亀爺(以下亀)
「さて、今回はスリラー作品であり、20年に1作の作品とも称される『ドント・フリーズ』じゃが……スリラーやホラーが苦手な主は泣いておるんじゃないかの?」
ブログ主(以下主)
「…………」
亀「おお、トイレにはちゃんと1人で行けたかの?」
主「え? 行けたよ。大丈夫だよ」
亀「……ん? 始まる前は『なんで夜しかやってないんだよ! こういう映画が苦手だから昼の明るい時間に見たいって需要があると思わないのかよ!』と無茶苦茶なことを言っておったが……」
主「子供じゃないんだからさ、そりゃ大丈夫よ。ほら、夜遅くなると道も危ないしさ、一応 PG12なんだから、中学生や高校生でも観れる時間にもっと映画をやってもいいんじゃない? っていう提案だよ。
決して『自分が怖いから』とか『ホラーが苦手だから』っていう身勝手な理由じゃないよ、うん」
亀「……言っていることが全然違っておるような気もするの。
それでは感想記事に入るかの」
1 ネタバレなしの感想
亀「ではネタバレなしの感想じゃが……主はこういう類の、スリラー系映画は苦手じゃし、より怖くなる人間じゃが、そういう人から見てどうじゃった?」
主「いや、十分怖いよ? びっくりするし、何回も体が動くし……隣に人がいたら抱きついちゃうかもね。もちろん映画としても面白い。
だけど……一歩引いて鑑賞するっていうのが自分のスタンスなんだけど、その目線から見ると、少しだけ……残念というか、惜しい部分もあるかな」
亀「それは簡単に言うとどういう評価なんじゃ?」
主「良作だと思うし、興味があったり、この手のジャンルが好きなら見に行っていいと思う。料金分の値打ちはあるし、今週公開の映画でいうと、結構面白い作品でもある。
だけど……後一歩で名作になれたのになぁ……という思いもある。その意味で少しばかり『惜しい』作品だね」
グロテスクさ
亀「この手の映画で気になるのは『どの程度グロテスクか』という部分じゃが……PG12じゃから、ある程度は抑えられていると思うが、そこはどんなものじゃった?」
主「そうね……この手の映画となると『ソウ』の後半とか、もう血を流して痛いだけじゃない? って映画もあるけれど、この映画はそこまでグロすぎたりはしない。
あんまり見ていないジャンルだけど……『ミザリー』とかよりは血がいっぱい出る。あっちはもっと精神的な恐怖で押してくる作品だけど。
それこそ『ソウ』の1作目ぐらいのグロさかな? 今年でいうと……『ミュージカル』の方がグロいかも」
亀「ミュージカルはよくR指定がつかなかったな、といわれているからの」
主「恐怖感とかはこの作品の方が上だと思うけれどね。
あとは今年の似たような作品の名作は『ヒメアノ~ル』があるけれど、グロさも恐怖感もヒメアノ〜ルの方が上だと思う。ただ、R15とPG12だから、単純に比べられないかもしれないけれど」
亀「子供は……見るべきではないの」
主「それこそPG12って感じだよね。中学生以上なら特に心配なく見せられると思うけれど、それより下には向かない。
怖がりな人だとすっごく怖い思いをするかもしれないけれど、この手の映画に慣れている人は……若干物足りないかな?
個人的には丁度いいくらいのホラーとグロさだったけれどね」
以下ネタバレあり
2 物語全体から感じる『配慮』
亀「ではネタバレありで語っていくが……主が気になった『惜しい』とはどこなのかの?」
主「まず、物語において一番大きな部分だけど……発想自体は素晴らしいんだよ。
盲目の老人をある種の『モンスター』に仕立て上げて、狭い室内の中で戦うことになる。その老人に捕まればやられるし、電気を落とされるとその老人と同じ世界で視覚を奪われたまま逃げるために奮闘しなければいけない。
こういったパニックホラーってある程度『限定された状況』っていうのが力を発揮するわけ。閉ざされた山荘とか、館とか、地下室とかさ」
亀「舞台を限定し、逃げ出すことという勝利条件もうまく作れるしの」
主「だから、この設定自体は完璧だと思うし、やりたいこともよくわかる。
ホラーとしても1級品になるだろうけれど……今回の設定には大きな問題点があるわけだ」
亀「……ポリコレじゃの」
主「単純に言っちゃえばさ、今回のお話って『盲目の元軍人の家に強盗が入る』って話なんだよね。盲目の元軍人を、ただモンスターとして描くのは……結構難しい話なわけだよ。
だから、この映画って一歩引いてみると……恐ろしいのは恐ろしいけれど、被害者はむしろこの爺ちゃんなんだよ」
亀「境遇だけ聞けば哀れな存在じゃからの。娘を亡くし、示談金で犬と生活をしているお爺ちゃんのところに、強盗が入りますよっていうことじゃからの」
作品の構造として
主「だからさ、そこだけを抜き出すと……この時期にピッタリな『ホーム・アローン』と状況は似ているわけ。違いがあるとすれば子供と盲目の退役軍人ってくらいでさ。
しかも1対3なわけじゃない? どちらがより強者かというと、どう考えても3人の強盗なわけで……いくら相手が退役軍人でもねぇ」
亀「まあ、映画ではモンスターとして描かれおるが……最初からその気になれば3人組でも倒せる描写はあったわけじゃからな。
そこが単なる小銭稼ぎの空き巣狙いと、戦場にいった退役軍人の違いとでも言えるかもしれんが……」
主「そう考えると、どっちに感情移入すべきがわかんなくなってくる。
途中からさ『お爺ちゃん、おかしなところは多々あるけれど、似たような状況になったらここまでではないにしろ、同じようなことするかも』って思いながら見ていたんだよね。
『お爺ちゃん頑張れ!』って気持ちになった部分もあった」
亀「途中からおかしなことしているのがバレるが、それ以外は本当にただのお爺ちゃんじゃからの」
主「だから強盗たちに対して終始感情移入ができないし……アレックスはともかく、他はみんなクズだしさ。お金を諦めればいくらでも逃げ出すチャンスはあったのになぁ……って思いもある。
結局のところ『盲目の退役軍人』を徹底的なモンスターとすることはやっぱりできなかったんじゃないかな? そこが……不満というか、惜しい部分の多くを占める。
感情移入する相手が変わっちゃうし、圧倒的な強者から逃げる弱者でないとホラーとしては弱くなるきがするんだよなぁ……」
3 演出上の良さ
亀「スタートから演出は素晴らしかったの」
主「空の俯瞰からどんどんカメラが降りて行って、やがて注目した先に……! というスタートは良かったね。あれで一気に画面に引き込まれたし、集中した。
主人公たちの悪事のパートもすぐに終わるし、そこを考えるとテンポも本当にいい。
特に序盤の、これから乗り込むぞ! って時に車に犬が襲いかかるじゃない? あそこで一気に流れが変わって引き込まれたね」
亀「誰もが驚く展開じゃの」
主「ここは抜群にうまいと思った。それまでの説明描写が一転して、あの始まり方をすることで『さあ、始まるぞ!』という合図と共に、一気に観客を引き込む。つまり、ヒメアノ〜ルで言う所の、中盤の始まり方みたいなものなんだよね。
さらにうまいのがこのスタートのさせ方」
亀「スタートのさせ方、か」
主「よくホラーにおいて『シャワー中の女性やカップルのラブシーン中に怪物が襲いかかる』というのがあるけれど、それは観客を油断させてエロチックな場面で画面に集中している時に『わ!』と襲いかかることによって、驚かせるわけだ。
それが今じゃ当たり前すぎて様式美みたいになっているけれど……本作においてはそれもうまく機能しているんだよ。
ホラーを見慣れている人ならば『あー、やっぱりね』となるかもしれないけれど、自分みたいな人間にはすっごい効いた。特に『これは伏線か?』『ここはキーワードか?』と考えながら見る人間には、効果抜群だったよ」
音の演出
亀「それは音の演出もそうかもしれんの。スタートから映画館の特徴かもしれんが、音圧が体を揺らすほどの音量というか、低い音で不穏にスタートするわけじゅな」
主「だからこの映画はいい音響が流れる映画館で見て欲しいよね。
それはいいとして……本作は『音』が重要なテーマであるわけだ。盲目だから音を頼りに相手がやってくる。だから静かにしなければいけない場面では、音楽も静かにしているんだよね。
そして急に相手が現れる時には音量が一気に上がる。これが非常にうまくメリハリが効いて、いいものになっていた」
亀「基本かもしれんが、作中におけるメリハリの良さというものが出ていたの」
主「多分、ホラー映画を見慣れている人にとってはお約束の連続に映るかもしれないけれど、この映画は逆に言うとすごく技術的に優れた作り方をしているな、と感心した。
途中から恐怖心もありながらも、その技術に酔いしれていたよ。
伏線を張ったり、その回収もうまいしね」
4 マイナスポイント
亀「じゃが……その分、マイナスポイントも少しはあったの」
主「どうしても疑問に思うのが『音の違い』なんだよね。
息も殺していなければいけない、という緊張感がこの映画の売りなのに、大きな音はともかくこの音はOK、この音は NGという基準がよくわからなかった。
あとは前半部分は演出もしっかりしていたのに、後半は同じアイディアの繰り返しだったように見えちゃったところかな? お約束としてうまいのかもしれないけれど、先進性とかっていう部分はあまり感じられなかったかな?」
亀「音の使い方なども惜しかったの。この映画は『音』と『暗闇』というものがダイレクトに関係する話じゃから、もっと工夫することができたのではないか? という思いがあるの。
この『音』と『暗闇』というのは映画館の最大の特徴であり、映画館でしか味わえない武器でもある。小説もテレビも明るいところで見ることが基本じゃが、映画館は暗闇で見ることが基本じゃ。
そう考えると『観客』とこの映画の登場人物がイコールで結びつけやすいから、そこがもっと工夫されていると大絶賛することができたかもしれん」
主「……すっごい難しいこと言っているけれどね。でも、そういう……いろいろなホラー映画を過去のものにする可能性もあったように思えるほどの設定だったしな。
あとは……ポリコレの配慮が見えたことが少し怖さを半減させちゃったかな? モンスター役の爺ちゃんにちょっと感情移入しちゃう部分もあったし……」
細かいツッコミどころ
亀「あとは細かいところが結構気になるの」
主「まずは眠らせるシーンがあるけれど、あれって成功はしているんだよね。だけど、爺ちゃんはその睡眠導入剤が効かないで寝ない。ここはなんで? って思った部分かな。
あとは主人公の行動に一貫性を感じなかったかな」
亀「この映画の主人公側の3人組はわかりやすい役割じゃな。
主人公が善と悪の間にいる存在、アレックスが善であり正しいことをいつも言っており、もう1人の男が明らかな悪である、ということじゃ。
だからこの映画で……強盗ということはともかくとして、アレックスの選択というのはいつだって正しい。アレックスのいうとおり諦めておけば、最初に逃げておけば、途中で逃げておけば何も起きずに、もしくは逃げ切れた可能性がある」
主「だけどロッキーは金に目をくらんでいつも間違えた選択をしてしまう。もちろん、それは妹のためでもあるけれど……
だけど途中の地下室の秘密を知った段階で『何とかしよう』っていう話をするんだよね。ここでそれまでの悪党となっていたロッキーの役割がブレちゃった気がする。
そこで行った善が後々意味を持ったらいい伏線だったのにね」
5 批評〜この映画のテーマって?〜
亀「ではこの映画の批評に入るかの」
主「この映画は単なるパニックホラーってだけではないんだよね。
これが相手が人を傷つけることに享楽を感じる異常者だとしたら、それはそれでわかりやすいエンタメだったけれど、この映画には明確なテーマがある。
それが海外で大絶賛される理由と、日本の評価の違いに入ってくるんじゃないかな?」
亀「つまりは『神の不在』ということじゃの」
主「なんか海外映画を語るときはいつも語っている気がするなぁ……
まあ、それだけ『神』というのは海外の観客などにとっては重要なことなんだけどね。
この映画で最初の方で語られているのは『不公平でも変えられないことはある』と語っている。これは人生の試練をそのまま言っているわけだ」
亀「特にあの爺ちゃんはそうじゃの。お国のために軍人となったがイラク戦争で目を失い退役し、さらには娘も事故で失い、その相手は金で全てを解決しようとした……
そしてさらに今回の強盗騒ぎでその金すらも失おうとしている。まさしく踏んだり蹴ったりの……最悪の人生じゃな」
主「だから途中で『え?』って思うような行動に出るんだけど、その気持ちもわからなくはない……というか、ここまで不幸になったら、狂っちゃうのも理解できるんだよね。その意味では……まあサイコパスっぽいけれど、他の映画のようなサイコパスではない」
亀「そして『神の不在』の行動が人工授精ということじゃな」
主「海外では倫理の問題もあって人工授精は政治問題、宗教問題として色々語られているわけだ。日本では堕胎問題も含めて、すでに議論の終わったような扱いだけど……『命のあり方』という極めて重大な問題を含んでいる。
だけど、あの爺ちゃんは『神に見捨てられし者』なわけ。だから神に逆らうような人工授精という道を選ぶことができる。まあ、それが少し滑稽にも見えるけれどね」
神の物語といえばやっぱりこの作品を思い出す……
『父』と『子』の関係
亀「そして特徴的なのがここかもしれんの」
主「この映画って『父を失った娘』と『娘を失った父』の話なんだよ。じゃあ、この映画における『父』って何かというと、もちろん実のお父さんでもあるけれど、西洋の考え方ではもう1つの考え方がある」
亀「父なる神ということじゃな」
主「だから『父を失った娘』というのは、言い換えると『神を失った娘』の話でもある。そして『娘を失った父』は、ある意味では言葉を変えると『堕ちていった神』という意味もあると思う。
だからさっきは『神に見捨てられた者』って言ったけれど『堕ちてしまった神』でもあるかもしれないな」
亀「主人公のロッキーも神の加護を失ったからこそ、盗みであったり、自分で生きることを選択するわけじゃな」
主「そしてあのお爺ちゃんがすごく強かったり、ラストにおける生死の結果とかは『神』と聞けばわかりやすいよね。
怪物の不死身性って重要なモチーフではあるけれど、神のモチーフだからこれだけ強いんじゃないかな?
そう考えるとあの犬っていうのは、地獄の番犬ケルベロスっていうこともできるけれど……さすがに考えすぎかな? ケルベロスだとギリシャ神話になってくるし……」
亀「人工受精とかは神の倫理関係を考える上では重要な問題じゃがな」
主「そう考えるとラストも『神はいつも見ている』とかいう意味とも受け取れると思う。あれでお終い、ではなさそうな雰囲気は漂っているよね」
最後に
亀「では最後になるが……色々と言っておったが、中々いい映画じゃったな」
主「怖いものが好きな人には物足りないかもしれないけれど、個人的にはこれぐらいでちょうどいい。テーマ性も感じられたしね。
まあ、深読み部分でいうと、もう少し『父を失った娘』と『娘を失った父』の交差があれば大絶賛だったかも。自分が理解できていないだけかもしれないけれどね」
亀「90分弱と短いからこそテンポもいいし、見ていて飽きることがない作品じゃったの。
伏線も効いておって、物語としてもうまい。演出も良かったし、映画としての完成度は非常に高いと感じたの」
主「やっぱり食わず嫌いはいけないなぁ……と思いつつ、ホラー映画はやっぱりごめんだわ。今作は大丈夫だったけれど、面白ければ面白いほど、優れていれば優れているほどに苦しめられるジャンルだし……」
亀「……なんでそんなに怖いのかの?」
主「想像力があるからだよ! だからなんてことはない鏡の中、背中の後ろ、電灯の奥のような場所に化け物がいるということが実感を持って想像が……
(以下略、以上終了)」