カエルくん(以下カエル)
「今回は大人気作家である東野圭吾原作作品を扱うけれど、新参者シリーズ最終章という触れ込みだけれど、1作もシリーズを見たことないんだよねぇ」
亀爺(以下亀)
「そういう人でも楽しめることは大事じゃろう」
カエル「でもさ、大人気作家じゃない? もちろん多作の作家だから全作読んでいる人はそんなに多くはないだろうけれど、新参者シリーズも観たことがないの?」
亀「元々ドラマを見ない人じゃし……これは偏見でもあるが、東野圭吾との相性があまり良くないというのもある」
カエル「……相性が? 人気作家じゃない」
亀「特に白夜行以降の作品がことごとく合わなかったりするものでの。
東野圭吾自身も語っておったように思うが、白夜行以後の作品は大人向けのために……当時で日本で流行っていたような新本格ミステリーの多くが海外では子供向け作品として扱われる、と語り、そこからの脱却を図っておる。
それがどうにも相性が合わなかったわけじゃな」
カエル「それで世界的に有名になったから大正解なんだろうけれどね。
加賀恭一郎シリーズは白夜行以前の作品もあるけれど……」
亀「『どちらかが彼女を殺した』などは読んでおるが、加賀恭一郎でなければいけないシリーズでもないし、そこまで探偵として強く印象に残っておらんの」
カエル「まあ、いろいろあるんだね……
じゃあ、そんな加賀恭一郎シリーズほぼ初対面の人間の感想の始まりです!」
作品紹介・あらすじ
人気作家の東野圭吾が原作を務める『新参者』シリーズの完結編。阿部寛が演じる加賀恭一郎シリーズとしては10作品目の映画化となり、他にもテレビドラマシリーズが放送されるなど高い人気を誇っている作品でもある。
今作では主人公の加賀恭一郎の過去が明らかになる完結編にふさわしい作品となっており、過去のシリーズなどで登場したキャラクターも再登場する。
監督は『私は貝になりたい』などの映画以外でも『下町ロケット』『半沢直樹』で高い評価を受けている福澤克雄、脚本家はTBS主催の脚本賞を受賞し、初映画作品を担当する李正美。
東京都葛飾区のアパートで異臭に気がついた住民が警察に通報したところ、死後20日ほど過ぎた絞殺遺体が発見された。被害者は滋賀県在住の押谷道子。そのアパートの住人も姿を消し、重要参考人として警察も追っていくが一向に手がかりは掴めない。
そして加賀は16年にわたって追ってきていた母の元交際相手がその事件に絡んでいるのではないかということをにらみ、捜査を行っていく。そのうちに加賀の過去に深く関わることが判明していくのだった……
1 感想
カエル「では、いつものようにTwitterの感想からスタートです」
祈りの幕が下りる時
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2018年1月27日
これは娯楽ミステリ邦画として高い評価をされるのでは?
自分は白夜行以降の東野圭吾と相性がそこまで良くないのだが今作はかなり楽しめた
特に松嶋菜々子とあの人の演技は絶賛ですよ
ツッコミどころもなくはないが全体的にうまくまとまった作品
カエル「新参者シリーズ最終章ということだけれど、初見者でも楽しめる映画でもあったかな。
確かにそれまでのシリーズを見ていることでより深まる描写があるんだろうなぁ、と思う部分もあるんだけれど、それでもそこまで気にならないよね」
亀「邦画ミステリーとしては非常にレベルが高い作品になったのではないじゃろうか?
ここ最近の邦画の悪い部分……過剰な演出や説明過剰な脚本はどうしても残ってしまうが、それが疑問に思うほどの悪目立ちしていたということもない。
若干難点を言うとすれば、この物語自体がややこしい部分もあるのじゃが、それもわかりやすく見せようと工夫されていたようにも思う」
カエル「それでもわかりやすい物語とは言いづらいけれどね。
あらすじにもあるけれど加賀の過去のお話と、今回の事件と、さらに重要な登場人物の過去も複雑に混ざり合うから、実は映像化に不向きな作品でもあるんだよね」
亀「これが小説であれば一度立ち止まり読み返したり整理することもできるが、映画はどうしても物語は一定にしか進まないからの。時系列を何度も入れ替えるのは本当はあまりいいことではないのじゃが、この作品の場合はそうなってしまうのは仕方ない部分もある。
それでもややこしいことにならないように配慮はされており、その意味でも説明過剰な脚本は必要だったのかもしれん」
カエル「そういう意味では映画に見慣れない人や、加賀恭一郎シリーズを見たこと長い人はちょっと混乱するかも……」
亀「ただ、この映画自体はおそらく100人いれば80人が60点〜70点をつけるような、万人が楽しめる大作娯楽邦画に仕上がっておる。
今月の実写邦画作品の中では特に高い評価が下されるのではないかの?」
阿部寛と松嶋菜々子が特に印象にのこる
演出について
カエル「では、次にネタバレしない程度に演出について語っていきましょうか。
今作ではそこまで攻めたな、と思わせる演出は見当たらなかったような気がするけれど……」
亀「それでも多くのシーンで見所があるものがあったの。
最初の方で加賀が母の亡くなった部屋に向かうのじゃが、そこで屈んでいるシーンで窓が越しに手すりが映っておる。それが『母に囚われる加賀』というのを差し占めているようで、スタートの掴みとしては特に面白いものだったの」
カエル「あの時、お母さんの知り合いの宮本さんだっけ? あのおばさんが立っていて同じ顔のアップでも囚われていないものと、屈んでいるために手すり=柵に囚われているといういい対比でもあったよね」
亀「それから、やはり見所としては阿部寛と松嶋菜々子の対峙するシーンであったが、その後ろに赤い絵がある。
ここでこの2人がバチバチと火花を散らせて対決しておるということも締めしておるようで、かなり良かったの。
……正直、この時に後ろに書かれた絵もとても重要なものであったように思うのじゃが、今回はメモを忘れたために書き忘れての。バックに何が書かれていたのか、具体的には忘れてしまったのじゃが……そういった部分にも工夫があったの」
カエル「それから、あとはバンが閉まるシーンの後の長回しなども、観客の想像力を刺激してくるよね。
こういった細かい演出1つ1つが冴えていたからこそ、今作はミステリーとして安っぽくならなかったように思うな」
亀「やはりアニメ好きとなるとこの映画は押井守監督の『パトレイバー2』を思い出すの。特に東京の日本橋周辺の橋の下を川から行くシーンなどは、まさしくパト2そのままでもあり……この映画の1つのテーマである『東京』をはじめとした地理について、印象に深く残ることになったの」
この絵の作り方が面白く印象に深く残った
役者について
カエル「では役者について触れていくけれど……まず絶賛としては松嶋菜々子が本当に素晴らしかったよね!
もちろん、美しいというのは当然なんだよ。そこに疑いはないけれど、今回は重要な意味合いを持つ演出家という設定だけれど、その風貌もすごく落ち着いていて、大物感もあって!」
亀「本作ではもちろんシリーズ物で何度も演じている阿部寛の演技にも注目じゃろうが、わしはこの松嶋菜々子の方が阿部寛を上回る魅力を見せつけたの。
そして……これはあまり直接的には言えないが、松嶋菜々子に関わるある重要な役を演じたあのベテラン俳優が素晴らしかった」
カエル「もちろん、ベテランだから安定感は抜群だけれど、あの人の魅力であるどこにでもいる普通のお父さんであり、ちょっと情けない感じも出しながらも、どこか狂気を感じさせたりということもあって……もうあの人だからこその名演技! と言わざるをえないよね!」
亀「メインの役者陣に関しては特に文句がない。
わしはこのシリーズを初めて見るためによく知らんのじゃが、きっと過去作で重要な役であったであろう田中麗奈も、そこまで多くない出番でありながらもかなり印象に残った。あのような影のある役をやらせると天下一品の女優の1人じゃの。
今作のメインの役者陣に関してはあまり文句がないのじゃが……一方で気になる役者と演出があったことも事実じゃから、一応書いておくかの」
気になったポイント
カエル「えっと……基本的には褒めるけれど、細かいポイントで気になった部分ということでいいんだよね?」
亀「そうじゃの。おそらくこれもシリーズ恒例なのであろうが、わしには春風亭昇太の演技がこの作品に全く合っていないように思えた。
もしかしたら本シリーズにおけるコメディパートの登場人物なのかもしれんが、このシリアスな世界観にミスマッチであった。どうしても昇太の持ち味というと、あの甲高い声で面白おかしく観客を煽り、笑いを取ることにあるのじゃろうが……それがわしには気に入らない部分もあったかの」
カエル「全体的には警察の捜査の描写はちょっとリアリティがないというか、ドラマっぽいなぁという印象だったのかなぁ。
つまらないわけではないんだけれどね」
亀「本作の世界観にはそこまでマッチしておらんかったということじゃな。
それでも、警察のシーンでも光明が見えた時は強く光が当たったりという、わかりやすくも効果的な演出なども感じられているの。
あとは問題なのは……これはもう仕方ない部分もあるが、1人の登場人物が時間軸を超えて演技をしておる。
これが混乱を生じさせるわけじゃな」
カエル「一応特殊メイクやらでそれっぽくは見せているけれど……阿部寛の16年前との変化のなさとかは、しょうがないとはいえ、ちょっと見づらいのかなぁ」
亀「特にその混乱が生じたのが、松嶋菜々子に関わる重要な登場人物2人じゃの。
確かにそれなりに頑張ってはいるし、年をとっているのもわかるのじゃが、それが映画として若干混乱するようになってしまった。元々時間軸のシャッフルは混乱を招きやすい上に、登場人物もシャッフルしてしまうと問題だということなのじゃろうが……これは原作の映像化に不向きという根本的な問題であるから、誰を責めるものでもないが、少し思うところがあるの」
以下ネタバレあり
2 作中劇との関連性
カエル「では、決定的なラストに踏み込まないである程度は作中の物語に言及しながら語っていくとしようか。
本作では『異説・曽根崎心中』が取り上げられているけれど、やはりこれは重要なの?」
亀「もちろん、そうじゃな。本作が全て紐解かれた時、やはり1番印象にのこるのは近松門左衛門のこの名作心中ものである。
もともと、江戸時代には愛情の伝え方にはたくさんあっての、今ではキスやハグなどが一般的であるが、この時代では指切りなども愛情表現であったのじゃ。
『指切りげんまん』という現代でも続く約束の遊びがあるが、あれは『指を切ってお互いの気持ちを確認し合う』という意味もある。この時代の遊女は指がない人も多く、意中の男に指を贈ることで『私はあなたにここまで思いを寄せています』というアピールをするわけじゃな」
カエル「……えらいエキセントリックな話だよね」
亀「もちろん、遊女側も強かなものだから、初めの1本は自分で指を落として男に送るものの、普通に亡くなられたり、身元不明の遺体の指を勝手に切り落として何人もの男に送るという猛者もいたようじゃ。
まあ、男と女の化かし合いの時代じゃの」
カエル「……グロテスク」
亀「その中でも最も重いのが『心中』であり、つまり『心の中ないく愛、真心の愛』ということじゃな。ちなみに、この時代に心中というのは幕府のご法度であり、生き残った側は死罪にされてしまうし、両方生き残った場合は裸で道中に晒しあげになった後に、市民権をはく奪されて、非人の階級に強制的に落とされてしまう。
それだけの社会的に重大な犯罪でもある。しかし、それでも身分違いの恋愛などに悩む恋人たちが心中騒ぎを起こして、そしてそこにロマンチックな愛を見つけた大衆が芝居などで熱狂するというものじゃ」
カエル「……現代で言うと『ロミオとジュリエット』とか病気で死に別れの物語に涙するということと同じなのかな?」
亀「かもしれん。
そして本作もまた心中ものだということもできる。ただし、それは恋人間の心中ものではなくて、もっと別の愛……恋愛よりもある意味では強固な愛によるものである。
他にも曽根崎心中も借金が絡んできたり、信頼する者の手痛い裏切りなどもこの作品を連想させるの。
そういった強い愛を抱えた者同士が、どのような結末をたどるのかということも……見所の1つということじゃろうな」
橋の下のシーンなどはパト2を連想させる……
一方でやっぱり気になる点も……
カエル「とまあ、結構うまい物語ではあるけれど、突っ込みどころもあるの?」
亀「う〜む……やはりわしは納得いっておらんのじゃが、最後に事の真相が明かされる。
今回は焼死体が出てくるのじゃが、その殺し方が納得出来ん」
カエル「あ〜……そのシーンはしっかりと映像として描写されているしね」
亀「その前にも加賀本人が『この犯行は力のある人間にしか難しい』みたいなことを言っておった。実際、あの殺し方は相当な力がある者でないと難しいと思う。
普通、あの殺し方をする場合は何らかの道具を使うはずであるが……今作は道具を使うことなく、行為に及んでいる。それがわしには納得いかなかったの」
カエル「あの人、どう見てもそういうことができそうではなかったしねぇ」
亀「それから、これもまた本作だけの問題ではないのかもしれんが……東野圭吾の作品はミステリーとしては超一流だと思っておる。しかし、やはりトリックだったり見せ方が複雑だったりする。
これは映画のミステリーとしてはアンフェアな気がするの。
あの与えられた情報では、観客はその謎を解くのが難しい」
カエル「これはミステリー物にどれだけの謎解き要素を望むのか、という問題でもあるけれど……確かに結構難しいお話ではあったのかな?」
亀「まあ、この辺りは構造的な問題じゃから仕方ないのかもしれん。今作はミステリーというよりも、サスペンスとして楽しんだ方がいいように感じたかの」
個人的な思いとして
カエル「で、ここでレビューとは離れて個人的な思いの吐露になっていきます。
そもそもさ、なんで東野圭吾作品と相性が悪いと思っているの? 過去の東野圭吾作品も、そりゃ色々あるけれど『容疑者Xの献身』などは結構褒めていたような……」
亀「いや、あのお話もわしは酷評はせんが、正直興が削がれた感があったの」
カエル「……容疑者Xで?」
亀「これはわしと東野圭吾の考え方の違いかもしれんし、今の邦画業界や日本のミステリー業界との考え方の差かもしれんが……あんまり直接言うのもなんなんので、少しぼかしながら語るが、わしはあのラストが気に入らん」
カエル「そんな悪いラストだったかなぁ」
亀「だからこれはわしの個人的な考えであるが……なぜ最後にあのようなことになってしまうのか?
そこまでの感動の物語が一気に冷めてしまうことがある。容疑者Xも、本作もそれは同じであった。
わしは『オリエント急行殺人事件』が好きじゃが、それは単純な勧善懲悪な物語を脱したということがある。罪は罪かもしれんが、それを裁く権利は誰にあるのか? ということじゃな」
カエル「……でもそれはミステリーとしては後味が悪いもになってしまうんじゃ」
亀「だから何度も言うが、わしの個人的な思いである。
わしは今回の犯人が捕まる理由がわからん。
確かに罪かもしれんが、その罪の理由を知れば考え方も変わる。もちろん、警察官が主役というのもあるじゃろうが……感動的であればあるほど、この違和感が拭えないの」
カエル「う〜ん……難しいところだね」
亀「東野圭吾はミステリー作家としては超がつくほどのの1流の人間であるし、わしは世界歴代5本の指に入るのではないか? と思っておるほど高く評価している。しかし、小説家としての……ストーリーテーラーとしては、どうにも根本的に相性が合わんような気がしている。
特に白夜行後は特に顕著なような気がして……これがわしが東野圭吾作品をあまり好まない理由じゃな」
最後に
カエル「まあでも冷静に考えてみればひどい話でもあるんだよね。あの亡くなった女性とかは何も悪くないのに、とんだとばっちりだし……」
亀「その意味では裁かれるべきなのじゃろうが、結局悪いのはあの人じゃしの。
その目線で考えると、あの人は19年前じゃったかの? にも事件を起こしておるが、その時はどうしたのか? 結局、運によるものであったならばこの作品の緻密性が失われるような気もするんじゃがな……」
カエル「まあ、いろいろと突っ込みどころはあるけれどさ、それはそれで演出などでカバーしているし、いいんじゃないかな?
少なくともミステリー娯楽作品としてとても見所がある作品なので、気になる人は是非鑑賞してください!」