物語る亀

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物語愛好者の雑文

映画『伊藤くんA to E』感想 意図はわかるが、この作品でそれをやらなくても……

カエルくん(以下カエル)

「今年初の恋愛実写映画の記事になります!

 今年もこの手の恋愛映画も観に行くの?」

 

ブログ主(以下主)

「行けるだけ行こうかなぁ。

 意外な傑作、良作もあるし……」

 

カエル「今回も廣木隆一監督だから観に行ったようなものだしねぇ」

主「この手の映画は同じような監督が続いていることもあるんだけれど、だからこそその監督がやりかったことが分かったりして、意外な楽しみ方もあるんだよね。役者のファンも鑑賞すること多いから、ちょっと気は使うところもあるけれど、でも面白い部分もある作品でもある」

カエル「……まあ、一般的な楽しみ方ではないだろうけれど、そういう意見もあるよってことで! 

 ちなみに今回も原作、ドラマ版は未見の感想になります!

 では感想記事のスタートです!」

 

 

 

 

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作品紹介・あらすじ

 

 柚木麻子原作の直木賞候補作となった恋愛小説を廣木隆一監督の元、映画化された作品。同名のドラマがNetflixにて公開されている。

 主演の岡田将生は口は達者で意識高い系の男性を、もう一人の主演である木村文乃は一昔前にヒット作を書いた脚本家を演じている。脇を固めるのは佐々木希、志田未来、池田エライザ、夏帆などが翻弄される女優陣を演じる。

 

 アラサーの脚本家である矢崎莉桜は、新たなるドラマの脚本のために女性4人の取材を開始する。その脚本は男に翻弄されてしまう女たちの悩みをテーマにしており、男には口は大きいが実行力のないなど幾つかの部分が共通していた。

 4人の女性を通して恋愛劇を描き上げてく矢崎であったが、実はこの4人を翻弄していた男こそが、自分が教えている脚本教室に通っている伊藤だった……。

 


映画『伊藤くん A to E』1月12日(金)全国公開 予告編

 

 

 

 

1 感想

 

カエル「では、まずはTwitterの感想からご覧下さい」

 

 

主「つまらない作品だよ、本当に。

 この作品を160館クラスで公開することが不思議に思える作品でもあって……なんでこう言う作品になったんだろう? と考えてしまうほど」

カエル「どうしてつまらないのかは後々語るとしても……やっぱり脚本が悪いとか?」

 

主「いや、何かが悪いとは思わなかった。

 この作品ってメリハリがないんだけれど、脚本自体はいうほど悪くなさそうなんだよね。

 100点! というものでもないけれど、でも合格点は出せると思う。脚本の青塚美穂は2015年末に賞レースを勝ち抜いてデビューしていて経験が浅いというのはあるけれど……意外性のある展開なども書いていたつもりだろうし、そこまで悪いものだとは思わなかった。

 廣木隆一監督は自分は昨年からとはいえ何作か見ているけれど、この作品でも工夫は凝らしてあったんだよ

 

カエル「じゃあ役者が悪いとか?」

主「う〜ん……いや、悪くは……ないかなぁ?

 絶賛はできないけれど大批判をするようなものでもない。佐々木希は相変わらず演技が下手だなぁ……とは思ったけれど、それ以外は特に上手いとも下手とも思わなかった。

 なんというか、スタッフ・キャストがそれぞれ60点の仕事をしたような印象で、合格点ではあるけれど、そこまで絶賛するほどでもないというか……

カエル「結果として、すごく言葉に困る作品になっているんだね」

 

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 本作のヒロインである木村文乃

(C)「伊藤くん A to E」製作委員会

 

 

廣木隆一作品として

 

カエル「では、ここからは今回はこの映画を鑑賞するには少し特殊ながらも、本作を『伊藤くんAtoE』のファンとしてでも、『恋愛スイーツ映画』としても、そして役者のファンでもなく観に行っているということで廣木監督作品として注目していこうということだけれど……」

主「廣木監督は昨年だけでも3作公開していて、しかも恋愛映画である『PとJK』や時代をテーマとした『ナミヤ雑貨店の奇蹟』なども監督している。

 だけれど、本作に1番近いのは……昨年公開の小規模映画である『彼女の人生は間違いじゃない』だと思うんだよね」

 

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カエル「福島の原発事故によって避難生活を余儀なくされる女性や家族の物語だよね。福島出身の監督らしい作品になっていて、小規模公開で小説まで廣木監督が手がけたという作品だけれど、結構小規模公開ながら賞レースでも話題になっている作品だね」

主「本作は基本的なテイストはこの映画に近いものがある。

 それに……サブカル的な趣味を持つ人たちというのかなぁ?

 昨年公開だと大根仁監督の『奥田民生になりたいボーイと出会う男全てを狂わせるガール』の要素を足した作品だと言える。

 『奥田民生に〜』は男性目線の映画で、サブカル系男子が女性に狂わせられる作品なんだけれど、この『伊藤くん』は男女逆転させたような作品なわけ。基本的な物語は『異性によって人生を狂わされる』という意味では同じなんだよ」

 

カエル「ふむふむ……」

主「この視点からすると、本作はかなり歪な構造をしていると考える。

 じゃあ、なぜこの作品が『つまらない』作品になったのか、自分なりに考えていこう」

 

以下作中に言及あり

 

 

 

2 本作の演出的ミス?

 

カエル「まずは演出上のミスがあるという話だけれど……今作の特徴ってなんなの?」

主「画の撮り方などは結構工夫されている作品でもあるんだよ。

 今作で目立つのが長回しのシーンがとても多いこと。後半の見せ場のシーンだけとかならまだしも、全体的に長回しでカットで割ることをあまりしないで場面を見せている。

 そしてもう1つがロングショットが多い。これは役者のアップよりも景色などを含めた映像がとても多いんだよ。

 普通、この手の恋愛スイーツ映画と称される作品は役者目当ての観客が多いから、役者に焦点を当てる意味合いも含めてクローズアップが増える。顔をどアップにしたりね。でも、本作はそのようなシーンよりも部屋全体や、風景を見せるかのようなロングショットが増えている」

 

カエル「ということは……役者にあんまり注目していないの?」

主「そうだろうね。

 このロングショットとロングカットが効果的だったのが『シン・ゴジラ』なんだよ。

 物語の中盤かなぁ? 日本にある重大な決断をアメリカが下したことを石原さとみが長谷川博巳に告げるシーンがある。

 そこでは最初は役者2人にカメラは寄っているんだけれど、どんどん2人からカメラは離れていって、最後は空にカメラがレンズが向けられて演じている2人は見えなくなる。そして核で大きな被害にあった広島・長崎を映し出す。

 これによって『東京と広島、長崎は繋がっている』という点を演出しているし、あの原爆の悲劇を観客に強く連想させて、現代の東京が同じようなことになるかもしれない……と思わせることに成功しているわけだ」

 

カエル「じゃあ、今作ではその意図ってどこにあるの?」

主「……それがこの作品がつまらなくなった理由なんだろうなぁ」

 

シン・ゴジラ

 演出でも優れた箇所が多い映画でしょう

 

 

演出の意図

 

カエル「本来の意図?」

主「この映画の脚本を考えると、結構意図はわかるんだよ。

 展開のキーとなるセリフもあるし、そこをクローズアップして……もっと煽るように撮れば物語として面白いものになるはず。たぶん、この作品に関わった多くの人が、よくあるような『恋愛スイーツ映画』か、もしくは『ちょっとドロドロした恋愛の娯楽作』に仕上がると思っていた。

 だけれど、廣木隆一はそういう演出をしなかった

 

カエル「というと?」

主「今作って若者向け娯楽映画の割には演出が抑えられているし、しかも音楽も少ないのよ。ミニシアター系のような、抑制された演出になっている。

 もちろん音楽が0ということはないけれど、でも派手にドン! というものではない。このあたりは廣木監督の『彼女の人生は〜』に近いものがある。それが大きな違和感になっている。

 さっきのカメラワークの話だけれど、じゃあなんでそんなロングショットが多いのか? というと、役者やキャラクターに感情移入させないでもっと大きな何かを見せたいから、というのがその理由だと思うんだよね

 

カエル「さっきの説明もそうだけれど、役者やキャラクターを見せたかったらクローズアップを使えばいいものね……」

主「でもそういう演出をしていない。

 ではその意図は? というと……多分、廣木監督は『リアルな女性』を描こうとした。男によって人生を滅茶苦茶にされる女性であり、恋愛に苦悩する女性をリアルに描くことによって、現代の悩みを表現しようとしたのではないか? ということ」

 

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長回しが印象的だったシーンの1つ

ここで2人の会話のなさが距離感などを演出しており、よかったとは思います

(C)「伊藤くん A to E」製作委員会

 

本来の意図とは違う?

 

カエル「で、それが失敗したの?」

主「と自分は思っている。

 本作は物語にメリハリがない。

 監督の意図は物語から外れた……『現代を生きるリアルな女性』を描こうとしている。

 だけれど、脚本や物語が『リアル』から遠く外れたものになってしまっている。なぜならば、この映画は150館を超える大規模公開映画であり、タイトルや役者からも恋愛スイーツ映画になると思っているから……じゃないかな?

 この映画の脚本はもっと派手な演出をされることを意図しているように思えるんだよ。

 『え、実はこういうことだったの!?』という役者が過剰に演技した驚いた顔をクローズアップして、しかもここぞと音楽をつけて煽るような演出を想定した脚本だったのが、その決めるべき時すらも平坦な演出をしてしまっている」

 

カエル「だから肩すかし感もあるんだ……」

主「普遍的なもの、日常的な演出の割にはキャラクターや物語の展開は日常から乖離している。

 ちぐはぐなんだよ。

 それこそ本作は大根仁が監督・演出していたら大きく変わっていた。こういう映画になっていなかったと思う。

 そもそも伊藤が全く感情移入できないタイプのキャラクターなのに、彼の弱さなどを見せてしまっている。これじゃ今作はダメなんだよ。伊藤が徹底的に意識が高く、女の敵だと思わせる男で、実はすごくみっともない男であると……悪役のように描くべきなのに、そうなっていない。

 じゃあ、なぜこういう演出にしたのか? という話になってくる。

 難しいのはさ……自分はこの演出が不正解とも思えないところなんだよね……

 

 

 

3 本作で描いた廣木監督の意図を考察する

 

カエル「まず、この作品で描きたかったことの1つが『リアルな女性を描く』ということなんだよね?」

主「そう。そのテーマ自体は『彼女の人生は〜』と一貫しているんだよ。

 本作に登場する女性たちは

 

 A=好きな男に振り向いて欲しい女性

 B=自分のやりたいことのために閉じこもる女性

 C=親友の好きな人を寝取ってしまう誰とでも寝る女性

 D=好きな人をずっと追い求める処女の女性

 E=過去の栄光にすがり、仕事で模索してA~Dをあざ笑う女性

 

 という風になっている。で、このA~Eの中に当てはまる女性もそれなりにいると思うんだよ。そして物語性を確保するために、全員が振り回される男性像を伊藤に設定している」

 

カエル「そういった女性を描きつつも、男を吹っ切って女性が自分の人生を歩むという物語を描きたかったのかな?」

主「たぶんね。

 色々な女性像を出して、ロングショットや長回しで撮っていたのはある種のリアリティを模索したんじゃないかな? というのが1つ。

 そして本作にはもう1つの意図があるんだよ」

 

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様々な女性をリアルに描こうとしていた?

(C)「伊藤くん A to E」製作委員会

 

物語論としての本作

 

カエル「それがこの『物語論』なんだ。脚本家がどうのこうのというお話も結構尺を使っていたものね」

主「本作は伊藤と矢崎が脚本家(志望を含む)なんだけれど……これが結構個人的には耳が痛い話でもあって、伊藤はドラマを批評家目線で論評するブログを立ち上げているんだよね

カエル「……まあ、このブログみたいなものだよね」

 

主「そして口は出すけれど実際には何の結果も出すことができていないわけだ」

カエル「……このブログみたいだね」

主「うるさいわ!

 で、作中では矢崎は優秀な脚本家のようだけれど、客観的にはもうすでに終わった存在だと見られていたわけ。その割にはまだ若いからさ、ここは物語として無理があると思うけれど……まあ、それはいいや。

 で、最後において伊藤と矢崎が向かい合って話すわけですよ。しかもかなりの長回しで。ここが見せ場のはずなのに、あえて煽らずに落ち着いた演出をしている」

 

カエル「ここで一気にカタルシスを与えようとするのが正解だと思うけれど、あえてそうしていないわけだよね?」

主「そこでは『何者にもならない、縛られたくない伊藤』『それに反論する矢崎』という構図になっている。

 ここって物語論としては……『どんなにつまらない脚本でもやりきる』という廣木隆一の意地が見えてくるわけ。

 脚本がつまらないから……とかさ、伊藤のように言い訳を重ねるような奴よりも、つまらない脚本だとしても、つまらない映画としても表現したものが正解であり強いんだ! ということを主張していようように思えるわけだ」

 

カエル「……だから、今作をメリハリのない演出にしたと?」

主「そこまで意識していたかはわからないし、もしかしたら予想以上につまらない作品になってしまったかもしれないけれど、でもそういう作品だとしても作った人は偉大であるし、口だけで何かを語る奴よりはよっぽど偉いということを描いているんじゃないか? というのが自分の受け取り方のわけ

 

 

 

ここまでを踏まえての総評

 

カエル「で、結局この作品は成功しているの? 失敗作なの?

主「意図はわかるんだよ

 『つまらない脚本』でも描ききっているわけだし、女性たちを等身大のように描いている。毒も吐きつつ、でも救済もあり、しかも廣木隆一のフィルモグラフィーにあるような優しさも兼ね備えている。

 ただし、映画としては失敗している。

 だって、つまらないもん。

 この作品でやるべきじゃなかったし、2時間かけてみる映画でもないと思うんだよね」

 

カエル「う〜ん……評価に困るね」

主「この脚本って自分には相当刺さる内容のはずなのね。

 先に行ったように『口では〜』というのは自分も同じだしさ、恋愛と表現ややりたいことを天秤にかける云々とかもあるし、伊藤の気持ちもわからないではない。好きな人に純粋でありたいから浮気はしない! という男性もいるだろうし。

 ただ、それなのに自分にも全く突き刺さってこない。物語論が大好きで、恋愛と表現の話が大好きで、しかも廣木隆一監督だからという人間が見ても何も面白くない。

 その意味では失敗だよ、少なくとも自分にとっては。

 ただ、本作はドラマ版も伊藤くん〜も関係なくて、しかも全国10館程度で公開されるような規模であったら、また評価は変わったと思う」

 

カエル「う〜ん……ちぐはぐだねぇ」

主「自分は廣木隆一監督の魅力って『与えられた環境の中で、いかに自分の作家性を出すか?』という部分にあって……その意味では今回は失敗。自分の作家性が強すぎて、本来描くべき意図と反しているように見えるから。

 でも廣木隆一作品としてはブレているにも思えないという……不思議な映画だったね

 

 

 

最後に

 

カエル「この映画って多分ドラマ版を見た人や、恋愛映画が好きな層が見に行くんだろうけれど、そういう層に刺さるような映画にもなっていないんだよね……」

主「予告編もポップに見せようとしたけれど、そういう作品じゃないしね。

 その意味ではみんなそれぞれ頑張ってはいるんだよ。ただし、それがうまくいっていない。どれも全て見当違いな方向になってしまっている」

カエル「う〜ん……これは評価に困るよねぇ。意図が分かるだけに酷評もしづらく、かといって面白くもないという……」

 

主「まあ、こういう作品もあるでしょう。ちょっと難しいけれど、人によっては刺さる作品になりえたかもしれないし……

 ちょっと残念な出来だったけれど、次はマーマレードボーイに期待しましょう!」

 

 

 

 

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