物語る亀

物語る亀

物語愛好者の雑文

映画『ファインディング・ドリー』 ニモを未鑑賞な状態で感想 ※ネタバレあり 

カエルくん(以下カエル)

「ピクサーの最新作、ファインティング・ドリーがとうとう公開されたよ!」

亀爺(以下亀)

「前作もヒットした『ファインディング・ニモ』の続編だし、ピクサーではないが同じディズニーが製作した『ズートピア』も大ヒットしておるから、おのずと期待値は上がるの」

 

カエル「公開前夜もニモが放送されたり、夏休みシーズン直前ということもあって力が入っているよね! 今週はポケモンの最新作も公開だし、来週にはワンピースも公開されるから子供達も迷っちゃう!」

亀「その後も『ルドルフとイッパイアッテナ』やゴジラも公開されるから、大人も子供大忙しじゃの。これに細田守作品でも来ていたら、主も大変じゃわい」

 

カエル「しかも今回は海の中ということで、カエルも登場するかな!?」

亀「……どうじゃろうなぁ。ちなみに亀は出てくるが、あの中にワシもセリフはないが出演しておるぞ」

カエル「……え? 嘘でしょ?」

亀「あの中のセリフがある亀は息子でな……親としても中々鼻が高いわい」

カエル「……突っ込みにくい冗談は無視して、感想スタート!」

 

 

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 1 短編作品『ひな鳥の冒険』について

亀「いきなり話題からそれるんじゃが、この作品の前に同時上映されておる『ひな鳥の冒険』から話をしてもいいかの? これが『ファインティング・ドリー』の感想に与えた影響も大きいのでな」

カエル「まあ、同時上映だしいいんじゃない? 興味がない人は2まで進んでね」

 

亀「結論から言ってしまうと、わしはドリーよりもこちらの作品を鑑賞できたことの方が意義があると思っておる

カエル「え!? そこまで言う!?」

亀「これは子供向けキャラクターアニメの宿命とも言えることじゃが、結局は動物を擬人化させた作品の物語じゃから、ある程度は実在の動物とかけ離れたキャラクターデザインにすることが通常じゃ。ズートピアもニモもドリーも、やはり現実の動物よりも人間味の方が強くデフォルメされておる

カエル「まあ、人間が出てくる作品はともかくとして、昔の『バンビ』『ライオン・キング 』に比べたら動物っぽさは減っているよね」

 

亀「じゃが、本作は登場する動物が鳥とヤドカリくらいなものであるが、その鳥の造形があまりにも素晴らしい! ディズニーで鳥というと、わしは『白雪姫』を思い起こさせるが、その愛らしさを見事にCGで表現した名作じゃと思う。正直、ピクサー映画は長編ばかり注目しておったから、短編はノーチェックだったのじゃが、それが間違いであったと痛感させられたわ」

 

会話のない作品

カエル「この作品の特徴って会話がなくて、動きだけですべてを魅せるパントマイムのような要素を含んでいるところだよね

亀「そうじゃな。説明などの言葉の力に頼らず、動きと描写だけで感情であったり、心情を表すということを試みておるが、それが見事に成功しておる。雛鳥が一歩を踏み出す場面であったり、それを待つ親の心情、波にさらわれて恐怖を感じる仕草、未知のものに触れる面白さ……そんなものが全て画面に詰まっておった。

 それだけCGアニメというものに自信があり、さらに面白くしようという気概に溢れていないと作れない一作じゃろうな

 

カエル「やっぱりそんな作品を見た後だと、ドリーのハードルも一気に上がっちゃうよね」

亀「そうじゃの。CMや予告編を見ておるから、ある程度どんな内容なのかは予想がつくが、それでも期待するところは非常に大きくなってしまったの」

 

 

2 ドリーの感想

ディズニーの『量産力』

亀「まず、ドリーというよりもピクサーやディズニー映画の素晴らしいのは、これほどの作品を年間何本も作り上げて、上映できる規模や技術を持っておることじゃな。例えば日本で言ったらテレビアニメは年間何本も作っておる会社もあるが、これほどのスケールと技術を持っておる会社というのはないじゃろう。

 もちろん、テレビシリーズと劇場アニメでは求められるものも違うし、単純比較はできないがな」

カエル「あれだけのスケールを誇ったスタジオジブリですら、毎年一回は上映したとしても年間何本も作れたなかった上に、宮崎駿の引退によって色々と縮小しているっていうもんね」

亀「直接の感想ではないようじゃが、『ディズニー、ピクサー映画』というだけで一つのハードルを越える作品であるということは間違いないし、劇場へお金を払って観に行く価値はあるの

 

ドリーの全体の感想

カエル「全体的には面白かったよね。笑いあり、涙ありだったし、ドキドキハラハラもあって、日本向けにテイストも変更されていたし。今回は吹き替えで見たけれど、特に違和感もなかったよね。特に木梨憲武は本職の声優と遜色ないし」

亀「そうじゃの。できれば洋画は吹き替えだと声優の上手い下手に関わらず、その役者の顔が見えてしまうので字幕で見たいのじゃが、本作は行った劇場では字幕がやってなかったので仕方なく吹き替えで見たが、違和感もなく楽しめたの。

 ただ、1点あげるとすれば、ズートピアで上がってしまった期待値を超えるほどではないというか、全体的にうまくまとまりすぎているようにも感じたかの

 

カエル「……というと?」

亀「まずテーマが一貫して『家族』ということになっておった。これはニモの時も同様なんじゃろうが、このテーマを明らかに強調しすぎているようなキライはあった。両親を探しに行く、というのは動機としては十分だけど、それを何度も繰り返されると流石に飽き飽きとしてくる」

カエル「それは仕方ないよね。家族を探すという物語だから、それを色々な海洋生物に伝えなければいけないし」

亀「あとわしが大きく気になったのは、ドリーが家族のために行動するたびに、他の誰か(人間が主だが、魚も含めて)が迷惑を被っていくという部分かの。もちろん、コミカルな要素が必要なのはわかるし、子供向け映画に対して言うことでもないのじゃろうが、そのことをドリーは謝るどころか意識すらしとらん。

 そういう細かいところが気になってしまったかの」

カエル「子供はそういうシーンで喜びそうだけどね」

 

以下ネタバレあり

 

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脚本について

カエル「この作品の脚本もバディアクションに近い構造になっているよね」

亀「基本的にはドリーを主人公として、親を探しに海を渡り、海洋研究所に入るところでニモとドリーが分かれてしまう。そこで2つのストーリーに分岐するわけじゃの。

 1つはドリーの両親探しのストーリー

 もう1つはニモのドリー探しのストーリーとな

 その最中にである、様々な海洋生物の助けも借りてお互いに探している相手を見つけるというストーリーになっておる」

 

カエル「ニモの相棒はお父さんのマーリンとなっているね。もしかしたらこの場合、マーリンの相棒がニモと言った方が正解かもしれないけれど」

亀「一方のドリーの相棒がタコのハンクとなっておるが、これがいい奴なんじゃが少し擦れた奴でな。足が7本しかないタコ、という設定もその性格付けをさらに強めておるの」

カエル「このハンクがいいキャラしているよね! EDのハンクを探せとかさ、大好きなキャラクターだよ!」

亀「地上でも大丈夫、色も変えられて擬態もできるという便利なキャラクターじゃの。

 話を脚本に戻すが、どうじゃろうか、この2つのストーリーの一つ一つは面白いんじゃが、交わった時の快感は少ないように思えて仕方ない

 

カエル「というと?」

亀「例えばの、ニモ達がドリーと探す途中で知らず知らずに出会ったのが両親だとすれば、この再会にも大きな意味が生まれてくる。つまりニモとドリーが再開するということは、両親との再開でもある、というように。

 じゃが、わしからすると別れた時と再会した時に、お互いが成長していたり、相手にとって重要なアイテムを持っているわけではない、というのが少し気になったの。ただ別れて出会いました、では2つのストーリーに分ける必要性があったのじゃろうか?」

 

カエル「でもさ、ここで別れないとドリーとハンクのコンビも見れないし、あの大冒険もないよ?」

亀「もちろん、ここで別れたことにより物語は進行していくのはよくわかる。トラックに積み込まれた後も、ニモ達が乗っておらず、ハンクだけなら『めでたし、めでたし』になるし。じゃが、これではご都合主義というか、大人の都合が見えてしまうの

 

1つ1つのシーンがうまい

亀「余計にこの思いを強くするのは、出会いだったり冒険だったり、1つ1つのシーンがうまいからこそ生まれてしまう違和感なのかもしれんの

カエル「例えば、冒険に出発する動機とか、そういうこと?」

亀「そう。ドリーは両親を探しに行く、ということじゃが、それにマーリンがついていくのはその気持ちが痛いほどわかるからじゃ。ハンクが協力する理由はひとりになりたいからで、ドリーの持つタグが欲しいからであり、友人たちが協力するのは昔馴染みであるからじゃ。

 こういった、物語に必要な『動機付け』ということはさすが、非常にうまく感じたの。助けてくれる理由がわからんのは、あのアシカだかアザラシだかくらいかの」

 

カエル「アニメ的な面白さを持たせながら、整合性もある脚本になっているよね」

亀「となってくると、細かい部分が良いからこそ、全体像に違和感があるのじゃ」

 

不満点を幾つかあげる

カエル「とりあえず、不満なポイントって他にもあるの?」

亀「そうじゃな。まずはハンクを海に戻すということに対する説得の方法じゃ。海が嫌いで、嫌な思い出しかないから水槽の中にいたいと望むハンクに、そんなのダメよ! とドリーが叱るんじゃが、その説得がわしには納得がいかん」

カエル「海に帰ろうってやつね」

亀「あれは前提条件として自然に帰る=善、ないしは幸せという構図が完成しておって、初めて成立する話であって、ハンクのように海に帰ること=辛いこと、としておる生物にはきつい選択となっておる。

 ドリーの説得というのは『私の言うことが聞けないの?』と言うような、横暴なものに見えて仕方なかった」

 

カエル「作品全体で『海に帰る=いいこと』という雰囲気は作っていたけれどね」

亀「それならば、なぜそれがいいのか、ということに言及しなければいかんじゃろう。闇雲に『海に返す、海に返す』と言ったところで、それが本当にいいことなのかは考える必要があると思うがの。

 蚕を自然に返してみなさい、一晩も保たずに全滅するじゃろう」

 

カエル「後の不満点は?」

亀「ラスト付近のトラックのシーンの音楽じゃの。ルイ・アームストロングの『この素晴らしき世界』が流れるところ」

カエル「ええ!? あそこって一番の爆笑ポイントじゃないの!?」

亀「その意味では成功しておるが、わしに言わせると少し大人向けすぎるかの。アメリカでの知名度も相当高いじゃろうが、子供にしてみるとなぜそのシーンが面白いのか、判りかねるかもしれん。そして、年代によるものでもあるから、成長したらわかるというものなのかも疑問じゃの」

カエル「……その不満はイチャモンな気もするけれどね……」

 

追記 テーマについて

カエル「なんか、他のサイトを見ていたらさ、今作のテーマは知的障害である』ってあったんだけど、その裏テーマについて亀爺は気がついていたの?」

亀「……も、もちろんじゃ。気がついておったぞ!!」

カエル「……本当にぃ?」

 

亀「……まあ、正確に言うと『気がついたけれど、わからなかった』という方がいいかの。確かにドリーの忘れる個性というのは、アニメということを差し置いてもあまりにも酷いからの。正直、知的障害や病気ではないか? と思ったのは事実じゃ。

 じゃが、アニメのキャラクターの個性を『知的障害並』というのは流石のワシも思いとどまった。それは言えないわ、あまりに暴言が過ぎる」

カエル「でもそれが正しかったわけでしょ?」

 

亀「表のテーマが『家族』であるならば、裏のテーマが『知的障害』だったということは、意義としてはよくわかる。じゃがな……そうするにはドリーの役割が合ってなかったようなような気もしてるの」

カエル「役割?」

亀「この作品においてドリーというのは車でいうとエンジンじゃ。目的に向かって邁進していく物語においては重要な役で、その意味では主人公らしい。そのエンジンを操作するのはバディであるマーリンであり、ハンクであるわけじゃ。彼らには能力はあるものの、動機や冒険に繰り出す動機がない。いわば、エンジンがないんじゃ。

 そのエンジンになるのがドリーというのは理にかなっておるし、物語として非常に重要な役どころになる。特にこのエンジン役は他のキャラクターに発破をかけるために重要じゃが、ハンドルもできてしまうと全て自分でできる完璧人間になってしまうからの。そこに『知的障害』を象徴する仲間の助けが必要なドリーを配置したのは抜群じゃの

 

カエル「じゃあ、何があってなかったの?」

亀「わし個人の感想になるが……やはりドリーは目的を与えたり、発破をかける役割には向いておると思うが、それを打開するということに向いておらんように思うのじゃ」

カエル「というと?」

亀「ズートピアの場合は差別問題が裏テーマであり、それがシリアスに描かれることによってこちらにも直接的に響いてきた。今作の場合はドリーの発案で状況を打破する場面も多かったが、それはどちらかというとコミカルで無理のある内容じゃった。ベビーカーのシーンとか、トラックのシーンとかの。

 そこをコミカルにすることによって、テーマ性が隠れてしまったきらいがあるの」

 

カエル「……どうだろうなぁ」

亀「もちろん、コミカルにすることによって子供受けを良くするというのも一つの手じゃし、ズートピアの場合はシリアスにすることによって大人向けにしすぎた可能性もある。わしは大人だから納得したがの。

 コミカルにテーマを表現するのは悪いことではなく、以前にビリー・ワイルダーの『お熱いのがお好き』でも語ったが、本当に重いテーマを笑いによって隠すということもある。それを狙ったのだとしたら、相当レベルの高い脚本じゃの。

 むしろ、その裏テーマに気がつかない方が正解なんじゃよ。そういう作りなのじゃから」

カエル「……それって完全に自分を正当化しているよね?」

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3 ピクサー、ディズニー作品のこれから

カエル「以前主が書いた記事で、日米のアニメを比べるってものがあったけれど、少しは意見が変わったのかな?」 

亀「変わらんじゃろうな。今回の作品を見てさらに確信を強くしたのじゃが、この手の作品というのはあまりに完成されすぎておる

カエル「……? 完成しすぎているとダメなの?」

亀「ダメということはないわ、もちろん、それはそれで素晴らしいことじゃ。おそらく、誰がいなくなったとしても会社として蓄積したノウハウを駆使して、それなりの作品を作り上げていくじゃろう。

 じゃが、それで物語の創造として正しいのか、という疑問符があるのじゃ」

カエル「というと?」

 

亀「これだけしっかりしている物語の形があると、それに沿ってストーリーが紡がれていることが、ある程度映画や物語を見なれた観客にも伝わってくる。そうすると問題があるのが、そこから逸脱することができなくなってくる。

 今はまだCG技術の進歩とともに作品世界も広がっておるからいいが、いつかは頭打ちの時が来る。その時が正念場じゃろうな」

カエル「ふ〜ん。でも大きく外れる作品はできないよね?」

亀「そうじゃの。その意味では企業としては正解じゃろう、大きく外す商品ができない企業なんて、世界中の投資家や事業主が垂涎で見つめるはずじゃ。

 じゃが、表現というのは模倣と創造がつきもので、ある時には既存の価値観を破壊しなければいけない時が必ずある。ディズニーには『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』や『傷物語 I 鉄血篇』のような、既存の作品から脱却し大きな意義のある実験作品のような物語は作ることができなくなるじゃろう」

 

カエル「それって何か問題なの?」

亀「偉大なるマンネリになるということじゃ。まあ、様式美というものもあるし、あれだけの企業だから10年は安泰じゃろうが、どうなるか。もちろん、技術やクリエイターたちは才能もあるし、努力もしておるから、こちらがさらにアッというな物を作り出すかもしれんがな」

カエル「亀爺のいうとうりのマンネリになったとしても、その時はその時で、新しい表現を作り出すような気もするけれどね」

亀「それだけは未来にならんとわからん。ジブリだって15年前に今の惨状を予見した人がどれだけいたか……まあ、あそこは宮崎駿の後継者という明確な課題が見えていた分、わかりやすかったかもしれんか」

 

 

最後に

カエル「なんだかんだ言ってきたけれど、全体的な評価としては結構高めだよね」

亀「そうじゃの。ピクサー作品とあれば自ずとハードルは上がるのに、それを見事に超えてきたからの。これほどの作品はそうそうないし、外れということもないと断言できると思っておる」

カエル「あとのお楽しみはカエルが出てくるかどうかだね! やっぱりさ、みんなの人気者のカエルがいないと、ちょっと楽しみが減るもんね!」

亀「……カエルは海洋生物ではないような気もするが……カエルが出てくるかどうかは、わしは言わないでおこうかの」

 

 

 

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