カエル助手(以下カエル)
「た、大変だよ!
電車の中で殺人事件が起きたって!」
亀探偵(以下亀)
「ほう……それは大変じゃな」
カエル「……え? いや、もっと驚き方があるんじゃない? さすがに行く先々で殺人事件が発生して、もうそんなの慣れっこだよ、って感覚マヒしてそうな探偵でも、そこまで簡素ではないんじゃないの?」
亀「まあ、密室モノや列車ものというのは王道であるからの。
本作だって発売されたのは1934年と80年以上前の話じゃからの。もうエンタメ作品の中では古典の部類に入る作品じゃな」
カエル「いや、だからってそんなに軽い反応ってことある?
あ、あとこの手のミステリ作品では当然だけれど、絶対に犯人やトリックについてのネタバレは無しだからね!?」
亀「……別に構わんのではないか?
むしろ、この映画を観に行く人の8割くらいはトリックを知っているものじゃと思うが……」
カエル「ダメ! 確かにミステリーの名作であって、もうどこもかしこもネタバレしているけれど、知らないで観に行く人もいるんだから!
そういう人の楽しみを奪うようなことは絶対ダメ!」
亀「はいはい、わかっておるよ……
では、本作の感想記事の始まりじゃ」
カエル「……あれ? 殺人事件の話はどこにいったの?」
作品紹介・あらすじ
これまでに何度も映画化やテレビドラマ化もされているミステリー界の巨匠、アガサ・クリスティの代表作を『マイティソー』『シンデレラ』などの監督も務めているケネス・プラナーが製作、監督、主演にて映画化した作品。
なお、製作にはリドリースコットも名を連ねている。
脚本は『ブレードランナー2049』や『エイリアン コヴェナント』などの大作映画の脚本を多く担当しているマイケル・グリーン。
また事件の鍵を握るラチェット役にはジョニー・デップを起用し、他にもミシェル・ファイファー、ペネロペ・クルスなどの豪華出演陣の夢の共演も話題に。
イスラエルやトルコなどの中東で事件を解決した名探偵ポアロは、フランス行きの豪華寝台列車であるオリエント急行に乗った。
しかし、その車内で富豪が殺害されてしまう事件が発生する。教授、執事、家庭教師、医者、宣教師などの乗客たちの中に、その犯人がいると睨んだポアロは調査を開始するが、意見を聞けば聞くほど事件はより混迷の道をたどる……
果たして真犯人は誰なのか?
ポアロはこの謎を解くことだできるのか?
世界中で愛されるミステリーの物語が幕をあける……
1 感想
カエル「では、ここからはまずTwitterの感想から始めます!」
#オリエント急行殺人事件
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2017年12月8日
ミステリーの醍醐味は予想を裏切る大どんでん返しであることは間違いない
ではおそらく世界一有名なトリックを誇る本作はつまらないのか?
答えは当然、否
この作品には名優が必要だった……
予告のフレーズが全てを物語る
亀「犯人はこの作品に関して致命的なミスを1つだけ犯しておる」
カエル「え? いきなりどうしたの?」
亀「本作は世界で1番有名なトリックの作品であるじゃ」
カエル「……まあ、何が1番か、と言われると難しいけれど、例えば同じクリスティの『アクロイド殺し』とか『そして誰もいなくなった』『ABC殺人事件』はトリックやどのような話なのかは知っていても、犯人の知名度で言ったら本作が頭1つ抜けているかもねぇ」
亀「本作の難しいところは、ミステリーにおける最大の醍醐味である『大どんでん返し』が封じられてしまっていることじゃ。もちろん、映画は原作と全く違う話にしてもいいじゃろうし、意外性を狙って全く違う犯人を生み出してもいい。
しかし、そうなると……オリエント急行殺人事件である必要性がなくなってしまうわけじゃな」
カエル「その大どんでん返しが特に有名で、そこを変えると……変な例えかもしれないけれど『ドラゴンボールの出てこないドラゴンボール』みたいになってしまうかもしれないからねぇ。
確かに後半はただのお役立ちアイテムかもしれないけれどさ……」
亀「ではその制約がある中でどのような作品に仕上げてくるのか? というのが問題なわけじゃが……ワシが思うに、この作品はトリックを知っておっても、何も知らない人でも楽しめる作品に仕上がっておる。
そしてどちらの方がより楽しめるか? と訊かれたら……案外、楽しみ方が違うだけで満足度は変わらんかもしれんの」
威厳のあるポワロと列車が映像に映える!
本作のこだわり
カエル「まず、ポワロのキャラクター性が最高にいいんだよね!
やっぱりポワロといえばデヴィット・スーシェが演じたドラマ版が有名だし、僕もそちらを連想するけれど、今までのポワロはちょっと小太りで、どちらかというとコミカルな印象があったんだよ。
だけれど、今作のブラナーのポワロ像はヒゲもいつもよりも雄々しくて、細身ということもあって威厳を感じるし、そして頭脳明晰は当然のことながらも、今作では体術も見せてくれるという!」
やはり自分の中のポワロのイメージはこちら
亀「エンターテイメントとして、ミステリー以外の部分でも魅せようという意識に溢れておったの。
例えば、本作のカメラワークであったり演出というのも非常にスタイリッシュなものとなっておる。あんまり語るとあれなんじゃが……見ていると『おお! これはすごい!』と思わせるシーンがいくつもあって、ミステリー以外にも見せ場も多く作っておるの」
カエル「それからなんといっても列車ですよ!
本作は刊行された1930年代のお話だけれど、衣装はもちろんのことオリエント急行の内装、小物などいたるまで拘りを見せていて、アメリカの批評家の賞では美術賞などにノミネートするのも納得!」
亀「本作を撮影するために機関車を大規模なセットとして2つ用意したというから、すごい話じゃな。しかもその内装も考えられていて、公式サイトでは『映画に集中してもらうために現在のアールヌーボーではなく、あえてアールデコに近いスタイルを選んだ』という話じゃっの。
他にも雪山なども巨大なセットで作られたりと、多くの工夫に満ちておる」
列車内の装飾にも注目!
難点として……
カエル「ただ、若干どうしようもない難点もあって……
1つ目はちょっと自分は内容が頭に入っているから、もしかしたら的外れかもしれないけれど……多分、何も知らないでこの映画を見ると、結構ゴチャゴチャしていて理解が難しいかもしれないね」
亀「何せ容疑者の乗客だけで12人もおるからの。
その1人1人が名演者であるし、確かにキャラクター性も立っているのではあるが、若干頭がこんがらがってくることもあるかもしれん。
そうならないように年齢層や見た目、それから人種なども変えているのではあるのじゃが……いかんせん、2時間の物語で12人の顔と名前を覚えるのは少し手間じゃな」
カエル「小説ならば混乱したら一度読みかせばどうにかなるんだけれどね……
それから……これはミステリーだからしょうがないけれど、中盤がちょっと眠くなってくるかも……」
亀「どうしても会話劇になってしまい、お話が停滞しているように見えてしまうところがあるからの。
序盤は派手なシーンも多くあり、観客を魅了するための工夫に満ちておる。もちろん、全てが明かされる終盤は楽しんで見られるじゃろう。
しかし、中盤は人の話を聞く箇所が多いのでの……それが退屈と思うか、知能を刺激されるかは人によるの」
カエル「犯人やトリックを知っていると『どうせ先知っているからなぁ』と思って気を抜いちゃったところはあるかもね」
亀「列車内というある種の密室に近い環境下での事件じゃから、さまざまな縛りがあるのは仕方ない面でもあるがの」
以下ネタバレあり
2 原作との改変点
カエル「えーでは、ここからは作中の描写などに言及していきますが、最初に述べたようにトリックや犯人については明確には明かしません。
ただ、ニュアンスなどで伝わってしまうこともあるかもしれないので、それはご了承ください」
亀「まずは、本作において重要なことについて考えていくとするかの。
わしも原作を読んだのは……もう10年以上前になるので記憶も曖昧じゃがな、明らかに原作と大きく違うところがあった」
カエル「スタートの『嘆きの壁』の事件だね。
これってうまいよね。ポワロという人がどのような推理をする探偵なのか? ということを説明する一方で、アクションを交えてエンタメ性を強くしている。
本作って結局はキャラクター映画なわけだからさ、ポアロに対して感情移入してくれないと、この先が結構辛くなってきちゃうわけで……そのつかみとしても良かったよね」
亀「ふむ……本当にそれだけかの?」
カエル「え? どういうこと?」
亀「カエルよ、お主はこの映画で本当に大切なことを見落としているの」
カエル「……何? 犯人がどうとかということ?」
亀「いやいやいや、この映画では確かに原作と同じようにこの事件の犯人やトリックというのも非常に重要ではある。
しかし、それ以上に重要なことが本作ではあるわけじゃな。
単に映像が豪華なだけでは、さすがに誰もが知るミステリーを面白くすることは難しい。
しかし、今作はある大きな視点を与えることによって、また別の意味を持つ物語に仕上げているわけじゃな」
犯人はこの中にいる……って多いわ!
挑戦的な演出
カエル「演出については中々面白かったよね。
最初の事件の真相が暴かれて、そのあとの行動ままでもが全てが計算通り! というのも良かったし、それからポワロが列車に乗るときの長回し!
今年は『ベイビー・ドライバー』の長回しが特に印象に残っているんだけれど、単純な時間だけなら、今作も負けていないんじゃないかな?
しかも後ろのモブとかも結構よく動いているから、タイミングを合わせたりするのが本当に大変だったろうなぁと感じられて!」
亀「それから街や雪山、海などの絵も非常に美しかったの。
本作は色々な街を行く描写もあるわけじゃが、その街々の魅力なども絵でよく表現されておったわい」
カエル「今では当たり前になってしまったかもしれないけれど、雪山での雪崩なども迫力あったよねぇ」
亀「その中でもわしが注目するのが『上からの視点』じゃな」
カエル「ああ、あの死体発見の時などの視点だね。
今回ロケ用に作った列車はこういう撮影もできるように工夫されていて、屋根なども取り外せるようにしていたんだって。だからこそできる撮影だったと思うけれど……あれでグロテスクな様子などが薄れて、子供でも安心して楽しめる作品になったんじゃないかな?」
亀「このあたりはアメリカの映画のレーティングの問題などもあるかもしれんの。
例えば『F〇〇K』という言葉を2回以上使うとレーティングが上がってしまうという話を聞いたことがあるが、死体などの暴力描写もそうなのかもしれん。
だからこそ、あまり見せることなく、それでもしっかりと印象つけるための工夫なのかもしれんの」
カエル「……でも、この演出が特に印象に残ったのは何か理由があるの?」
亀「それは、先ほどの『冒頭の意味』にもつながってくるの」
3 本作が示したテーマとは?
カエル「冒頭の意味? 確かに原作にはエルサレムに行く描写もなければ、嘆きの壁のシーンもないけれど……それが何か?」
亀「この作品で何度も登場する言葉が『神』という単語じゃ。
本作は明らかに神について意識している。それはなぜなのか? というのが今回の議題じゃな」
カエル「……え? それはキリスト教などの一神教が大きな意味を持つアメリカという国だからじゃないの?」
亀「そんな簡単なものではないんじゃよ。
ご存知の通り、エルサレムと言うのはユダヤ、キリスト、イスラムの3つの宗教の聖地でもある。
だからこそ、あれだけゴタゴタしてしまうわけじゃな。
聖地の前で3つの宗教の指導者的役割の人たちが並べられている。そしてその中でもことの真相が暴かれるわけである……これで意味は成立しておる」
カエル「えっと……宗教的な解釈ということだよね?」
亀「そうじゃな。この3つの宗教の前で真の罪人が暴かれるというのは、神によって罪に罰が与えられて、真に罪のないものは救われるということでもある。
その後のポワロは『この世には善と悪の2つにはっきりと分けられる。中間はない』というようなことを言う。
つまり、それはキリスト教的な2元論ということじゃな」
カエル「え? じゃあ、やっぱりこの作品も神様とか、そういう話になってくるの?」
亀「ならなかったらあんなにたくさん神様という言葉を連呼しないじゃろう。
そしてポワロが列車に乗り込む時に『3は縁起が悪い』という言葉がある。3というのはキリスト教などでは三位一体などを表す、神聖な数字となっておる。だからポワロは3番目の部屋に行くわけじゃな。
ここで神聖な部屋に行く=ポワロは神のような視点を持つ、ということになる」
カエル「つまり、真実を見抜く力があるということかぁ……
あ! だから上からの視点が大事ってそういうことなんだ!
つまり、あれは天上から見下ろしている神様の視点ってことなんだね!」
ジョニーデップもいい味を見せていました!
本作で大事な存在
カエル「でもさ、何でそんなに神様が大事なの?」
亀「……これはネタバレ抜きで説明するのも難しいのじゃが、本作の犯人の動機は非常に難しいものになっておる。
本作の根幹となる事件にはモデルとなった事件があって『リンドバーグ愛児誘拐事件』じゃな。簡単に言えば子供が誘拐されて、その身代金も払ったが結局子供は殺害されてしまった。
最終的には犯人も捕まって死刑判決が下り、執行されるわけじゃが、それが冤罪ではないか? という疑念が今でも残っている不可解な事件じゃな」
カエル「……結構ひどい話だよねぇ。本作はその冤罪説を元に物語を構築しているとも言えるわけだけれど……」
亀「本作で重要なのは『神と法』じゃ。法の元に平等などというのは、神がいて法があって初めて成立する概念である。
法と神については今年公開した『三度目の殺人』の時も書いたが、神という存在が居て司法社会や法というのは意味を持つ。少なくとも、西洋ではそういう考えが下敷きになっておる」
カエル「ちょっと日本人には理解しづらいかもしれないけれど……でも法で裁くことのできない犯罪だってあるんじゃないの?」
亀「だからこそ今回の事件は起きたわけじゃな。本作の最後において、ポワロは冒頭の主張を翻すような言葉を口にだす。それはなぜかといえば、今回の殺人が果たして罪なのか? それとも罰なのか? ということは判断が難しいからじゃ。
本来は司法が下すべき罰を、代わりに下したということもできる。わしなどはそれは私刑である、と反対するが……国や法がさばけない以上、神が裁くしかないという話じゃな」
カエル「じゃあ、あの時の銃がああいう風になったのって……」
亀「それこそ、キリスト教などは自殺を明確に禁止しておる。本当に罪人なのであれば、あの瞬間に罰は降るはずじゃ。しかし、その罰は降ることなく、しかも許された。
本作は聡明なる頭脳を持つポワロが神の代理人として犯人を見つけ出し、そしてそれを裁く物語となっておる。
最後に下したポワロの決断……それこそが、この映画における『神の赦し』になっておるのではないかの?
そしてそれは原作からも同じである。
なぜ本作の容疑者が12人なのか? と言うと、それは陪審員の数が12人じゃからじゃな。
これは歴史的大名作『12人の怒れる男』と同じじゃよ」
カエル「ということは、裁判や神様について描いた映画でもあるんだ……」
亀「本作の原作がなぜ名作と呼ばれるのか? というのは、確かにそのトリックや犯人に驚くこともある。しかし、その根底には『罪とは何か?』という哲学的な問いから、『裁判と私刑』などの多くの物事について考えさせるようにできているからじゃな。
クリスティはあくまでも娯楽作として描いたが、今作の映画版はそのテーマ性をさらに深めてきた、ということでもあるの」
最後に
カエル「ただのミステリーかと思ったら、結構深い話でもあるんだねぇ……」
亀「なぜ本作が歴史に残ったのか? というのもわかるじゃろう?
もちろんあの時代にこれだけのミステリーを書いてしまったのも素晴らしいが、その中にテーマもある。わしは本作の終わり方も含めてかなりの高評価じゃな。中々面白い作品じゃったわい」
カエル「いやー、楽しい映画だったね!
……あれ? 何か忘れているような……」
亀「うん? もう感想記事もおしまいじゃ。特に話すこともないじゃろう」
カエル「う〜ん……まあ、忘れてしまうようなことだから別にいいかぁ!
さて、遊びに行こう!」
亀「わしもコンビニでムフフな雑誌でも買いに行くかの……」
〜列車内にて〜
ブログ主(……いつまでここで死んでいればいいんだ? 早く犯人探してくれないと、こっちも生き返れないんだけれど……)