ノベラックス様主催の『短編小説の集い』に初めて参加させていただきます。
短編小説は何度か書いてきていますが、今回は『虫』がテーマということで『カマキリ嬢』というタイトルで書かせていただきました。
なんというか……文章力どうのこうのという作品にはなっていないと思いますが、好きに読んで批評、感想を頂ければ幸いです。お手柔らかにお願いします。
大分短め(2000字前後)です。
以下が作品です
題 カマキリ嬢
隣でゆっくりと寝息をかく彼をじっと見下ろしながら、私はその髪の毛をそっと掻き上げて少し広くなり始めた生え際をゆっくりとなぞると、彼はうん、なんて言いながらモゾリと体を動かして私に背を向け、再び寝息をひとつあげた。
いつもベットの上ではあれだけ激しく愛し合っているのに、あの濃密な、堕落にも似た匂いが充満すると、彼はすぐに眠りに落ちてしまう。私が過去に喰べた男たちに比べると特別何かが優れているわけでもないのだけれど、それを表情に出すと顔を赤らめながら、男の体が満足したらすぐに不貞腐れたように横を向きながら眠ってしまうその姿が、私にはとても愛らしい存在だった。
彼は私に男を主張するのだけれど、それはまるで中学生が初めて背伸びをして彼女に接しているかのようで、でもそのことに何も気がついていないのがたまらなく可愛らしいと思うのと同時に、私の仮面の下にある素顔を見透かすこともできず、喘ぐ姿を見下ろしながらただただ満足そうにお互いが一点の曇りもない充足感を与えていると確信しているのだから、滑稽な話だと思う。
そっと彼の頭から枕を抜き取ると、その匂いをいっぱいに嗅いでみる。日々、加齢によって少しずつ瑞々しさを失っていく肌や髪の毛が、その若さをどこかに置き去ってしまい、代わりにこの枕に自分の存在を強くマーキングしていくというのは、きっと女の体に精子を振りまく男の本能のようなものなのだろう。このなんとも言えない匂いを肺いっぱいに吸入した瞬間に、私は少し満たされる。ベットの上で感じることのできなかった充足感を補うように。
彼は枕がなくなって少し寝苦しいのか、ごろりと三度ほど体をくねらせた後、私の枕を手に取るとそれを抱きかかえたまま、再び眠りの世界へと旅立っていく。こうして私と彼の匂いが混ざり続け、いつしか同一の存在になるということに、私という存在が消え去っていく嫌悪感と、それでも彼とどこまでも同じになれる満足感が交互に混じり合っていき、どう整理すればいいのかわからなくなる。
子供が欲しくないの? なんて彼は言ったけれど、私にはそんな存在はまっぴらごめんだ。子供という存在は騒がしいし、私と彼の境目を明確にする。それが生まれてしまった瞬間に、私は私でなく、彼は彼でなくなり、そこにあるのは父と母という、そこいら中に掃いて捨てるほど溢れている、なんの特別感もない存在だ。
私と彼は世界に2人。
今はまだ、それだけの特別な存在。
カマキリのメスはオスよりもずっと大きくて、交尾の後に食べてしまうんだって。だから、オスはメスに捕まらないように、急いで逃げないといけないんだ。
そう話した彼はきっと、カマキリのオスに憧れていたのだろう。父としての責任を果たすことなく、精子を振りまけばあとは何も知らずに、愛という混沌とした夢に身を投じて明確に私と一体になれることに、きっと何の不安も感じていない。
アンコウのオスはすごくちっさくてね、メスを見つけると肌に噛み付いて一体化するんだ。そして一生をそのメスと共に生きるんだ。
私は彼のそんなウンチクを初めて聞いたような顔でへぇ、なんて言って笑っていたけれど、数年前のテレビ番組で何度も放送されていた、誰でも知っているような豆知識を披露するたびに、心の中で可愛いなぁ、と呟いた。でも彼は私の顔なんて仮面越しにしか見ていないから、そんなことに気がつくこともなく、にっこりと笑って満足そうにうなづくと、ゆっくりと私を抱き寄せて唇を重ねた。
彼のウンチクは不思議なことに、メスに食われるオスの話しかなかった。きっと、えらい心理学者のセンセイに言わせれると、それが彼のシンソウシンリであり、心の奥底から望むものなのだろう。
私はそっとお腹を撫でながら、クスリと目を瞑る彼に微笑みかける。この私の本当の顔を知ることは、彼はきっと、永遠にないのだろう。本音を見せあう男女関係なんて、私にはまっぴらごめんってやつで、仮面の下の心を見せた瞬間に、私は負けるのだと知っていた。
ねぇ、私って、最高に、イイオンナ、でしょ?
私は仰向けの彼にそっとまたがって、じっとその顔を見下ろすと、彼が大好きだと褒めてくれた長くて真っ黒な髪の毛が彼の顔に覆いかぶさる。そのままそっと両手を伸ばし、その首を掴むと、ほんのすこしだけ力を込めた。
私には、これしかないから。
彼はすこし苦悶の表情を浮かべると、顔を背けて軽く抵抗する。そしていつも通り呟くのだ。
愛してる、と。
その言葉を聞くたびに体がカッと燃え上がるように熱くなり、そして心の芯が綺麗に冷え切ってしまう。そのなんとも言えない感覚に身を委ねながら、私は満足してその体から降りるのが、いつものルーティンだった。
だけど、今日はそのまま降りることもなく、じっと彼を見下ろしてみる。
私は小さなカマキリ嬢。
オスを食らう、カマキリ嬢。
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