亀爺(以下亀)
「今年ももうそろそろ終わっていくのぉ……」
ブログ主(以下主)
「あと半月ほどで2016年もおしまいだなぁ」
亀「こう寒くなってくると、雪なども心配になってくるの」
主「……そういえば、亀って冬眠するんじゃなかったっけ?」
亀「今時の亀は暖かい場所でぬくぬくとしておるんじゃよ」
主「……結構な年寄りだから冬眠するとそのままってこともありうるか」
亀「縁起でもないことを! わしはこの映画の鐵造のように、もっともっと長生きするんじゃ! そして大きなことを成し遂げるんじゃ!」
主「……亀が何を成し遂げるのか、興味はあるけれど、さっさと感想記事を始めますか」
あらすじ
1945年日本が敗戦を迎える中、石油会社・国岡商店の店主、国岡鐵造(岡田准一)は、海外の大手石油メーカーに国内メーカーが飲み込まれる中、復興の重要エネルギーである石油を扱う、日本で独立した石油会社を維持しようと邁進する。
その姿に従業員をはじめ多くの人も心を動かされていくが、やがてその求心力と破天荒な経営手腕に危機感を抱いた国内石油メーカーや、欧米の大手メーカーの手により次々と圧力を加えられていく……
現在に続く出光石油を立ち上げた出光左三をモデルとした、百田尚樹原作作品の映画化。
1 ネタバレなしの感想
亀「それではネタバレなしの感想と行くが……なんというか、無難な作品に仕上がっておったの」
主「悪い作品じゃないし、多分、誰が見ても楽しめると思う。もちろん、結構思想色の強い原作者だからそのフィルターだったり、時代が時代ということもあって受け入れにくいとかはあるかもしれないけれど……
こういった大作エンタメとしては、高評価をつけることができる作品じゃない?」
亀「……少し含みがあるの」
主「う〜ん……もちろん、こういった大作だと、誰でも楽しめるって重要な条件だと思うんだよね。この程度ならそのための説明台詞だったり、わかりやすくてドラマ性のあるストーリー展開というのもまあいいや。
しかも『日本人を元気づける』というテーマ性自体も届きやすいし、さらにいえばビジネスマンから見たらお手本になることも多いと思う。
色々と言われることも多い百田尚樹だけど……原作は読んでいないけれど、この映画を見る限りにおいては見事な出来としか言いようがないよ。なんというか、大衆受けする要素をたくさんつぎ込んで、うまい作りになっている」
亀「思想や作者の人間性と作品の良し悪しは別、というのがこのブログの基本方針じゃからな」
主「その意味もあって、多分酷評する人は少ないんじゃなかな? 話の矛盾点も目につかなかったし、悪い映画ではない。
だけど……これは山崎貴の特徴かもしれないけれど、飛び抜けた個性とか、褒めるポイントもまたないんだよね。 VFXのクオリティがすごい! などはあるけれど……」
山崎貴監督について
亀「では、ここで山崎貴監督について少し語ってみようかの」
主「『永遠の0』とか『ALWAYS 三丁目の夕日』など見てもわかる通り大ヒット作連発だし、当てることに関してこの人は個人的に評価の高い監督でもあるんだよね。
CGとかVFXなどの技術を扱わせたら日本でも随一。おそらく樋口真嗣か山崎貴がトップになると思う。それだけの特徴的な絵作りができるし、ある意味では……ハリウッドと戦える数少ない人材のひとりかもしれないな」
亀「これだけの大作を次々と任せられて、大コケしないというのは凄いことじゃな。ヤマトはあれじゃったが、この作品は誰がやっても失敗するじゃろうし」
主「ヒットを量産できる才能は本当に素晴らしい。しかも賞レースもきちんと獲得して、それなりのクオリティに収められているし、こんな監督は他にいないんじゃないかな?
この才能は稀有だよ。
だけど……その一方で作品に『顔が見えてこない』んだよね」
亀「どれも同じように見えるの」
主「個人的に山崎作品で一番好きなのはデビュー作の『ジュブナイル』なんだよね。子供向け特撮作品だったし、当時の思い出補正もあることは間違いないよ。香取慎吾や鈴木杏という、あの時代の人気者も多く出ていたし、山下達郎のEDも良かったし。
ジュブナイルが一番……山崎貴の顔というか、やりたいことが見えた気がする。それ以降はなんというか……ジュブナイルの焼き直しに思えてくるんだよね。いや、正統進化かもしれないけれどさ。一貫しているといえばそうだけど」
亀「漫画や小説などの原作付きばかりを担当しておるのも、少なからずあるのじゃろうな」
主「穿った見方だけど『ALWAYS 三丁目の夕日』は原作よりも『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』要素の方が強いと思うし『BALLAD 名もなき恋のうた』はそのまま『映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』であって……
結局のところ、山崎貴のオリジナリティってなんだろう? って疑問に思うんだよ。
多分、技術的なことにはすごく関心があるけれど、物語として表現したいものはあまりない監督なんじゃないかな?」
亀「それは大作映画監督としては美点じゃろう。余計なエッセンスを入れず、原作の持ち味をそのまま取り入れて映像化し、映画として誰でも楽しめるものにするというのは、決して非難されることではない」
主「そうなんだよね……だからこそ、叩きようがないんだけど……戸惑いもある。
その意味ではこれまでの山崎貴作品を見ていれば、完全にいつも通りの山崎作品であり、新境地も何もないのかな。よくも悪くも一貫しているよ」
キャストについて
亀「今作では取り立てて問題視するキャストもおらんかったの。
主演の岡田准一も……まあ、いろいろと言いたいことはあるが、これは本人が悪いわけではないからの」
主「若い時の演技は問題ないけれど、特殊メイクをしているとはいえどうしても60歳には見えないよね。精力バツグンのバリバリやるキャラクターとはいえ、当時の60歳ってもういい歳じゃない? 今でも引退していてもおかしくないのに、あれだけの体を維持していることはね……
あと、他のキャストが年相応の場面もあるから、比べると『若社長』感が出てしまうのもなぁ」
亀「ただ、岡田准一の演技自体は良かったの。バリバリと無茶苦茶やる男、というのがよく出ておったし、あの時代の成功者特有の……強引さやそれに伴うカリスマ性などがあったわ」
主「岡田准一もうまい俳優だよね。ジャニーズだとトップクラスだと思うし、山崎貴監督と同じでなんでもできちゃう役者だと思う。
その意味でも外れる要素がないんだよなぁ、今作は。どんな撮り方をしても、ある程度のものはできるような配役だったり、演出やスタッフになっているし」
亀「他の役者も問題なしじゃの。吉岡秀隆などもいつもの気弱そうながら、芯はある演技じゃったし……」
主「ベテラン陣もいい味を出していたしね。
強いて苦言を呈するのは綾瀬はるかくらいだけど、これは役が悪かった。ほとんど喋る場面もないし、むしろこの配役が必要なのか? カットして時間を短くした方がいいんじゃないか? と思うような役だったし」
以下ネタバレあり
2 公開時期について
亀「ではここからネタバレありの感想になるが……なんというか、公開時期が悪かったの」
主「今年はどうしてもCGのすごい映画だと『シン・ゴジラ』と比べるし、戦時中の描写だとアニメだけど『この世界の片隅に』があるわけでさ。
もちろん、やりたいこともやることも違うけれど……どうしてもそこと比べてしまう部分があるんだよね」
亀「スタートのCGを使った戦争描写というのも悪くはなかったと思うがの、どうしても戦争の恐ろしさという点で『この世界の片隅に』には劣ってしまう。
そして燃え盛る街をじっと見つめるシーンでは、まるでゴジラに燃やし尽くされたような街になっておったからの。恐怖の演出としてはわかるのじゃが……なんというか『作り物感』が出てしまったの」
主「技術としてのVFXとかは確かに凄いけれど、それを画面に落とし込んだ場合において役者の演技などと比較して、どうにも画面の中で VFXが浮くんだよね。これは原因はわからないけれど……もしかしたら観客の側が『VFXだ』いう思いがあるから余計にそう思うのかもしれないけれど、どうにもノッテいけないんだよね」
亀「ハリウッドだとここがうまく調和できておるんじゃがな」
主「もしかしたら……空想感というか、物語らしさが足りないのかもね。リアルに寄りすぎているというか。
もっと物々しくすると逆にCGが浮かないのかも。ゴジラの場合はゴジラという圧倒的な虚構があったから炎上する街が浮かないように、CG自体がある程度の虚構性がある表現なのかもね。
他にも少し画面がくすんでいたけれど、船を撮るシーンとかだと画面が明るくなって調和が乱れてしまったことも気になったかな。技術的な部分があるかもしれないけれど。
あとは『日本がんばれ!』がゴジラを見た後だと……どうしても軽く見えたかな?」
『匂い』がしない映像
亀「匂い? それは映画だから匂いはしないと思うが……」
主「別にこれはこの映画だけの問題じゃなくて、多くの邦画がそうなっているから仕方ない部分でもあるけれど……戦争直後の話なのに、異様に綺麗すぎるんだよ。それは町も、行き交う人もさ。
本来だったらいてもいい人物……例えば腕などのない帰還兵だったり、物乞いだったり、ボロの服を纏って歩き回ったりとか、汚れた犬や猫とか……そういうものが全くいないんだよ」
亀「最近の日本映画はそういう『汚い部分』は省くからの。江戸時代の浪人や落ち武者であっても、土汚れのない服を着ておる場合も多いしの」
主「登場人物の多くが綺麗な服を着て、まるで新品みたいなんだよね。それは道行く夫人の着物もそうだけど、いかにも撮影のために揃えました、という格好で。
そして復員してくる兵隊達も、確かに小汚くはあるけれど……どうにも着た切り雀の薄汚さではない。
だから、戦後すぐという激動の時代にもかかわらず、その時代の匂いが全く感じらなれないんだよね。これはVFXで硬質的に、一面的に作っている影響だと思う」
亀「だからこそ役者や物語においてリアルに作れば作るほどに、そのリアリティが浮いてしまうわけじゃな」
主「技術をリアルに使うのはいいけれど、やっぱりこれだけ技術が進んでもまだまだ、本当のリアルを感じるには少し遠いのかな? って印象。
黒澤明なんてすごいもんね。『天国と地獄』の薬漬けのヤク中がたくさんいる場面とか、こちらまで匂いが伝わってきそうだし」
タンクのシーン
亀「説得力の差かもしれんの。
一方あのタンクをさらうシーンというのは、身体中を油まみれにして良かったのではないか?」
主「当時の作業環境にドン引きしていた部分もあるけれどね……油がたくさん入ったタンクに、体一つで飛び込んでいくなんて、現代では絶対に考えられないよ。もう、その様子を見ているだけで鳥肌が立ってきた。
本当はあの作業をしていると、もっともっと体が汚れると思うけれど、それは映画的にある程度のところで抑えていたね。
個人的にはあそこが感動のマックスだったかな?」
3 脚本について
亀「では、ここからは脚本について語るとするかの」
主「基本的には王道の作りだよ。
石油会社として小さな存在が、国内の石油団体、海外の大きな会社などと戦って利益などを勝ち取っていくという話。成功譚の一番基本的な流れじゃないかな?」
亀「日本人は強者に立ち向かっていく弱者、という構図に非常に弱いからの」
主「この構図だと誰もが弱者を応援したくなるし、ある程度無茶苦茶やっても『弱者の工夫』で処理されることだろうからね。
その意味でもやっぱり売れるだけの、優れた構造はしていると思う。ただの右寄りのおじさんじゃないよ」
亀「しかし、説明台詞なども多かったの」
主「というか、この話って『機転を利かせて乗り越える』の部分もあるけれど、運の要素も相当に強くてさ……ある種の予定調和間がある。
ご都合主義というほどではないけれど、まあそうなるんだろうね、ということの連続とでもいうのかな? 誰にでもわかりやすい話にするために、仕方ない部分でもあるだろうけれど」
亀「例えば国内からの圧力に勝つためにGHQのお偉いさんを動かす、というのは機転を利かせた方法じゃが、その交渉をした元GHQの通訳が入社してきたのは運じゃな。
もちろん、それを国岡のカリスマ性という言葉で片付けることもできるじゃろうが……」
主「ある程度のカリスマ性は感じるけれど、それが都合のいいように働いているとしか思えない描写も多々あったかな。
GHQが肩入れする理由が、国岡も一緒になって横浜のタンクもさらっていたからだ、というけれどさ……都合がいいなぁ、とは思ったよ」
音楽と演出で感動させる
亀「それも何かも、演出力があるからかもしれんの。だから脚本の粗が見えにくかったというかの」
主「多くの観客が誤魔化されるポイントでもあると思う。あれだけ感動的なシーンがあって、それを音楽と演出でわざとらしくカバーしているからさ、それが……うまくできている。
そこが過剰演出で冷める、というのもわかるけれど、この映画は一貫してその辺りの演出などはしっかりしていると思った。リアリティと外連というか、エンタメとしての脚色のバランスが絶妙だな、と。
あと少しでもリアリティに寄れば多分バランスが崩れるんだよ。だけど、そこがこれだけ過剰に演出されることによって、かろうじてエンタメ寄りになっている。
ここに関してはもう少しこれから語っていこうかな」
4 リアリティバランスと時代
亀「まず、この作品はリアリティがあるかというと……難しい話じゃの。あるような気もするし、しかしご都合だったり演出だったり、人間描写などは如何にも『映画的、物語的』という印象も受けたの」
主「これは持論だけど……時代劇って、もうファンタジーだと思うのね。
もちろん、現実には存在したお話だし、現実にその時代もあった。だけど、一般的に生活している我々現代人は、その時代に触れることは基本的にもうないわけだ。
だから、観客はメディアとか、過去の時代劇作品で培ったイメージを基にして構築していくしかない。池波正太郎がよく語っていたけれど、たぶん昭和の後期にはもう『江戸情緒』とか『江戸時代の空気感』って無くなっていたんだよ」
亀「まあ、そうかもしれんの。それが今作とどうつながるのじゃ?」
主「おそらく、現代人において……少なくともあの時代の後に生まれた、昭和後期から平成に生まれた人にとっては、戦後直後というのはもうすでにリアリティのない時代になっていると思う。
戦後直後の雰囲気を感じることって、普段はないじゃない? その時代から残っている建物などもほとんど取り壊されているし、高度経済成長など一気に成長したこともあって、戦後直後を伝える建物や経験というのは、もうすでに一般人の生活の中にないわけだ。
そうなると……戦後直後というのは、すでに『ファンタジー』ないしは『虚構的世界観』になっているのかもしれないなぁって思うわけよ」
亀「……ほぉ。とりあえず話を聞くかの」
山崎貴が表現してきたもの
主「そう考えるとさ、山崎貴が表現してきたのって、いつも『リアルと空想の間』だと思うわけ。
例えば『3丁目の夕日』とかは昭和30年代という、現代ではすでに薄れてしまった時代で、でも確かにあった、記憶のどこかでなんとなく感じることができる時代なんだよね。
それで『寄生獣』にしろ『ジュブナイル』にしろ……アニメはちょっと除くけれど、山崎貴が製作してきた作品に多く共通しているのは『リアルな世界での虚構』か、もしくは『虚構的世界でのリアル』を描いてきた。
ヤマトが失敗した理由って『虚構的世界の虚構』を描くという挑戦をしたことにあるんじゃないのか? というのがこの理論の根幹なわけ。
理解できるかな?」
亀「……ほう。なるほどの。
つまり昭和の戦中戦後直後から、大体高度経済成長ぐらいまでは、実は現代人にとってはリアリティを感じない時代なのではないか?
しかし、リアリティは感じないけれど、遠く離れすぎていないからこそ感じる懐かしさのようなものがある。それを背景から作り込むことでうまくキャッチしている監督、ということじゃな」
主「『虚構的リアル』とでもいうのかな……だからさ、この昭和20年代から30年代という時代を山崎貴がVFXを使って描くことによって、ある種の虚構性とリアリティを絶妙なバランスで作り出すことができていると思う。
たぶんこの作品を、それっぽい場所を見つけてほとんど実写で撮影しても、多分うまくいかない。画面のあちらこちらに現代間が出てきちゃから、それが違和感として残る。
だけど、山崎貴は 技術を駆使することによって、舞台と演技と演出のバランスを整えることができるわけ。だからこれだけの絶妙なバランスになるって、打率も高くなるんじゃないかな?
やっていることは『ハリー・ポッター』などと似ているのかも。ただ、その方向性と規模が違うだけで。
まあ、素人考察だけどね」
5 国岡鐵造について
亀「それではここで国岡鐵造という男について語っていくとするが……まあ、あの時代に成功するというのはああいう男でないとダメなのかもしれんの」
主「個人的には苦手なタイプだよ。できれば関わり合いになりたくないし、絶対に近づきたくない。こんな上司、絶対に嫌。
現代の価値観で語るからさ、無茶苦茶だし、給料は安いし……そりゃ魅力はあるのはわけるけれど、ああいう怒りが基本というか怒鳴って行動するタイプは大の苦手」
亀「じゃが、あの時代ではああいう男の方が成功するんじゃろうな」
主「そりゃそうだろうね。
あれだけ無茶苦茶な時代に、無茶苦茶なことをされていたんだから。終戦直後から10年くらいって、今調べるとトンデモナイ時代だなって思うよ。大好きな無頼派(太宰治、坂口安吾、織田作之助などを中心とする一派)のような作家たちもあの時代だから人気作家なわけで、現代ならTwitterとかで叩かれると思う。
国岡も同じじゃない? 現代で同じことをやったら、ブラック会社大賞にノミネートされている気がするよ」
亀「あの『1週間でできます』とか上だけで決めて、実際に赴任する下のことを一切考えない迅速な対応などは、話に聞く電通のやり口のようじゃの」
主「でも、あの時代だからね。それぐらいやらないと弱小が生き残れないし、それだけ揉めて大きくなった会社だから。
あれじゃ海賊と呼ばれるだろうし、和を持って尊しとなす日本人には異端だけど、異端だからこそ成長する部分でもあるだろうね」
国岡鐵造から学ぶこと
亀「ではここで、まるで自己啓発書のようであるがこの作品から学ぶことがあるとすればそれはなんじゃろうな?」
主「事は迅速に運べ、他の人がやらないことをやれってことじゃないの?
それはその通りだよ。他の人がやったことの後を追いかけているだけだと、他の人の利益を追従するだけだし。イランとの取引をしないと会社が潰れるわけだしね。
でもそのやり口が強引すぎるからこそ、ここまでヤバイ自体になったというのもあると思うけれどね」
亀「誰もやらんからこそ、道が開けるというのは孫正義やホリエモンなどもそうかもしれんの」
主「結局のところ、自分で自分の人生を歩んだ人間が一番強いってことかね?」
最後に
亀「では最後になるがの。今作は大作としては正解という作品になったの」
主「見に行く価値はあると思うよ、誰にでも受けやすいだろうし。ただ、表現としての新境地を見たいとか、深いことを学びたいという人には全く向いてないかもね」
亀「大作映画としてのうまさ、ある意味では『ファンタスティック・ビースト』と並ぶかもしれんな」
主「あっちの方がお金もかかっているけれど、大作としてはケチのつけようがないという意味では同じ。
でも、こういう監督は稀有だろうな。大作を多く引き受ける監督って、作品評価がメチャクチャな場合も多いけれど、この人は周囲との調整もうまくやりながら作品を完成させるタイプじゃない?
本当はもっと……山崎貴がやりたいことの顔が見たいけれど」
亀「基本的にいい人なんじゃろうな」
主「なんというか、どの作品も悪意がないって印象がある。山崎監督自身がいい人で、優しい人なのかもしれないな。
三丁目の夕日も原作はもっと、昭和の暗い話もあるんだよ。だけどそこは一切触れず、あの時代の良い面を強調していたし。常連の吉岡秀隆も同じようにいい人ぽいしね。
こういうとなんだけど、70点を狙ってきっちりと70点を獲得していったと思うよ、この映画も。もっと高得点を狙って欲しい気もするけれどね……」
亀「それもひとつの才能じゃの」