今回はNHKでも放送された『アーヤと魔女』の劇場版について感想記事になります!
そういえば、ちょっと前にそんな放送をしていたのぉ
カエルくん(以下カエル)
「一応録画して、後で見ればいいや! でずっと置いていて今に至るって感じではあるね」
亀爺(以下亀)
「その意味では、アーヤと魔女の初見の記事となるわけじゃな」
カエル「あのスタジオジブリの最新作としてどのような評価になるのか、それでは記事を始めましょう!」
感想
それでは、Twitterの短評からスタートです!
#アーヤと魔女
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2021年8月28日
3DCG表現の硬さが気になりながらも表情などに関してはコロコロ変わる仕草などもあり、及第点と言えるだろうか
ただしそれがキャラクターの魅力に繋がらないのは残念
というか、OPやEDの動かないイラスト(エピローグ)に完全に魅力で負けている時点で哀しくなってしまう pic.twitter.com/joAAWveACM
悪い作品とまでは言わんが、どうしても高いハードルを超えることはできなかったかの
カエル「まあ、日本国民なら誰でも知っているといっても過言ではない、宮崎駿が代表的な作品を発表し続けたスタジオジブリの新作だからね……
もちろん、監督はその息子さんである宮崎吾郎監督だけれど……いや、むしろだからこそなのかな? 厳しい評価も出てきてしまうというか……」
亀「今にして思えば、スタジオジブリほど監督の作家性を重要視したスタジオもなかったかもしれん。
それは宮崎駿然り、同じくアニメ界の大巨匠でいながらもまた違う軸と言える、アートスティックな作品を作り上げた高畑勲然り、その他の監督もそれぞれの個性を発揮しようとしていた部分がある。
今作では宮崎駿の後継者と目されていた息子、宮崎吾郎の監督作であると同時に、ジブリ初の3DCGアニメであるわけじゃな」
手書きアニメから決別したのは良かったと思うけれど……じゃあ、そのクオリティはというと……
これがまた、評価が難しいポイントかもしれんなぁ
カエル「これがさ、もうどうしようもないほどダメだったら『ダメ! 才能なし! 手書きにしろ!』って言えるんだけれど……そこまで酷くはないよね。
だからといって、現代のアメリカ・中国のCGアニメーションと比べても明らかに見劣りするのは間違いなくて……いや、もうこれは仕方ないんだけれどさ。
初めての挑戦としてはかなり良いんだけれど、でもスタジオジブリで”悪くないレベル”でいいのかなぁ……?」
亀「もはや、日本のCGアニメ表現はアメリカはもちろんこと、中国にも大きく差をつけられておる。技術力だけでなく、資金力が全く異なるため、おそらくこの差は今後埋まることがないじゃろうな。
その代わりというのもなんじゃが、日本アニメは明らかに手書き表現がずば抜けており、世界一と言えるクオリティを誇っておる。
そしてそのトップにいたのが、スタジオジブリであり宮崎駿であったことは、疑いようがない事実ではないか。
そのジブリが手書き作画ではなくCGアニメに挑戦した……それは否定しないが、それがこのレベルであり、今後どのように発展させていくのか注目する必要があるとはいえ、現段階での厳しい評価としては、『これでは世界一のスタジオには程遠い』というものであるかもしれんの」
CG表現の硬さの違和感
厳しいことを言っているけれど、今回って、CGアニメとしては決して悪くはないんだよね?
悪くはないんじゃが、しかし良くもない、と言ったところじゃな
カエル「どうしてもキャラクター表現の硬さが気になったのかなぁ。
日本のアニメってセルルックの発達もあって、世界の3DCGアニメ表現とは少し異なる部分も多くあると思うんだよね。
もちろん、押井守監督のように『手書きでできる表現をCGでやっても意味がない』って意見もあるだろうけれど、でもそれが一定の形で個性や魅力が見えてきたのが、ここ5年間くらいのセルルックのイメージなんじゃないかな?
それこそ、最近だと『BanG Dream! FILM LIVE 2nd Stage』のライブ表現とか……あとはちょっと違う分野だけれど、セルルックとしてはVチューバーが大成功している分野だよね」
亀「そういった流れがある一方で、今作はセルルックではなく、真っ向から3DCGアニメーションの質感などを再現してきた。
なので、キャラクター性としてはむしろ……ドールアニメーション(人形を用いたアニメーション)やクレイアニメーション(粘土を用いたアニメーション)などに近い印象を受けるのではないじゃろうか。
その光沢感、硬さなどが目につき、そこが気になる部分も多いになったかの」
だけれど、表情がコロコロと変わったりとかして、アニメ表現としては決してマイナスなものではないよね?
う〜む……わしは、あまり個性が感じられなかった気がするかの
カエル「もちろん、これが完成形ではないとは思うんだけれど……スタートとしては悪くないというかさ」
亀「ただの、何が残念というと……OPやEDに完全に負けていたのではないか? ということじゃ。
OPは音楽にのせた真っ黒なキャラクター造形をしたアーヤが踊るというものであり、そこはワクワクした。圧巻だったのはEDで、エンドクレジットと共に物語のエピローグがイラストで描かれておる。
それはイラストで動かないわけじゃが……明らかに、そちらの方が魅力的であった」
カエル「絵に載せられた情報量というか、そういうものが違うのかなぁ……」
亀「イメージボードに近い存在であるじゃろうが、明らかにそっちの方が面白そうというのは問題じゃな。
もちろん、映画は総合芸術であり、物語そのものにも大きなペケはつくのであるが……それだけではない、映像表現にも何か大きな違和感がどうしてもついてきてしまった印象じゃな。
映像だけで大きなワクワクするものが描けたのか……それこそ、宮崎駿が描いてきたものが描けたのかと比較してしまうと、相手が怪物級の存在とはいえ、ペケがついてしまうの」
中身のない物語と児童搾取とも受け取れる描き方について
物語の面に関してはどうなの?
残念ながら、悪い意味で児童文学らしさを感じてしまった
カエル「悪い意味でってことは、あんまり褒めてはいないんだね……」
亀「はっきりいうと、わしは好きではない。
というのは……基本的にキャラクターはアーヤ、魔女のベラ・ヤーガ、そしてマンドレークの3人なのじゃが、アーヤはクソガキとしての魅力があるにはあるが、他に2人にそういった魅力は感じなかったのが1つ。
2つ目はテーマがないことじゃな。この映画が訴えかけたいこと、児童文学原作として、子供に向けた物語として、何を伝えたいのか、そのテーマ性がはっきりとは見えてこない。中身がスカスカで、単なるアーヤの悪戯の日々が絵がれておるだけであるし、物語そのものが唐突に完結してしまっておる。
そして何よりも問題なのは3点目で……これはわしが考えすぎなのかもしれんが、児童虐待・強制労働の物語に見えてしまった点じゃな」
物語はなぁ…うーん、アーヤが要領のいいクソガキだからまだ観ていられるのだけど、オールドスタイルと言われたらそうだが単なる児童労働・虐待でしかない描写の数々がなぁ…
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2021年8月28日
ラストの唐突さも含めてモヤモヤand突っ込みポイントは多すぎる気もする
ここは時代なのかもねぇ
わしには、アーヤとその保護者2人の描き方など、全く信じられないものであった
カエル「ここって難しい部分で……例えば『となりのトトロ』のサツキって、家事も手伝うとてもいい子だけれど、現代の価値観からすると良い子すぎて心配になるというか……子供の搾取に見える部分もあるというか。
あとは『千と千尋の神隠し』は、そういう話ではあるんだけれど、児童労働をテーマにしているからねぇ……」
亀「この辺りは児童文学の特殊性や、また宮崎駿などの年代……それこそ彼らが子供の頃は大人と一緒に子供が働くというのは当然の時代ということもあるのじゃろう。
しかし、今となっては年齢が一桁の小学生が働かされるという描写は、かなり難しい。
名作ではあるが『おしん』や『家なき子』なんかは、今ではドン引きじゃろう」
アーヤと魔女は児童労働・虐待描写に見える部分がかなり引っかかるのだが、よくよく考えたら(もちろん制作年や時代設定もあるが)千と千尋のようにジブリは児童労働を描いてきたスタジオでもあるんだよなぁ…
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2021年8月28日
これも時代だよなぁ…
小学生が労働する描写って現代ではNGに近いものがあるし
それでいうとおたんこナースみたいな「ドジだけど頑張る私!仕事を覚えます!」作品も今じゃただの医療事故になっちまうから難しいのかもな
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2021年8月28日
カエル「しかも、物語の大半が家の中で完結してしまうからなぁ。
それが余計に外の世界と遮断し、特殊な環境で児童搾取を行うように見えるというか……」
亀「あの時点でベラ・ヤーガもマンドレークも、アーヤが自身の過去に関係している子供ということは知らずに、ただ単にお手伝いさん代わりとして子供を欲しがっているだけじゃ。そして、実際子供を働かせて、いうことを聞かなければお仕置きをしている……これが子供を引き取る保護者の態度なのかの?
アーヤがクソガキであり、彼女にはなぜか人を操ることができるという……アーヤツールの能力? があるからこそ中和されてはいるが、これはとても重大な問題を軽率に扱った作品と言われても、仕方ないのではないかの」
音楽・声優について
えっと、とにかく褒めるところはないの?
ロックを用いた音響は良かったのではないかの
カエル「今作の劇伴はロックサウンドを用いたものとなっており、非常に聞き応えがありました!」
亀「観客をゴリゴリに載せるような音楽であったの。
かなり主張が激しいBGMであったが、それが物語のジェットコースター気味の展開ともあっていたし、アーヤというキャラクターにもあっておったのではないじゃろうか。
劇中で流れる音楽もまた、普通に良い曲であって物語を盛り上げており、音響面に関しては文句が出てきづらい作品になっていたのではないじゃろうか」
声優に関してはどうだった?
まあ、悪くはないのではないかの
亀「アーヤを演じた平澤宏々路は、おそらくアフレコの時は小学生じゃろう。劇団や演劇の舞台のような演技ではあったが、アーヤのクソガキ感を見事に盛り上げておるし、良かったと言えるのではないじゃろうか。
今作は基本的に多くの声優がアニメ的というよりは、舞台的な演技に統一されていた印象じゃ。その点においても決して悪くはなく、きちんと違和感なく見れた。
まあ、一点だけ言えば アーヤの母親のシェリナ・ムナフは明らかに違和感バリバリであったが……別にあの母親だけが別の国の人というわけではないじゃろうし、おそらく歌声を聞いての起用なのじゃろうが、違和感があったのは彼女くらいかの。
それでも、作品を致命的に傷つけるものではない。
全体的に音に関してはしっかりとコントロールされていたのではないかの」