亀爺(以下亀)
「それでは、今日も映画の感想記事を始めるかの」
ブログ主(以下主)
「……なんか、最近さ、見たい映画がどんどん増えてくることに戸惑いすら覚えるんだよね」
亀「確かに、物語評論ブログであったはずなのに、いつの間にか映画感想ブログになっておるの」
主「小説や漫画の感想も書きたいけれど、映画の感想もたまっていてさ……もういっそのこと、こっちを仕事にしたい気分だよ」
亀「『俺は音楽で食べていくんだ!』と何も変わらない願いじゃがな」
主「あ〜あ……一生物語だけを観て暮らしていきたい。本を読んで、映画を見て、漫画を読んで暮らしていきたいヨォ!」
亀「……自堕落なニートと同じことを語っておるな。
くだらんことは置いといて、この映画の感想記事を始めるぞ!」
あらすじ
1918年。第一次世界大戦が集結した間もないフランスへ、ヴェルサイユ条約締結のためにアメリカの政府高官の一家が古いお屋敷へと引っ越しきた。
女の子と見間違われるほど美しい息子(トム・スウィート)と、教育熱心で信心深い妻(ベレニス・ベジョ)も共にアメリカからフランスへと渡ってきた。フランス語の勉強をしなければいけないと、家庭教師もついて勉強をしているが、息子は癇癪を起こし、人に石を投げたり部屋に閉じこもったりと奇行を繰り返す。
そしてある夜、大きな事件が起こるのであった……
1 ネタバレなしの感想
亀「まずはネタバレなしで感想を書いていくが……この映画を『面白いからオススメ!』と評することはできないの」
主「難しい映画だよね。話の展開は重いし、そこまで劇的に何かが起こるわけでもないし、しかもよくわからない描写が多いし……
だけど『退屈』ではあっても『興味深い』映画だと思うよ」
亀「印象としては……今年見た中では『マジカル・ガール』に近いかの?」
主「会話や脚本はそこまで説明的ではないんだよ。だから、人によって意見が分かれるだろうし、よくわからない映画と称されるかもしれない。だけど、その分、演出はしっかりしているなぁ……と感心したんだよね。
この映画は語る隙がものすごく大きい。意図的に行間を広く、多くしている部分がある。そこを『意味がわからない』と受け取るか『あれはこうなんじゃないか? この意図は……』と考えるか、それによって評価は変わるんじゃない?」
亀「その意味では主のような考察好きにはもってこいの映画じゃの」
主「でも、見終わった直後は疑問符の連続だったよ。多分、一ヶ月くらいして『もしかしてあれは……?』と色々と理解するタイプの映画かもね。
その意味では、この記事も後々大きく改定するかも」
公式サイトは必見
亀「この映画を読み解くならば、公式サイトは見ておいたほうがいいの」
主「さすがに意味がわからなさすぎて、公式サイトを覗いたらさ、監督のインタビューとかもちゃんと載っていたんだよね。そこで多くのことが語られていた。
監督が語るように『一見無造作に散りばめれらたようでありながら、まるでパスルのように観客の中で組み立てられる映画であり、結果として映画の世界に没入できるような映画を目指した』という映画の試みは成功していると思う」
亀「見る人によって受け止め方が全然ちがう作品ということじゃな」
主「だから観客の感性や、想像力などに強く頼った映画なんだよね。
『心理ミステリー』という煽りで宣伝しているけれど、これは必ずしも正解ではないと思う。むしろ、ミステリーとしては……一般に広く連想するミステリーではない」
亀「そもそも問題がないからの」
主「そう。問題が出てこないミステリーというのもなかにはあるけれど、それを一般受けさせるのは難しいよね。答えもない。だから『ミステリー』という言葉は、自分は不適切なんじゃないかな? という思いもある。サスペンスとかのほうがまだ近いかな?」
亀「広義の意味でのミステリーには該当するじゃろうがな」
この映画の『独裁者』って誰?
亀「この映画をわかりづらくしておるのは、ここもあるかもしれんの」
主「どうやらムッソリーニも参考にしているようだけど、当然のように1918年ではもう立派な大人だから、ムッソリーニではない。
ではこの独裁者には明確なモデルはいるのかというと……まあ、いないよね」
亀「つまり、この映画は『実際の独裁者の幼年時代を描いた伝記ドラマ』ではなく『多くの独裁者の幼年時代をまとめた、架空の独裁者のお話』ということになるの」
主「だから、この映画の中の独裁者のモデルが誰かってことを探しちゃうと見えづらくなってくる。この作品の主題って、そこじゃないから。
多くの独裁者の中にある、共通の人間性を描き出すことに終始している。監督デビュー作らしいけれど、かなり実験的で野心的だなぁ。
結構好きだよ、この実験は。それに、大ヒットは間違いなくしないけれど、監督のやりたいことは多くできていると思うし」
以下ネタバレあり
2 ネタバレありで考察
序盤について
亀「では、ここからはネタバレありで考察していくが、この作品は考察のしがいがある作品じゃの」
主「色々な隠されたメッセージを演出でやっているからね。極めて映画的とも言えるよ」
亀「ではまず序盤じゃが……ここは面白いスタートじゃったの」
主「最初にクリスマスに演じる子供劇の練習から始まるわけだけど、そこに映る主人公の少年は真っ白い服を着た、天使なんだよね。顔立ちも可愛らしくてさ、とても後々独裁者になるようには見えない」
亀「ここでは『最初から悪の道に染まるような人間ではない』ということをここで示唆しているわけじゃの。そしてカメラアングルなども非常に面白かった」
主「最初は彼を『窓越し』に撮っているだよね。我々観客は彼を外から、客観的に見るようなアングルだ。他人の家を覗くような……とでもいうのかな? このカメラアングルの演出はこの作品において、すごく効いていると思うよ」
亀「そのあとの父親と仲間の話も『ドア越し』に見ているような絵面じゃったの。カメラでしっかりと映すというよりは『覗き見ている』ということに近いかもしれん」
主「思わず見ちゃった! に近いよね。うまいなぁ……と思った」
白から黒への変貌
亀「そして教会に石を投げるわけじゃが、ここからの謝罪なども面白かったの」
主「この子供って、母親が……言葉が悪いけれど『毒婦』なんだよね。本人は息子の教育のつもりだし、躾のためだと思っているけれど、子供には強烈なトラウマを残すようなことばかりしている。
この子の気持ちがなんとなくわかってさ……これじゃ、きついよなぁ……なんて思いながら、映画を見ていたよ」
亀「彼を取り巻く周囲も含めて冒頭のセリフである『無数の人が自己を裏切った』時代であり、人々であるということじゃな」
主「この子は歪むべくして歪まされた子供なんだよ。
その象徴があの謝罪の時の黒い服でさ。もちろん、色々と……正装だとかあるんだろうけれど、黒く染まっていく様子を描いているわけだ。
さらにはクリスマスでずっと『おめでとう』とか『よきクリスマスを!』と挨拶を交わす中で『ごめんなさい、ごめんなさい』でしょ? これはきついって! 大人だったらパワハラだよ!」
子供の選択肢
亀「結局のところ、洋の東西を問わずどの国も子供を取り巻く状況は同じということかもしれんの」
主「思ってみればさ、子供って残酷な環境に置かれているよね。
親や家族も選べないし、その躾の意味もよくわからないこともある。嫌いな食べ物も食べなさい! と言われるけれど、大人はどうなのよ? 自分達は嫌いな食べ物を出さない、食べないというのが許されるけれど、子供は許されない。
そして躾の一言で体罰だったり、過酷な環境に置かれることも普通にありうるわけだ。そこから逃げる選択肢というものも、最初から与えられていない」
亀「そう考えると『躾』の一言で暴力であったり、人権に抵触するようなことを簡単にしている大人もいるだろうけれど、それが如何に危ないことか、ということがわかるの」
主「異常犯罪者の子供時代も調べてみると厳格な家庭で躾や性に関して厳しかったりするんだよね。そういった教育という『歪み』が、非道な人間などを生み出していく、ということを描いているよ」
3 家族の影響
亀「実はこの独裁者像というのは、親の躾を正しく守っているのじゃな」
主「そうなんだよね。父親の厳しい体罰も『言うことを聞かなかったら力ずくで』ということを教えているし、母親の『言うことを聞かない部下(家政婦)は追放』ということも、ここで学んでいる。
だからこの後の独裁政権や、彼の人格形成に大きな影響を与えたんじゃないかな?」
亀「その両親の影響というと……おそらく、ふたり共不倫をしておるしの」
主「決定的な描写はないけれど、開始直後の描写で母親と父親の親友が怪しい雰囲気を醸し出していたし、途中の……父親からの誘いを断ったのも『夫婦間に愛がない』ということによるものだろうしね」
不倫と厳格化
亀「あとは、あの家庭教師の描写も良かったの」
主「すっごくエロティックだったよね! これは今年一番エロいと思わされたかも……
少年期における、あのような美しい先生が見せる、意図しないエロティックって、結構少年の人格形成に影響を与えると思う。どういう描き方をしているか、というのは映画を直接見てもらうとして……」
亀「しかし、あの先生と父親もできておるしの。初恋の年上のお姉さんが、お父さんと不倫関係にあった……しかも、本来は信仰心の篤い家庭での出来事じゃからな。
あの子供を歪めるには、十分すぎるかもしれんの」
主「彼の中では色々なせめぎ合いが起きているんだよ。初恋のお姉さんに会いたいという気持ちもあれば、もう辛いから会いたくないという気持ちもある。
さらに母親への反発などもそういった……思春期特有の反抗期でもあって倫理的な善悪、宗教的な善悪、両親の教え、そして自分の気持ちがグチャグチャになって、あのような行動に走るんだと思うよ」
亀「そしてそれを理解し、唯一味方であった老メイドも言いつけを破ったということでクビになるわけじゃな」
主「これも可哀想だよね……これで彼に味方はいなくなったわけだ。
そりゃ『神はいない! 祈りは嘘だ!』と叫びたくなるよ」
亀「あの子どもは部屋に引きこもって、勉強をする傍らで祈りもしておったのかもしれんの。
それが叶わぬと理解した時……善悪の判断が歪められて『私生児』となったわけじゃな」
主「終わらない虐待みたいなものだもんね……
あの衝撃の展開の後、倒れこんだのはさ、やっぱりあの子供がある意味において『死』を迎えたからだと思うよ」
4 階段の演出
亀「演出面でいうと、ここも光ったの」
主「この作品のカメラワークってすごく独特で面白いけれど、一つはこの階段の演出だよね。
一度しか見ていないから間違えていたらごめんなさい、だけど……この映画で階段を『昇る』描写はたくさんあっても、階段を『降る』描写というか、登場人物と一緒に動くということは、最後しかなかったように記憶している。
これはさ、おそらく……人生を降る、人として降った後という意味もあるんじゃないかな? そう言った視覚効果を狙ったというか」
亀「それもあるかもしれんの。
この映画は画面の端から端まで『作為的』であり意味ありげに見えるから、その断片を観客が組み上げることを強要されておる。
それが好きな人にはたまらん映画じゃの」
主「2章に入った直後の蛇が映った場面とかさ……意味ありげだよね。キリスト教でいう蛇って特別な意味を持っているし。
じゃあ、その蛇に該当するのが誰なの? と言われたら、これも色々と意見が割れるだろうし」
最後の演出
亀「唐突な感もあるラストじゃったの」
主「最後は本当に実験的だなぁ……って。説明することもなく、パズルをバラバラ放り投げて終わった印象もある。
だけど、考える余地はあるんじゃないかな?」
亀「あのラストは……やはり革命を示唆しておるわけかの」
主「多分そうだよね。揉みくちゃにされた観衆映すカメラだけど、あの状況だと実行犯がいるとどうしようもないし……
だから独裁者のラストまでしっかりと描ききった映画といえるんじゃないかな? あのまま幸せになれないよ、というさ」
追記 ラストについて訂正があります。
亀「いやー……まさかの事実が浮かび上がってきたの」
主「まずはこちらのYAHOOレビューを紹介します」
亀「つまり、あの大人になった独裁者の役者は父親の親友であり、ロバート・バティンソン演じるチャールズだったわけじゃな。
つまり、この子供は不貞の子であったということじゃ」
主「いやー……完全に見落としだったわ。言い訳をさせてもらうと、人の顔と名前を覚えるのが苦手でさ……特に外国人ってみんな同じように見えちゃうから、よく混同しちゃうんだよね。それが悪い形で作用しちゃったなぁ……」
亀「それによって、この映画の意味も大きく変わってくるの。『ミステリーの答えがない』というのも、気がつかんかっただけじゃ!」
主「……まあさ、一応母親とチャールズの関係がおかしいってことを言っておいたから、一応セーフってことで……
でもそれを考えると、この子の置かれた状況は本当に辛いよね。神を信じる家族から生まれた子供が、実は神を裏切った子供だった。彼自身は、その真っ白な登場シーンに代表されるように天使のような子供だったのに、生まれた時から不貞の子という『罪』を負わされたわけだ。
それで歪むな、まっすぐに育てというのは……無理だろうね。
そう考えると『シークレット・オブ・モンスター』という邦題のタイトルも、この映画にピッタリだと思う。秘密の化け物、秘密ゆえに生まれたしまった存在なわけだからね」
亀「大した監督じゃの。これだけの映画を、まだ30前後で作り上げるとは……末恐ろしい存在よ」
主「これは要注目の監督が誕生したんじゃないかな? 売れるとは思わないけれど、いい作品だね」
最後に
亀「いや……難しい映画じゃの」
主「映画館の中でいびきもあったからね……仕方ないと思うよ。見る人は間違いなく選ぶし、予告とかの印象と若干ズレるし。日本人向けでもない。
まあ、この映画をどのように宣伝するかということを考えると、ああいう形になるのは仕方ないかな?」
亀「じゃが、ラスト付近は身を乗り出して見てしまったわい」
主「やっぱり情報量が多いから、しっかりと見ているうちに、知らず知らずのうちに引き込まれたんだよ。
だから監督が語る通り、いつの間にかハマっているタイプの映画だと思う。人によって合う、合わないはあるけれど……いかにもヨーロッパ映画というような作品が好きであれば、オススメじゃない?」
亀「パズルを自分で組み合わせる面白みじゃの」
主「自分にとっては物語表現ってそれぐらいがちょうどいいんだけどね……人によって意味が変わるっていうのが、物語の面白みだし。教訓なんてみんな違って当たり前なんだからさ」
亀「まあ、この映画は分かりづらすぎるかもしれんがの」