映画は混迷する時代の中で立ち直ろうとする日本人の……世界中の人々に届いた。

 そしてベネチアで金獅子賞という非常に高い評価を受ける結果になったわけだ。

 では、現代では? この作品が批判を受けるように高い倫理観を持つまでに裕福になり、貧困問題があれども餓死することは基本的にない。それでも万引きや窃盗行為をしなければ生きていけない人はいる。

 『万引き家族は現代の羅生門』だと思うけれどね。

 両者ともに、世界に評価された理由はちゃんとあるんじゃないかな?」

 

 

 

ある映画へのカウンターパンチ

 

主「もちろん、本作を鑑賞中に色々な映画について考えたけれど……実は、一番思い返していたのが『リメンバーミー』なんだよ」

カエル「今年公開したピクサーの最新作アニメ映画で、アカデミー長編アニメーション賞も受賞した作品だね。

 世間でも大好評、大ヒットを記録したけれど……うちでは酷評した作品だ」

 

主「ほとんどの人に賛同を得られず、否定的なコメント多くもらったけれど、今でも意見は変わらない。

 『リメンバーミー』は家族を大事にしよう! というメッセージ性に溢れた映画だった。

 そう、それは『正しい』のだろう。そのメッセージに文句をつけることはとても難しい。

 だけどさ、家族がいない人もいれば、クズな人だってたくさんいるんだよね。今作のように、実の親と暮らすことが本当に幸せとは思えない。

 子供は親も家庭環境も選ぶことはできないんだ……これってさ、かなり地獄だと思う」

 

カエル「どうしても自分に合わない家とかってあるもんね……親子だって相性があるし」

主「『家族は一緒でいなければいけない』などの正しさって、それだけで人を苦しめることもある。今、この記事を読んでいる人の中にも『早く家族のあいつ、死んでくれないかなぁ』と思う人はいるはずだ。

 例えば……介護とかさ。

 その理念や正しさによって、人は苦しめられてしまう場合もある。

 21世紀はそのような家族や地域などの呪縛からいかに解放するか? がテーマになる時代になるのではないか?」

 

カエル「そういう難しい話ではなくても、同性愛などもあって家族像は変化していく時代だもんね。

 その中で、いつまでも旧来の価値観にこだわり続けるのが果たして正しいのか? という問題があるのかな

 

 

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子供に対する視線

 

カエル「この作品が描いた中で重要なのが『社会と子供の関係性』です」

主「ここでさらに今年公開された作品を上げるけれど……そこまで話題にはならなかったけれど『ぼくの名前はズッキーニ』という海外のアニメ映画がある。

 自分はとても大好きで、今年の映画でもTOP10入りは確実な作品だ」

 

カエル「簡単にあらすじを紹介すると、母親に虐待を受けていた子供が事故によって母親が亡くなってしまって、児童養護施設に預けられる作品です。

 パペットアニメーションという人形を使ったアニメ作品ですが、とても感動する作品です」

主「自分が大絶賛したのは『子供を見守る社会の目』なんだよ。

 すべての子供が幸せな環境にいることが理想だけれど、そんなことはありえない。やはり今作のように辛い目に遭ってしまう子供達も多くいる。

 そんな子供をどのように救済するのだろうか? というのは、全世界がしっかりと向き合っていかなければいけない重大な問題だ

 

カエル「先ほどから何度も語っているけれど……それほど大事な問題なんだ」

主「本作は『万引き』という犯罪行為を描き、しかも未成年者を誘拐するような形になった。けれど、それで救われたであろう子供達もいると描いている。

 でもさ、そうは言いつつも実の親の元で暮らすのが1番いい! という意見も根強くあって、それはそれで理解もするし、納得もできるんだよ。

 後半で警察官がいうことは、世間では正しいとされている。そしてそれは……よくわかる話でもある

 だから……とても難しい問題でもある

 

 

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今作が描いた事象と世界の課題 

 

閉鎖的な環境に向かう世界

 

カエル「えっと……これも是枝監督の発言にあったよね。日本はナショナリズムに傾倒しているという話だったけれど……」

主「それを安倍政権の責任としていたけれど……ここは意見が割れそうなのであまり語れないかな。ただ、安倍政権が長いというけれど、約6年という月日はプーチンやオバマなどの世界の指導者と比べても決して長いわけではないようだ、というのは指摘してく。

 でも、これって世界的な流れじゃない? 

 世界中で右寄りのナショナリズムの風が吹き荒れていて、排他的な勢力が力を伸ばしている。それを考えると、これは世界中で言えることでもあるんだよ」

 

カエル「トランプ現象やヨーロッパのEU離脱の風潮などは、それまでのリベラルな考えとはまた違うものではあるね……」

主「その中で犠牲になってしまうのが貧困に瀕している人たちである。近年は貧困をテーマにした作品が高い評価を受ける傾向にあるんだ。

 映画に限らず創作は基本的にはリベラルなものだ。

 旧来の価値観を否定したり、未来への希望を示すところから、始まるものだからね」

 

カエル「そりゃ、現実的な物語って面白くはないよね……」

主「閉鎖的になりがちなコミュニティの1つが『家族』である。

 是枝監督の家族の描き方ってその意味でも一貫していて、家族という最小のコミュニティの中に別の何かが入る、あるいは別れるということでドラマを形成しているんだ。

 これは閉鎖的になりがちなコミュニティの枠組みの排除によって物語を形成し、新たな変化をもたらす。

 この意識が強く働いた映画が差別をテーマとした作品だけれど、差別以外でも……それこそ家族や貧困の問題でも小さなコミュニティの問題と言えるわけだね」

 

 

重要度を増す貧困問題

 

カエル「本作最大のテーマである貧困はとても大切な問題だよね」

主「もちろん貧困には様々な理由があって、中には本人が悪いとしか思えないこともある。だけれど、社会として手助けをしなければどうにもならない人もいる、難しい問題だ。

 おそらく、世界はより保守的になっていくだろう。

 そこに対して物語文化がどのようなカウンターパンチを見舞うことができるのか、それが問題となってくる。

 特に貧困の問題は……もちろんずっと重要な問題だけれども、今後はさらに重要視されることはほぼ間違いない。

 必ずここから先、注目度は増していく、世界的に重要な問題といえるだろう」

 

 

 

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 貧困問題にしっかりと向き合った『フロリダプロジェクト』と『わたしは、ダニエル・ブレイク』

 

 

本作が高い評価を受けた理由

 

カエル「こうやってみると、なぜこの作品が高い評価を受けたのかよくわかるよね」

主「まず間違いなくあるのは、カンヌ国際映画祭という場所が是枝裕和監督を贔屓している……というと語弊があるか。でも、カンヌが発掘して育ててきた監督だから、愛情を持って重視していることもあるでしょう。

 でも、それ以上に世界的なトレンドでもある『貧困問題』と、さらに排他的になりがちな社会に対する『コミュニティの問題』さらに『子供と社会の関係性』についてもしっかりと考えさせるように描きながらも、物語が一切破綻しておらずにまとまっている。

 これは脅威だと思わない?

 こういう作品を評価しないと、賞レースの意味がないんじゃないかな?」

 

カエル「『万引き』という単語だけが一人歩きしている部分もあるけれど、この作品が描こうとした現実の方にも目を向けて欲しいなぁ」

主「もちろん演出もいいし、役者の演技は大絶賛。完成度の高さはとてつもない。

 そりゃ、評価されますよ。

 今年の邦画も傑作が多いけれど、本作もまたとてつもない一作に仕上がっている」

 

 

 

 

まとめ

 

カエル「とりあえず、こんなところかな。

 作品に対する考察とはまたちがう面での解説だけれど、作品を見ていないとちんぷんかんぷんな話かもね」

主「こればっかりは仕方ないよなぁ……

 本当に、この作品が『万引き』という単語とカンヌでの発言が一人歩きしている現状に対して、憤りを抱いています。

 これだけ大きな意義がある作品だよ! というのは……多くの方に知ってほしいな」

 

カエル「とてもいい作品ですので、ぜひ劇場へ!」