物語る亀

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物語愛好者の雑文

映画『雲のむこう、約束の場所』感想と評論 新海誠の売りってなんだろう?

カエルくん(以下カエル)

「新海誠を語ろうシリーズの続編だね」

亀爺(以下亀)

「新海作品の中でもあまり語られることのない作品じゃな。知名度も人気も、他の作品に比べれば低いような気がするの」

 

カエル「Yahooレビューの評価を見ても少し落ちるよね」

亀「新海誠は短編になると名作、良作が多いのじゃが、長くなると途端に評価が落ちる傾向があるの……こればかりは仕方ないじゃろうが……」

カエル「そうだねぇ……結構語るのも難しい作品だよねぇ

亀「最初に見た時は寝てしまったし、果たして記事として成立するような文字数を書けるのか? という思いもあったのじゃが、見返してみると意外や意外、これがなかなか語ることができる作品になっておる。

 ただ、エンタメとして楽しめるかというと難しいかもしれんの……

 

カエル「じゃあ、ここから感想と評論を始めよう!!」

 

 

 

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1 作品内容について

 

カエル「じゃあいきなり感想から語っていくけれど、作品内容についてはどうなの?」

亀「難しいの。評価も難しいし、内容を理解するのも難しい。さっきも言った通り、エンタメとして楽しめるかと問われると、それもまた難しいものになっておる

カエル「……じゃあ、見る価値はない?」

亀「そこまでは言わんよ。新海誠らしく絵は本当に美しいし、ファンであればどのような作品を作ってきたのか、はっきりとわかる分面白いものになると思うの」

 

脚本について

 

カエル「じゃあ、まず脚本についてだけど……なんかよくわからないよねぇ

亀「まず前半部分の中学時代のドラマパート自体は良いじゃろう。少年少女の甘酸っぱさと、青臭さが出ておるの。まあ、恋愛が描けておるかと言われるとまた微妙なものではあるが……基本的に新海監督はロマンチストな面があるからこそ、その作品が際立つものじゃから

カエル「少し背中がムズムズしそうな感じがしたね」

 

亀「さて、問題は後半のSFパートじゃが……ここが中々難しいの。まず専門用語が多くて意味がわかりにくい上に、たった3年にしては(高校生にしては)あまりのも変化しすぎなような気がしてしまうはずじゃ」

カエル「そうそう、いきなり画面が変わるからさ、何があったのか全くわからないよね」

亀「本作の理解が難しいものになってしまっている理由の一つが、この突如変化する場面にあるとわしは思っておる。つまり、本来は子供時代から地続きで表現されるべき話であるはずなのに、一度リスタートされてしまうわけじゃ。

 幸せな子供時代から突然の別れ、そしてバラバラになる3人……その間に何があったのかということはモノローグとして語られるが、その描写がないから突然置いて行かれたように思うんじゃな

 

カエル「あとは急な戦闘描写とか、戦争とかかな?」

亀「それまで南北断裂とか戦争がどうのと言っておるが、いきなり血なまぐさい話になるからの。わかりやすく色々なプロデューサーなどを説得する材料として活用したのかもしれんが、正直本作において必要だったのかはわからん。

 元々新海誠に爆発を期待しているファンはそう多くもないじゃろう」

カエル「それは『秒速5センチメートル』とかを見ているから言えることであって、

ほしのこえ』しか見ていなかった当時は仕方ないけれどね。あの当時はハードなSFがやりたい監督と思われていたかもしれないし」

 

亀「そう考えると本作は『長編映画』になっておらん。2つの短編をただ重ねただけのように見えるの……」

カエル「でも秒速だってその形式だし、それがハマればいい作品もあるけれどね」

亀「この作品ではハマらなかったの……」 

 

 

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声優について

 

カエル「う〜ん……正直下手だなぁと思いながら見ていたよ

亀「元々の地声はいいんじゃがな。吉岡秀隆のような朴訥とした声はいいんじゃが、キャラクターに合っているかというとな……

カエル「大人の方はいいかもしれないけれど、明らかに中学生の声じゃないもんね」

亀「この声を起用したいというのは、その後の新海監督作品を見てもわかるのじゃがな……朴訥とした声を持つ俳優を起用することも多く、本人がアフレコを入れた作品も演技の方向性はそちらに向いておったしの」

 

カエル「いつも言っているような気がするけれどさ、やっぱりプロでもベテランの運昇さんの存在感がありすぎるんだよね……」

亀「プロの声優の中でも個性的な声質を持つ人を相手にして、うまく演じるのは難しいからの。ここに関しては注目度を上げる意味合いもあるじゃろうし、ある程度仕方ない面もあると思うが……」

 

絵作りについて

カエル「いつも通り絵はすごくきれいだったよね! 特に風景描写がさ!

亀「ここから秒速や他の作品へとつながる構図や、演出のプロトタイプというような気もしたの。色々と面白い発見が多かったわい」

カエル「特に夜の東京の寒そうな感じとかさ、それから地方の電車とかホーム、雨の様子、後は足の描き方とかはそのまま流用できるよね!

亀「……何に流用できるのかよくわからんが、それほど上手く出来ておるな。あとは海に沈んだ電車のホームというのもまた一枚の絵として、中々いいものじゃの。やはりノスタルジーを感じさせてくれる作家じゃな」

 

 

2 ここから評論

 

カエル「じゃあ、ここから評論パートに入るけれど……個人的にはやっぱりほしのこえと同じで『最終兵器彼女』の影響を感じたかなぁ。あとは『王立宇宙軍 オネアミスの翼』とか。朴訥とした主役の声が余計にそうさせたのかもしれないけれどね」

亀「実写映画では『遠い空の向こうに』や『ライトスタッフ』のような要素も感じたの……最終兵器彼女に関連して話すとすると、結局セカイ系論争になってしまうのは仕方ないのじゃろうが、わしはむしろ、セカイ系でありながらも表現するものは真逆の作家だと思うがの

カエル「というと?」

 

亀「どちらかというとわしは連想したのは『イリヤの空、UFOの夏』かの。ほぼ同時代にヒットしたライトノベルじゃが、似ている描写が多い。違いがあるとすれば、イリヤは飛ぶのがヒロインのイリヤじゃが、こちらは主人公というところかの。守りたい対象と、守られる存在が逆じゃな

カエル「ふ〜ん……それだけで逆って言っているの?」

亀「もちろん違うぞ……結局、この作品のラストはハッピーエンドなのかの?

カエル「え? ハッピーエンドでしょ? 佐由里は帰ってきたし、世界の位相を変えてしまうという塔も破壊できたし……」

 

亀「さて、それはどうかの? ではまず、この映画の冒頭を考えてみようかの。冒頭の弘樹は明らかに大人であり、居場所は東京のようじゃった。それが一人田舎に帰ってきて、そのモノローグとこれから舞台になる場所のその後の描写から始まっておる。

 さて、その弘樹はどことなく悲しげな表情を浮かべておる。難しいのはその表情が故郷に帰ってきた懐かしさなのか、それとも……何か取り返しのつかない喪失感を抱えているからなのか判断できんことかの

 

カエル「え? じゃあ……」

亀「この作品がハッピーエンドとは言い切れんのじゃよ。例えば、冒頭で佐百合が読んでおった本は何じゃ?

 あれは宮沢賢治の永訣の朝じゃろう? 永訣の朝は宮沢賢治が死にゆく妹の様子を詩にした、感情を見事に文章にした名作じゃが、なぜそれを選んだと思う?

 結局、この話はそういうことではないかの?」

 

 

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『セカイ系』としての新海誠

 

亀「先のほしのこえの論評でも『セカイ系』として触れたが、実は新海誠が表現するものはセカイ系と真逆だと思っておる……いや、セカイ系と変わらないのじゃが、その結末が違うとでもいおうかの

カエル「セカイ系ってあれだよね、世界の危機と登場人物たちの恋愛がイコールで直結するっていう……」

亀「簡単いうと世界の危機と個人の危機がイコールで語られる作品群のことじゃの。00年代を代表する物語形式として大きく言及されておったが、この作品はそれとは少しだけ違うんじゃ」

 

カエル「というと?」

亀「意識的か、無意識かはわからんが、世界の危機と恋人の危機を比べた時に、世界の危機を救う方を選んだという話じゃ。本来であれば二人だけの世界=あの塔の中の世界に引きこもるという選択肢もあったのかもしれんが、その道は選ばんかった」

カエル「だからイリヤの空なんだ」

 

亀「あれも恋人のために飛び立って、そのまま世界を救って帰ってこなかったという話じゃからな。今作とは立場が逆とはいえ、世界を救って片方がいなくなったという点では同じじゃ。

 新海誠は物語的なカタルシス……言葉を変えればある種のご都合主義は選ばずに、より現実的な別れであったり、分かりやすいハッピーエンドは選ばない監督であるが、それもここに出ておる。

 まるで、自ら身を引く、痛い思いをすることによって世界を救うかのように、の」

カエル「だからセカイ系と逆、というんだ。でも、多くのセカイ系は最終的にはセカイを破滅させる道は選ばないような気もするけれどね」 

 

 

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 秒速のプロトタイプ

 

カエル「結局、この作品で語りたかったことってなんだろう?」

亀「わしが思うに、それは『秒速5センチメートル』とそう変わらんと思うぞ」

カエル「……秒速と?」

亀「この作品からSFの要素を抜いたのが秒速5センチメートルじゃな。だからこの中学時代の関係というのは貴樹と明里の関係に友達を足したものじゃし、その後の東京に行った後の話というのは、第3章の『秒速5センチメートル』のパートのことじゃ」

 

カエル「ふぅ〜ん……それは意識してそうしたのかな?」

亀「どうじゃろうな……じゃが、本来の持ち味である情緒的な雰囲気をSF等で犠牲にしてしまった分、より話をスッキリとして再構成したのが秒速じゃから、描かれていることはほとんど同じで、その意味ではこれはこれで大切なものじゃな。

 特に新海誠はいつも『距離』を大切にしておる。ほしのこえは宇宙と地球の距離であり、秒速は東京と栃木という小中学生には果てしない距離を描いておるし、言の葉の庭も大人と子供という『距離(壁)』を描いておる。

 そしてこの作品では『夢の世界と現実』という物理的ではない距離を描き、星を追う子どもも地下世界という別の世界を描くことによって距離を演出しておる。

 それが独特の切なさに由来しておるのじゃろうな」

 

 

最後に

 

カエル「結局、この作品は成功したのかな? 失敗したのかな?」

亀「一概の興行成績やレビュー評価だけで成功、失敗は語れるものではないが、そこまで悪くはないものの、決して良いとも言えないというのが難しいところじゃろうな。

 わしは新海誠の最大の売りはその叙情性だと思っておる。それは現実とリンクすることで、より輝くノスタルジーを生み出すものじゃと思うのじゃ。だから、そもそも新海誠という作家自体がSFには向いておらんということではないかの……」

 

カエル「ただ、アニメはSFとファンタジーが強いからね。

乱暴な意見になるけれど、宮崎駿はファンタジー作家だし、押井守や今敏はSFだから、どうしてもこのジャンルを目指しちゃうというのはあるかも。特に、現代の日本を扱うならばアニメである必要はないと言われるかもしれないしね……

亀「それを後々の秒速だったり、言の葉の庭で覆したとはいえ、まだまだこの時はSFやファンタジーで勝負しようとしていた時期だったのかもしれんの……」

 

カエル「さて、次はいよいよ『星を追う子ども』だけど……どうなるかな?」

亀「これは公開当時映画館に見に行ったが、断片的にしか覚えておらんからの……ジブリに似ているというのは覚えておるが、果たしてどんな物語でどんな感想を抱いたのか……」

カエル「……それは歳によるものなんじゃないの?」

亀「馬鹿モン!! わしはまだまだ若いわ!! そこになおれ、これからわしの若さをコンコンと説明してみせるから、覚悟しておくように!!」

カエル(面倒くさい爺さんだなぁ……)

 

 

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