カエルくん(以下カエル)
「この手の大作邦画ってなんだか久しぶりな気がするよね。
最近は時代劇系でもCGなどを多用したアクション映画が多いし、あとはコメディー調の作品も多い気がする」
亀爺(以下亀)
「少なくともワシが思い当たる中では、ここまで骨太で、正統派の歴史モノの邦画はこの映画が2017年初かもしれん。どうしても時代劇も作りづらくなっておるからの」
カエル「アニメ、ヤクザ、チャンバラって今のテレビ業界や映像業界で嫌がられる案件と言われているもんね。
ヤクザは倫理的な問題もあるから事情もちょっと違うけれど、アニメと時代劇ってお金やセットも大変なのに、今は視聴率などの儲けがなかなか難しいって言われているし……」
亀「それこそNHKの大河ドラマ以外ではほとんど歴史時代劇はやっておらんような状況じゃし、ここ数年、年末おなじみであった忠臣蔵なども見ておらんような気がするの。
もっと詳しいファンに言わせれば、おそらく何十年も前に殺陣などの技術を伝承する人がいなくなって、映画としての迫力や技術の継承が途絶えたという話になってくるのじゃろう」
カエル「しかもさ、どうしても比べる対象が過去の名画たちじゃない? それこそ黒澤明と比べちゃうけれど、あの迫力は出せないしねぇ」
亀「黒澤作品と比べても、映像の迫力やエンタメ性などが優っている映画など、近年の映画では洋画を含めてもほぼないがの。
それほどまでの圧倒的な完成度を誇る作品と比べられてしまうのであるから、いろいろと思うところは多いかもしれんな」
カエル「というわけで、今回はおそらく今年の大作邦画の中でも、最も正統派で重厚な映画になるであろう関ヶ原の感想記事を始めるよー!」
1 感想
カエル「では、感想を始めるとして……まずはざっくりとしたTwitterでの短評になります」
#関ヶ原
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2017年8月26日
これは不親切だわ
まず歴史や石田三成、関ヶ原を理解しないとまるで話がわからない
しかもかなりの早口で観三河弁や薩摩弁を話すから聞き取りづらい
説明も殆どない……というか、意味をなさない
歴史を知っていると?
すっごい面白い!
これぞ大作邦画ですよ!!
亀「鑑賞直後のテンションじゃの。すっごい面白いは、少し言い過ぎかもしれん。
もちろん難はあるし、過去の大作映画と比べたら劣るところもたくさん。しかし、現代の技術で作られた映画として考えたら、なかなかの高評価を下したいかの」
カエル「関ヶ原をテーマにした映画を撮ろうというだけで結構無茶振りじゃない?
日本史上でも……規模の大きさやその後の影響、各個人のキャラクター性の濃さやエピソードの多さなども含めると、もう1番といってもいいくらい見所の多い戦じゃない?
しかも、それがたった1日で終わってしまうというのもドラマチックで、ちょっと出来過ぎなくらいに面白い戦で……」
亀「もう歴史的事実であるからネタバレではないと思い言ってしまうが、陣形や布陣などを考えても不利であった徳川家康が、策を練り不利な状況を覆したわけじゃからな。
しかも天下人豊臣秀吉の死後とはいえ、まだ世の趨勢が豊臣政権下にあった中から活動して天下取りを果たすという意味でも、ドラマ性が抜群じゃ」
カエル「それを豊臣秀吉が天下を握った後から描こうというのだから、これは実際にやるとしたら10時間の上映時間があっても足りないんだよ。それこそ、大河ドラマでやるべき内容。
それをやってしまったというのが、褒めるところでもあり、ある意味では無謀なところでもあるけれど……」
亀「そのために犠牲にしたところも多々あるし、疑問や欠点も決して少ないわけではないが、うまくまとめておると思う。ダイジェスト感はあるものの、これはこれでいい作品ではないかの?」
石田三成役の岡田准一はさすが、かっこいいの一言
良し悪し紙一重の作品
カエル「ネタバレをしないように……と言っても歴史的事実だけれどさ、この映画のいいところと悪いところを述べるとどうなるの?」
亀「完全に背中合わせの関係になっておるの。
例えば、本作では言葉がかなり重要視されておる。秀吉子飼いの将などは三河弁を話しておるわけじゃ。三成などの京周辺の出身者は標準語であるが、それが三成と敵対する福島正則、黒田長政などの七将との結束力の差などにもつながっておる。
ただ、それが聞き取りづらいのも確かじゃ。
特に島津の薩摩弁などはそれが顕著で、わしは何を言っておるのかほとんど聞き取れんかった」
カエル「『へうげもの』などではギャグとして描写されていたけれど、でも当時の環境を考えればそれは当然で……九州の端だからさ、言葉はほとんど違うと言ってもいい。同じ日本語だけれど、もう違う言語で……それを映画でやるとこうなるよね、という話でもあって……」
亀「これはリアリティなどの演出的にはすごく良いと思うが、わかりやすさという点では減点じゃの。特に今作は『シン・ゴジラ』並に早口じゃからな、聞き取って理解する前に次の会話が始まってしまっておる。
その意味では不満を持つのもわかるが、わしはこういう方が好感が持てる」
カエル「実際、昔の映画ということを差し引いても黒澤明の映画とか何言っているか全く聞き取れないもんね……」
亀「わしは黒澤映画などの昔の映画を見る際は字幕をつけるようにしておる。でないと、何を言っておるのか全くわからん時もあるからの。
それは昔の映画だから……と片付けることができるが、今作は最新の映画だけに聞きづらいという意見はどうしても出てきてしまうじゃろうな」
2 石田三成の人物像
カエル「では、ここからは今作の主人公である石田三成がどのように描かれたのか? ということについて考えていこうか」
亀「近年は再評価の流れも出来上がっており、かつてのように奸臣で私利私欲のために……という描写は減っとる人物じゃの。むしろ冷徹に見えるようじゃが、芯は熱い熱血漢であるという描写が多いように思う」
カエル「もちろん、東軍が勝ったからこそ西軍での重要人物であった石田三成が敵視されるのは当たり前のことなんだけれど……
実際はどういう人だと思う?」
亀「わしも最近の描き方は、より実際の人間に近いような気がしてくるかの。もちろん、歴史的資料を読み漁ったわけではないが……
もともと優秀であることは間違いない。ただ、生まれてくる時代が……良かったのか悪かったのか、というタイプじゃな」
カエル「そもそも、なんでこんなに敵視されちゃったの?」
亀「時代の流れといえばそうじゃろうな。
それまでの戦国乱世の時代では戦の腕や強さが重要視されていた。特に加藤清正や福島正則などはそこが評価されていたわけじゃが、天下泰平の世になると乱世の時とは勝手が違う。
ここから先重要なのはソロバンであり、政治的な調整能力なわけじゃな。それに長けていたのが石田三成じゃ」
カエル「それは江戸時代に入ってからも同じで、剣の腕よりもソロバンの腕の方が大事だってよく言われているもんね」
亀「しかし武勇に誇りを持つ者たちにすると、それは全く面白くない。命を賭けて戦ってきたのに、後ろで偉そうにグダグダ言うやつの何が偉いのか、となる。特に秀吉に可愛がられた経験から、よりそう思うようになった。
世渡り下手なんじゃな。石田三成は現代でいうところの官僚タイプなんじゃよ。後ろの方で全体を見て調整して、大臣などのトップの補佐をする。その才能には恵まれたが、人望はなかった」
カエル「……この言い方はなんだけれど、脳筋マッチョな男からしたら余計に嫌われるだろうなぁ」
亀「だから人望がない。
実際のところは領地運営などに関しても手厚い保護もしておる。そこまで嫌な男ではないのじゃろうが……秀吉への忠義とプライドの高い性格が邪魔をしたのかもしれんの。それから、戦でのこれといった功績がないことも、戦上手であった者達への劣等感などがあったのかもしれんな」
家康役の役所浩司も中々。お腹の具合もGOOD!
徳川家康の描き方
カエル「一方の家康だけれど、この映画では一応悪役じゃない? 役所広司が演じていたこともあって、かなりの狸親父っぷりだったよね!」
亀「確かにあの時代では秀吉に次ぐ実力者なのは間違いないが、それでも点かは秀吉の元に固まっておったからの。あそこから大逆転するのはいかに家康と言っても容易いことではない。
わしらはどうしても歴史を知っているから、家康がまるで赤子の手をひねるように次々と準備を整えたように見えるかもしれんが……実際はそこまでの余裕はなかったじゃろうな」
カエル「関ヶ原あたりから結構性格も変わっているよね。『影武者徳川家康』なんて小説もあるくらいだし……」
亀「やはり信長、秀吉を見ているからこそ、徹底的にやらないと天下を維持することは難しいということを痛感しておったのじゃろうな。
だからこそ、心を鬼にして徹底的に対応をしていた。わしが今作を見て思ったのは、やはり石田三成は義などにこだわりすぎて、少し手ぬるいように見えた。もっと奸計なども駆使しながら、徹底的に謀をしておれば結果は変わったかもしれんの」
カエル「結構運もいいよねぇ。
この関ヶ原前後で豊臣政権の重鎮だとか、重要人物が次々と亡くなっていて……前田利家も亡くなっているし、処遇が面倒くさそうな小早川秀秋もいくら時代とはいえ早くに亡くなっていて……」
亀「徳川政権の重要人物は亡くなったとしても、怪死ではないからの。
どうしても疑いたくなるの……
まあ、しかしこれだけ長生きをしたということが家康が天下を取った最大の秘訣じゃろうな。あの時代であれだけ長く第一線で活躍した人物もそうそういないじゃろう」
小早川秀秋役の東出昌大
他の人物の描き方
カエル「では他の人物の描き方だけれど……まずは、何と言っても小早川秀秋だと思うんだよ。
この作品は石田三成と徳川家康の物語だけれど、それと同時に小早川秀秋の物語でもあるわけでさ」
亀「どのように描写をするのかというのは難しい人物じゃからな。弱気で悩みに悩む少年という描写が多いが、実際はそうでもなかったらしい。
領地運営にも一定の評価があり、19歳であの乱世の中で当主になったことを考えると、相当な切れ者と考える人もおるようじゃな」
カエル「なんで小早川秀秋は裏切ったの?」
亀「いろいろな説があるが、最初から裏切るつもりであったなどという意見もある。正確なことはわからんが、彼の行動が関ヶ原の結果を決定的にしたのは間違いない。
悪評も多い人物じゃが、それはおそらく『忠義こそが武士の要』という教えが江戸中で広まった時に、その最期などのこともあって『小早川秀秋のようにならないように……』という風に悪い見本にされてしまった部分もあるのではないかの?」
体当たり演技も良かった有村架純
カエル「他の人物でいうと……賛否が割れそうなのは有村架純の初芽だよねぇ。この重厚な男のストーリーに混じってしまうと、ちょっと違和感があるというか……」
亀「わしは悪くないと思うし、あるシーンではボロボロに汚れるシーンなどもあってなかなかの見応えがあったがの。
ただ石田三成の性格を表すのにも、そしてあの時代に重要な忍びという諜報機関を描写するために必要なのはわかるが、これは賛否分かれるかもしれん。原作を読んでいないからなんとも言えないがの」
以下ネタバレあり
3 序盤について
カエル「ではここからは……ネタバレっていうほどネタバレでもないけれど、作中に言及しながら語っていくよ」
亀「まずスタートについて語るがの……ここで賛否が分かれるじゃろうな。
映画が始まり歴史的なドラマが始まる。関ヶ原前日から始まるわけじゃが、そこから一気に現代に1度飛ぶわけじゃ。なんの前触れもなく、の」
カエル「現代と言っても昭和だけれどね。
でもさ、なんであんな描写を入れたのかな?」
亀「間違いなく司馬遼太郎の影響じゃろう。
司馬作品を読めばわかるが、歴史話の最中に突然作者の解説が入るのじゃよ。そして『私が子供のころ〜』とか『現代ではこのようになっていて〜』と書かれる。場面が飛ぶんじゃな。
それも魅力の1つかもしれんが、お話を楽しんでいる最中だと気になってしまうことも確かじゃ」
カエル「その描写をまんま映像化したらあんなことになるんだね……」
亀「わしなどは『司馬遼太郎っぽいのぉ……』という意見であるが、全く知らんで見に行ったら『急になんだ?』となるじゃろうな。
そこも観客を試す結果につながっておる。結局、この映画はどこまで司馬遼太郎や関ヶ原を、日本の歴史を知っているか確かめる映画でもある。学校の授業で見るような映画ではないし、エンターテイメントとして楽しむ映画でも……少なくとも若者向けの映画ではないの。
その意味でも人を選ぶことは間違いない。
それはスタートから語られておったのじゃろうな」
構成について
カエル「この作品ってさ、戦描写がたくさんある、エンタメ映画と思って行ったら面喰らうよねぇ。
ほとんど戦がないんだから!
映画で出てくるのは内政や策謀のシーンばかりで、アクションシーンなんて……全体で20分くらいしかないんじゃないの?」
亀「その意味でも『シンゴジラ』を連想させるの。役者の早口なしゃべり方も尺に収めるための苦肉の策であろうし……
このような構成にしてしまったからこそ、少し退屈な映画になってしまっておる。序盤、中盤の見せ場ほとんどないんじゃよ。もちろん、歴史的事実には忠実であるが……もっと工夫のしようはあったようにも思う」
カエル「例えば伏見城の戦いを描くだけでも少しは変わると思うけれど……そういうところはばっさりカットなんだよね。
それでみるとすごく不思議なシーンが多い……というか、あの有名な欠かせないエピソードが全カットなんだぁ、と思うところも多い」
亀「やはりあの時代から2時間半で全てを語り終えるというのは不可能ということじゃろうな。
さらに三成側と家康側を描かないといけないこともあるし、これだけで単純に2つの物語を描写するわけで……そこに初芽などの物語も絡ませると今作はこうなってしまうのは仕方ないのかのぉ」
合戦シーンについて
カエル「合戦シーンに関しても、確かに迫力不足なところはあったんだよねぇ」
亀「全体の引きの映像がないというのが1番大きいじゃろうな。
何万もの大軍同士がぶつかり合うというのに、見せてくれるのは個々の戦いだけじゃ。それではなかなか迫力もでんが……しかし、これは予算や今の邦画の状況を見るにしょうがないところもある。
物足りなさはあるが、それでも頑張っていたという評価じゃな。それが褒めているのか、けなしているのかというのは個々の感じ方じゃろう」
カエル「観客に頑張っていたといわれるのって褒め言葉にはなりづらいねぇ。
あとはさ、ここもそうだけれど、名エピソードがほとんどないじゃない! 今ではあまり一般的じゃないのもあるだろうけれど、家康が裏切りを迫るために鉄砲を撃ったというのも歴史的には創作の可能性もあると言われているけれど、そういうシーンがあるのとないのとではな迫力が全然違うし……」
亀「わしは島津の退き口がほぼ描写されんかったことが残念じゃな。もちろん、この映画はそれが主体ではないのはわかるが、傍観組の中で唯一と言ってもいいほど島津はピックアップされておった。
少しは見せ場があるのかと思ったら……そうでもないというのに、かなりの肩透かしはあったかの」
カエル「でもあの島左近の最期は圧巻だったよ!
悲壮な覚悟と絶望感、それでも立ち向かうという意思が感じられた!」
亀「まあ、それを言うのであれば蒲生頼郷を出して、石田の奮戦ぶりを描写しても良かったのではないか? という思いもあるがの」
カエル「ま、まあ、文句を言い出したらキリがないから……
個人的には最後の初芽とのさりげない再会だったり、石田三成の台詞なども良かったと思うよ。最後まで信念を貫き、信念とともに死んでいったということでさ!」
最後に
カエル「なんだか酷評のようになってしまったけれど、これでも褒めているってことでいいんだよね?」
亀「そうじゃの。2時間で関ヶ原を全て描けと言われてできる人などほとんどおらんじゃろう。
いろいろと思うところはあるが、この説明しすぎない作風であったり、エンタメ要素によらない作風などもわしは高く評価する。何よりも、ちゃんと汚い格好でいたからの。最近の邦画は小綺麗な格好の農民などが平気で登場するが、この作品は匂い立つようなものになっておった。
わしは本作は今年の邦画の中では、かなり覚悟のある映画だと思うがの」
カエル「正直、流行りじゃないと思うんだよ。大ヒットも難しいと思う。だけれど、この映画を作った気概を評価したいよね」
亀「時代劇が好きな人であれば、是非とも鑑賞してほしいの」