物語る亀

ネタバレありの物語批評

映画『虐殺器官』感想と考察 言葉と行動は密接にリンクしているのか?

カエルくん(以下カエル)

「これで伊藤計劃作品の映画化も終わりだね」

 

ブログ主(以下主)

「紆余曲折、様々なことがあってようやく公開されたからな。感慨深いし……少しだけ寂しい思いもあるかもしれん」

 

カエル「これで伊藤計劃作品もおしまいだしねぇ……」

主「長編としては『メタルギア ソリッド 4 ガンズ・オブ・ザ・パトリオット』の小説版もあるけれど、こちらは映画化したとしてもゲーム版の新作ということになるからな。短編を、ということも考えづらいし、まあ、これ以上の展開はないと考えていいだろう」

カエル「こればっかりはどうしようもないなぁ」

主「自分は伊藤作品ではメタルギアソリッドが1番好きなんだけどね。やっぱり伊藤計劃が深く思い入れのある作品だし、世界観も素晴らしく、キャラクターも立っているから小説として読んでも面白い。

 力の入れ方も半端なかったし、是非映画で見たいけれど、それはまた小説版が関係なくなるか

 

カエル「ありえない、とは言えないけれどね。

 じゃあ、そろそろ感想記事をスタートしようか」

主「了解。

 ちなみに、今回は虐殺器官を少し読み返してみたので、お遊びとして伊藤計劃の文体を若干真似して(乗り移って?)書いてみようと思う。どうなるかはわからないけれどね」

カエル「読みやすくなればいいね」

 

 

 

 

 


「虐殺器官」新特報 第2弾

 

1 ネタバレなしの感想

 

カエル「じゃあ、まずは感想から入るけれど……難しい話だった、というべきかな?

主「劇場にいた中村悠一や櫻井孝宏のファンと思われる女の子が近くにいたんだ。映画を観る前にパンフか特典をもらって『ユーキャンだ!』『サックだ!』なんて言っていたその子が、映画が終わった直後になんて言ったと思う?

『寝ちゃったよ』だってさ」

 

カエル「そりゃ、仕方ない。このお話を初見で、原作も読まずに理解しろ、というのはすごく難しいことだから。

 僕たちだって原作を読んでいて、この作品のテーマに関心があったから理解できたけれど……完全な初見なら……そうだな、動物園のカバみたいに大あくびを晒して寝ていただろう」

主「その例えが適切かはわからんが……

 これはハーモニーの感想を語った際も同じことを思ったが、やはり伊藤計劃の作品というのは小説としては優れていても、映像化した時に映えるような原作ではない、ということだ」

 

カエル「言語と映像という表現媒体の違い、か」

主「そう。我々はこの作品を小説として読んでいた時に、理解が難しい単語が出てくる。その際、何度も読み返したり、あるいは意味を調べてから読む、ということもできる。とりあえず頭の片隅に入れて読み進める、というのも1つの手だ。

 後から関連する会話が出てきた時に『なるほど、あの時の単語はこういう意味か』と、理解する瞬間もあるだろう」

カエル「だけど、映像はそういうわけにはいかない」

 

主「単純に情報量が多い。

 しかも、小説のように止まってくれない。

 だからどうしても言葉の情報量が多すぎて、それを理解する前に次の話になってしまうから……一見でこれを理解するには、相当SFを読みなれている人でもないと難しいだろう」

 

 ポスター画像

(C)Project Itoh/GENOCIDAL ORGAN

 

小説から映画になったことによって

 

カエル「他にも影響が?」

主「当然さ。本作の……というよりも、伊藤計劃の面白さというのはその思想性にある。アクションやハードな世界観も人気の1つだが、それ以上に交わされる会話劇が、我々一般大衆にはとても深いように思わせる。

 専門用語の羅列であったり、例え話、豆知識やうんちくを混ぜることによって、脳の活性化を促すんだ。そうなると、どうなると思う?」

 

カエル「頭を使う?」

主「そう。伊藤計劃の作品を見終わった後は頭が良くなったような気がする。もちろん、本当に頭が良くなっているのかもしれないが……それは言語の意味を知り、自分の身体に落とし込んだ時に初めて意味を持つ」

カエル「どういうこと?」

主「ただ聞いただけで頭が良くなるような『スピードラーディング』とは違うってことだ。

 例えば本作では様々な専門用語があるが、原作ではこのような表記がされる。

 わかりやすいところでは『表題』と書いて『サブジェクト』とルビを振る、などね」

カエル「強敵と書いて友と読む、みたいなことでね」

 

主「これはまだ一般的な単語だからいいが……

 

『国家備蓄番号』『ナショナル・ストック・ナンバー』

『陸軍兵士システムセンター』『ナテイツク』

『第一撃用戦闘食料』『ファースト・ストライクス』

 

などと言われた時には、まるで意味がわからない。これは小説や漫画など文字で表現する媒体特有の表現だ。これを映画などにした場合……演者は後者の言葉を読み上げるだろう。世界観の崩壊につながりかねないから。

 だけど……観客は理解が難しい。

 今作だと『ケイスウされざる者たち』という単語があるが……この言葉を聞いて『計数』と変換される人がどれだけいるか? カウントされざる者たち、などの方がわかりやすいが……それは世界観を壊す。

 細かい部分でもこの作品の映像化は向いていないと言えるだろう」

 

 

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映画化による影響

 

カエル「映画化することでカットされた描写も多いな」

主「母親関連のことが1番顕著だが……それは仕方ない」

カエル「仕方ない? 原作の重要なエッセンスを削ることが?」

 

主「この濃密な作品を約2時間に収めるためには仕方ないさ。

 ただでさえ会話が難しく、情報量が多いのに、これ以上情報を増やすわけにはいかない。テーマだって頭を使うんだ。多くの重要な部分がカットされたという人も多いが、それだって当たり前のことだ。これで母親のこともやってみろ、歩いてもいないのにニワトリ並みの記憶力しかなくなる」

カエル「その例えがいいのかは置いておくとするがね。

 この改変は良改変なのかい?」

 

主「私は良かったと思っている。この作品の抱えるテーマが純化されたし、より面白くなった。だが、気に食わない人もいるだろう。

『これは伊藤計劃とは違う作品だ』とね。それはそうだ、これは小説版の虐殺器官ではない。

 本作は映画の……村瀬監督の虐殺器官だ。物語が違うんだよ」

カエル「……この文体、いつまで続けるの? 結構うまくいっているとは思えないけれど……」

主「……どれだけ効果があるかはわからんが、+できるところまで続けてみよう」

 

以下ネタバレあり

 

 

 

 

2 物語の主題

 

カエル「ではネタバレ込みで語っていくとしようか。

 この物語の主題は、やはり『言葉』ということになるが、この点に関して主はどう考えた?」

主「人間の意志とは何を持って決定づけられるのか、という問題と絡んでくる。

 おそらく、一般人は『意思があって、言葉がある』という順序で物事を考えていると思っている。つまり『ご飯が食べたい』と思ったから『お腹が空いた』という言葉が出てくる、ということだな。

 だが、逆なんだよ

 

カエル「逆?」

主「『お腹が空いた』という言葉があるから『ご飯が食べたい』と思うんだ。そんな言葉が存在しなければ、ご飯が食べたいと思わないかもしれない」

カエル「身体的反応と言語というのものは、密接な関係性にはあっても直接的なリンクはしていないと思うが?」

 

主「いいねぇ! 伊藤計劃ぽい言い回しだよ!

 ……ゴホン、では気を取り直して。 

 この『お腹が空いた』という空腹を告げる機能は確かに生命維持では重要である。が、果たして本当にそうだろうか? という問題もはらんでいる」

カエル「生命維持に食事は必要不可欠だ」

主「一般的にはそう言われている。だがね、この現代の飽食の時代において、普通の生活を送っている日本人であれば、餓死というものはほとんどない。むしろ、肥満になることを気にして食事を抜くことが当たり前の社会だ。

 そう考えるとこの『空腹感』というものは、人間の進化についていけていない『時代遅れの機能』の1つなんだよ

 

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シェパード(CV中村悠一)はやっぱりカッコイイ!

 (C)project itoh/GENOCIDAL ORGAN

 

 

時代遅れの機能

 

主「それは他にもある。

 例えば糖尿病だ。本来、糖尿というのは人間が極寒の地で生きるために獲得した機能だ。失明や手足の損傷がその特徴だが、これは『末端を切り捨てる』ということになる。つまり、手足を捨てて胴体を守るための進化なんだよ。

 血液の中の糖分を一気に高めることで、血液の凝固も防いでくれる。糖尿というのは氷河期に生きる人間が手に入れた、生きるために必要不可欠なものだった

 

カエル「だけど、それは今は必要ない」

主「そうだ。糖尿病は人間が気候や室内環境を制御できなかった時代の名残だ。つまり『時代遅れの機能』なんだよ。

 伊藤計劃はこの点に着目した。

 さらに『言語』『失われた機能』に着目することにより、本作の最大の特徴である『虐殺器官』としての言語に目をつけたんだ

 

 

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この作品の語ること

 

カエル「分かりづらいのはラスト付近の『平和な世界と虐殺の世界』という言葉だが……これはどういう意味と考えている?」

主「ここも糖尿に例えてみると、人間が健康に暮らそう、と思っていても必ず自堕落な人間は出てくる。どれほどシステマチックに、定期健診などでチェックしても、不届き者はいるものだ。

 その不届き者の世話も大変だし、そんな人が近くにいると健康に暮らしたい人の意識も甘くなる。だったら、その不届き者は一箇所に集めて、とことん堕落させようという考え方だ。

 堕落し、糖尿に陥る世界と、健康管理をして暮らす世界の2つに分けようというのが、ジョンポールの思想である。それを戦争に置き換えただけなんだ」

 

カエル「……なるほど。平和な世界に戦争を仕掛けようとするならば、戦争がしたい連中を集めるか、そういう人間が多い地域に『虐殺器官』を刺激して、戦わせる。そして外の世界に目を向けさせない、というわけか」

主「隔離政策とも言える。そこではたくさんの悲劇があるが、我々は『見たいものしか見ない』という習性があるために、そんなものは存在しないように振る舞う。平和とは、そうやって維持していくというものだ。

 現代社会で言えば、大国同士の平和のために小規模国家同士で代理戦争をさせる、冷戦みたいなものかもしれんな」

 

 

 

3 言語と思考

 

カエル「ここで話は戻って、言語と思考について考えよう。

 普段我々は『思考』があって『言語』がある、と考えているが、それは違うと?」

主「人間は言語によって行動を変える。

 それはこの情報化社会においては嫌という程知っているはずだ。

 例えば商品のキャッチコピー。

『美味しいご飯!』と書くよりも『不味かったら全額返金!』『あなたを騙すつもりで作りました』などと書いた方が目について、買いやすいだろう。

 それからネットの炎上も同じだ。この映画を『難しい映画で人を選ぶ』と語るのと『バカには理解できない映画だ』といったら、実は言葉の意味はそこまで変わらない。が、炎上するのは後者だ」

 

カエル「……これも言葉によって行動を変えるというパターンか」

主「『バカには理解できない』と聞いて頭をカッとさせて、炎上騒動に加担する。ここには言葉の意味はそこまで関係がない。

 ということは、だ。この『バカには理解できない』という言葉には、何らかの人を苛立たせる文法がある、ということだ。

 それを文法として見つければ、人を自在に怒らせることができる。

 そしてそれは……多くの人が無意識にやっていることでもある」

 

カエル「空気を読むということか」

主「そう。例えば女の子を口説くとき『口説きの文法』というものを使っている。

 商談のときは『商談の文法』があり、家族との団欒では『家族の文法』がある。その文法を間違えると……商談のときに『家族の文法』を使うと、やはりうまくいかない。

 そういうことをSFとして大上段に構えたのが本作と言えるだろう」

 

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ジョン・ポール(CV櫻井孝宏)こちらも貫禄の演技!

(C)project itoh/GENOCIDAL ORGAN

 

個人的な違和感

 

カエル「ふむ……主もそれに賛成する?」

主「いや、私は賛同しない

カエル「そういえな、以前にそんな記事を書いていたな」

 

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主「そうだな……ここにコップがあるとするだろ? そこである人が『このコップを直してくれ』といったら、カエルはどうする?」

カエル「壊れている箇所を確認して、修理を始めるかもな」

主「西日本と東日本の言葉の違いで代表的ものだが、東日本の直すは『修理する』という意味が主流なのに対して、西日本は『元の場所に戻す』という意味も多く使われている。

 これはあくまでも一例であって、実は言葉というのはみんな共通の言葉を使っているようでいても、一人一人意味は違う。方言もある、世代もある、育ってきた環境が違うから言葉の意味は厳密に同一になりえない」

 

カエル「こうして話している最中でも言葉の意味はすれ違っているかもしれんと」

主「そうだ。

 こうした言葉を主題にしたブログを運営していて、さらに小説まで書いていてこう言うのは何だが……私は『言葉の力』というものを信じていない。伝えるならば絵に描くなりした方がよっぽど効果的だ。

 私は『誤読』をすることが文章表現の本質だと考えている。その文章を読んで、自分の中の意識と絡みついた時、何らかの行為が生まれると。そこに作者の意図とはずれても構わない。特に、物語表現は。本当に言葉が通じるものなら、解釈論争などというものは存在ないはずだ。

 この『虐殺言語』というのは、同一の言語を持つという発想の上に成り立つものであって、私は共感しないな」

 

 

 

 

4 映画版がみせてもの

 

カエル「では最後になるが……原作と映画の最大の違いはどこにあると思う?」

主「私は先にあげた通り、この映画はとても『純化』されたものだと考えている。その意味を説明すると、余計なものの多くが排除された結果がこの映画だ」

カエル「純化……言葉というテーマに対して特化したと?」

 

主「そう。この映画版でカットされたところで上がるのが『母親の存在』だ。確かにこのカットがなくなったことにより、シェパードがルツィアに執着する理由が大きく減ったとも言える。

 その意味を考えるとここは映画として『余計な部分』として排除することにしたんだ。そうすることで見えてきたものがある」

カエル「ほう……」

 

主「つまりだ。ジョン・ポールとシェパードは『似たような存在』として描かれている。

 言語に対して深い知識と理解を示し、その意味を考えている存在。実は追うものと追われるものでありながら、この2人は同一の存在ということができる。その理由の強化の1つ、工夫は『母親の削除』

 そうすることによって、ジョンとシェパードは同一の女性を愛したという共通点が生まれる。原作では母親の代理であり、罪の赦しのために愛したように見えているが、そうではなくなった。

 そのための改変だと受け取る」

 

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 ルツィア(CV小林沙苗)はセクシーなカットも多数

(C)project itoh/GENOCIDAL ORGAN

 

(C)Project Itoh / GENOCIDAL ORGAN

同一の存在

 

主「同一化した存在でありながら、この2人は対偶の存在でもある。

 つまりだ、ジョンは言語というアナログなものを使って、多数の人をけしかけてきた。シェパードは軍の最先端技術と銃を使って人を撃ってきた。真逆なようであるが、やっている行為は全く同じなんだよ。

 そして2人はその行為に何の感情も抱いていない。だがね、愛する人を失った時、その時だけは心が動く。そういう意味でもこの2人の描き方はより純化されている」

 

カエル「そういえば途中でもあったな。『麻薬を使って麻痺している子供と、ナノマシンを使って恐怖を忘れる兵士』という対比が」

主「映画の中では色々な描写があるが、一貫してあるのが『デジタルとアナログ』の対比だ。そして、それはハーモニーにも受け継がれている。

 伊藤計劃にとってそれは非常に重要なテーマだったのかもしれないが、そこに着目し、より強調するようにした、というのは映画を作る上で見事であると考える」

 

カエル「そしてその意思が受け継がれたと」

主「そう。あのラストにおいてシェパードはポールになる。だから自らの銃で最期のを迎えさせる。そんな覚悟も描かれている」

 

 

 

 

最後に

 

カエル「……もう、いつも喋り方に戻していい?」

主「いいよ」

カエル「疲れたーー!!! いつもと違う部分の脳みそを使ったから、時間もかかるしね! で、最後に何を語るの?」

 

主「伊藤計劃って『物語であること』にすごく意義を見出していた人だったんだなぁって思った。

 最初に挙げたメタルギアの小説版に『朝食の目玉焼きにも物語は宿る』というセリフがあって、何回か語っていたと思うけれど、物語であることにすごく自覚的な人だったんだなぁって思う。

 だからあのラストセリフっていうのは、自分にはすごく響いた」

カエル「屍者の帝国のテーマの1つだしね」

 

主「その気持ちはすごくわかる。物語を語ることに自覚的だったと思うし、意義や意味を探していたってことなんだろうな」

カエル「この先、どんな物語を紡ぐか楽しみだったのに……夭折が残念だね」

主「日本SF界を変える可能性もあったと思うからなぁ……」

 

 

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