じゃあ、小規模公開ながらも多くの話題を集めている作品の感想といきましょう
今週も多くの作品が公開されておるが、孤狼の血の次に話題かもしれんな
主
「海外でも賞を多く獲得している作品だからね」
亀爺(以下亀)
「決して売れるようなエンタメではないが、社会派作品として注目を集めておるの。
では、早速感想の始まりじゃ」
1 世間の評価として
今回はいつもと違って、まず本作を取り巻く評価をあげていこうか
ふむ……まず、重要なのがこの作品は賛否が割れているということじゃな
亀「普通の映画とは賛否の別れ方が少し違う。
賛否両論といえば普通は否定が多かったり、やりたいことはわかるけれど少し荒いなぁ、などの感想が出てくるイメージがある。
しかし、本作は絶賛と酷評の真っ二つに分かれている印象じゃな」
主「さすがに『打ち上げ花火〜』ほどではないけれど……観る人によって抱く印象や感想がまったく違う作品と言えるかもしれない。
それはいいんだよ。
むしろ、自分は誰もが絶賛するようなバランスのとれた表現よりも、今作くらい賛否が割れる方がすごく好き。
だいたい、年間1位! と言いたくなるくらいどハマりする時って、それくらい賛否があるものが自分にバチ! とハマった作品だったりするしね」
亀「食べ物でいえばパクチーや発酵食品などのように癖が強い、人を選ぶものの方に熱中するようなものかもしれんの」
主「それでいながらも、本作は世界中で多くの映画賞に輝いている。
もちろん、日本人と欧米人ではこの作品の受け取り方や、描いている社会問題に対する関心度が違うというのもあるけれど、それだけ多くの人の心をつかむ力がある作品だというのは間違いない。
そう考えると……やはり作品の質としては一定の評価を獲得しているほど、うまさが保障されていると考えていいのではないかな?」
役者の演技について
亀「そんな賛否両論の本作で、おそらく誰もが口をそろえて賞賛するのが、役者の演技力じゃな。
今作では舞台となるモーテルの管理人であるボビーを演じ、ウォレム・デフォーが助演男優賞にノミネートしたほか、主役の子供であるムーニー役のブルックリン・キンバリー・プリンスを賞賛する声も上がっておる。
また、母親のヘイリー役にはインスタグラムを見て声をかけたブリア・ビネイトを起用するなど、特徴的な選考であり、癖がありながらもしっかりと結果も残した役者起用と言えるの」
主「特にムーニーをはじめとした子役の演技は見事!
日本の子役ってさ、全く自然じゃないんだよ。
台詞は棒読み、こんな子供がどこにいるんだろ? という違和感の連続で……子供達はちゃんと演技しているけれど、子役の演技ってこんなものだろ? という演出や大人たちの意識に対して辟易としてくることもある。
はっきり言えば、子役が出てくるだけで減点の作品もあるよ」
亀「是枝裕和などは素の子供の表情を切り取るのが非常にうまい監督もいるがの。
本作はその意味ではまさしく絶賛じゃな。貧困層の社会で育っている子供達であるが、その暴れっぷりや元気のよさが、とても自然なものに見えておった。
色々と問題は抱えておるが、子供達がとても魅力的だからこそ、本作は賛否両論となるだけの映画の力を獲得したと言えるじゃろう」
主「そしてボビー役のウォレム・デフォーの演技も見事の一言。
存在感があるし、子供やモーテルのお客さんに対して厳しくもあり、それでいてその境遇に対して色々と思い悩む様子もあり……あるシーンでは子供達をしっかりと見守っていて、単なる嫌な管理人ではないことを証明している。
彼がしっかりとした演技を果たしたことによって、色々な複雑な事情や社会問題を描くことができ、観客へのメッセージとなっておるの」
本作の見どころ
亀「そしてこの作品の見どころと言えば、やはり小学生(地上から約1メートル)の視線から撮られた映像じゃな」
主「本作はある種のリアリティに満ちた作品でもあり……もちろん、ドキュメンタリーとはまた違うけれど、子供達がどのような感情を抱いているのだろうか? ということを考えさせられる作品なんだよ。
それを象徴するのがこの地上約1メートルの視点。
子供の視点から作られる物語だからこそ、子供達のリアルが感じられる。
これは名作漫画『ピーナッツ』と同じ手法で、あの作品もカメラが低くて大人は顔がほとんどないけれど、それは子供達の視点を大切にしているからなんだよね」
亀「何度も言うが、本作が賛否両論となった要因もこのリアリティにあると思っておる。
つまり、作劇に満ちた『物語』ではなく、実際に起きた事件のように感じられるのではないか?
その場に自分がいたらどのような対応をするのか、そしてどう考えるか? ということを突きつけてくる。そして……本作のラストである通称『マジカルエンド』によって魔法にかかる人もいれば、それを否定する人もいるということじゃろうな」
主「映像表現として一見の価値がある作品なのは間違い無いでしょう」
監督の前作、タンジェリン
感想
では、ここからいよいよ個人的な感想になります
#フロリダプロジェクト
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2018年5月13日
賛否両論と聞いていたのが悪いのか、思ったよりも普通な物語に見えてしまった……
え、あんな家族普通じゃない? と謎の気分に
考えてみると全く普通じゃないけれどね
もっとすんごいのを予想しただけに肩透かしな感も…
悪くはないです pic.twitter.com/h5bROtnZKW
世間が賛否両論の割には、玉虫色な評価じゃな
主「勘違いして欲しくないのは、自分は本作は映像表現として一定の評価が上がるのも納得だし、それだけの作品だと思う。そこに疑問はない。
ただ……やっぱりさ、色々と思うところもあるんだよね」
亀「さすがにこれだけ賛否両論だ! と言われると、よっぽどすごいものがくる! という先入観が来るからの。そこでハードルを上げすぎてしまったきらいはあるの」
主「特に、この作品はラストが賛否割れているけれど……自分はそれが普通の終わり方に見えたのね。
逃げだとは思わない。あれはあれでありだと思うし、色々な想像もできて考えることができる上に、余韻もある。
だけれど……なんていうか、置きに行ったというかさ。
わかるけれど、それってどうなの? というラストだったかな」
亀「詳しくは後々話すとするが、やはりもっとガツンとインパクトのあるものを望んでいた、ということじゃな」
主「その意味ではちょっと肩透かしな部分もあったかなぁ……」
以下ネタバレあり
2 アメリカの低所得者社会の物語
本作をどのように観るのか?
ここからネタバレありパートになります
本作の評価が分かれる理由について考えてみるかの
亀「この作品はフロリダ州にあるディズニーワールドの近くにある安モーテルに暮らさざるをえない、低所得者たちの物語じゃな。
まずは、このコミュニティに暮らす人々と、母親のブレアについてどのように考えるか? という問題じゃな。
おそらく、ここが1番意見が別れるじゃろうからの」
主「本作を作ったきっかけとなったのが、共同脚本を務めるクリス・バゴーシュがディズニーワールドに家族で出かけた際に、子供達が道端で遊んでいることを知ったからだという話だ。
そしてそこから調べてあげていき、低所得者たちが多く暮らして居る現実を知った」
亀「このような華やかな場所の近くで貧困街が広がる、という事例は実は多いものじゃろうな。
華やかな場所だからこそ、懐に余裕のある観光客などが多く集まる。そうなるとそのその観光客向けの安いモーテルなどができて、おこぼれに預かりたい者たちが近づいてくる、という図式じゃな。
華やかなカジノ都市、ラスベガスの近郊にもそのような貧民街があり、中には地下で暮らすホームレスなどもおるという話を『クレイジージャーニー』などでも放送されておったの」
主「世界中では色々な貧困な形があって、その中の1つである。もしかしたら……この環境すらも幸福だ、という人もいるかもしれない」
亀「なんだかんだ言ってもわしらは報道などで知識だけを蓄えている存在じゃからな。何を言っても説得力はないかもしれんがの」
今作は子役の演技力、そして背景のカラフルな色も注目!
(C)2017 Florida Project 2016, LLC.
子供達の日常
亀「そんな中でも、子供達は毎日をたくましく生きておるし、大人たちは日々その1日を乗り越えようと頑張っておるの」
主「自分が本作をそこまで高くも低くも評価できない最大の理由が……これってどこにでもある、当たり前の光景に思ってしまったからなんだよ。
その意味ではこの作品はリアリティを獲得するという意味で大成功しているとも言える」
亀「ふむ……あの生活が普通だと?」
主「子供たちの日常ってさ、だいたいあんなものだったようにも思うんだよね。近所の車に唾を飛ばして……なんてイタズラに近いこともやったこともある人も多いだろうし。
中盤で家事が起きるけれど……あの気持ちもよく分かるし」
亀「子供達が廃屋で遊んでいる時に、暖炉に火をつけようとして、家まで燃やしてしまったことじゃな」
主「自分だって似たようなことはしたことあるよ。もちろん、家には火はついていないけれど、小学生の時、子供だけで焚き火をしたこともある。それをクラスメイトに見つかって、学校でしこたま怒られたこともある。
それは運良く火事にならなかったけれど、大事になっていた可能性はある。
でもさ、それって子供のイタズラとしてはあるレベルだと思うんだよね」
亀「……あのアイスクリームをねだるくだりなどもか?」
主「多分、誰かがやっていたら同じことをしていたかもしれないね。それこそ『ギブミーチョコレート!』と何が違うのか? って話で……子供の後先を考えない行動力があれば、あれくらいのことは普通にやる。
物事の分別がつくのはまたこれから先の話じゃないかな? あの年頃の子供にどこまでを求めるのか? って話にもなる。
その意味では……本作を鑑賞中に、自分は『まあ、これくらいのことは普通にあるよな』って目線だったから、貧困層が云々とか、教育などの不備がどうこうとはあまり思わなかった」
行政とアメリカ社会の問題点
亀「本作の特徴として、子供を同じモーテル内で預けあうという現状が出てきたが……これはアメリカでは子供のみで留守番をさせるなどは虐待になる、という事情があるため、誰か保護者を必要としているということもある。
友人がバイト先の残った食べ物をわけてくれるのも、子供を見てくれているお礼というのもあるのじゃろうが、子供を預かってくれなくなったら仕事ができなくなる、という事情もあるのじゃろうな」
主「う〜ん……このあたりの事情がイマイチ貧困層といってもピンとこなかったかなぁ」
亀「というと?」
主「月1000ドルのモーテルって話があったけれど、これは日本円にして10万円以上の大金だよね。これを毎月収めているわけだ……もちろん、賃貸を借りることもできず、身を寄せる実家もなく、家なんて買うこともできないという前提はあるにしろ、この家賃は相当な金額でもある。
そういった貧困層に対して、セーフティネットとなる家があまりないという事情などもあるだろうし、それだけの金額を毎月使わないといけないから立ち直れない、というのも負の連鎖もあるだろうけれど……」
亀「どうしても日本の感覚で語ってしまうと、もっと方法はあるように思うが、そこはアメリカらしい色々な事情が絡んでおるからの」
多くの問題を抱える母親に対して、我々は何をしてあげられるのか?
(C)2017 Florida Project 2016, LLC.
子供を見守るボビーの目
亀「その中でもやはりボビーの存在感は素晴らしいの。
モーテルの管理人として全員に対して厳しく接する一方で、子供達をちゃんと見張り、そして安全を守っておった。
不審者が訪れるときっちりと目を光らせながら、穏便に、しかし脅しも交えて追い出す。特にあのような地域に暮らす子供達だからこそ、その手の犯罪に遭う確率は高いのかもしれないの」
主「だけれど、同時にボビーはモーテルの雇われ管理人でもあって、できることには限りがある。その中でいかに住人を守り、そして上を納得させるのか……その難しいバランスのもとで行動している。
これはそのまんま政府や州の下で働く、お役所の職員みたいなものだよね。
法律があるから何でもはできないけれど、でもできるだけ力になりたい……そんな思いがとても伝わってくる、名演技だった」
亀「色々と複雑な家庭事情もあるようじゃしの。
じゃが……それを台無しにしてしまう人もいることも、また事実じゃからな」
主「ここの作品に否定的な人は同じことを言うだろうけれど、母親の問題が大きいよね」
3 本作が賛否を巻き起こす理由
大人の問題
あの親は……ないよねぇ
ここが賛否が別れる最大の原因じゃからの
主「もちろん、さまざまな事情はあるのはわかるけれど……貧困の理由の1つが働かないから、というのはある。
知り合いでもいるよ。全く働かないで生活保護も無理と断られて、やることをやらずに家を追い出されて、その後音信不通になった人。体が悪いとか、心を病んでいるという事情があればまた変わるけれど……結局、診断書も何もなければ、ただのサボりになってしまうしね」
亀「すべての貧困家庭が努力不足とは言わんが、少なくともブレアには感情移入ができなかったという意見じゃな。
弱者救済を掲げる政党などの支持者もいるじゃろうが……実際のところ、ヘイリーのような人に対して、どのように付き合っていくべきなのかは、考えてしまうものがあるのかもしれんの」
主「作中でも週30時間の労働をしてください、そうでないと支援もできません、と言われている。1日6時間労働を5日分だよね。8時間労働なら4日で足りる。
でもヘイリーはまとまには働かない。働けないようには見えない。それがおかしい。
やるべきことをやらないで、ただ貧困だと悩んでいる……それは貧困じゃないよ。怠惰だ、と言いたくなる気持ちもある」
亀「事情があればまた別ではあるし、確かにヘイリーにはヘイリーの語られていない事情があるのかもしれんが、彼女を観る限りでは支援をしてあげようと思う人はそうそうおらんのかもしれん。
それでもそれぞれ事情があるのだから、どうにかしてあげるべきだ、という意見もあるじゃろう。ヨーロッパ型の福祉体制が(高税率な福祉社会)理想という人もわかるがの」
主「それこそ昨年公開した『私はダニエル・ブレイク』のような物語であれば、もう少し擁護もできるんだろうけれど……
その意味でも、普通のダメなシングルマザーの物語で、特別なことは特にないんじゃないかなぁ」
様々な貧困問題を扱った傑作
やはりこちらと比べてしまうところもあって……
『マジカルエンド』について
亀「では、あの『マジカルエンド』について考えていくとするかの。
考察としてはどのようなものになる?」
主「ムーニーたちはディズニーワールドに入ったことが1度もないと思うんだよ。
アメリカでは大人の1日パスが124ドルもするらしいけれど、そんなお金なんてないだろうし……何よりも、ヘイリーはその腕に巻いているパスの価値を知らなかった。本当に格安で売ってしまっているし」
亀「ムーニーはあの瞬間、過酷な現実と立ち向かうことを余儀なくされたわけじゃな」
主「そうだけれど……あれが最適解になるのはしょうがないけれどね。そんな簡単に割り切ってもいけないんだろうけれど……
子供は大人が思うよりも何十倍も賢いし、状況を理解している。
だから、ムーニーのあの言動だって観客の自分は『そりゃそうだ』って気分だった。でもさ、親が親として機能していないならば、子供を保護するしかない」
亀「しかし、親子の間には愛情も……」
主「愛情が間違えることだってあるんだよ。
ストックホルム症候群だってあるし、虐待を受けている子供は『親は悪くない』と考えてしまうものなんだ。それだけ子供にとって親は大事な存在でさ、だからこそ最低限のことは求められると思うけれどね」
亀「……愛がない答えかもしれんな」
主「愛でお腹は膨れますか?
教育はできますか?
それはまあいいとして……あのラストは『夢と魔法の国へ逃げていった』という解釈が成り立つでしょう。つまり、大人たちの事情や貧困の現実から逃げ出して、子供達の国へと飛び込んで行った。
そこはムーニーたちが初めて知る場所であり……青春映画の王道である『走る』という行為が最も発揮されている。
だけれど……自分はよく言うけれど、夢と魔法の国に居場所はない。
現実を戦って生き抜くしかないんだ。
だから、あの最後のムーニーの行動は……強い言葉で表現するのは自死だとすら思う。
自分の人生を厳しいことから逃げて行く先に未来はない。再び貧困の連鎖が始まるだけだ」
貧困の連鎖を断ち切るには?
亀「……それは厳しい指摘ではないかの?
まだ6歳の子供がそのような選択をしてしまうということ自体を責めることは、なかなか過酷じゃろう。
その子供達の国へと逃げていった、それでおしまいでもいいのではないか?」
主「それで永遠の子供達=ピーターパンになれるならそれでいいよ。
でも、人は生きている限り必ず成長する。そして大人になる。
子供の国には永遠にいることなんてできないでしょ? 夜がきて、閉園時間になったら必ず出される。夜の大人の国にいるのは、現実で生きる大人のキャストばかりなんだよ。
だから子供達は現実で戦う力を身につけなければいけない。
それは教育であり、肉体であり、才能である」
亀「では、そのどうしようもない過酷な現実に立ち向かうことができない人や子供についてはどうなるのか?」
主「そこはそれぞれの事情にもよるけれど……でも、嘆いていたり動かないことで好転することはない。
『理想を抱いて溺死しろ』ってことだ。
貧困の連鎖を断ち切るためには、教育が最も重要であり……逃避は逆の成果しか生まないだろう」
亀「映画としてのカタルシスを狙った演出だとは思うがの」
主「もちろんそれも否定はしないし、カタルシスを覚えた人が多かったからこそ、これだけ賛否両論になっているけれど……でも、自分はこのラストは違和感を覚えてしまった。
だから評価はしないけれど、でもわからないこともない……かな」
まとめ
というわけで、まとめです!
- 賛否両論!? 色々考えさせられる作品!
- ボビーの存在感はとても素晴らしい!
- これは愛なのか、放置なのか? それは観客の気持ち次第!
厳しい意見になったようであるが、それだけ難しい問題ということじゃな
亀「人間は逃げたくなるものであるし、あのラストはあれでいいとわしは思うがの」
主「まあ、そこは人それぞれだよね。自分がどんな人生を歩んできたかによって変わると思うし、その意味では正しい表現だよ。
単純なプロパガンダではなく、多くの人に疑問を投げかけている。
そして議論が活発になるのであれば、これに勝ることはないでしょう」
亀「この記事もこれだけ長くなってしまったことを考えても、やはり語りたいことが多い、いい作品と言えるのかもしれんの」
主「本当に人によって感想が変わる作品だと思うので、ぜひ鑑賞してください!」