物語る亀

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物語愛好者の雑文

小説『海の見える理髪店(荻原浩)』感想 

カエルくん(以下カエル

「少し前に芥川賞作品を語っていたけれど、今回は直木賞作品にも手を出したんだね」

 

亀爺(以下亀)

「元々主は純文学よりも大衆文学のほうが好きじゃからな。主は芥川賞よりも直木賞のほうが興味はあったはずじゃ」

 

カエル「で、今回もブックオフで立ち読みしたのかな?」

亀「主も当初はその予定じゃったようじゃが、さすがにこの文量の作品を立ち読みで読むのは不可能じゃと思ったのか、すぐに買ったらしいぞ」

カエル「ブックオフで?」

亀「いや、そこはちゃんと新品を買ったらしいの」

カエル「……怪しいなぁ

亀「まあ、主のことはどうでもいいじゃろう。それよりもじゃ、世間一般は『面白い小説が読みたい』と言いながら、芥川賞にばかり注目するのはなんとかならんかの? 普通に考えれば、純文学よりも一般大衆向けの直木賞の方が大衆の望む『面白い』作品に……」

カエル「はい、感想スタート!!

 

 

 

 

1 作品の全体感想

 

カエル「まず、作品の全体感想だけど、短編集だけど全体的にどうだった?」

亀「非常にうまさを感じさせる作品じゃったの。1作1作が繊細で、言葉のチョイスや展開なども、しっかりと適切なものを選択しておったな。

 純文学だと『実験的』な作品も多いからの、言葉のセンスであったり、展開というものに癖がある作品も多いが、今作は大衆文学だからか、そんなこともなかったの」

 

カエル「じゃあ、亀爺からしたら大満足な作品なんだね?」

亀「そうじゃの。小説に限らず、創作というのはバランスが大切じゃ。どれほど腕のある作家であっても、そこをしっかりと計算してバランスをとるのは難しいかの、今作はしっかりと計算されており、全体的に破たんや疑問点の少ない作品になっておるな」

カエル「主人も言っていたよね。こんな短編小説が書いてみたいって」

亀「その意味では短編小説のお手本と言っていい作品かもしれんな」

 

 

うますぎるが故に……

 

カエル「じゃあ、不満なポイントはない?」

亀「そういわれると難しいところじゃなぁ。そうじゃな、これはいちゃもんのように聞こえるかもしれんが、強いて言うならば『バランスが良すぎる』というのが問題かの?

カエル「……それって、もしかして難癖じゃない?」

亀「そうかもしれん。この作品はプロになってもうすぐ20年というベテランのうまさが引き立つ作品じゃ。だからこそ、言葉にしろ展開にしろ人物にしろ、『うますぎる』という点が少し引っかかるかの?

カエル「うますぎる弊害って何?」

 

亀「簡単に言えば王道すぎるというか……この作風だとこの展開になるな、この人物設定ではこういう関係性に変化するな、というのがはっきりとわかってしまう。そしてそれを裏切ることがないのじゃ。

 じゃから、本当に『うまい』と思う一方で、その枠を飛び出しておらん。これは作家のスタイルの問題かもしれんが……例えて言うならば、優等生的すぎるとでもいうのかの?

 誰もが否定はしにくいが、では強烈な個性であったり、推したいポイントを聞かれた時に答えに窮する作品達とも言えるかもしれん

カエル「まあ、イチャモンだよねぇ……」

 

 

2 各作品の感想

 

海の見える理髪店

 

カエル「特に好きな作品はどれ?」

亀「やはり表題作の『海の見える理髪店』かの。短編集のスタートを飾る作品であるが、見事に荻原浩という作家が描く世界観と、その圧倒的な筆力というのを一気に説明してくれたの

カエル「引き込まれた作品だよね」

 

亀「この作品はまず、海辺の見える理髪店にいる、老齢の有名店主の元へ、若者が髪を切りに行くという話じゃが、その店主の話というのが面白くての。それまで辿ってきた人生を語っておるのじゃが、まず歴史を辿るお話として面白い。

 さらに本作は現在の髪を切る描写と、店主が過去を語る描写では1人称で語る語り部が変わるのじゃが、それも交互に切り替えることでわかりやすくしておるの

カエル「この作品を読んで主はレジに駆け出したらしいね」

 

亀「先ほども言った通り、ラストも在り来たりといえばそうじゃが、1作目ということもあってそこまで予想もしておらんしの。これが6作目だとしたら『多分この展開だろうなぁ』ということで予想ができてしまっていたじゃろうから、最初にもってきて正解じゃったの」

 

空は今日もスカイ

 

カエル「僕が特に気に入ったのは『空は今日もスカイ』かな!」

亀「あの子供が家出をする話じゃな」

カエル「そもそもさ、子供が家出をする話とか、自立する話って大好きなんだよね。ほら、映画で言ったら『スタンド・バイ・ミー』とかさ、家出ものではないけれど『遠い空の向こうに』とかも大好きなのね。

 そういう人にとっては、この作品はすごくハマるよね!」

 

亀「子供というのはその行動原理が単純じゃからな。大人の場合『好き』という理由にも、いろいろと理由をつけたり、人であれば相手の容姿や収入、性格など、物であれば希少性や耐用年数、経済性などを様々なことを考慮して『好き』というが、子供はそんなことが少ない。

 『好き』だから『好き』という、非常に単純な理由で物事を判断しており、その純粋性がいいの

 

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『いつか来た道』と『遠くから来た手紙』

 

カエル「ここは2つ一緒に語るんだね」

亀「本音を言えば、わしはこの2つの話は合わなかったの

カエル「え? なんで!?」

 

亀「もしかしたら荻原浩はおじさん作家だという思いがあるのかもしれんが、どうにもこの女性に感情移入ができなかった。いや、人物設定や描き方も上手いとは思うぞ? 特に遠くから来た手紙の祥子は可愛らしいとも思うじゃが……」

カエル「亀爺じゃ、わからないかもね、この作品」

亀「女性の方が受け入れやすい作品かもしれんな

 

カエル「あと驚きというか……世代論になるかもしれないけれど、いつか来た道のお母さんが70を超えていたと思うけれど、結構もう……歳を召しているわけじゃない? そうなるとさ、いろいろな病気って普通にあり得ると思うけれど、この主人公が全くその可能性を考えていないのが不思議というか……

亀「おそらく荻原浩も60歳らしいが、カエルが思う70歳像と荻原浩の考える70歳像というのはかなり乖離しておるんじゃろうな。そりゃそうじゃろう、60歳の考える70歳像とと……そうじゃな、20歳、30歳の考える70歳像というのは全く違うからの」

 

カエル「あとはこの娘さんが42歳の割には若々しいというか、もっと大人になれないのかなぁって思ったり」

亀「世代間ギャップが出る作品じゃったかもしれん。ただ、絵描きの話らしく、色や百日紅の話などはしっかりと練られていて、言葉遣いも良かったの」

 

時のない時計

 

カエル「これもいい話だよね」

亀「意外性はないものの、お父さんの見栄と人間性というものが愛らしく感じられるの

カエル「荻原浩って時計が好きなのかな? もしからしたらこれくらいの知識はこの世代には一般常識なのかもしれないけれど……」

亀「作中にも言及されておったが、最近の若者は携帯やスマホで時間を確認するから腕時計を買わない人も多いらしいからの。昔は男の三種の神器に、財布、時計、靴なんていったものじゃが、今では時計よりも服や髪型のほうが重要視されるように思うの」

 

カエル「主なんて臍曲がりだから財布、靴は安物、時計はしない主義者だもんね」

亀「だからモテないんじゃろうな。まずはその臍曲がりを治すところから……(以下略)」

 

成人式

 

カエル「これはこの6作の中では、最もぶっ飛んだ話だよね!

亀「じゃから惜しいといえば惜しいの。『娘の父親世代が成人式に出席する』というアイディア自体は素晴らしい。コメディとしてもっと面白くすることもできたと思うのじゃが、荻原浩の作風か、この作品では他にやりたいことがあったのか、比較的普通に終わってしまったの」

カエル「この設定を使って主も短編を書いてみたいなぁ、なんて言っていたよ」

亀「設定だけで魅力的じゃからな。少し重い部分もあるが、そこも含めて魅力じゃな」

 

 

最後に

 

カエル「総評としては直木賞も納得、って感じだよね」

亀「他の候補作品はあまり読んでおらんが、この作品を読む限りでは相当に上手い作家じゃし、作品ごとのクオリティも安定しておるタイプじゃろうな。関心するし、勉強になる作家じゃ。

 じゃが、これは作風じゃろうが、あまりにうますぎるが故にまとまりすぎているところが、直木賞を何度も逃してしまった要因かもしれんな

 

カエル「難しいよね。その作家の良いポイントが、必ずしも万人向けとは限らないし、万人向けにアレンジしたら魅力すら消えてしまうこともあり得るし……」

亀「サラリーマンの書類は『誰にでも理解できて、誤解のない文章』が大事かもしれんが、作家はそうもいかん。個性を出しながらも、癖が強すぎないようにバランスをとって書いていく。作家とはそういう仕事かもしれんの」

 

カエル「何はともあれ、荻原浩さん、直木賞おめでとうございます!」

亀「……やはりもっと注目されていいと思うがの……世間は芥川賞ばかりで……(以下略)」

 

 

 

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海の見える理髪店

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