カエル「どうしても3、4月は大作に見所のある映画や重視しているアニメ映画が多くて小規模公開映画がおざなりなりがちだね……」
亀「こればかりはどうしようもない部分もあるかもしれんの」
カエル「4月も色々な名作、傑作小規模映画が公開されており、他にも『ラブレス』などは静かで地味な印象ながらも、とても重要なことを描いている映画だったしね」
亀「その中でも今作は特にいい映画じゃったな。
詳しくはこれから語っていくが『スリービルボード』が刺さった方ならば是非ともオススメした作品でもある」
カエル「では、感想記事のスタートです!」
作品紹介・あらすじ
昨年に日本公開も果たした『50年後のボクたちは』など、いくつもの大きな映画祭にて賞を獲得してきたドイツの名匠ファティ・アキン監督作品。
今作では監督の他にも脚本、製作も務めており、ゴールデングローブ賞外国語映画賞も受賞している。
今回はダイアン・クルーガーを主演に迎えており、ドイツ語の演技に初挑戦していることも話題に。本作にて2017年のカンヌ国際映画祭にて女優賞を獲得した。
ドイツ・ハンブルグに暮らすドイツ移民のヌーリと、その妻であるカティヤは息子にも恵まれて幸せな生活を送っていた。そんなある日、息子を夫の職場に預けて出かけるカティヤ。
その時、突如として夫の職場が爆発事件に巻き込まれてしまい、ヌーリと息子のロッコは亡くなってしまう。警察の捜査も行われる中で、犯人はネオナチの若者夫婦だと判明し、逮捕される。
失意の中で暮らすカティヤはその裁判に参加するのだが……
1 感想
カエル「それはTwitterの短評からスタートです」
#女は二度決断する
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2018年4月14日
これは傑作!
ドイツ映画らしく移民問題をテーマに添えながらも見応えのある法廷ドラマにのめり込む
特に主演のダイアン・クルーガーがイケメンな上に美人で目を惹く
スリービルボードが好きな人などにオススメ!
エンタメとしても楽しめます
亀「ドイツ映画じゃが、今のドイツ以外にもヨーロッパ、そして世界が抱える難しい問題を突きつけた見事な傑作であるの。
ファティ・アキン監督が脚本にも携わっておるが、そのうまさを見せつけるような映画に仕上がっておるの。これは賞レースなどでも評価されたようじゃが、それも納得の1作である」
カエル「ファティ・アキン監督自体がドイツ生まれではあるけれども、トルコ人移民の両親から生まれてきた人なんだよね。
だからこそ、今のドイツの現状や思いには複雑は思いを抱えているだろうし、ドイツ国民の思いもわかれば、移民の気持ちもわかる人だと思う。それがよく伝わってきた作品だったなぁ」
亀「もちろん、重い映画ではあるが……決して社会性を重視した、ある種の芸術的な映画というわけではない。
むしろ、エンタメとしても非常に楽しめるように工夫されており、飽きることはないのではないかの?」
カエル「あらすじなどでも倦厭する人がいるかもしれないけれど、多くの人に見てもらいたい傑作です!」
ダイアン・クルーガーの名演技をみよ!
ダイアン・クルーガーの圧倒的な魅力!
カエル「今年は特に洋画の女優がとても素晴らしい演技を発揮する人が多い印象で、『スリー・ビルボード』のフランシス・マクドーマンドや『シェイプ・オブ・ウォーター』のサリー・ホーキンスなども話題を集めたけれど、本作の主演を務めるダイアン・クルーガーの演技もまた圧巻だよね!
作品の内容から『スリー・ビルボード』に近い演技でもあるんだけれど、なんといっても粗暴な中に格好良さと美しさを兼ね備えていて!」
亀「ちょっとした仕草が様になっておるのはさすがじゃな。
例えばタバコを吸ったりという仕草であったり、ホームビデオを観るシーンがあるのじゃが、そこで息子に対する態度などは、この映画に出てくるどの男性よりもイケメンじゃった。
あれは惚れてしまう人も男女を問わず多いのではないか?
それでいながらも、多くの困難が直面した時の弱さであったり、戸惑いなども見事に演じており……そこには単に粗暴なだけの女性ではないということがこれでもかと伝わってきた」
カエル「それを見事に捉えたカメラや演出も素晴らしいし、これだけ多くのメッセージ性や難しい描写を含みながらも、しっかりと表現しているからこそ、素晴らしい女優だと実感するよね」
亀「悲しみ、怒り、戸惑い……様々な感情に翻弄されながらも、必死に闘い抜く女性を演じておる。カンヌ国際映画祭で女優賞を獲得したのも納得であり、この演技、決してアカデミー賞候補の上記2人に劣るものではない。
今年を代表するベタラン女優の1人でもあるのは間違いないの」
今年高い評価を獲得したスリービルボードと近い印象を受ける作品でもある
演出の見所
カエル「今作は演出が凝っていてさ、かなりの見所が溢れているんだよね」
亀「まずは手持ちカメラでの撮影シーンが多く、これがホームビデオを観ておるような感覚になる。
ちょっと画質が荒いところも、まるでドキュメンタリーや、実際にあった映像を思わせる。
この演出があることによって、スタートからこの物語が決して単純な物語などではなく、どこにでもある、起こりうることのようにも思えてくる」
カエル「ホームビデオって幸せな家族の象徴みたいなところがあるもんね……
それと実際に映画で使われているカメラの対比を考えると、そのホームビデオがより際立つし……」
亀「それから、わしが痺れたのはダイアン・クルーガー演じる主人公、カティヤが窓をじっと見つめるシーンがある。そこでは傷心のカティヤが呆然と雨の降る外を窓越しに見つめておるのじゃが、周囲が真っ暗で外の光がカティヤを照らしておる。
そこで流れる雨の雫がまるで涙のように見える上に、それが真っ黒だからこそ血の涙に見えてくる……
そのような工夫に満ちた演出がたくさんある作品じゃな」
カエル「特に本作は明確に3段構成となっていて、それもまた見所の1つです。
本当に、どこを切ってもうまく作っているなぁ……と感心する作品だね」
裁判のシーンも緊迫しており、息を飲むシーンの連続……
本作の描き出したテーマ
カエル「あんまりここではネタバレにならない程度に話すけれど、本作のテーマってどういうことなの?」
亀「今のドイツ、そして世界中で重要な問題となっておる『移民と差別』の問題じゃな。
さらに、そこに司法の問題が絡んできておる。これもまた見所の1つであるの」
カエル「ドイツは複雑な状況にあるからね……排他的なナチスを生んでしまった反動から、難民などを積極的に受け入れてきたけれど、それが問題となって右寄りな社会になってきているというね……」
亀「この作品を見ていると、やはりカティヤに感情移入をするじゃろう。もちろん、それは何も間違いではないし、スタッフもそのように誘導するように作っておる。
しかし、複雑な司法や社会の中ではどうしても踏みにじられてしまう思いというのもある……それは日本も他人事ではないはずじゃな」
カエル「近年特に注目を集める移民と差別というテーマだけれど、ドイツで、しかもトルコ出身の両親を持つ監督がどのように描いたのか、という点でも重要だね。
今の海外の問題を知る上でも最適な1作となっています」
以下ネタバレあり
2 差別と偏見と常識の狭間で……
様々な『差別』
カエル「では、ここからは作中に言及しながら語っていくけれど……本作では、多くの差別が存在するじゃない?
もちろん移民差別があって、ネオナチが排斥運動がが起こしていたりとかさ。それから事件の直後、警察が亡くなったカティヤの主人について訊いている際に『ご主人は政治的な活動はしていましたか?』と尋ねるけれど……それはイスラム教徒であり、中東にルーツを持つ人への偏見とも言えるよね」
亀「重要なことではあるのじゃがな。
他にもこのカップルは獄中結婚をしており、旦那は薬の密売人であった前科を持っておる。
結婚後は更生しているのじゃが、その仕事は翻訳業であり、中には犯罪を犯した人と仕事をすることもあった。
それが警察からするとかなり怪しく見えてしまうのもまた事実じゃな」
カエル「またさ、カティヤがある問題を抱えていて……あの状況下では仕方ないと思わなくもないけれど、でもそれは世間からすると眉をひそめるようなことになるわけで……」
亀「わしが今作を高く評価する理由の1つが『決して被害者が絶対的な善ではない』ことをしっかりと描いておるからじゃな。
世界的に差別をテーマにした作品は多いが、その中でも目立つのが被差別者は何も悪くないのに、差別されてしまう状況がおかしいと声を上げる作品が多い。もちろん、移民の中にはその国で頑張ろうと努力をする者もたくさんいる。
しかし、中には違法な行為やその国に馴染まない行動を起こして問題になる者もいる。
その現実をしっかりと描いており、難しい状況であることをしっかりと描いたことを、特に高く評価しなければいけないことじゃな」
印象に残る2人の幸せなシーン……
構成や演出のうまさ
カエル「ここでまた改めて演出について語っていきましょうか。
まず、あのお風呂のシーンは衝撃だよね……どれほど深い絶望を抱いていたのか、よくわかるよ」
亀「特に頭から水滴を真っ赤にしている描写が衝撃的じゃったの。
作中ではどちらかというと気丈に振る舞う描写が多く、強い女性のようにも見えるが、その痛々しさが頭から流れる水滴により、よく映像に捉えられておった。
また、彼女が動揺するシーンではきちんとカメラが手ぶれでブレており、それだけで動揺を誘っておるのがわかる上に心理的に観客に語りかけてくるものも大きいの」
カエル「観客がカティヤの心情と合うように気をつけて演出しているよね」
亀「どれだけカティヤが強い絶望感を抱いていたのか、よくわかる描写も多い。
また生理が来なくなったり、あの……問題行為の手慣れた様子なども、その絶望感を補完しておる。
様々な問題点を抱えながらも、必死に足掻く姿が胸をうつの……
それから、前述の窓から雨の降る外を眺めるシーンにおいてもカティヤは大きく画面の半分ほどを占拠している。
これで彼女に観客からの注目を集める一方で、それ以外の人を……助けてくれる家族や友人に目を向けることもできないことが、しっかりと描かれておったな」
カエル「分かりやすい3段構成であったり、それから日常からの事件、そして裁判という勝負、そこからの絶望、そして最後の対決なども練られていて、脚本・演出のレベルの高さを実感する作品だったね」
亀「特に容疑者の父親と会話をするシーンなどもよかったの。
ネオナチというのは親の意思や教育による運動ではないし、同じ家族であっても……親と子の関係であっても、色々な関係がある。カティヤは被害者であるが、もしも加害者側であったら? という思いもある……複雑な場面であったの」
何が正しいのか?
カエル「作中では衝撃的な裁判のシーンがあって、色々と語られているけれどさ……結局は推定無罪ということで、決定的な証拠の不十分で無罪判決が下るわけじゃない?
それについてはどう思うの?」
亀「……残念なことかもしれんが、わしは司法が正しく機能したと判断する」
カエル「え? じゃあ、あの被告たちは犯人ではないと?」
亀「いや、犯人じゃろうな。
実際にやったであろうし、その裏工作も色々と重ねておったのじゃろう。それはわしもそこまで疑っておらん。
しかし、それでも証拠が不十分である場合においては、推定無罪の原則が適用されるべきである。
司法の道理に適っておるとわしは考える」
カエル「……それじゃ、救われないじゃない」
亀「司法というのは国のためにあるものであり、被害者のために存在しているわけではない。結局は被害者の味方ではないし、加害者の敵でもない。
中立でなければいけないんじゃよ。
日本でも一部では司法の判断がおかしいと声を上げておることもあるが、司法の判断がおかしいのであれば、それは最高裁判所の裁判官や、司法を作る政治家を選んだ日本国民がおかしいということもできる。
少なくとも、司法が無罪、ないしは立件を棄却と決めた案件に対して、過度に声を上げることは今の社会を否定することではないかの?」
カエル「……でもさ、犯人なんだよ? 差別感情もあったかもしれないし……」
亀「犯人であっても、実際にやっていても、限りなく怪しくても証拠や客観的データがない以上は仕方ない。
確かに残忍で、決して許してはいけない犯行である。しかし、その復讐や報いを与えるのは国であり、司法でなければいけない……とわしは考えるがの」
カエル「……なんか納得いくような、いかないような答えだね」
容疑者の父親との会話シーン。
複雑な『親』である2人の思いが胸に染み入る
二度の決断
カエル「そしてタイトルにもある二度の決断になるわけだけれど……実際は小さいものも含めたらたくさんの決断があっただろうけれどね」
亀「その中でも特に印象に残るがの最後の決断になるじゃろうが……その前の買い物をしている長回しの場面が、わしはとても印象に残った。
あのシーンでは彼女はいくつもの葛藤を抱えておる。上告をすべき、あきらめるべきか、それ以外の道を選ぶべきか……その葛藤がこちらにもグッと伝わってきたの」
カエル「これを面白いと言っていいのかわからないけれど、二度目の決断のシーンってそんなに衝撃的な演出はしていないんだよね……
音楽も静かな音楽で癒されるものだったし、鳥がいたり、自然が豊かで……でもカティヤはあの道を選んだというギャップが深く印象に残って……」
亀「それこそ、スリービルボードと比較して考えると面白い。
あちらではオレンジジュースを渡してくれる人がいて、様々なつながりがあった。しかし、こちらではほぼ孤独に、支えてくれる人の手を取ることなく悩んだ結果の行動にとなっておる」
カエル「……どちらも被害者遺族を扱い、しかも母親という状況も一緒で、性格も似ていて……だけれど、映画の最後は似ているようでちょっと違うというのが、ね」
亀「これが今の世界の現実なのかもしれんなぁ」
最後に
カエル「差別と偏見をメインで扱いながらも、しっかりと胸に刺さる映画がまた1つ生まれたね……もっと大規模な公開をして欲しかったな、という思いもありつつ、でもこの映画を観に行く人も少ないかもしれないと考えると、妥当なのかなぁ」
亀「このような映画を見るたびに、邦画の現状について考えてしまう。
差別と偏見というのは日本でも決してない話題ではない。
なのにもかかわらず、ここまで深く描写した作品にめぐり合うことはめったにない。
世界の映画の現状と、邦画の現状の乖離が激しいと思ってしまうのは……決してわしだけではないと思うがの」
カエル「潜在的な差別もあるし、様々な社会問題もあるのに、そこに向き合った傑作があまりないように見えるのかな」
亀「日本は難民問題について無関心であるし、受け入れに反対している人も多いじゃろう。それが正しいか間違いかは簡単に断定することができない。
それでも、それを考えるきっかけになる作品が生まれてくれればいいと思うのじゃがな……」