物語る亀

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物語愛好者の雑文

本多孝好 FINE DAYSの考察

特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE
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 たまには小説についても語ってみようかなと思い立って何の本にしようか迷っていたが、私が特に好きな現代作家の1人である本多孝好の青春小説について語ってみようと思う。

 ちなみに本作品は短編であり、FINE DAYSが収録されている文庫には映画化もされたイエスタデイズも収録されている。私も1番始めに知ったのはこの作品だったかな? 他にもストレイヤーズクロニクル、真夜中の5分前などが映画化されているので人気作家の1人と言ってもいいだろう。

 代表作はMOMENTになるのかなぁ。こちらもいい作品なのでどちらをレビューするか迷ってしまった。

 

 短編集なので他3作と共にこの作品に収録されているので、是非読んでみてほしい。 

FINE DAYS (角川文庫)

FINE DAYS (角川文庫)

 

 

 1 簡単なあらすじ

 高校生男子の『僕』はタバコを吸った罰として反省文を書かされていると、デリカシーのない暴言を吐いた教師を叩くという暴力行為によって反省文を書かされる『彼女』と出会う。話しかけるも無視されてしまい、その日は何事もなく帰る。

 

 ある日屋上でタバコを吸っていると同じくタバコ仲間であり、女子生徒の番長でありトップの『安井』から彼女の話を聞くと、どうやら転校してきたばかりで教師を叩いたということ以上にある噂によってその名を学校中に轟かせていることを知る。

 『彼女に不快な思いをさせると呪われる』という噂が。

 

 彼女に近付きたいというのが友人の『神部』だった。神部は絵を描いているのだがコミュニケーションが苦手で彼女に話しかけることができないため、僕に依頼する。電車の中で彼女に話しかけると、絵のモデルになることを了承してくれる。

 その日、学校に行くと彼女に叩かれた教師、『ニヤケ』が屋上から飛び降りて自殺していた。

 

  ニヤケは彼女の呪いで死んだのだ……

 

 

 あらすじは以上であり、登場人物は僕、彼女、安井、神部、それから直接描写はないがニヤケの5人。作品自体も比較的大きめの文字で80ページちょっとと短いながらも世界観や会話、そしてミステリーとしての読み応えがある一作になっている。

 作品としては恩田陸の『6番目の小夜子』のような感じといえばわかりやすいだろうか? 不思議な転校生と謎の事件という意味では似ているかも。

 

2 作品の魅力

 この作品は本多孝好のキャリアの中でも比較的初期の作品であり、今の作品と比べると少しばかり荒々しさが残るものの、当時から卓越した雰囲気の良さがうかがえる。

 例えば一人称が統一されていなかったり(素の文では僕、会話では俺など)会話描写が多い気もするのだが、会話が続いてスカスカに見える部分の後に、ガッツリと描写が続くなどのメリハリのついた文章構成になっている。

 

 よく村上春樹チルドレンと称されることもあり、主人公に少しスカしたような印象も受けるのだが、それでも高校生らしく少し背伸びをしてタバコを吸うなどという行為は主人公自身が実は自分の人生を歩むのに一杯一杯なのかな、という印象を受ける。

 何よりも会話の良さがこの作品を引き立たさせている。

 例えば以下の安井から彼女の噂を聴くシーン

 

 

「先月、転校してきた二年生。やってきたその日から盛りのついたオスどもがキャンキャン騒いでる」

「まあ、綺麗な子だしな」と僕は言った。

「へえ。あんたの好みは、ああいうのだったんだ」

「綺麗って言っただけだ。好みだとは言ってない」

「高校三年のオスにとって、それって同じ意味じゃない?」

「高校三年のオスにとってなら、綺麗だってブスだって、そこに同じ穴さえあれば同じ意味だ」

 僕がそう言うと、安井は容赦なく笑った。

「童貞が何を偉そうに」

 

 この絶妙に擦れた会話とさらりと差し込まれる下ネタが非常にオシャレに感じるし、この会話は実はこの作品を読み返した時に生きてくる会話なのだ。ここからの流れといい、少し切なさと共にキャラクターの深堀ができていると思う。

 

 ここから先はミステリー作品のネタバレにも繋がるのでそれを了承した方のみ読んでほしい。

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 以下ネタバレ

 

3 彼女とは何か

 読んでいないけれどもこの先が気になるという方に少しネタバレのあらすじを書いていく。

 

 ニヤケの死は彼女の呪いという噂されたが、警察等に自殺として処理された。

 そんな彼女の状況に安井は呪いなどないと証明するために、女番長が生意気な転校生を締めたということにし、彼女の髪を切った。そのせいで彼女の呪いは安井に移ったということになった。

 

 ある日の夜、主人公は彼女から連絡をもらう。

 「安井のそばにいてやってほしい」という連絡だったが、安井の家庭環境が複雑で家に帰らない日も多く、僕は安井を探しに行く。

 安井は学校の屋上におり、そこで衝撃の告白を聞く。

 安井とニヤケは男女の関係にあったのだ。

 

 ニヤケが落ちた日、安井は屋上でニヤケと密会していた。朝早くだったが、そこでズボンを下ろしたニヤケにフェラをしていたが、誰かがいる気配を感じてその後を追った。結局誰にも会わなかったが、そのまま屋上に戻るものバカらしいと思っていたらミヤケは飛び降りた。

 

 そんな告白をした直後、屋上に彼女が現れる。いつもと違う様子の彼女に諭されるように、安井は自ら柵を乗り越えてミヤケと同じように学校の屋上から飛び降りるのだった……

 

 あらすじはこの程度にしておく。この作品のミステリーとしての解決は是非とも作品を読んで欲しい。ある程度のホラー要素もあるが、ニヤケの死などはうまく解決されている。

 

 ではここから本題なのであるが今回この作品において『彼女』とは何だったのか、ということについて考えていきたい。

 私が考えるに

 

 本作における彼女とは実は存在しない人間なのではないか?

 

 この結論に至る疑問点は以下の3つである。

  • 彼女というあだ名で明確な名前がない。
  • 神部の最後の「元気にしているかな、彼女たち」という発言に主人公の僕が反応できず、少し間をあけてから「お前は天才だ」と発言している
  • 彼女のことを急速に忘れていき、名前も顔も思い出せない

 

 あれだけ美しいとか、濃密な時間を過ごしているし、しかもエピローグで高校生活を振り返っているのだが卒業して10年も過ぎていないように思える。

 そんな短期間で果たして彼女の存在を忘れるものだろうか?

 

 私はこう言った仮説を考えてみた。

 彼女という存在は安井を守るために作り上げた架空の存在であり、この作品のメインである高校生活の話というのは主人公が作り上げた偽りの記憶に基づく作中作なのだ。

 なので彼女に関するオカルト要素を含む部分というものは全て主人公の創作であり、明確な名前がある安井、神部、ニヤケは実在するが話の一部は嘘である。

 

 さらに言えば彼女という存在は安井の別の一面であり、学校の番長としての安井と女の子としての安井の後者を担当していたのが彼女という存在だったのではないか?

 

 そう考えると最後の「お前は天才だ」の意味がわかるような気がするのだ。

 2人の彼女という作品は安井の両面性を表しており、安井の中にしか存在しない彼女に明確な像を与えたのが神部だった。他の生徒たちは学校の番長としての安井しか知らないかもしれないが、唯一安井の別の顔を知る主人公と仲が良かった神部だけは、もう一つの内面である彼女の存在を感じ取り、絵にすることが出来たのではないだろうか?

 

 だから「彼女たち」という言葉にも反応することが出来なかったし、その絵の感想が「お前は天才だ」になったのかもしれない。

 

 

 

 まあ、これは私自身も穿って読んでいるのかなぁという気はしているのだ。

 このFINE DAYS という短編集に収録された作品は全てなんらかのオカルト要素ないしは SF、不思議な要素が含まれているため、それをテーマとした際にミステリー+ホラーという両立させるのが難しい要素を組みあせた結果の違和感かもしれないし、もしかしたら筆力の問題かもしれない。

 でも本多孝好の意図はわからないが、こういった読み取り方も許してくれるような作品の方が私は好きだったりする。完璧すぎて1つの読み方しか許さないような狭量の作品はどんなに素晴らしくても読者に対する遊びがないように感じてしまうからだ。

 

 とりあえず本多孝好のFINE DAYSの論評はこれで終わり。

 もしかしたら小説等の書評も今後も続けるかも。(でも検索流入が少なそうだよなぁ……)

 

 

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