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物語る亀

ネタバレありの物語批評

夜長姫と耳男(坂口安吾)とヤンデレの美〜感想と解説〜

亀爺(以下亀)

「なあ主よ、なんでこのタイミングで『夜長姫と耳男』をチョイスしたんじゃ? 夏っぽい作品なら細田守作品特集もあれば、芥川賞、直木賞の発表もあれば、グラメのドラマ化に合わせて原作本を売り込むいい機会じゃろう」

ブログ主(以下主)

「その通りなんだけどな。結局この記事も、PV数も稼げるはずもないし、バズる可能性もないしな。まあ、このブログでバズったことなんて一度もないんだけども(笑)」

 

亀「笑、じゃああるまい! で、なんで今更『夜長姫と耳男』なのじゃ?」

主「この前の記事でさ、坂口安吾について軽く触れたわけよ。その時にさ、この作品の話をしたけれど『ヤンデレ万歳!!』が個人的にツボって、じゃあこの機会でまとめてみようって思ってさ。まあ、需要があるかわからんけれど、とりあえず、考えていこうか」

 

 

 こちらに収録されています。(青空文庫でも読めます)

桜の森の満開の下・白痴 他十二篇 (岩波文庫)

桜の森の満開の下・白痴 他十二篇 (岩波文庫)

 

 

 あらすじ

 長い耳を持つ耳男は師匠の代わりに夜長の里に出向くことになる。そこで姫のために弥勒菩薩を匠三人が彫ることを命じられるが、姫により耳を馬鹿にされて辱めを受け、弥勒ではなく魔神(化け物)を彫ることにする。

 そんなある日、酒の席で江奈子(エナコ)という娘を紹介されて、勝者に与えられることが告げられる。江奈子は耳男の長い耳を馬鹿にすると、耳男も言い返したところ、その耳の片方鉈で切り落とされる。耳男はここを出るように諭されるが、そのような目にあってもその言葉を聞き入れることはなかった。 

 長老は江奈子をあやめる権利を与えるが、耳男は口悪く「耳を虫けらに噛まれただけだ」と告げて江奈子を許すが、それを聞いた姫が「ではもう一つの耳を落としなさい」と言って片方の耳も落とされてしまう。

 

 それから3年が過ぎ、恨みのこもった像を作り上げ、蛇の生き血を吸い、残りは像にかけて完成したそれは周囲のものを怖がらせるに足るものであったが、姫は気に入ってしまい、さらに仕事部屋に吊るされた蛇の死骸も気にいるのだが、全て焼き払ってしまう。

 狂気の姫の姿に耳男も恐怖を感じるものの、離れることができなかった。そして、物語はさらに衝撃の展開を迎える……

 

 

坂口安吾の『小説力』

主「とまあ、結構物騒な話ではあるものの、ぶっちゃけて言うと『うまい作品』ではないよな

亀「……天下の文豪に対して何を言うのか、この主は……

 ただ、確かに元々坂口安吾は『堕落論』などの自伝的小説(今でいうエッセイに近い)が評価される一方で、創作小説はそちらと比べるとあまり評価は高くない印象があるの。代表作も『白痴』や『桜の森の満開の下』などもあるが、その多作ぶりと比べると少し寂しい印象がある。

 特に長編に名作とされる作品がないことが、よりこの評価を裏付けるものになってしまっておる。長編は構成など多くの計画性が求められるからの」

 

主「特にこの作品が発表されたのは1952年のようだが、この頃の安吾はヒロポン(覚せい剤)やら睡眠薬やらでもうボロボロ、騒動を次々巻き起すお騒がせタレントと同じ状態だったわけだ。だから、まともな状態だとは言い難かった」

亀「……では主はこの作品は駄作だと言いたいのかの?」

 

主「逆だよ! この作品は大傑作!!

 少なくともそこは間違いない!!

 ただし、論理的に優れているとか、文章力が素晴らしいとかそういう問題ではなくて、もう『飛んだ』後の世界に足を半分突っ込んでいるからこそ書けた大傑作だから、参考にすることもできないし、それは危険だと思う」

 

亀「……ほう。大傑作だけど真似てはいけないのか」

主「そうだね。いつも言うことだけど、上手い下手なんてそんなことは関係ないの。そこを超えた先にあるもの、それが描けているかどうかということが重要であるわけで、安吾の魅力ってその上手いとか下手とか、そんな次元にない。何というか『本質』をつかんでいるところに魅力があると思うね

 

以下ネタバレあり 

blog.monogatarukame.net

 

坂口安吾の恋愛観

亀「安吾の恋愛観というと、それこそ恋愛論なども書かれておるが中々独特の感覚を持っておったの」

主「安吾の作品は男女のことについて書いている作品も多くて、それこそ『桜の森の満開の下』も『白痴』も男女のことについて書いているけれども、どれもまともな恋愛ではないんだよね。本作もそれは同じで、やっぱりおかしな恋愛が描かれている」

 亀「安吾というと恋愛論に書かれておる

 

『孤独は、人のふるさとだ。恋愛は人生の花であります。いかに退屈であろうとも、このほかに花はない』

 

の言葉が有名じゃな」

主「この言葉をどう解釈するかって話なんだよね。確かに恋愛を奨励しているのは間違いないし、恋愛は素晴らしいと書いてあるようにも読める。

 でも、個人的には『恋愛自体は退屈かもしれないけれど、これ以外に花はないから諦めなさい』と解釈するわけよ

亀「ほう……天邪鬼の主らしいの。多くの名言集やブログではそのような意味では扱っておらんと思うがの」

主「それは安吾の作品を知らないか、この言葉だけを知った人だからじゃない?

 個人的に安吾の本質っていうものは、『逆説的に本質を突く』ということにあると思っている。意味がわからないと思うから、これから詳しく説明するわ」

 

逆説的に本質を突く

主「まず、多くの人が思い浮かべる純愛って何? はい、亀爺」

亀「そうじゃの。少女漫画のような世界観かの。まず一目惚れか何かがあって、少しずつ会話して、デートして、手をつないで、告白して、キスをして、結婚し、死別まで浮気することもなく付き合うことかの」

 

主「はい、全然ダメ!! その考え方をしていると、安吾の思想には辿り着くことができないね!」

亀(……何だかイラつくの)

主「いい? 堕落論を始めとして、安吾の価値観というのは『堕落や禁忌の中に美を見出す』ということが多い。白痴的な女性であったり、ヤンデレ気味な、現代でいうとメンヘラやビッチに美を見出しているわけだよ。つまり、我々が抱く幻想、例えば倫理とか、法律とか、道徳とか、宗教とか、そういう考え方から飛び出して逆側から物事を見てみようっていう方法なの!」

 

亀「……? どういうことじゃ?」

主「例えば阿部定事件があるけれど、あの残忍な事件に美を感じるわけだよ、安吾はね。純愛一途のせゐであり、むしろ可憐ではないか。ってね。殺人と死体損壊に告げる言葉ではないでしょ? 

 つまり不倫や殺人のような本来であれば純愛の美から最も遠いような位置から、美を描き出そうとしているのが安吾なんだよね。

 だから安吾の代表作とされる『白痴』も『桜の森の満開の下』もこの作品も、ある意味では純愛に最も縁遠いような女性像が描かれるんだよ。だけどそこを描くことにより、逆方向からの美を描こうとする、それが坂口安吾の文学なんだと思うわけよ!!

亀(……面倒くさくなってきたの)

 

 

blog.monogatarukame.net

 

ヤンデレに潜む美

主「夜長姫に話を戻すと、彼女は本当にエキセントリックな性格だけど、その美ってなんだと思う?」

亀「……純粋性、かの」

主「そうだね。ヤンデレの魅力としてあがるのが、『限りなく純粋な感情』だと思う。本来の恋愛っていうものは、ある種の打算が入ってくわけじゃん。年収とか、仕事、容姿、性格、年齢、家柄、しつけ……その他にもたくさんの要素を細かく分析して、合うか合わないかを計算して恋愛が始まる。駆け引きって言ってもいいけれど。

 だけど夜長姫の場合ってそういうことはなくて、本当に純粋に耳男の美に感銘を受けているし、死というものが美しいと思って狂喜乱舞している。そこに宿る『純粋性』っていうものが美しんだよ。

 ヤンデレが意中の男性と向き合っている時は、その心中ではその男の事しか考えてない。その純粋性が魅力なんだよ!!」

 

亀「……確かにプロ野球よりも高校野球の方が美しいと思うのは、そこに年収やら未来という打算がないからじゃろうな。青春の1ページとして純粋だから美しいと」

 主「そういうこと。夜長姫に感じる美はそういうことだと思う。そしてこの作品の最後の台詞があるわけじゃない。

 『好きなものは呪うか殺すか争うかしなければならないのよ』という言葉。

 ここがすごくいいんだけど、ここは安吾の芸術感、恋愛観がすごく出ていると思う。好きなものを愛して、大切にして、守りなさいというのが普通なんだけど、そうじゃない。呪うか殺すか争うしかないという言葉にこそ、坂口安吾という人間の文学性が込められているんだよ!!

 

 

最後に

主「でもね、坂口安吾にとっての女性像というのはそんなヤンデレじみたものだけじゃなくてね、27歳の時に燃えるような恋をした矢田津世子という女性がいるんだけど……」

 

カエル「お〜い、亀爺!! あれ? 主とお話ししてたの?」

亀「……いや、もうトランス状態でまともな会話になっておらんわ」

カエル「え、この状態で終えていいの?」

亀「構わんよ。これ以上語らせると何万文字超えるかわからん。ここから先は『夜長姫と耳男』を超えて、安吾論になるだけじゃ。それはまた別の機会にしよう。

 ほれ、カエル、今日は何が食べたい?」

カエル「そうだなぁ……タンパクなものが食べたいかな!!」

 

主「……そういった矢田津世子に望むような高尚な聖母のような女性像を持つ一方で、作中に描かれるような白痴的な女性を愛する心を持っており、ここは安吾の厨二的な部分を象徴しているとも言えるんだけど、むしろ求道者としての童貞的な……

 

※坂口安吾をやると好きすぎるので、またいずれ書くと思いますが、これ以上やるとまとまりがさらになくなりそうだからここでやめます。

 もしかしたら大幅に改稿するかも……

 

坂口安吾 (文春文庫)

坂口安吾 (文春文庫)