今回はNetflixで公開された作品になります!
個人的に『生きのびるために』という邦題はイマイチかなぁ
カエルくん(以下カエル)
「日本語に訳すと『稼ぎ手』という意味らしいけれどね」
主
「英語はさっぱりだけれど……これだと他に色々な作品や商品と検索ワードで被ってくるんだよね。
そういうのはあまり好ましくないんじゃないかなぁ」
カエル「この作品を探したい人が見つからないということもあるしね。
では、早速感想記事を始めていきましょう!」
作品紹介・あらすじ
『ブレンダンとケルズの書』 や『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』などで高い評価を受けるアニメーションスタジオ、カートゥーン・サルーンの新作。
アカデミー長編アニメーション賞にノミネートされるなど、今作でも国際的に高い評価を獲得した。
イスラム過激派組織タリバンが支配下に置かれた環境では、女性だけで買い物に出かけても誰も物を売ってくれないような社会が続いていた。
元教師の父が文字を読んだり、物を売ったりして生計を立てていたが、ある日タリバンによって連れ去られてしまう。大人の男を失ってしまって一家は生計を立てるどころか、買い物に出かけることもできなくなってしまう。
そんな家族を救うために、主人公の少女パヴァーナは長い髪を切り、男装をして町へと出て行くことなったのだが……
The Breadwinner Trailer #1 (2017) | Movieclips Indie
感想
では、まずは感想ですが……今回はTwitterに書き忘れたため、短評はなしになります
今の世界のアニメーションの流れがよく分かる作品だ
カエル「何と言っても重い作品だよね……これが世界の現実なのか、と痛感させられることも多くて……」
主「アメリカアカデミー賞にもノミネートされたのも納得、というよりも受賞しなかたのが不思議なほどの作品だよ。
『リメンバーミー』どうこうではなくて、この作品が提示した問題は非常に重要なことでもある。これほどまっすぐにイスラム教徒の過激な組織の元で生活する女性が抱える苦境を表現し、さらに『物語の存在意義』と『アニメーションだからできること』の2つをしっかりと描いた作品はそうそう存在しない。
なんていうかなぁ……太平洋戦争を扱った『この世界の片隅に』や障害をテーマにした『聲の形』がノミネートしなかったことに憤りもあったけれど、本作を観るとそれも納得しちゃうところがある」
カエル「もちろん上記の2作が提示した問題、つまり戦中の戦争描写と障害というのもとても重要な問題だけれど、今作のイスラム教徒の苦境というのは現在進行形で続いているものでもあり、さらに言えば世界的にも最も注目を集める問題だからね……」
日本のアニメの現状
カエル「じゃあ、ここで日本の『アニメ』と世界の『アニメーション』の流れの違いについて考えていきましょう」
主「もちろん日本はアニメ大国だし、クオリティや物語も多種多様でこれほどアニメが量産される国はほとんどない。
だけれど、1つ大きな問題があるとすれば……やはり日本のアニメは内向きすぎると感じる部分も多い。
その1つの例が萌え描写で……萌えというのはキャラクターを魅力的に見せるために開発された記号的表現でもあり、これがあるからこそ日本のキャラクターは世界と違う魅力がある。
だけれど、それが足を引っ張っている現状もあるわけだ」
カエル「日本のアニメってオタクっぽい、というのは世界共通の思いなんじゃないかな?
日本のアニメがあと一歩話題になりきれない……高くは評価されているけれど、伸びきらないというのは、やはりキャラクターデザインなどが萌えアニメのようで一般層には響きづらいのではないか? という指摘もあるし。
あとは……イスラム社会や差別問題に対しては、盛り上がっている印象はないね。良くも悪くも国内を意識しすぎているというか……」
主「ただ、逆に日本では世界のアニメーションがそこまで人気が出にくいという部分があって、アメリカ(ディズニー/ピクサー、イルミネーションエンターテイメントなど)の作品はヒットするけれど、それ以外の国の作品はそこまでヒットしづらいという現状がある。
萌えアニメのようなキャラクターデザインをしている作品と、世界のアニメーションを愛好する層はまた違うし、その両者を愛しています、見に行きますという人は、アニメファンの中でも正直かなり少ない印象があるかな」
世界のアニメーション
カエル「一方で、世界のアニメーションの流れはどうなっているの?」
主「これは詳しく知りたいのであれば世界のアニメーションを研究している土居伸彰の本を読むべきだけれど、簡単に言えば今は世界中でアニメーションが、比較的に容易に作られるようになってきた。
デジタル化でパソコンがあれば一通りはできる時代になったからね。
その中でも色々な表現が生まれているけれど、重要なのは『その国が抱える重要な問題』をテーマに添えている作品が多い」
カエル「例えばブラジルのアニメ映画作品である『父を探して』はブラジルの過去に抱える軍事政権について触れていたり、韓国の実写映画『新感染 ファイナルエキスプレス』の監督が作った前日譚となるアニメ『ソウル・ステーション/パンデミック』は韓国が抱える北朝鮮との戦争の恐怖を描いているんだよね。
それこそ『戦場でワルツを』という作品は監督の抱える内戦の恐怖を描いている作品だし……」
主「それは日本も同じで東日本大震災などの大きな災害をテーマにした作品も多い。
このような自国の重要な問題に向き合うことで、世界に通用するテーマを獲得している。
アニメというと子供向けの印象があるけれど、近年はむしろ社会派の要素を含む作品が多く、どのように問題を描くのか? が注目を集めている。
その中でも本作はその視点から見ると非常に重要な作品であることは間違いない。
日本のアニメの問題点になるのが内向きなことで……もちろん、日本の重要な問題を扱った作品もあるけれど、イスラム教徒や難民問題などの世界に目を向けた作品はほとんどない。
まあ、基本的に売れることを意識した商業作品だから、日本人がその手の問題に関心がないだけなのかもしれないけれどね」
以下ネタバレあり
作品考察
脚本構成について
ここからはネタバレありで作品考察を行っていきます!
とても社会的なテーマの強い作品ながらも、魅せることも忘れていない
カエル「まずは脚本構成に注目したということだけれど……」
主「ハリウッド映画や、特にディズニー/ピクサーはいつも同じ物語の作り方があるんだよ。
それは脚本構成のメソッドとして、多くの作品で活用されている。それはこの作品でも同じで……この手の作品はそう言ったメソッドとは無縁な印象もあったけれど、実はそうじゃない、というのが注目ポイントだね」
カエル「ふむふむ……それを表すと以下のようになります」
- (日常)→事件→挫折→決意(旅たち) 序盤の第1パート
- 苦境→賢者の助け→最大のピンチを迎えるなど 中盤の第2パート
- 対決→勝利→ラスト 終盤の第3パート」
主「詳しくは13個のフェイズがあるけれど、それに完全に合致している。ディズニーなどのエンタメ作品でなくても、この作り方は有効なんだ
では、実際に作品と比べて考えていこう」
脚本の流れ
カエル「ここはわかりやすいよね。
過激なイスラム社会の中での女性の置かれた立場を表す『日常』
父の身に起こる『事件』
父を助けに行くものの……という『挫折』
そして男装を決意する『決意(旅たち)』にわかれているね」
主「これはNetflixだから確認が楽ですごくいいわぁ……
大体作品の1/4のポイント、22分〜23分でこの決意が描かれている。
序盤を省くことなく、それでいて中盤以降も描けるように、しっかりと構成されているのがわかる。
物語においては1/4、ないしは3幕構成だと1/3で重要なシーンが来ることも多いけれど、本作もそのようになっているね」
カエル「あんまりこの先は直接的にネタバレするのもなんなので、少しぼかします。
中盤では友や助けてくれる男性との『賢者の助け』があったり、それから数々の試練、そして最大のピンチが訪れる。
その後の終盤で対決があり……そしてその対決の果てに手に入れる結果があるわけだね」
主「大体最大のピンチを迎えるのが約1時間のところだから、ちょうど1/3の部分だね。ここから3幕構成のラストに入る。
序盤は約1/4ほどで大きな変化を迎えるようになっており、中盤以降にしっかりと尺を取って構成されているのがわかる。
このフェイズシステムの『旅たち』などがあると、ファンタジーや冒険活劇を連想しがちだけれど、このような社会派作品でもそれは有効なんだ」
男女の対立……ではない物語
女性の描かれ方が特徴的だよね……
だけれど、必ずしも男性VS女性の描き方にはなっていない
カエル「タリバンが政権を抑えていた2000年前後のアフガニスタンはイスラム教の教えが徹底されていて、女性は買い物や外を1人で外出することもできなかった。
教育も禁止、写真もダメ……そんな中で生きる女性たちの物語だもんね」
主「ただ、この作品は単純な『男性VS女性』の物語にはなっていない。
もちろん、そのような描き方もあるけれど、主人公を助けてくれる存在の中には男性もいる。
傷つけるのも男性だけれど、助けてくれるのも男性なんだよ」
カエル「え〜っと……それを象徴するシーンが、中盤にある買い物のシーンなんだよね。
主人公が大切にしていた服を買う老人がいて、旦那さんは奥さんのために大枚をはたいて服を買っていく。ブスッとした夫だけれど、多分奥さんを大事にしているんろうな、と感じさせるシーンだよね」
主「あれは女性の時に執着していた服を売ることによって、女性時代の執着を捨ててしまった、男性として生きることを余儀なくされたというシーンでもあるけれど……同時に男女の関係性が決して対立するものではない、ということを示している」
カエル「この作品って確かに男尊女卑なんだけれど、でも夫婦関係はとても良好に描かれているんだよね。
奥さんを亡くしたことに涙をしたり……男女の、家族の絆自体はしっかりとある」
主「本作は単純に『女性=正義、男性=悪』とされる作品ではない、というのがわかるんじゃないかな?」
同じ神を信仰する者たち
カエル「……本当はこの社会って同じ神様を信仰しているし、文化も同じようなものでうまくいく要素もあるんだけれど、でも中東はうまくいかないんだよね……大国の思惑もあるんだろうけれど」
主「男性も女性も同じ神様を信仰しているし、そこに対して疑いはない。
本作のラストシーンで『月と星』が描かれているけれど、これはイスラム教を象徴するモチーフである。ほら、イスラム圏の国旗って月と星がよく描かれているでしょう?
あれはイスラム教の象徴だからでもある」
カエル「それを考えると、やっぱり彼女たちはイスラム教徒としての祝福を受けているんだね」
主「本作は過激なイスラム社会に対して反対の意を唱えると同時に、イスラム社会の女性の扱いにも疑問を呈している。
1000年ぐらい前の、ムハンマドの時代の女性の扱い方は現代で行われるべきではないというのは……多くの日本人にも受け入れられるだろう。
もちろん、宗教が絡むし文化が違うから、西洋的な価値観が絶対ではないにしろ……ね。
その中でも、本作のラストというのは男性からの女性の解放を描いているけれど、そこに月と星があるというのは、独立して自分で歩き始めた女性をアラーやイスラム教は否定しないのではないか? ということを描いているわけだ。
同じ神を信仰していても……いや、信仰するからこそ考え方の違いはあるかもしれないけれど、でもそれを乗り越えることはできるはずだ、という希望も描いている」
物語の力
カエル「強く印象に残るのは、やはりこの『物語の力』 なのかな」
主「カートゥン・サルーンらしい作品でもあるよね」
カエル「以前に日本で公開された『ブレンダンとケルズの書』や『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』もそうだけれど……特にノラ・トゥーミ監督の前作にあたる『ブレンダンとケルズの書』では過酷な状況で物語を語ることの重要性が出ているね」
主「ノラ監督は女性だからこそ、本作のように過酷な状況で生きる女性を描いたのだろうけれど、同時に物語の力をとても信じている監督だとも言える。
……物語って何のために存在するのだろうね?」
カエル「えっと……作中ではお父さんは『物語にして覚えなさい』といったり、苦境になると物語を語ることによって気持ちを奮い立たせるみたいな描写もあるよね」
主「この感覚は特に映画やアニメが好きな物語ファンならばわかるんじゃないかな?
過酷な現実に対して、虚構である物語が意味を持つとは限らない。だけれど、その物語を心の糧にして生きる人も必ずいるし、それがあるからこそ生きている! という実感を持つ人もいる。
その力をより強く信じている監督だというのは、とても強く伝わってくる」
カエル「その物語の場面がアニメだからこそ、強く響くものもあるよね……」
主「これが実写だったら失われてしまう味かもしれないね。
明らかに表現技法を変えることによって、その物語はより物語感を強くする。だけれど、現実とリンクする瞬間を描くことで、よりラストに向けての高揚感が強くなっている」
まとめ
では、本作のまとめになります!
- 社会派作品としても、アニメーションの流れとして重要な1作!
- 緻密に計算された脚本構成なども見どころの1つ
- イスラム社会でも女性は独立してもいいのでは? という強いメッセージ性を放つ!
Netflixで公開された意味はあったのではないかな?
カエル「劇場公開を望む声も多かったけれど……それだと小規模公開になってしまって、届いて欲しい人に届かない可能性もあると思えば、これでよかったのかなぁ」
主「本作は間違いなく日本で100館などの大規模な公開がされる作品ではない。
だけれど、どこにいても同日に鑑賞できるNetflixの形態であれば、多くの人に届けらることができる。
興行的には苦しい思いをしたかもしれないし……特にイスラム社会に対する注目度は決して高いとは言えない国だからね。その意味でもこの決定は仕方ない。
だけれど、今までならばビデオスルーか、公開されなかったものが、こうやって公開される……それだけでも素晴らしい話と言えるだろう」