カエルくん(以下亀)
「今回は西川美和の新作について語るけれど……」
亀爺(以下亀)
「まずは、何よりもタイトルが紛らわしいの」
カエル「紛らわしい?」
亀「このタイトルでは、レイモンド・チャンドラーの不朽の名作『長いお別れ』のようではないか? もしかしたら、あれか? ノーベル文学賞に村上春樹が選ばれると思い、それを意識したからこそ村上春樹が翻訳をしている本に似たタイトルにしたのか? これは、中々の策士じゃの……」
カエル「……あまりにも斜め上の物言いに、ツッコミすらできないよ」
亀「それならば惜しかったの。長いお別れで飲むのは『ギムレット』じゃ。じゃが、この作品ではギムレットは一度も出てこん。そこいらへんの爪が甘いのぉ」
カエル「あー、その、誰もが『関係ないよね?』ってわかっているネタ振りは終えてもらっていいかな?」
亀「……やれやれ、年寄りのじょーくもわからん若いもんじゃの」
1 西川美和の新作映画
カエル「映画好きの中では西川美和の新作映画として、結構注目を集めていた作品だよね」
亀「そうじゃの。是枝裕和の弟子としても著名で、映画では『ゆれる』で一躍注目を集め、さらに小説を書いても絶好調。
本作も小説版が山本周五郎賞や直木賞候補になるなど、物語の神に愛された才女じゃな」
カエル「……いかにも亀爺が嫉妬しそうな存在だね」
亀「……まあ、そこに関してはわしは何も言えんが、時々こういう『何をやっても上手くいく』物語の神に愛された存在というのはいるものじゃよ。今作も西川美和が原作、脚本、監督を務めておるし、邦画界を担わねばならない大注目の監督であるのは間違いないじゃろうな」
カエル「決して多作な人ではないよね。前回の『夢売るふたり』から4年だっけ? 結構スパンがあいたね」
亀「この間に、原作を書いたり脚本を書いたりと色々とあったのじゃろうな。映画としては大体、3、4年に1作というのが定着しておるようじゃし、決して遅いというわけではないじゃろう」
カエル「亀爺は西川美和をどのような監督だと思っているの?」
亀「う〜む……評価に困る監督じゃな。
輝くものはあると思う。思うが、いまいちそれが出しきれんという印象か」
カエル「亀爺がわかっていないだけだけどね」
ネタバレなしの映画感想
カエル「じゃあ、本題に入るけれど……今作は、結構静かなお話だったね」
亀「どうやら監督自身が震災の影響もあり、その体験を踏まえた映画を撮りたかったらしいの。その意味では、まあ『震災映画』として語れるのかもしれん」
カエル「今年は震災映画が多いもんね。シンゴジラや、君の名は。とかもそうだし」
亀「あれから5年が過ぎ、それぞれの表現者が自分の中で整理がつき、物語として世に出せる段階になったのじゃろうな。
そういう映画としてみることもできるぞ。途中、震災を思い起こさせるシーンもあるからの」
カエル「じゃあ、面白い映画かと問われると難しいよね。『ザ! エンタメ!』ってわけでもないし……リアリティ路線の映画だしね」
亀「リアリティはあるの。特に大きな話の破綻もないが……わしとしては評価に困る作品になったかの」
役者の演技について
カエル「大体よかったよね。みんな自然な演技をしているから、特に作劇的な印象も与えないし」
亀「そうじゃの。よかったのは子役のふたり……特に女の子の、灯役の白鳥玉季は抜群によかった。よかったがの……演技を絶賛するのとはわけが違う」
カエル「どういうこと?」
亀「あの子がいいシーンというのは演技をしとらんシーンじゃ。つまり料理だったり、日常の描写だったりというのは、あの子は演技をしておらん。単純に、主人公の本木雅弘と素で触れ合っているだけに過ぎん。
だから、明らかに台詞があると、子役の演技になる。まあ、この歳の子に何を言うのかって話じゃがな」
カエル「そうそう。映画に出て演技するだけでもすごいのに」
亀「主演の本木雅弘も、相手役の竹原ピストルも自然ないい演技であったのではないか。特に注文はない。
その分……すごく印象に残った役者というのもいないかの。それだけ自然な演技であったわけじゃし、むしろサラリと流れるという意味では、この演技は絶賛されるものかもしれん」
カエル「作劇的な演技ばかりが印象に残りがちだけど、決してそういうわけではないもんね」
亀「特に、今作はほとんど女性が出てこない作品じゃから、余計に……なんというか『カッコつける』シーンがないのかもしれん。
あとは友達になれそうなのは、息子と幸夫くらいかの。陽一とは絶対合わんな。
まあ、子役に関しては、その扱い方が裏目に出てしまっている感もあるが……それは後々語るとしよう」
以下ネタバレあり
2 多様的な描きかた
カエル「じゃあ、まずバスの転落事故が起きて、愛する妻が亡くなるところから始まるわけだけど……」
亀「……まあ、映画的にはいい始まりではないかの? 突然の家族の死を表すための『バスの事故』とそれに巻き込まれる遺族たち、感情的になる者も居れば、冷静にコメントする主役の幸夫のような人間もおる。
それはいいのじゃよ。むしろ『事故の遺族の多様的な描きかた』という点において、独創的だとも思える。一般には『妻を亡くして辛かろう』という気持ちになると思うし、竹原ピストル演じる大宮陽一などはそういう人間じゃ。
だが、それに対応できない人間というのも、いるに決まっておる。その……世間の想定と違う反応をするが、世間が望むように振る舞えるという文化人としてのスキルも最大限発揮する主人公には好感もてた」
カエル「この映画は一貫して世間は『悲しかろう、辛かろう』を押し付けてくるんだけど、それに対して……色々な負い目があるにしろ、極度に悲しまない主人公という構図だもんね」
亀「つまり、遺族にしてもそれぞれの立場がある。そしてそれは……妻が死んで喜ぶ者、整理ができない者というもの、必ずいるはずじゃ。
あのスタート時の幸夫がひどい男という意見もあるようじゃが……むしろ、作家としてはああいうタイプの方がわしは好感が持てるかの。
あとは陽一が『やっと会えたよ!』などと言いながら、子供と仲良くなると『初めて会ったくせに』といったシーンなどは、その感情の動きがリアルじゃったな。苛立ちと自分勝手さがよく伝わって来る演出じゃった。ここも多面的な人間性が描けていたの」
カエル「序盤の葬儀の時のイザコザもうまかったもんね。あそこは黒かった」
亀「そうじゃの。そう言った感情の動きは良かったのじゃが、しかしのぉ……わしはどうにも理解ができんかった」
カエル「理解って?」
監督の意図
亀「監督の意図がわからん。
このまま主人公を、自分を貫かせて『悲しみを演じる主役』にするならば、わかる。もしくは『悲しみを受け入れる』ようにするなら、それもわかる。
じゃが……わしにはどうも、この夫婦の間には元々、愛がなかったようにしか思えんのじゃな」
カエル「奥さんはともかくとして、幸夫の方には……多分ないよねぇ」
亀「妻の死後も浮気相手がやってきても平然と抱くし、妻を思う言葉というのも世間の想像通りで言わされている感が満載じゃ。作家だし、いくらでも言葉なんて湧いて出るじゃろう。
わしにはあのふたりの関係性において、愛があるとは思わんかった。むしろ、死んで清々としているようにすら思えた。それはメールの描写でも補完されておるの。
じゃが、世間は『かわいそうに、辛かろう』ということを言われているうちに、あれ? 実は俺、悲しいのかも? とある種の刷り込みをされるようにしか……見えんところもあった」
カエル「浮気とか、カメラの前での暴言とか、酒の先も含めて行動の全てが『言い訳』なんじゃないの? 幸夫が悲しみから目を逸らすための言い訳。それが一年続いたから『永い言い訳』なんでしょ?
しかも、失って一年経ってから、初めて愛していたことに気がつくんだよ」
亀「おそらく、意図としてはそうじゃろう。じゃがの……わしにはそう思えなかった。
ドキュメンタリーのカメラの前での激昂であったり、酒で酔った時の暴言こそが、幸夫の本音のように思える。
その見方をするとの……『妻を愛せなかった言い訳を探す物語』のように思える。つまりラストシーンは永い言い訳が終わったわけではなく、始まったのではないか? ということかの。
だから『長い』ではなく『永い』なのかもしれん。
一年経って、いなくなった存在を愛しているもの……作家だし、人間じゃから、都合のいい部分を思い浮かべて愛していたと……思い込んでいたように思えうの」
カエル「いやいやいや……あの髪を切った瞬間で吹っ切れたんだよ。子供たちと交流して、お兄ちゃんと本音の会話をしてさ。
あれって『お父さんがいなくなればよかった』というのは『妻ではなく、僕が死ねばよかった』という意味でしょ? でも、そう思った相手から……子供から受け入れられた父親の姿を見た時に、ある種の救いがあったんだよ。だから奥さん以外に触れさせなかった髪を切って、さっぱりしたと。そして永い言い訳という本も書いて、評価された。
しかも『いなくなって初めてわかる喪失感』を思い込みだなんて……」
亀「いやいや、幸夫は優秀な作家じゃぞ? 自分の中で素晴らしい物語を作るなんてお茶の子さいさいではないか。
陽一のような単純な人間であれば、携帯のメモリーを切った瞬間に吹っ切れたと言えるかもしれんが、幸夫には子供もおらんし、その救いをあたえてくれる存在なんておらんぞ。
さらに言えば、あの本だって上辺で書いたものかもしれんし、それがなんというか……元々ない悲しみを受け入れるというのがのぉ……あの海の幻影の場面も、所詮は幻影でありあんな未来は間違いなく訪れなかったはずだからの」
カエル「もっと前に幸夫が奥さんと向き合っていれば、子供もできてきっとあんな未来が訪れたんだよ!」
亀「……子供がいたらいたで、あの男は邪魔に思ったじゃろう。妻からも愛をなくしたんじゃ、子供は別となぜ言い切れる?
あの海の幻影は作家の作り出した妄想であり、あんな未来は訪れるはずがないのではないか?」
カエル「いや、だからね……」
亀「まあ待て。このように……あまりにも多角的に捉えることができるからこそ、わしの中でも統一見解ができておらん。
だから、わしはこの映画の評価ができないんじゃ。
監督の意図が……わしなりの方法で見つけることができなかったからの」
3 監督の顔
カエル「これは……西川美和が美人映画監督ということがいいたいの?」
亀「もちろん、それもあるが……ゴホン!! そんなわけないじゃろう!!
わしが言いたいのは、先ほども言った通り、監督の意図であったり、顔というか、やりたいことが見えてこないということじゃの」
カエル「それは亀爺が受け止められなかっただけじゃない?」
亀「もちろんそうじゃが……むしろ、わしはこの映画の構造がすごく気になってしまった。
それは幸夫と陽一が対立するような構造でありながらも、実はそこまで対立しないところなどは、すごく気になったの」
カエル「そういうわかりやすい映画にはしたくなかったんじゃない?」
亀「そうかもしれんが……どうにも小説版を読まないと分からん部分かもしれんの。
この作品は西川美和という女性が撮ったのじゃが、出てくるのはほとんど男の話じゃ。そしてわしが一番気になったのは……『女性の撮った男の物語』になっていることかの」
カエル「どういうこと?」
亀「例えば、公開時期が近い映画でいうと『SCCOP!』は大根仁という男性が撮った、男の映画じゃ。そして『少女』は湊かなえが原作で、三島有紀子という女性が作った、女の映画じゃ。
そこには生々しいくらいの『性の感覚』があった。
じゃがの……わしはこの作品に一つ欠けているのが、この『男性感』のように思う」
カエル「リアルに撮られているんじゃないの?」
亀「リアルに撮られておるぞ? だがの、幸夫にしろ、陽一にしろ、息子にしろ、なんというか……汗臭さが足りないんじゃよ」
カエル「えー? 陽一なんて長距離運転手のトラックで、ちょっと勉強が苦手で、カップラーメンを食べてという男臭いじゃない?」
亀「そう見ればそうなんじゃが、記号としては男臭いけれども、もう一つ何か……それこそ臭いといういうか、そういうものが足りてないように感じたの。
絵が綺麗過ぎるのかもしれんの……難しい部分じゃな」
カエル「う〜ん……今回の亀爺のいうことって、そんなに納得できないなぁ」
監督の代わりに見えてくる顔
亀「そしてわしがおそらく、一番評価に困るのがこの部分かもしれん」
カエル「これは……もしかして、師匠の?」
亀「そう。わしがこの映画を見ながら思ったのは『これは是枝裕和作品では?』ということじゃった。
例えば、先ほど賞賛した『子供に演技をさせない、素の部分を使う』という手法は是枝裕和がよく使っている手法じゃ。だから、是枝作品の子供というのは、自然な演技がうまい。そりゃそうじゃ、演技をしておらんのじゃから。
もちろん、その手法自体は是枝裕和の専売特許ではないし、真似してもいい。真似してもいいんじゃが……西川美和らしさがあったのかどうか……前作の『夢売るふたり』の方が作家性はあった気がするの」
カエル「師匠と弟子だし、制作協力をしているから自ずと似るよね。特に是枝作品がきっかけで羽ばたいた役者も多いし、育てるのがうまい監督だろうから、余計だよ」
亀「そうじゃが、わしには是枝作品っぽさが強すぎて、西川美和の顔が隠れてしまっているように思う。
この作品について語る際に重要なのは、西川美和の過去作ではなく『海街diary』や『そして父になる』ではないか? と感じたほどじゃ。
あれも『突然の家族の別れと、新たな家族を迎える』話であるしの。
じゃから……是枝監督の影が強すぎて、西川美和の撮りたいものなどが見えにくくなってしまったのが、残念じゃの」
カエル「亀爺の思い過ごしな気もするけれどね。そんな作品はたくさんあるし」
追記
亀「と、見終わった直後では思っておったが……少し考えたらまた意見が変わってきたの」
カエル「何? 少しは家族のありがたみが分かったとか?」
亀「違うわ! この多様性のある描き方、見えてこない顔などが西川美和の毒として成り立っておるのじゃろうな。じゃから、わしのように穿った目で見ても読み取れるし、もっとストレートに描いても読み取れる。そこに含まれる『毒』が、西川美和の顔として、是枝裕和の奥に見えてくるのかもしれんという気がしておる」
カエル「……なんか、自己弁護していない?」
最後に
カエル「今回は、まとまりがない感想になったね」
亀「う〜む……結構難しい映画になったの。いや、物語自体は単純なのかもしれんが……」
カエル「難しく考えすぎなんじゃない? 色々と知識詰め込んでみている弊害だよね」
亀「じゃが、それがわしの映画の見方じゃからな。監督の意図や演出の意味などを想像するという楽しみ方もあってもいいのではないかの?」
カエル「もっと主を見習いなよ」
亀「主を? あやつこそ、そういう意図などにうるさい奴ではないか」
カエル「この映画の感想を聞いて『アニメに出ていたのがこおろぎさとみだったよ! いやぁ、かないみかと少し迷ったけれど、やっぱり耳を信じて良かったわぁ』が第一声だよ!」
亀「……アニメオタクはすぐこれじゃの」