物語る亀

ネタバレありの物語批評

宮台真司のシンゴジラ評に異議を唱えてみた

亀爺(以下亀)

「今回もシンゴジラの話題かの。飽きずによく続くのぉ」

ブログ主(以下主)

「それだけ魅力的な話題が多いってことだよね。社会現象と言われるだけのことはあるわ」

 

亀「今回はおそらく、初めて人の評論の内容に言及していくが……」

主「他のブログでも面白い記事などは言及したい時もあるけれど、あまりやりすぎるとね……あとはさ、これだけ知名度も評価も高い宮台真司だったら、自分ごときが何を言っても絶対に影響しないし、逆立ちしても勝てるわけがない。

 だから安心して噛みついていけるよね。これがブロガー同士だと何とも言えない泥試合になりそうだし……」

 

亀「まあ、宮台真司からしたらわしらは夏場の蚊のようなものかもしれんからの、『鬱陶しいな』くらいにも思わんじゃろう」

主「……人間を一番殺している生き物は蚊だけどね……ふふふ」

亀「わしらなんぞ、殺虫剤を撒くまでもなく瞬殺じゃな

 

宮台真司のシンゴジラ評はこちら

宮台真司の『シン・ゴジラ』評:同映画に勇気づけられる左右の愚昧さと、「破壊の享楽」の不完全性|Real Sound|リアルサウンド 映画部

 

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 1 宮台真司のシンゴジラ評を何となく解説

 

亀「よし! まずは前編しかない上に、ラカンも『クローバーフィールド/HAKAISHA』もみたことがないわしらが、簡単に宮台真司のシンゴジラ評をわしら風に解説していこうかの

主「批評の解説ってのもおかしな話だけど、そうでもしないと難しい話だからね……」

亀「あいかわらず小難しい話をしておるが、一つ一つ噛み砕けばわからんこともないぞ!」

 

『破壊の享楽とは?』

 

亀「まずはここじゃの、破壊の享楽の意味について考えていくか。宮台真司は『911』と『破壊の享楽』を絡めて語っておるが……」

主「これは個人的には分かりやすいんだよね。つまり、これって坂口安吾が語るところの『偉大なる破壊』と言っていることは同じなんだよ」

亀「……いや、解説するのに坂口安吾を出したら余計混乱するのではないかの?」

 

主「簡単に言うと、安吾は第二次世界大戦の東京大空襲に『偉大なる破壊の前に戯れる一人の子供のようであった』と語っているんだよね。

 つまりさ、東京大空襲や9,11のテロだったり……あとは3,11の津波もそうかもしれないけれど、見知った光景が一気に破壊されるという現象に何かしらの快感があるはずだ、ということでしょ?」

亀「中々不謹慎な発言じゃな」

 

主「だから、いい大人はそんなこと言うと炎上するのがわかっているから言わないだけで、例えば高層ビルが爆弾で爆破されて解体される、発破解体される場面を思い浮かべればわかりやすい。

 大きなビルが一瞬にして崩れ去る、その瞬間の快感や美学と言うものはあるはずだと。それを追体験させてくれるのが『クローバーフィールド』であり、『シンゴジラ』であるということでしょう? 言いたいことはわからないではない」

 

リアリティの中に根付く『嘘』

 

亀「日常を描き込むほどに『破壊の享楽』が増すというのは、どう説明するかの?」

主「これも以前に書いたけれど、ゴジラという圧倒的虚構を描くには、それに対抗する圧倒的リアルを描かなくてはいけないわけだ。

 その意味では9,11とか東京大空襲はまさにうってつけでさ、だって実際にリアルで起きていることだもん。『リアル』で起きた『嘘のような破壊』という点において、『破壊の享楽』は大きく力を発揮する。

 クローバーフィールドは見たことないけれど、話を聞く限りではその『圧倒的なリアリティ』の描き方のうまさがあってからの『嘘のような破壊』があって、『破壊の享楽』が生まれる作品なんだろうね」

 

亀「だから『巨神兵東京に現わる』の話があったわけじゃな。あれも前半の圧倒的リアルがあっての破壊だから、目立つ作品になったということじゃな」

主「ここまではある程度共感できるんだけど、ここからが問題なんだよなぁ」

 

 

2 日本の縦割り行政と『エヴァ』

 

亀「まずはこの行政部分であるが……」

主「まあさ、簡単に言えば日本の欠点がゴジラに太刀打ちするのに有効に働いたという『ファンタジー』であり、一気に虚構性を増したと言いたいんでしょ?

 そこがあるから『ゴジラに感動した!』『スクラップ&ビルドだ!』という論調になるけれど、それ、ただの虚構だからな、って言いたいんじゃない? あとは縦割り行政でみんなの共通目標を持って向かったいい時期もあったけれど、結局アメリカの思い通りじゃない? ってことかな」

 

亀「主として何か言っておきたいことはあるかの?」

主「……とりあえず一つだけ。新幹線などの日本の鉄道交通網がゴジラに対して重要な役割を果たすけれど、それを『ガラパゴス的な進化を遂げたものがゴジラに対して反撃する』という部分だけに注目するのは、少し違うと思う。

 我々があそこを熱烈に支持するのは、それまでの過去のゴジラシリーズで破壊される鉄道の逆襲であり、さらには伊福部音楽の効果もあるわけだ。過去をきっちりと踏まえて熱中するわけだからさ、そこは一言あるね」

亀「まあ、宮台真司は社会学者じゃからな、過去の映画がどうという論点にならないのは当然かの」

 

エヴァに対する認識の違い

 

主「問題はここだよ。多分、今回の宮台真司の評論と自分の考えが一致しないのはここも原因だと思う

亀「つまり、宮台真司が語っておるのは日本はアメリカに戦争で負けて以降、属国でしかない。アメリカの承認の枠内でしか物事決められないし、結局駄々っ子のように日本も傀儡国として時間を引き延ばして、なんとかゴジラを停止させたにすぎない、というやつじゃな。

 で、これはエヴァでいうとことの『碇シンジと碇ゲンドウ』の関係であると。

 アメリカのいうことを聞かねばならぬ日本は『碇ゲンドウのいうことを必ず聞く、碇シンジである』ということと同じであり、それは『アメリカという父から永久に自立できないオタク少年たる日本』という構図と同じである、という論じゃな」

 

主「自分なんかより遥かに知識もあって、エヴァブーム当時から色々と語ってきた宮台真司に言うのもなんだけどさ……それってどうなの? って思わない?」

亀「何がじゃ?」

主「そもそもさ、ゲンドウってそんなキャラだとは思えないんだよね。結局は自分の妻を忘れられない女々しい男だし、しかもシンジに冷たくしていたのは『息子が怖かった』という臆病なコミュ症だからでしょ? そんなのとアメリカがどう重なるのよ?

 つまりさ、この論調ってシンジとゲンドウのある一面性しか見ていないような気がするのね? この論調に至った経緯とかを知らないから難しいところでもあるんだけどさ……」

 

亀「そこが一番引っかかるポイントかの?」

主「そうね。シンゴジラがオタクの妄想だということは、同意するよ。自分も評論記事において、『オタクの、オタクによる、オタクのための映画』と称しているし、それは間違えていない。

 それでもさ、ここに対する根本的な立ち位置というか、思いが違うから多分、理解はできるけれど受け入れられ難いものになっていると思う」

 

亀「最後の『破壊の享楽映画』として評価に関しては?」

主「クローバーフィールドも見ていないからなんとも言えないから、パス」

 

 

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3 宮台真司の論調に意見を

 

亀「では、相手は日本を代表する社会学者に対して意見を行ってみようの。なに、それこそわしらが一般市民だとしたら、ゴジラみたいな相手じゃ。なにを言ってもけちょんけちょんに貶められるだけじゃからの、存分に語ればいい

主「よし! じゃあ頑張るよ!」

 

『破壊の享楽』について

 

主「……正直なことを言うと、この破壊の享楽に関してはわかるんだよね。明確に否定する言葉はない。だけど、一つだけいうならば、よく言われることだけどさ『リアルと空想の区別はしているよ?』ってことかな」

亀「その意味を詳しく解説してもらおうかの」

 

主「確かに、ビルが破壊される様に美学を感じたのはその通り。ゴジラが街を破壊するシーンなんて、すごく……スッとするしね。熱線を吐くシーンは感動して涙が出た。

 だけど、それは『虚構である』ということを前提として感動であってさ、さすがに9,11のツインタワー崩落とか、東京大空襲や3,11の津波で破壊される光景に快感があったとは……思えないんだよね。

 いや、違うな。確かに本音で言えば本能的な部分で快感があったかもしれないけれど、それを『シン・ゴジラ』の快感と同一視して欲しくはないよね

 

亀「やはり『リアルと空想は違う』と?」

主「その通り。確かにビルの発破解体には快感がある。だけど、それは『絶対に死者やけが人が生じない』という前提のもとに成り立つ快感だよ。ジェットコースターもそうでさ『安全が保障された上での暴走』だから快感があるわけで『暴走そのもの』に快感があるわけではないってこと。

 もちろん、宮台真司は社会学者だから映画と社会を結びつけるのは当然だし、それは立ち位置を考えたら正しいと思う。でも、『物語』という観点から……『嘘である』という前提で考える自分みたいな人間からしたら、やはり受け入れられるものではないね」

 

映画の見方

 

亀「さて、次は映画の見方についてというが……」

主「基本的に自分は、多種多様な受け取り方ができる(賛否の分かれる)映画が好きなのよ。その感想はみんな違っていいし、違うからこそ素晴らしい。

 これがみんな同じ感想になったとしたら、どんなに素晴らしい正論であろうとも『プロパガンダ映画』だと思ってしまう。シンゴジラの『がんばろう日本』とか『絆』みたいな『日本もまだまだやれるんだ!』というメッセージが気持ち悪いという意見だって、十分ありなんだよ。

 だけどさ、この評論の中で『日本の観客が被っている劣化ぶり』とかさ、『愚昧な観客』とか『賢明な観客』とか書いちゃっているでしょ? そこが一言で表すと『気に食わない』

 

亀「じゃが、主だってシンゴジラの記事などに『右の阿呆どもが……』とか『左のような発想で……』などと書かれたら『愚昧な観客』と言いたくなるじゃろう?」

主「だから気持ちはわかるのよ。特に、自分なんかより圧倒的に頭がいい人だから、世間の人たちがバカに見えるだろうし、そう言いたくなる気持ちもわからないでもない。

 だけど、それは『物語』を愛する人間からしたら言っちゃいけない言葉でもあると思う。受け取り方も自由、評価も自由、だからこそ議論が活発になり、より作品が深まるわけだよ。そこをバカにしちゃいけない」

 

 

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4 まとめ

 

亀「では最後にまとめになるが……どうじゃろうか、エヴァの云々は違うものの、多くの論調は納得できるものではあるんじゃろ?

主「そうね。『破壊の享楽』は確かに否定できないし、『シンゴジラがオタク賛美映画』というのは同じ意見だし。

 だけどさ、個人的に気になるのは……なんというか、さっきも言ったけれど多分立ち位置の違いなんだろうね

 

亀「それはあれかの、『社会学者』『物語を愛するオタク』の違いということかの?」

主「端的に言うとそう。宮台真司は映画や物語がもたらした、社会に対する影響を研究する人だから、映画やその感想を言う人たちをある程度『リアルなもの』として認識していると思う。

 だけど、自分は映画も小説もアニメも……なんでもね、『物語は虚構である』という前提から入っている。

 だから『シンゴジラはオタク賛美な物語』とか『後半はファンタジーであり虚構性が増す』とか『後半のファンタジーは祈りだ』とか書いてきたわけだ。オタクが……虚構が、物語が現実に勝つということは基本的にはありえないと思っている。だけど、だからこそ物語の中では現実に勝ちたいじゃない? オタクを賛美したいじゃない? って思うのよ」

 

亀「それにどんなに熱狂しても、映画であれば約2時間あれば、また現実に戻らなくてはいけないとしてもか?」

主「ここは庵野秀明も『オタクよ、現実に帰れ』って言ったし、表現者の多くがそう言っている。それは全くの正論なんだけれど、自分たちはそれが虚構であると知った上で楽しんでいるんだからさ、物語の世界からも居場所を奪う必要性はないよね?

 言われなくてもいつかは帰るよ。そして明日になれば学校に行くし、会社に行くし、ニートや引きこもりだとしても過酷な現実に立ち向かうよ。だからせめて映画の2時間や、物語の時間くらいはこの『理想郷』にいさせてほしいってことだとだよね。

 それがシンゴジラの熱狂に繋がっているわけでさ、本気でみんな『スクラップ&ビルド』を信じているとは……思えないけれどなぁ。これは世代論もあるかもしれないけれど」

亀「宮台真司には本気で信じているように見えるのかもしれんな」

 

 

最後に

 

亀「よし、これで終わりにするがの、初めて知の巨人たる宮台真司に異議を唱えた気分はどうじゃ?」

主「今更ながらどんな反応が帰ってくるか怖い……

亀「大丈夫じゃよ! こんな個人ブログまで宮台真司が読むほど暇とは思えんでの! 何かあっても信者が突撃して炎上しておしまいじゃ! まあ、宮台真司の信者が果たしておるのか知らんが……」

主「……やっぱりさ、基礎教育が全く違う人間が言及することでもなかった気もしてきたわぁ……怖いわぁ」

 

亀「……これだけ書いてきたのにチキンな主じゃの。ベストしか聞かないファンの意見も大事と、いつも主も中島みゆきも言っておるしの、大丈夫じゃろう」

主「……とりあえず明日の記事でも書いて気を紛らわそう

亀「切り替え早!!」

 

 

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