亀爺(以下亀)
「この映画、えらく方々で絶賛されているの」
ブログ主(以下主)
「まあ、そうだよね。今週公開の映画って結構大きな映画が……ハロウィンに合わせたのか知らないけれど、たくさん公開されているじゃない? アクションあり、漫画原作ありとさ」
亀「その中でも大作としてこの映画は頭一つ抜けているかもしれんな」
主「クオリティはすごくよかった。『インフェルノ』とか『DEATH NOTE Light up the NEW world』と客層は被らないだろうけれど、この2作を見に行くなら、こっちの映画の方がクオリティは高いよ、とは言っておきたい」
亀「アクションと邦画の感動系映画では意味合いが違うがの」
主「それにしても……ハロウィンがすごいね。街中で何人も仮装している人も見かけたよ。多分、白シャツ着て歩いていて、腹をナイフで刺されても『リアルな仮装だね』と言われて誰も助けてくれないんじゃないか? 倒れていても写真撮られそうだし」
亀「今日はわしも街を歩いたらたくさん囲まれたぞ」
主「……街中を歩いたの? 亀爺が?」
亀「『かわいい〜!!』なんてギャルに褒められたわい。悪い気はせんものじゃの!」
主「……まあ、いい思いをしたら面白いよね」
1 ネタバレなしの感想
亀「さて、映画の感想と批評に入るが……まずは何よりも『評判の非常にいい映画』ということは言っておこうかの」
主「冒頭でも語ったとおり、脚本、演出ともにクオリティが高い印象だね。確かに今年の邦画大豊作の中でも、この映画を推す人が多いのも頷ける出来だった」
亀「今作は監督、脚本は中野量太が手がけておる。初商業作品とも聞いたが……そうとも思えないほどに、しっかりとした作品じゃの」
主「基本はいわゆる『病気もの』でさ、主人公の双葉(宮沢りえ)が末期ガンを患い、それを乗り越えて家族が再生していくという、ある種の王道ストーリーではある。だけど、そこに込められた……色々な脚本の妙だったり、演出だったりという面で、個性が出ている作品となったな」
亀「病気ものというと、泣かせるために『これでもか!!』というほどの感動演出をつぎ込んでくるものであるが、この作品はそうではないの。音楽なども比較的自制しておるし、役者の演技も泣かせよう、泣かせようという面ばかりではない」
主「コメディ要素もある作品だから、映画館では笑いが起きていたよ。その感動と笑いのバランスがちょうどいいから、ある程度以上の年齢……そうだなぁ、20歳以上であれば、比較的誰でも刺さる作品になっているね」
亀「大衆性もあり、作家性もありという、確かに各評論家やTwitter等の反応がいいのも頷けるの」
監督は照れている?
主「詳しい演出のうまさとか、脚本の妙とかはネタバレありで解説するけれど……その前に1つ思ったのは、この作品を作る際に、監督は結構……照れているというか、抜きに来ているよね」
亀「……抜きに? どういうことじゃ?」
主「病気ものとか、純愛ものってなんとなく、気恥ずかしさみたいなものがあるじゃん? 大体病気ものの恋愛映画とかになると10代の青春ストーリーがあるものだけど……若いうちは泣けるけれどさ、年を取るとそういう映画に、なんとなく気恥ずかしさを感じるものじゃない?」
亀「言いたいことはわかるの」
主「だから、監督は『泣かせること』だけに尽力していないんだよね。クスリとくる笑いどころを作っていて、それが『泣き笑い』のような状況にしている。
これは、多分計算ではないんじゃないかな? 大体泣ける場面の後に、クスリとする場面を入れているんだよ。だから、バランス感覚がいいというか、泣くだけじゃない映画を目指して作っているような気がする。
それが非常にうまくいって、相乗効果を呼んでいるよね。
これを計算して入れているとしたら、相当才能あふれる人だろうな」
キャストについて
亀「キャストについて述べるとなると……」
主「抜群にうまかった。 本作におけるMVPは珍しく……といったらベテランのふたりに悪いけれど、主役の宮沢りえと旦那役のオダギリジョーだろうね。主役がMVPってあまりないような気もするけれど、本作は文句無し。
最近の映画は主役に若い子を入れて、脇役にベテランをあてることが多いけれど、本作はやはりベテランのふたりの演技が光った印象だな。でも他の俳優も負けないような演技をしていたよ」
亀「宮沢りえはさすがに一言に尽きるかもしれん。母の強さと迷いを感じさせつつ、病によって弱っていく様と、それでも挫けない芯を感じたの」
主「激やせとかが話題になるけれど、それがまたガン患者という設定に説得力があるんだよね。今作だと顔色もそこまで良くないから『ああ、病気なんだな』というのが伝わってきた。
やっぱり、ふっくらとして血色のいい人は病人に見えないよね」
亀「そしてオダギリジョーじゃが、こちらはやはり適役じゃったの。こんなダメで優柔不断というか、フラフラする夫を演じさせたら日本一ではないか?」
主「でもどことなく色気があって、モテそうな雰囲気も醸し出しているしさ。独特な俳優だけど、それがまたいい味を出しているんだよね。色々な奥行きを感じさせるような……」
亀「あとは子役……というには微妙な歳じゃが、高校生の子供役の杉咲花は体当たり演技だったし、小学生の伊藤蒼は子役演技ではあったものの、十分良かったの」
主「途中から打ち解けてくるのがはっきりとわかって、そこも物語に奥行きを持たせていたね。泣きの演技とかもしっかりと出来ているし、子役として十分じゃない?」
亀「あとは……探偵役の駿河太郎もいい味を出していたの」
主「名脇役だよね。作品全体にいい味を出していたと思う。
あとは……これをどうしても語らなければいけないんだけど……」
亀「この流れというとあとひとりしかおらんの」
主「今作に向井拓海が出るよ!! あの、ヤンキー特攻アイドルの拓海が!!」
亀「アイマスの話かい! 松坂桃李の話をせんか!!」
主「だって、拓海って名前が出た瞬間に特攻服でバイクに跨る巨乳の……(以下自粛」
以下ネタバレあり
2 ネタバレありの批評
亀「おほん!! では気を取り直して……ネタバレありで語っていこうかの」
主「まず、うまいのは出だしの文言だよね。休業中の銭湯に『湯気のごとく店主が蒸発したため、休業中です』みたいなことが書かれているけれど、この始まりは良かった」
亀「掴みとして、単純に言葉もうまいし、面白いの」
主「そうだね。まずはここでしっかりと笑いを取りつつも、説明をしているわけだ。本作において説明しとかなければいけないことというと……予告編で十分と言えば十分だけど、双葉の癌と娘のいじめ、父の失踪ぐらいだけど、父の失踪を説明台詞ではなくて絵で見せるのもよかったね」
亀「ここから残された双葉と娘の安澄の日常と、抱える問題が開示されていくが、父を見つけるなどの課題もサラリと時間をかけることなく、さっさとテンポ良く物語が紡がれていくの」
主「そして父親も帰ってきて、その……一緒にいた女性の連れ子であった鮎子を迎えることによって、一家が揃うわけだ。ここで夕食にしゃぶしゃぶを食べるけれど、ここからが物語の本当の始まりなんだよね」
亀「『誕生日のしゃぶしゃぶ』じゃな」
主「そう。つまり、このしゃぶしゃぶの描写によって『家族が誕生したよ』という意味になる。これが……後々にも生きてくるんだよね。
この作品はこういった、少しのセリフで説明して、あとは演出だけで語る描写も多いから、結構読み取り方も差が出ると思うし、人によって受け止め方が異なるかも。それも面白いポイントだよね」
娘と母の関係
亀「まず、初めに進行するのは娘である安澄のイジメ問題じゃな」
主「う〜ん……個人的にはここは納得いかない部分でもあるんだけどね。まあ、それはいいとして……ここでひとつ上手い手法を取り入れている」
亀「ほお? それは?」
主「ここでいじめられる娘と、学校に送りたい母の対立が描かれるわけだ。そして予告編にもあった、寝室での喧嘩が巻き起こる。
ここで描かれるのは『母と娘の対立関係』だよね。学校に行きたくない娘と、学校に行かせたい、病気もあってひとりで立ち向かって欲しい母という対立関係になっているんだけど、この対立する関係がこの後の展開で大切なことになる。
ここで檄を入れられた娘は、いじめ問題を自分で解決するために、母に買ってもらった『好きな色の勝負下着』を身につけて、別の意味で勝負をするわけだ。それで、盗まれた制服が帰ってきていじめは終わる」
亀「そうじゃの。そして『お母ちゃんと似ている部分があったね』と泣くわけじゃの」
主「この事件において、この親子というものが……再生されるというか、本当の意味で親子になるという意味があるけれど、もう一つ象徴的な効果があってね。
ここでこのふたりはある種の『同一の存在』になるわけだ」
亀「同一の存在か」
主「そう。ここの説明は後にするけれど、この描写を持ってこのふたりというのは鏡合わせの存在であり、さらに同一の存在になることに成功しているんだよね」
新しい家族
亀「そしてそのあとは、母に捨てられた父の連れ子……と言っても、父親が誰かもわからんが、その子供である鮎子の救済に行くわけじゃの」
主「ここもさ、うまい上に卑怯といえば卑怯なんだよね。子供のあんな演技見て、泣かないわけにはいかないじゃない? 絶対涙腺にくるよ。
再開した銭湯からお金を盗んで、誕生日に戻ってくると思って前の家にひとりで帰って、健気に待つ姿……そして安心とともに、お漏らしをして、その脱いだパンツをドアノブに引っ掛けて『鮎子、ここにあり』というギャグを仕込んでくる。
ここでもそのパンツを引っ掛けるのは安澄というのもポイントだね」
父親について
亀「そのあとで朝からシャブシャブと、あの緊迫した状態にあった最初のシャブシャブが、一気に和やかなものになるわけじゃの」
主「あの父親もさ、いいキャラクターっていうのもあるけれど、立ち位置も絶妙だと思ったよ。あの人はどんな状況でも飄々としていて、泣いたり取り乱さないんだよね。
この作品における主人公は双葉の、母親の方だけど、この家族を支えているのは実はお父さんでもあるわけだ。こう……重くなりすぎそうな雰囲気を止めて、コミカルに仕上げる。そういう役割。
実は芯の強い男だと思うよ。確かに逃げたりしたり、行動は最悪だけど……双葉と安澄と、昔の人と鮎子を天秤にかけた場合、鮎子の方にいた方がいいと思ったからそっちに行って、昔の人がいなくなった後もずっと待っていたわけだ」
亀「では、家に帰らなかったのは?」
主「帰らなかったんじゃなくて、帰れなかったんじゃないかな? 鮎子の母親が帰ってくるかもしれないし、面倒を見ているうちに帰りづらくなった。鮎子を捨てるわけにはいかないし、結局あそこで……昔の人か双葉が迎えに来るのを待っていたような気がする。
だから、双葉が迎えに来たら案外あっさりと帰ったでしょ? それは病気の申告もあったけれど、もう待ってもしょうがないと見切りをつけたのかもね。もしかしたら、出て行く時も本当に1時間くらいで帰ってくるつもりだったとか?」
亀「それはさすがに深読みのしすぎかもしれんが……」
主「でも、このお父さんからはある種の美学を感じる。責められても言い訳もしないし、飄々としているけれど、結構辛い立場であるのも事実なんだよね。でも、ちゃんと娘を引き取っているしさ。
もしからしたら、監督の美学や、監督の理想もあるんじゃないかな? 多分、見た目とか言動以上に潔いキャラクターだと思うし、それをわかっているからこそ、双葉も別れないんだよ。事情が事情だから。相談して欲しいとかはあったと思うけれどさ、その意味では信頼関係が成り立っているように見えた」
3 中盤以降の展開
亀「では、ここからいよいよ中盤の展開について話すが……まずは旅行先で出会った拓海の話かの」
主「彼も、その包容力で包み込むことによって、ある種の……『息子』にしてしまうわけだよね。これも愛によって行われるものだよ。後々、重要な意味を持つわけだ」
亀「そして……何よりも、中盤の最大の見せ場であるの」
主「その前の描写で不自然に聴覚障害者が出てきて、その言葉を読みとる描写があった。つまり、あらかじめ手話できるということを、ここで示していたわけだ。
そして実の母と再会する……それを昔から望んでいた双葉の愛に、みんな感動して泣くわけだ。突然のビンタとか、観客を掴むのもうまかったね。
ここも言いたいことがあるけれど……それも後述」
亀「含ませるのぉ。
そしてついに母が倒れて、病院に行く。そのあとに今度は……双葉が母親に会いに行くという展開になるわけじゃな」
主「ここでさっき言った『娘との同一化』という意味が生まれてくる。
つまり、ここで行われた行動……実の母と再会できないというのは、安澄がたどったかもしれない、もうひとつの未来でもあるわけ。もしくは、安澄の実母との再会は、双葉がなしえたかもしれないもうひとつの未来でもある。
だからこの展開によって、ふたつの可能性を示唆したことが、その前の家族の再生も含めてうまいんだよね。
あのいじめを解決したシーンにおいて、作中では初めてこのふたりは本当の意味で『親子』になったんだよね。
そういう伏線と、キャラクターの関係性もしっかりと考えて描いているから、うまい映画だよ、本当」
4 ラストまで
亀「まずは、お父さんがとった、あの奇想天外な行動じゃの」
主「あれもさ、わざと外しに来ているんだよね。泣かせようと思えば……それこそくさいテレビ番組であれば『お母さんへの手紙』とかさ『精一杯のプレゼントを』とかにすると思う。
だけど、多分監督はそれを嫌がったんだよ。照れからくるものだと思うけれど。泣かせようと思えば、もっと色々とできるけれど、この作品は徹底して、ただ泣かせるという選択肢は取らない。それがいいバランスだよね」
亀「ここは危険な賭けじゃの」
主「そうね。あの行動って、本当に馬鹿馬鹿しいからさ、人によっては目が点になると思う。だけど、お父さんなりに……欲しいものもないし、やりたいことは大体やりきった中で、何を見せるかというと『みんなが頑張って支え合う姿』じゃない? それを、感動的なやり方でなく、少し馬鹿馬鹿しいやり方にしたことにより……『何よ、この馬鹿』って泣き笑いのような状態に持っていくというのがこの作品の狙いだろうね」
『銭湯』である意味
亀「そしてラストに行くわけじゃが……しかし、この作品において銭湯である意味があったのかの?」
主「ハァ? この作品は銭湯じゃないと、何の意味もないよ!!」
亀「そこまで言い切るのか!?」
主「まず、死の宣告を受けた双葉が残りの人生を決意したのも銭湯の湯船でしょ? ここで、ある意味で生き返ったんだよ、双葉は。うじうじした生活は終わり、ここから新しい家族を再生させるよ! って。
そしてそれが大成功して、家族も増えて……お葬式は銭湯で迎えるわけ。それは湯船の中だったでしょ?
あれって、最初の落ち込んでいる双葉の銭湯の状態と比べれば、すごく変化しているのがわかると思う」
亀「たったひとりで、暗闇にいた双葉と、双葉と血のつながりはないかもしれないが、そこに生まれた新しい家族、ということじゃな」
主「そう。あの中で、双葉と血の繋がった家族はいないんだよ。唯一血の繋がりがある母親にも拒否されてしまったし。
だけど、それが何の意味があるの? 血の繋がりとかさ、そんなの関係なく……最期の双葉が獲得した『家族』は、とても多かったでしょ?」
亀「……なるほどの。しかし、それが銭湯とどうつながるのじゃ?」
主「ラストシーンの銭湯で温まる家族の姿があるでしょ? 人間の魂の重さが21gというのは、有名な話だけど……もちろん、オカルトみたいなものだけどさ、そのエネルギーってすっごく大きなものなのよ。
それを双葉は浴槽においてきた。
そしてその愛で湯を沸かして、新しい家族みんなで体を暖めるということ。
だからこの映画のタイトルは『湯を沸かすほどの熱い愛』なんだよ。その愛って何かというと、魂のこと。だから、一般家庭とは違う、たくさんの人が入れる銭湯という状況が必要だった、と解釈するけれどね」
亀「なるほどのぉ。まあ、つじつまは合うの」
主「多分、監督の発想の元も『魂の熱量』から来ているんじゃないかな? それを愛と見立てて、家族の再生物語を紡いだ、と。
そして最後に好きな色の煙を上げて……あれ、リアルに考えたら環境や法律的になかなかヤバいと思うけれどさ、まあ、外連味だよね。物語的に考えると、その湯を沸かす燃料は、やはり母の愛だった、ということだし。
もしかしたら……『父親が本当にやりたかったこと』はミスリードのような気もするけれどね。でも、そうだとしたら、ちょっとしたホラーだと思うけれど。
いい終わり方じゃない? それを一々説明しないのも、結構気に入ったかな。ラストも、人によって意見が分かれるだろうし」
亀「ほう……では主の評価も非常に高いのかの?」
主「……うまい映画だけど、好きな映画ではないかなぁ」
亀「ほお」
5 個人的な感想
亀「さて、ここからは……主の愚痴大会じゃの」
主「まずさ、娘のいじめの解決方法……あれ、何よ? あんなぬるい反撃……しかも意味不明なやり方で終わりでいいの? より学校で腫れ物になって、いじめられるだけでしょ?
あの母親との対立もさ、どちらかというと娘の気持ちになっていたから『お母ちゃんはわかってない!』の台詞で、確かにわかってない! って同調しちゃったよ」
亀「そこは……まあ、いじめというよりもエスカレートする前のからかいだからと……」
主「もうさ、あの解決方法含めてドン引きだよね。確かに行動するのは大きいよ。逃げるか立ち向かうか、我慢するか、助けてもらうか……いじめの解決法って大体この4つくらいしかないから。最悪なのは我慢することだけど。
そういうところがまず、ノれなかったひとつめ。そういうことがとにかくたくさんあるの」
亀「他にも?」
主「あんな末期の病気の人が……しかも気を失うし、手は痺れるほどの病状の人が子供を乗せて車の運転しちゃダメだよ。確かにそうじゃないと、拓海と会えないかもしれないけれど……電車でも拓海との出会いをうまく描けるんじゃないの? この脚本なら」
亀「……まあ、そこは映画じゃからな」
主「個人的に、双葉みたいな母親って嫌いなのね。子供の自主性とか、やりたいことを考えない母親ってさ。
映画として大事なのはわかるよ? でもさ、今更実母と会って、どうするのよ?
しかもたった数分前に告げられて、気持ちの整理もできないまま、会わなきゃいけないの?
同じ立場だったらブチ切れるよ。今更なんだよ、こっちに選択肢はないのかよ! って。独善的すぎるよ! って。
結局、自分の後悔を踏まえて、娘に同じ思いをさせたくないという親心なんだろうけれど……選択肢がないのはいただけないよね。勝手すぎ」
亀「……娘の立場になるか、母の立場になるかの違いじゃの」
主「そう。だからさ、終始双葉に対して感情移入ができなかったから、泣き所で泣けない、笑いどころで笑えない……ただ単に『うまい映画だなぁ』で終わったね。あの父親の行動も『ハァ?』だったし。
うまいし、凝っているし、絶賛されるのもわかるけれど、個人的には受け入れられないなぁ……」
6 病気ものとして
亀「ちなみに主にきくが……好きな病気もの映画というと何になる?」
主「う〜ん……面白いとは違うけれど、完成度ならやっぱり黒澤明の『生きる』かな。この映画の素晴らしいところって、癌に侵されて苦しむところとか、家族の葛藤を一切描かないんだよね。
志村喬が癌になって、死ぬ前にやりたいことも見つけて、その次のシーンではすでに葬式。そういう泣きの演技が一切ないの。だからこそ、より人生の空しさとか、最後の心情とかが想像できるわけ。あのブランコに乗ってゴンドラの唄を口ずさむシーンなんて解釈がいくらでもあるし」
亀「……他には?」
主「やっぱり『レスラー』は欠かせないかな。馬鹿な男なんだよ、本当に。馴染みのストリップ嬢といい関係になって、娘ともやり直せそうだったのに、家族も何もかもを……馬鹿やって、自分から捨てたようなものだけどさ、最後に立つのは、一生の仕事だったプロレスのリングなわけ。
その姿とかに痺れるんだよねぇ……」
亀「……確かにそういう作品を選ぶ人間には、この作品は受けないかもしれないの」
主「最近わかったけれど、個人的に病気ものってそこまで好きじゃないみたいね。確かに病気は避けられないし、どうしようもない。だけど、人生ってそういうものじゃない?
犯罪もある、事故もある、天災もある……色々なことがあるんだよ、人生って。
病気に苦しんで、いかにも……って作品がさ、どうにもノらないんだよね。
この作品はコメディを交えているけれど、やっぱり気恥ずかしさはあるよ。そういう病気も特有の……なんとも言えない感動の押し売りみたいなものも感じるし。24時間テレビとか、感動ポルノに思う違和感と同じなのかもしれないなぁ。そういうテンプレに頼らない構造にはなっているけれど……さ」
亀「趣味の問題だけはどうしようもないからの」
主「好きだという気持ちもわかるけれどね。それだけ、うまい作品だし」
最後に
亀「これでさて、長く記事を書いてきたわけじゃが……」
主「で、最後に色々言ったけれど、本当にうまい映画だと思うよ。激賞されるのもよくわかる。確かにこの映画はこの邦画大豊作の年に出てきた傑作のひとつだよ」
亀「まあの。これだけのものを作ろうとした監督の熱意や、やりたいことというのは、なんとなくわかるものじゃの。
これだけの作品を作ったら、次はどのようなものに取り掛かるのか……楽しみじゃの」
主「注目の監督のひとりになったよね。面白いし、もっと色々見てみたいなぁ」
亀「……さて、わしもそろそろ旅たつとするかの」
主「え? やっぱり亀爺ってハロウィンのお化けだったの?」
亀「違うわ!! これから渋谷でオールナイトゴーゴーパーティがあるんじゃよ。これからギャル亀と、ランデブーしてハッスルしてくるかのぉ!」
主「……犯罪に巻き込まれないように気をつけてねぇ。
……亀爺はしばらく死にそうにないな」
記事内で紹介した映画