物語る亀

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物語愛好者の雑文

通勤途中に小説を〜短編小説 『星』

 気がつくと周囲は夕闇に閉ざされて、ほんの少し先さえも、光のしっぽすら見えない中、俺は草むらに横になっていた。別に遭難したとかいう大事な話ではなく、町外れの森の中を、真っ昼間から陽の光を木々で避けながら、ずっと草を敷き布団にしていたのだ。

 大した理由があったわけではない。ただ、三年付き合っていた彼女が他の男と寝ていたという、よくある話だ。

 そう、ただ、それだけのこと。

 

 しかし、こうなっては車を置いた空き地にまで戻るのも一苦労だ。なにせ何の比喩でもない、本当に一寸先は闇なのだから。まったく、今のおれを取り巻く状況でこれほどぴったりな言葉はない。

 とりあえず立ち上がってみるが、今日は新月なのか、空に月ひとつ浮かんでいない。いや、仮にでていたとしても頭上の木々が邪魔をして光が差し込むことはないだろう。

 漆黒の闇が肌にまとわりつき、夏だというのに背中を冷や汗が濡らす。すでにシャツは肌に張り付き、気持ち悪いくらいだ。車から持ってきていたペットボトルの水を口に含むが、喉と口内の乾きを潤すほどではない。だからといってこれを一息に呑み干す気にもなれず、ただただ無遠慮に襲ってくる苛立ちと闘うのみだった。

 

 前へ一歩一歩と進むが、すぐに何かにぶつかり転んでしまう。手触りからすると、どうやら木の根っこらしい。仕方なく這うようにして先へと進む。

 本当にこの道であっているのか確信すら持てず、ただただ前へと進む。石か木の枝で手のひらは傷つき、なぜだか落ちていたガラスの破片ですねを切った。それでも立ち止まることなく先に進む。

 ただ、恐かったのだ。

 ここに立ち止まることが。それがいかに得策でないにしても、余計に迷ったとしても、先に進む以外の選択肢はなかった。

 やがて木々の生い茂る森を抜けると、かすかな光が漏れる場所へとたどり着いた。どんなに弱い光でもいい、ただ、闇だけは遠くへ追いやりたくて一心不乱にそちらへ向かった。

 たどり着いて再び横になると、今日はやはり新月だった。どおりで暗いわけだとひとり呟くと、そっと手を空に向けた。指の間から砂金のような光が漏れている。だがそれは砂金のように手からこぼれ落ちることもなく、手に触れることもなく、ただただ闇夜のキャンパスに振りかけたようにささやかに自己主張しているだけだ。

 ああ、とひとり呟いた。

 

 明けない夜はない。そうこぼして、再び目を閉じた。

 

 

 

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