物語る亀

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物語愛好者の雑文

オリジナル長編小説『白泉光』 9/14

オリジナル長編小説 『白泉光』の9回目になります。

前回はこちら

 

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 休みの日にやることもなかったので、申し訳程度に作られた何も植えられていない庭先に生えていた、このコンクリートジャングルのどこから種が飛んできたのかわからない根の強い雑草を刈り取っていた。こんなことをするのは女子高生の休日の過ごし方ではないと今日子さんは笑っていたが、どこかに出かけたりするよりもよっぽどリフレッシュになる。
 夏の強烈な日差しを浴びて伸びた雑草を刈り取っていくのは小さな庭でもそれなりの労働だった。ここ最近はすっかりと涼しくなってきたが、それでも陽が射すと体がジリジリと焼かれていくような気がする。
「春になったら何か植えてみようか」
 隣でむしった草をビニール袋に詰めている景虎に話しかける。額に浮かんだ汗の玉を、しっかり土がついた腕でぬぐうものだから額が黒く汚れてしまっていた。
「そうだね。何年か前までは花を植えていたけどさ、世話をするのが結局おばあちゃんひとりだったから、すっかりやめちゃったね」
 確かに庭先に転がっている、朝顔でも植えていたと思われる小さなプランターは横に転がり、中の土が半分以上こぼれ落ちていた。それひとつだけでいかに今日子さんたちが園芸に向かないか、わかるというものだ。
「まあ、春になるまで待つことはないんじゃないかな? 秋に植えるものもあるだろうしね」
 そうだね、と小さく言葉を返す。景虎はゆっくりと立ち上がると額の土汚れにようやく気がついたようで、顔を洗ってくると家の中へと急いで掛けていった。

 

それを見送った直後、ふと足音が聞こえてそちらを振り返ると、女性がひとり、こちらを見下ろしていた。日傘をさしてサングラスで目元を隠しているが、おそらく今日子さんとそう変わらない歳だろう。
 女性はこちらを見下ろしたまま、一言も口にすることがなかった。
「あの、何か?」
 そう尋ねるとようやく我に帰ったように、ああ、と呟き、サングラスを外す。
「こうやってみると驚くくらい似ているものね」
 え? と言葉を返す間もなく、女性は話を続けた。
「わたしのこと、覚えている?」
 あまりに唐突なことで言葉につまり返事が出来ずにいると、女性は大きく頷く。
「仕方ないか。あの時はゴタゴタしていたし、ひともいっぱいいたもんね。わたしのことなんてわからなくても当然よ」
 そして日傘を折り畳むとその手をこちらに向けて握手を求めた。
「初めまして、暁さん。わたしはあなたのお母さんの友人の樋口美琴です」



 樋口さんを玄関まで案内し、家の奥へいる今日子さんに来客を伝えると面倒くさそうに頭をぽりぽりとかきながら、着替えもしないジャージ姿で出てきた。
「なんだよ、今日来るってきいてないぞ」
「こっちは近々窺うって話はしていたけど?」
「アポイントは社会人の常識だろう」
「そんな言葉が今日子から聞こえるなんて、人間は成長するもんね」
 うるさい、と軽口を叩きながらもお茶の間へと案内する。靴を脱いでしっかりと揃えて家に上がると、何の遠慮もせずにどしどし奥へと進んでいった。
 お客さんが来るとはきいていなかったから、普段と同じような散らかり用だったが、部屋を見ると樋口さんは目を丸くした。
「すみません、散らかっていますが……」
「驚いた。すごく綺麗になっているじゃない。前に来たときは畳がこんなに見えなかったのに」
「暁が全部やってくれるからね、雑な僕や今日子さんとは育ちが違う」
 景虎が手に麦茶の入ったコップを持ちながらやってきた。それをふたつちゃぶ台の前に置いていく。額の土汚れは取れたが、爪の間はまだ真っ黒なままだった。
 樋口さんはスカートの裾をそっと折り畳みながら正座して座ると、目の前で大あくびを浮かべている今日子さんに向き直る。
「暁は覚えているかな? あの通夜の場にいたんだが……」
「覚えている筈ないでしょ、けっこうな数のひとがいたし、そもそもあなたと違ってわたしは常識人ですから」
 その所作ひとつをとっても確かに景虎がガサツと評する今日子さんと接点は見当たらない。どこかのそれなりの家の婦人いった様子で、このぼろやと樋口さんはとてもミスマッチだった。
「気にすることないよ。こんなお澄まししているけど、結局は同じ高校の同級生、どんなにネコ被ったところで性根のところは同じようなものさ」
「同じ穴のムジナって? でも、穴を出たらどう変わるかわかったもんじゃないでしょ」
「ムジナであることに変わりないよ」
 そう軽口を応酬しあうふたり。表面的にはケラケラと笑っているが、本音の部分では今日子さんほどわかりやすいようには思えない。
「わたしにはお通夜なんて普段着でも構わない、大事なのはこころだ、なんて言いながらひとりだけきっちりとした礼装を着て通夜の席に行くんだからな」
「だってあそこから礼装用意して、着替えてなんてやっていたら間に合わなかったでしょうに」
 樋口さんは麦茶を一息に飲み干すと、コップを軽く持ち上げて二杯目を景虎に要求した。けらけらと笑いながら立ち上がり、コップを手に再び台所へ立つ。
「でもね、あの時は本当に驚いたの。新聞を読んでいたら葬儀の欄に知り合いの名前が書いてあったからね。こういうときのために、新聞は読んでおくべきものね」
 確かに、あの時に今日子さんたちが駆けつけてくれたのは不思議だったが、なるほど、確かに新聞に載るということもあるのかと初めて知った。
 きっと、積もる話もあるだろうし、わたしがいない方が話しやすいこともあるだろうと一度頭を下げ、「庭の掃除が残っているので」と告げて立ち上がる。
 部屋から出るとコップを三つと麦茶ポットを丸ごと持ってやってきた。
「あれ、暁は話に入らないの?」
「わたしがいない方が話もはずむでしょ?」
 そんなものかな、と呟いて部屋へ入っていく景虎。その後ろを姿を見て、わたしは外へと再び出て行った。
 日はさらに高くなり、先ほどよりも日差しが強くなっている。早いうちに終わらせたいなと庭先に屈んで草むしりを再開すると、景虎もやってきて手伝い始めてくれた。
 それから一時間ほど経っただろうか、雑草もほとんど取り終えて片付けにしようという話になった。ちょうどいい運動になったが、汗で髪の毛が額に絡み付いて、少し気持ち悪い。
「片付けておくから先に休憩しなよ」
 その言葉にちょっと罪悪感を覚えながらも、甘えて部屋に戻ることにした。ここであんまりわたしがやると言うと、また景虎にああだ、こうだといわれかねない。
 玄関を開けると開かれた窓から玄関まで風がすっと通り抜けていく。汗ばんだ肌に少しばかり寒いくらいだが、それが心地よくて少し立ち止まってしまう。あとはこの家に散らばった、必要かわからないゴミのようなものをもう少し捨てることが出来ればもっと気持ちいいのに、と考えながら家に上がる。
「立派だとは思うよ」
 樋口さんの声がして思わず立ち止まってしまう。部屋の引き戸は閉じたままだったが、ふたりが中で話している声が漏れてきていた。
 立ち去った方がいい。
 そう思いながらも足がいうことをきいてくれない。そっと扉へと体を近づけて、耳を立ててしまう。
「いくらそれなりに大きいとはいえ、高校生の女の子なんて一番面倒くさいものを引き取るってわたしにはできることじゃない」
「大したことじゃないよ」
「大したことよ。こっちは今だって小さいとはいえ子供ふたりの面倒見て、相手してやんなきゃいけない。うちはじじ、ばばがいるからまだわたしの負担は軽いかもしれないけれど、それでもさらにひとり増えるなんて考えられない。そりゃさ、産んじゃったらしょうがないし、それはそれで可愛いもんだけど、だからといって好んで増やすもんでもないし」
 ああ、これはダメだ。
 この会話聞かない方がいいと頭の中で警鐘が鳴り響いている。それでもこの足は動かず、それどころか余計に頭を扉へと近づけてしまう。
「まあね、あんな光景を見せられたら、少しは思うこともあるよ? さすがに通夜の席で遺された娘が叩かれるのはおかしいけれど、だからといって引き取るかっていわれたら、それは違うでしょ」
「……」
「あんたらしいと思うけどね。さっきだって礼装だなんだって話になったけど、それを恥だなんて全く気にしないだろうし」
「……まあ、あんまり考えなしなのは認めるさ」
 コトン、とコップを置いた音が聞こえた。
「別に悪いっていうつもりはないよ。そういうところ、良し悪しだけど美徳とも思うし」
 ふう、ため息を吐く。
「似ているから?」
「うん?」
「もう十数年になるのに、そんなにあの子がひっかかているの?」
「美琴は嫌いか?」
「もう忘れちゃったよ。もう何年も会っていないような友達を覚えている程記憶力があれば、あんな高校になんて行ってない」
 小さく開かれた窓からスズメが一羽、家の中へと入ってきた。外の世界を目指して家中を飛び回るが、窓ガラスに体をぶつけるばかりで大空へと飛び立つことが出来ない。ちゅ、ちゅ、と小さく鳴き声をあげながらこちらをじっと見つめるが、わたしは動くことが出来なかった。
 やがてこちらを見ることもやめて、他の出口を探して飛び回る。
「……暗くて、ひとに対してなにもいえないようにいつも俯いていてさ」
「それでいて意志は強くて、自分の意見を曲げなくて」
「誰かが助けてくれるという期待なんて一切しないで、自分で何でもかんでもやりはじめて」
「そのくせ中途半端で、穴があって放っておけない」
「一番嫌いなタイプ」
「一番気になるタイプ」
 そっと、わたしの肩にスズメが足を休めに止まった。そのまま払いのけず動かずいると、また小さくちゅ、ちゅ、と鳴いてそっと飛び立っていった。
 そのまま小さく開かれた扉からふたりのいる部屋へと飛び込むと、中から小さく声が聞こえた。鳥? という声をあげたかと思うと、やがてスズメはふたりの周囲を旋回し、やがてまた扉から廊下へと飛び出していった。
 そして開かれた玄関を見つけると、一目散に小さな翼を広げて太陽の真下へと駆け込んでいくと、そのまま大きく飛翔してやがてどこかへと姿を消した。
 わたしはその場から動くことが出来ずに、じっと玄関を見つめていた。熱気がさって冷え込んできた空気と共に、歩道に植えられた木々は少しずつ様々な色に塗りつぶされていく。その中でも、一年中青々とした姿を現し続ける松の木が一本、隣の家から少しだけ枝をこちらに伸ばしていた。
「暁?」
 大きく膨らんだビニール袋の頭を甘く結んで、中につまった草や土が少しずつ零れ落ちて行くのを、気にしないのか気がついていないのか景虎は引きずるようにして玄関の前へと運んできた。枯れ木の枝がビニールを突き破って、揺れる袋とともに足をつついている。
 そして扉をがらりと開けて今日子さんが顔を出す。
「鳥、見た?」
 うん、と頷いて外を指差して出て行ったと説明すると、そうと呟いてまた部屋の中へと戻って行く際にちらりと見えた樋口さんの表情は、どことなく笑っているように見えた。


 そのまま今日子さんと樋口さんに手伝ってもらいながらアパートの荷物のまとめに行き、今日子さんは樋口さんを送りに別れた。家に帰ると先についていたジャージ姿の今日子さんが玄関前で煙草を吸い始めた。そのイス代わりに使っているのは今日の朝まで家の中にあったテレビ台だ。
 さらに前のアパートにあったテレビ台が気に入ったのか、玄関の横に一個、どんと置いている。
「あー、お疲れ様」
「あの、このテレビ台は?」
 煙草の吸い殻を携帯灰皿に押し付けながら火を消し、テレビ台をばしばしと叩くと、今にも壊れそうにぐらぐらと今日子さんの体と一緒に揺れる。
「ああ、これね。うちのテレビ台は景虎の落書きはあるわ、横にヒビがはいいているわでもうボロボロだからね。古さならこれもそう変わらないんだろうけど、うちのより明らかに状態がいいから持ってきちゃったよ」
「ああ、そうですか。どうせ捨てるものですし、構いませんが……これ、ここまでどうやって運んできたんですか?」
「運送屋の兄ちゃんに無理言って、ここまで運んでもらった……さて、それじゃ、一服したことですし、こいつを中に入れちゃおうか」
 テレビ台の端を持つと、ひとりでよっこらせと持ち上げる。さすがに足下がふらついていたので、わたしも鞄を靴箱の上に置くと、急いで荷物持ちに加わった。
 居間に入ると、テレビは端へ置かれており、床に張っていたテレビのコード類は雑多にまとまられていた。もともと整理されていたとはいえない家だが、荷物を運ぶ動線を確保しようとしたのだろう、ふたりが通るだけの足場は出来ていたが、元々床に置かれていた本やらプリントやらは机やタンスの上に積み上げられていた。コードに足を引っかけないように気をつけて下を見ながら運んでいたが、思わず体がタンスにぶつかってしまい、その衝撃で写真立てが落っこちてしまった。
「とりあえずこいつを置こう」
 ふたりで息を合わせて慎重に床に下ろす。ほんの数メートル程しか移動していない筈なのに、額には汗が滲んでいた。
 床に落ちてしまった写真立てを探すと、それはアパートから持ってきた、母の写真が収められたものだった。
「壊れてない?」
「大丈夫です……あれ?」
 拾い上げると額縁が外れてしまい、写真が外れてはらりと二枚落っこちてしまった。

 二枚?

 とりあえず一枚を拾い上げると、それはやはり今日子さんの持つ写真と同じ、あの同級生たちと撮られた写真だった。もう一枚拾い上げて、じっと見つめる。
 そこには先ほどの写真と変わらない年代の母が、男性とふたり並んで写っていた。どこかの海か湖だろうか、裸足のふたりが水辺に足をつけ、この写真が包まれていた、時代遅れのワンピースを着ている母は、ピースマークを作りながら満面の笑みを浮かべていた。
 一方、男性はまるで休日のお父さんというようなカジュアルな服装で、目が悪いのだろうか、じっとカメラを睨めつけるような眼光が印象に残る。
「どうした?」
 今日子さんがちらっと写真を覗き込むと、その視線はみるみる険しくなっていった。
「この写真、なんでしょうか?」
「暁がわからないものがわたしにはわからないよ。この男に見覚えは?」
 記憶を辿ってみたが、こんな男性は見覚えがない。そもそも母の姿を見ると、わたしが生まれる前の写真だ。この姿のままでいるとも思えないし、もしかしたら会ったことがあっても印象が大きく変わっていて気がつかないかもしれない。
 首を横に振ると、今日子さんは写真をすっとつまむように持ち上げて、じっと睨みつける。
「歳は大体……三十ってとこか? 老け顔だとしても二十代前半ってことはないだろうね。あの子の姿から察するに、この写真を撮られた年代は集合写真と変わらないね。場所は……ああ、ダメだ、海だか湖だかってことはわかるけど、それ以上の手がかりはない」
 そっとわたしに写真を手渡すと、ガリガリと頭を掻きむしる。
「今日子さんも見かけたことはないですか?」
 そう尋ねると、うーんと唸りながら首を傾げてこちらを向く。
「うーん……知らないけどさ、なんだろうな……こう、頭の隅っこで何か気になるんだよな……あー、なんだろ、この奥歯に物が挟まったような感じ」
 うーんと唸りながら腕を組む。
 もう一度写真の中の男性をじっと見つめるが、過去に母が何か言っていたとかいうこともなく、親戚を思い返してみたがこれほど眼光の鋭い人は全く思い浮かばなかった。
「今日子さんは、この人をどう思います?」
「どうってそりゃ……まあ、何だ。暁にいうのもなんだけどさ、これだけははっきり言えるのは、写真立ての裏に入った男の写真なんてもんはろくなもんじゃないよ」
 そういい終えると、玄関から「すいません」という野太い声が響き誰かが来たようだった。どうやらテレビ台を持っていってくれる業者が来たようで、今日子さんはそちらへあわてて駈けていった。
 たぶん、今日子さんの言う通りなのだろう。
 いくらわたしでもこの男性が母にとってどういう意味を持つのかなんとなくわかるし、それは一度も母自身が語らなかったということは、きっと母からしたら開けてはいけないパンドラの箱ということだろう。
 だからといって簡単に割り切れるものでもない。
 見つけなければ良かったな、と嘆息すると、タンスの上に置かれていた雑誌やら景虎の小学校の連絡プリントやらが落下してきた。あわててそれらを片つける為、写真は机の上に置きっぱなしになった。
「ただいまー……すごい騒ぎだね」
 学校から帰ってきた景虎が、一面にプリントやら雑誌やらが転がった部屋を見て呟く。ランドセルを置くと、片つけるのを手伝ってくれた。
「今日子さんはいい加減、片付けというものを知った方がいい。ほら、このプリントなんて、小三のときの運動会のやつじゃん。うわ、このチラシだって北京オリンピック記念なんて何年前の広告なの? こういうものをさっさと捨てないから、こうやって物がたまって……」
「ああ、はいはい。重々承知してますよ」
 玄関から戻ってきた今日子さんがチラシの束をいじり回す景虎をじっと見下ろしている。
 やがて三人で家の中を片付け、ついでに捨てるものも紐で縛って玄関に置いておく。台所でお茶を飲み一息ついた頃、居間に戻ると景虎が机の上の写真をじっと手に取って見つめていた。
 まったく、と呟きながら写真を取り上げる。
「これは暁のもんだからね。勝手に汚い手で触るんじゃないの」
「それ、白井さんじゃないの?」
 その言葉にふたり揃って首をかしげる。わたしひとりならばともかく、今日子さんも首を傾げているのが不思議だった。うん? と一言呟いた後、口を開く。
「誰、その白井さんって」
「え、もしかして忘れているの?」
 先ほど整理したプリントの束から、まだ必要とされた数枚のうち、一番上に載っていたプリントをそっと手渡した。
「ほら、この前もいっていたでしょ。今度課題学習のテーマで、地元の有名人を調べることになったって。で、僕たちが調べるのがその白井さん」
 プリントを覗き込むと、来週の日付が書かれていた。どうやら電車で数駅離れた農園に併設された研究所へと訪問する予定らしい。
「それで、保護者と一緒に行くように言われたって説明したじゃない。覚えてないの?」
「そういえばそんな話もあったかものね……」
 ランドセルの中をがさごそと漁るとファイルをひとつ取り出し、その中から何枚かのプリントを手渡す。
 そこに映っていたのは白髪もあり、写真よりはいくつか歳をとっており、一番特徴的だった目元は掛けられた眼鏡のせいか幾分か昔よりは柔らかく感じたが、確かに同じ人物のようだった。
 見た目から推定される年齢は五十前後と、写真とのつじつまも合う。
「地元の有名人って、この人なにかしたの?」
 そう尋ねると、景虎は目を大きく丸めた。
「あれ、暁は知らないの?」
「知らないよ、こんな人」
「そうか……暁が好きっていってたから、当然知っているものだと思った」
 再びファイルを取り出してプリントを一枚手渡す。
 そこに映っていたのは、広告でも見たことがある名前だった。
「白泉光を開発したひとだよ」