昨夜は吐いた息も白く凍えるようなほど寒い日だった。
雨も降りしきり風も吹き荒れていて、いよいよ本格的に冬将軍の訪れを予感させていたのだが、一晩明けると空にはぽっかりとした太陽が再び顔を出し、アスファルトには水たまりどころが濡れた様子すら全くないほどのいい陽気だった。
スニーカーの底に小さな穴が空いているほどボロボロだったことを忘れて、いつものように雨が染み込んできて、靴下が濡れて目も当てられないことになるところだったが、それは回避することができたようだ。
昼下がりの公園は若干冷えるものの、陽気のおかげでだいぶ暖かく、まだ外でぼーっとしているのも短時間であればちょうどいいかなぁ、と思うような気候だった。僕は手に買ったばかりの肉まんと飲み物を持ちながら、ベンチで一人でじっとスマホを見つめる彼女の元へと駆け寄る。
「お待たせしました」
そう声をかけると、スマホから顔を上げてこちらに小さく頭を下ろす。
ボロボロな僕の靴と違って黒のキッズローファーがキラリと光っていた。小学生女子の服装なんて何も知らないけれど、あのお義姉さんのことだから、身なりなどに関しては相当気にしているはずで、彼女の着ているトップスの金額だけで僕の財布は空になってしまうかもしれない。
「ありがとうございます」
彼女が小さな手をそっと差し出すので、僕はあったか〜いお汁粉と半分に割った肉まんを渡した。
「……半分、ですか?」
「全部渡してご飯が食べられなくなったら、こちらが怒られますから」
「いえ、私は大丈夫ですが……おじさんのお腹が満たされないかと」
その小さな手はポケットの中からヒモでしっかりと落とさないようにパンツに結び付けられた財布を取り出すので、僕は慌てて財布を引っ込めさせる。
「さすがに小学生から受け取れませんよ。大丈夫です、お父さんからお金は預かっていますから」
「……でも、おじさんに悪いので」
「いや、本当に。むしろ私のことを思うなら、その財布をしまってください。
それから……おじさんはやめてください」
そう告げると彼女は不思議そうに小さな首をかしげた。
「何故です? お父さんの兄弟はおじさんでしょ?」
その呼び方をされるのがデリケートな年齢であるのと、ちょっと法律と倫理的に怪しい気がしてくるのだが、そんなことをこの子に伝える必要もないので口をつぐむことにした。
彼女がスマホで調べていたのは、どうやら今日見た映画の記事のようだった。
作品紹介・あらすじ
『ALWAYS 三丁目の夕日』以降、注目を集めて大ヒット邦画をたくさん作り続けている山崎貴監督の最新作。本作はALWAYSと同じ原作者である西岸良平の長寿コミックである『鎌倉ものがたり』を実写映画化し、山崎貴は監督の他にも脚本、VFXを担当している。
主演は堺雅人と高畑充希の山崎作品は初参加の2人。また、堤真一や國村隼をはじめとした山崎作品の常連組や、中村玉緒などの初参加組と脇を固める豪華俳優陣も話題に。
新婚旅行から鎌倉へと帰ってきた一色正和(堺雅人)とその妻である亜紀子(高畑充希)の夫婦。正和は作家の傍ら、警察と共に特別捜査を行って生計を立てているが、少しお金にずぼらなところがあって趣味を優先してしまうところに亜紀子は少しご立腹ながらも、仲睦まじい生活を送っていた。
しかし、この鎌倉の町には幽霊や魔物、妖怪といった者たちが住んでおり、時折賑やかな事件が巻き起こっていながらも、2人は楽しく暮らしていた。
そんなある日、亜紀子が魂を抜けれてしまうという事件が起きてしまう……
感想
鎌倉物語鑑賞
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2017年12月9日
まぁ、こんなものでしょう
相変わらずの山崎貴、今作もまぁまぁ面白いけれど脚本構成が甘すぎて中盤が退屈
ただどの世代も楽しめる物語にはなっている
ヒットメーカーは今作も当てるでしょうね
兄貴から1日面倒を見てくれとこの子を預かったのは別にいいのだが、この時期はクリスマス商戦などの影響もあってイベントは豊富だが、どうにも財布が心もとない。どこか遊園地でも行こうものならお金はかかるし、外は寒いし、人も多いしで碌なことはない。
そんな時、ふと思い出した。
大手シネコンの共通割引券が余っていて、しかも鑑賞ポイントが貯まって無料で観られる日が今月中だったのだ。この時期だ、何か子供でも楽しめる映画があるだろうと思って、映画館に行ってみたが……
「本当に、『鋼の錬金術師』じゃなくてよかったんですか?」
そうたずねると彼女は小さな頭を大きく縦に振った。
「もちろんです。レビュー評価も良くなくて、ネットでは炎上しています」
最近の小学生はネットで映画のレビューを気にするのかぁ……と時代の変化についていけない自分がいる。僕が子供の頃なんて、適当に好きなアニメ映画を観に行って学校でああでもない、こうでもないと言うことでしか情報がわからなかったし、映画の良し悪しなんてただ単におもしろいか否かだけだったのに、時代は変化したものだ。
「来週だったら妖怪ウォッチもあったんですが……」
「そんな子供っぽいものは嫌です」
子供っぽいねぇ……じゃあ、この作品が大人っぽいのか聞こうと思って、やっぱりやめた。
「面白かったの?」
「……まぁまぁ、でした」
うん、この回答で間違いないだろう。
たぶん、誰が見てもそれなりに楽しめるし、それなりに満足して帰る、それなりの映画だ。
決して駄作とこき下ろすこともないし、大傑作と褒め称えるわけでもない、でもファミリーで、恋人と、一人で、どんな状況でみても対応することのできる、とても意義のある作品だったろう。
山崎貴監督について
「それにしても、なんでこの映画だったんですか? 山崎貴監督に興味があるとか?
「……おじさんはこの監督についても詳しいんですか?」
詳しいというか、ある程度映画やエンタメ界に興味を持っていたら誰でも知っているレベルの監督だと思う。
何せ、作品のほとんどが大ヒット作ばかりであり、賞レースでも結果を残したことのある、今最も成功している日本の監督の1人であることはほぼ間違いないだろう。
ただし、ある欠点を除いては……
僕は少し冷えてきたおしるこの缶で指先をあっためながら、彼女に答えた。
「そうですね、そこそこの作品数は見ていますよ」
「その経歴の中では本作は面白いと思いますか?」
「……言葉に困ります。
なんというか……山崎作品って特別に面白いのか? と問われると、別にそうでもないんですよねぇ」
「……すごくヒットしているって書いてありますけれど」
そう、山崎貴の作品はヒットするのだ。
ただ、これは映画に限らずになんでもそうだが、いい作品が必ずしもヒットするわけではなく、そして悪い作品が売れないわけでもない。いい映画の条件とは色々あるだろうが、それが興行収入であり、売り上げが全てだとするならば……あくまでその仮定で話をするならば、おそらく山崎貴に勝てる映画監督は日本でも数人しかいないだろう。
だが、それが映画の評価につながるかというと、それは別の話になってくる。
「そうですね……例えば、山崎貴というと大ヒット作で『ALWAYS』があります。これはもう15年ほど前になりますか、大ヒットして昭和ブームが来たくらいの作品で……当時のクラスメイト達も『昭和っていいよね』と語っていたんです」
もう年号が変わろうとしているのに、平成も半ばに生まれた子に昭和の話なんてしてもわかるわけはないだろう、ちょっとだけポカンとした表情を浮かべながらこちらを見ている彼女に、そっと笑いかけた。
「で、この作品も原作者が鎌倉ものがたりと原作者が同じなんですけれど……僕はこの映画を見て激怒しました」
「そんなに酷い映画ですか?」
「もう酷いものでしたよ。
そもそも原作の三丁目の夕日の要素がほとんどなくて、描かれているのが『昭和って良かったなぁ』ってだけなんです。
原作は貧困によって兄弟が養子に出されてバラバラになったり、暴力を振るってくる親父がいたりと、昭和の辛い思い出も描いていたんですけれど、それは全て無くなっていました」
もしかしたら、映画の実写化における原作ファンというのは最大の敵なのかもしれない。
「でも、映画としてはそれで正解なんでしょう。
それで流行して、売れたのならそれでいいでしょう。売り上げがいい以上に、求められることは……そこまで多くないでしょうから」
原作付きの多い山崎貴
「そこで、ちょっと話は変わりますが……クレヨンしんちゃんの大人帝国は見たことがありますか?」
彼女はちょっと恥ずかしそうにしたを向きながら、小さくうなづいた。別にアニメを見ることが恥ずかしいということでもないのに、そういうことを意識してしまうような年頃なのかもしれない。
「大人帝国って2001年公開なんですよね。そして三丁目の夕日は2005年の公開です。だから、僕はこの映画を見たときに『ああ、クレヨンしんちゃんがやりたいんだな』と言うことを感じました。ただし、大人帝国ほどの深さはないノスタルジーの映画です。
そして、それは当たっていたのでしょう。
そのあとにもろにクレヨンしんちゃんの名作である、あっぱれ戦国をリメイクした『BALLAD 名もなき恋のうた』を制作するわけですからね」
「そう考えると、確かに漫画やアニメの原作の作品が多いような……」
「山崎貴監督は単に売れるためにどうすればいいのか? と言うことを必死に考えているわけです。そのための題材を探して、そしてそれを映像にする……そうとしか思えません。
この監督に作家性なんてものは最初からない……というと語弊がありますが、自己実現としての映画性というものはあまり感じません。モノマネが悪いというわけではありませんが、ここまで露骨だと、やはり映画好きには色々と言われてしまうところもありますよね」
そこまで言うと彼女がちょっと俯いてしまったののを目の端で捉えた。しまった、ちょっと言い過ぎかもしれない。もしかしたら、山崎貴の作品のどれかが好きだったのか……? だから映画館に行っても、なんだかんだ言ってこの作品を選んだのかもしれない。
おほん、と一つ咳払いして、なんとかその場をごまかす。
「でも、僕もあまり嫌いにはなれない監督なんですよ。
それこそ、子供の頃にデビュー作の『ジュブナイル』は子供ながらにワクワクしましたし……そりゃ、今見ると色々と思うところもあるかもしれませんし、当時から中盤から後半にかけてちょっと微妙だなぁ、と思ったところもありますけれど、でも愛している1作でもありますね」
山崎貴がやりたいこと
「結局、おじさんは山崎監督が好きなんですか? 嫌いなんですか?」
ちょっと困惑したように眉をとんがらせながら尋ねてくる彼女に、なぜだか少し笑みがこぼれる。好きか嫌いか、その2つで簡単に割り切れるほど簡単なものではないのだけれど、でもそう尋ねてしまう気持ちもわかるので、少し黙っておくことにする。
「そうですね……シンゴジラって見ました?」
急に話が変わったことにキョトンと目を丸くしながらも「テレビでなら」と答える。そういえば、テレビ放送もついこの間やっていたのか。それで初めて見た子供も多いだろう。
「ゴジラ、怖かったでしょう」
「怖くないです!」
急に語気を強めてはっきりとアピールしてくる姿に驚いてしまい、おしるこの缶を落としてしまった。その姿を見て自分がどれだけ動揺しているのか悟ったのだろう、彼女は顔を赤くすると、ぷいとこちらから顔を背けてしまった。
ちょっとその姿に笑みがこぼれるが、あまり責めて機嫌を悪くしても困るので話を続けることにする。
「あのゴジラのCGなどを担当したのは白組という会社なんですけれど……ちなみに、私は日本有数のCGのスタジオだと思っていますが、山崎監督は白組に所属している看板監督なんですよね。
そして山崎監督がやりたいのは、おそらくそのCGがどこまで通用するのか? それが今どのレベルにあるのか? ということの確認なんでしょうね。
つまり、CGの作り方が第一で、いわゆる映画らしさなどは二の次なんです。
もののけのナキやドラえもんはアニメでどこまで表現できるか試したかったし、永遠の0などはどこまで戦闘描写を含めてできるのかを試したかった。これは勝手な私の想像ですが……ヤマト以降、ああいうSF作品を制作していないのは、その世界観を作り出すことに技術的な限界を感じたからじゃないでしょうか?」
そこまで一気に話して、これだけ一気にまくしたてて、嫌な気持ちにさせてしまうだろうか、と思いふと彼女を見やると、この話に興味があるのかこちらをすっと見つめている大きな瞳があった。ちょっと、そうやってじっと見られるとこちらとしても気恥ずかしいものがある。
「結局、褒めているんですか?」
「そんな簡単には言えません。
山崎監督が白組の実力を発揮する場を与えなければ、シンゴジラは生まれなかったかもしれません。少なくとも、そのクオリティは下がっていた可能性もありますし、また違う表現になったでしょう。
監督としては功名や名声、そして作りたい映画を作れる。
白組としては大きな実験場や鍛錬の場をもらえる。
スポンサーは興行で満足する。
ほら、みんな満足しているでしょ? だから彼の仕事は途切れない。そしてそれは……とても大事なことなんじゃないかな? と思っています」
以下ネタバレあり
2 本作がやりたかったこと
すっかり冷えてしまったおしるこの缶を開けて少しだけ飲む。そういえば、半分にして袋に戻しておいた肉まんの存在を思い出し、冷えた肉まんを口に含んだ瞬間に、なぜ自分がおしること肉まんという微妙なチョイスをしてしまったのか? という後悔の念にかられる。
いや、あんまんがあるから合わないことはないだろうが……
彼女はその小さな口で僕の2口もすれば食べ切れてしまうような大きさの肉まんを、小鳥が啄ばむように少しずつ食べていた。
「……なるほど、それでなんとなくわかりました」
彼女の言葉に今度は自分が首をかしげることになる。
「えっと……何がですか?」
「山崎監督が今作で何がやりたかったのか、ということがわかりました」
その言葉に思わず「……はぁ?」と口に出してしまう。
変な目で見られるかなぁ? と思いきや、意外とちょっと嬉しかったような様子を見せるので思わず頭を撫でてやると、露骨に嫌な顔をされてしまった。コロコロとすぐに表情が変わる子だ。
「結局、本作がやりたかったのは『千と千尋の神隠し』なんですよ」
「え? 千と千尋って邦画市場で1番の興行収入を誇る作品ですよ?」
その言葉にスマホで検索した興行収入ランキングを見せてくれる。そこにはおそらく今後更新されることもないであろう、300億円を超える数字が表示されていた。
彼女は続ける。
「千と千尋を実写化する! なんて言ったら非難轟々でしょ? だから、こうやって名前を変えて巧妙に実写化したんだと思います。現に、鋼の錬金術師などは非難轟々ですよね」
「そんなこと……まあ、あるとは思いますが……」
むしろ興行の世界ではそれくらいの工夫は普通だろう。本作はそれを隠す気もないので、いっそ清々しいくらいと言えるかもしれない。
食べ終わってちょっと肉まんの餡がついてしまった指をお手拭きで拭きながら話す。
「今作のスタートは車での会話です。これは千と千尋と全く同じです。ご丁寧にこの2人が新婚であることをセリフ付きで説明してくれています。
そして『入ってはいけない』と言われてところに入っていく……これは禁忌を犯すわけです。そこで今作の敵が描かれた絵巻物を見つけるわけです。これは千と千尋で両親が食事を勝手に食べてしまうという禁忌を描いたことと同じだと思います」
すっかりと食べることを忘れて話すことに夢中になっている彼女に対して、僕はポツリと告げる。
「でも、それだとただの言いがかりでは?」
「それだけではないですよ。
あの屋台の市でたくさんの魔物や妖怪が店を開いていたのは、湯屋の喧騒と千尋が働くシーンを連想させますよね?
なぜ妖怪や魔物がたくさん出てくるのに、鎌倉という現実にある街を選択したのか? と言うと、もちろん原作があるのもありますが、それ以上に世界観を作りやすくて、そして妖怪などがいても違和感のない街にしたかったからなんでしょうね」
中華風の装飾の理由は……
後半のシーンについて
スマホで検索して予告編をじっと見つめている彼女は、あるシーンでこちらにそれを見せてきた。それは、宣伝でも多くつかわれている電車のシーンだった。
「じゃあ、このシーンって……」
「それこそ千と千尋ですよ。
もちろん、黄泉の国に電車で向かうという作品は他にもありますが、ここまで露骨だと他を連想するのが難しいくらいです。
あの黄泉の国はおそらく台湾の九份がモデルになっています。この街は千と千尋で湯屋のモデルになった料理店がある場所ですね」
彼女が見つけた写真は夜のもので分かりづらいところもあったが、この街は山の上にある、本来は小さな田舎町だ。それが千と千尋によって日本人観光客を多く誘致する一大観光地となった。
三途の川という日本的なモチーフが出てきたのに、本作の黄泉の国が中華風な印象を与えるような設計にしたのも鎌倉と分ける狙いもあるが、おそらく台湾がモデルになっていることもあるのだろう。
「……おじさんは行ったこと、あるんでしたっけ?」
「1回だけ。だいぶ前の話ですが、いいところでしたよ」
自分のスマホを取りだして写真を見せてあげようかと思ったが、だいぶ前の携帯に保存していたから画像はなくなってしまっていた。残念、と小さく呟くと、彼女も唇を少しだけとんがらせた。
「その視点で見るとあの天頭鬼が大暴れするシーンはそのままカオナシですよね。なぜあれだけ広い空間があるのに、わざわざ1本のレールをつけて横の動きしか見せていないのか? と言うと、作業的な労力などもあるかもしれませんが、それ以上に千と千尋がそのような演出をしているからですよ」
本作の撮影風景はこんな感じらしいですが、CGシーンの役者の演技などは今後の課題でしょう
正直、棒演技すぎてひどかったです
その視点で見ると……
ふむふむ……とうなづきながら考え込む。
「そうなると、天頭鬼などが豚のようなのは千と千尋の影響もありそうですね……もちろん、東洋的な鬼などの影響もあるのでしょうが……」
本作の敵役での天頭鬼もどことなく豚を連想させる……?
彼女は満足でに大きくうなづいてみせる。心なしか、その小さな体を反らしているようだ
「その視点で見ると本作はあまりうまい作品ではないです。
何よりも、天頭鬼などの動きが激しい割には面白くない。ただのオーバーリアクションで……それこそ、子供むけ番組の動きです。
例えば、私たちが見慣れている洋画の動きを見るともっと色々と動いていたり、普通の会話シーンはそんな大仰じゃなくて、アクション自体は小さめだったりするんですよね。
そして何も大立ち回りなどをするのであれば、見物客を含めてもっとたくさんの人数がいてもいい。
だけれど、予算や技術の都合でできないのでしょう。
あの世界の作り込みも甘くて、やはり世界観の構築には足りていない。
結局はアニメの力が……宮崎駿の力がとてつもなく偉大だったということを確認するだけです。それでも、本作のようなCGは邦画では近年でもかなり上位にくるものかもしれませんが。
結局、本作は『千と千尋の神隠し』をどこまで再現出来るか? という実験だったのではないでしょうか? もちろん、全編あの世界にするわけにはいかないから、適当に前半はお茶を濁して、後半に力を入れているのでしょう」
僕は彼女の話を聞きながらも、飲み干したおしるこの空き缶をゴミ箱へと放り投げると、縁に当たってそのまま外に弾き出されてしまった。仕方なくよっこらしょ、と重い腰を上げてゴミ箱の中に捨てると、彼女も立ち上がっていた。
そのまま何も言わずに僕たちは歩き出した。
「中盤などは特に退屈してしまったところもありましたね……」
「私は読んでいませんが……ネットの評判を見るに、原作の要素をそのまま入れているだけで、確かに軽く伏線などを貼ったりしていますが、直接的な物語の筋には関係ありませんから。
貧乏神のくだりはまだいいとしても、カエル男のくだりなどはラストの物語にくっついてこない。
むしろ、その本流の物語が始まるのが遅すぎるから、単なる日常劇を見せられているだけなんです。
それじゃ、さすがに退屈します。
本作は悪い作品ではないですけれど、でも映画としての構成などが下手と言わざるをえない。
これで2時間きっていたら、少しはダレなかったのかもしれませんが……」
最後に
彼女の何をこの作品を刺激したのかはわからないが、自説を語り尽くした後、満足気に大きく二、三度うなづくとこちらに笑顔を見せた。
しかし、僕はそれでも本作が良かったのか悪かったのか? 問われると、それなりに良かったとも思う。
確かに邦画っぽさは全開であったが、それを画面の違和感をいかにカバーするのか? という挑戦は図られていたし、物足りなさはあるけれど、ファンタジーであれば背景からの世界観の構築はそこそこそできるようになっていただろう。
さて、ちょっとブラブラとして帰るとちょうど夕方くらいかな、というタイミングで彼女のスマホが鳴った。
「もうそろそろ2人とも家に帰ってくるそうです」
そうですか、と僕は言葉を返す。これで今日の仕事はおしまい、あとはこの子を連れて帰って家でゆっくりとテレビでも見ながら寝落ちするだけだ、と考えていたところで、そっと袖を引っ張られる。頭どころか肩よりも下からの目線でこちらをじっと、キラキラした大きな瞳をこちらに向ける。
「鎌倉ものがたりのテーマって、なんですかね?」
テーマ……テーマかぁ。多分、1番大きいのは先ほどの映像のことなのだおろうが、多分彼女が望んでいるのはそういうことではない。お決まりの分かりやすい、やっすい脚本ではあったが、やはりそれは……
「……愛ってことになるんですかね?」
「おじさんは、親に会ってみたいと思いますか」
親、か。亡くなってしまった両親に会えるとしたら会いたいか、と問われたら……
少し考え込んで、立ち止まる。その横をジョギング中の女性や、犬を連れたおっさんが通り過ぎていった。この中にも、もしかしたら妖怪や魔物が住んでいた……なんて考えたら、ちょっとおかしくなってきた。
僕は口元に笑みを浮かべながら答える。
「会いたくないですね。もう会えないから思い出したり、悲しくなったりするものです。また会えるとなると、今度はありがたみも何も無くなってしまいます。何より……大人になっても怒られるのは嫌です」
そう告げるとクスリ、と表情を緩ませた。そのまま手をちょっと解けかけていたマフラーを結び直して、手袋をしっかりとつけさせて防寒対策をしてやる。今日はさすがにズボンを履いているが、これが後数年もすると真冬でも生足のスカートで歩くようになると思うと、こちらが風を引きそうである。
隣で楽しそうに歩く姿は、まるでこの世の全てのことが彼女に幸せをもたらしてくれることを疑っていないような気がしてくる。そして、そんな子供はきっと幸せというのだろう。
これからもう少し成長したら、母親にちょっと悪態をつくのだろう。もしかしたら小言では収まらずに、父親に怒鳴られることもあるかもしれない。
まあ、何でもかんでも反抗したいし、大人ぶりたい年頃だ。
僕はそれでいいと思う。
そして親が亡くなった後に、後悔することになるのだ。
少なくとも、僕がそうだったから。
でも、それでも良かった。いなくなって初めてわかることもあるし、それを先に知るのはとても難しいことだ。
だから、せめて親を泣かせなければ、それでいい。
じっと隣を歩く彼女を見つめていると、訝しげな視線で「なんですか?」とトゲのある口調で言われてしまう。
前言撤回、少しくらいは年長者のありがたみを学んだ方がいいかもしれない。