(C)2016 WIND RIVER PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVE
久々にこの規模の映画の記事だねぇ
最近は大規模公開作品ばっかりじゃったからの
カエルくん(以下カエル)
「……長期連休シーズンはどうしても大規模公開映画中心になちゃうよねぇ」
亀爺(以下亀)
「大規模公開映画がたくさんあるから、どうしても後回しになりがちではあるの。
見てはおらんが傑作映画もたくさん生まれておったかもしれん」
カエル「話題作は2番館などに行ってみるしかないかぁ。
結局あの作品もこの作品も見ていない! ってものばかりだもんなぁ。前売り券買ったのに、見ていないってのもあるし」
亀「それはそれで映画業界には貢献しているんじゃろうがの。
では、感想記事を始めるとするかの」
作品紹介・あらすじ
『ボーダーライン』や『最後に追跡』などの脚本を務めたテイラー・シェリダンが自ら監督を務めた作品。
第70回カンヌ国際映画祭にて『ある視点』部門で監督賞を受賞した。
主演はジェレミー・レナーが過去に暗い影を落とすハンターを、エリザベス・オルセンがFBIの女性捜査官を演じる。
厳しい冬の寒さ中、ネイティブアメリカンが暮らすワイオミング州のウインド・リバーに息子と共に訪れていたコリー・ランバード(ジュレミー・レナー)。
ある日家畜に危害を加えるコヨーテを追っていたところ、女性の遺体を発見し、警察に通報する。派遣されてきたのは温暖な地域出身の女性FBI捜査官のジェーン・バナーだった。
彼女は慣れない土地での捜査を行うために、コリーに協力を要請する……
感想
では、いつものようにTwitterの感想から始めましょう
ウインド・リバー
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2018年7月29日
これは確かに必見
中盤まではボーダーラインの脚本家ということでかなり酷似しており、一線級のサスペンスが楽しめる
しかしアメリカのネイティブアメリカンがあのような状況にいるとは…かなり驚きもある社会派作品
これが監督デビュー作とは… pic.twitter.com/7lsENPsqUy
やはりボーダーラインらしさを感じるの
カエル「元々脚本家を務めている監督だし、その物語の出来がいいのは、ある意味では当然としても……
ここまで映像表現として面白いのは本当にびっくりしたね!」
亀「今作は演出能力が非常に高いの。
サスペンスじゃから緊張感のある物語を持続しておるのじゃが、約2時間の間、全くダレないように演出しておるのは素晴らしい。また、社会派のテーマを含みながらも、エンタメとしても一級品であり、 普通はこの手の作品は登場人物が多すぎてゴチャゴチャすることもあるが、スッキリとある程度わかりやすくなっておる。
イヤイヤ、これはまたトンデモナイ監督が現れたものじゃな」
カエル「この映画って色々な映画の要素もあって……ハンターと女性若手警官によるバディアクションもあり、銃撃戦もあり、ミステリーのような犯人探しもあり、そして自然を見せるという、ある種の環境映画のような面もあって……
それが喧嘩することなく、マッチしているんだよね」
亀「また、後半になるがあるシーンで時系列の切り替わりがあるのじゃが、これもとてつもなく上手くて、鳥肌が立ったほどじゃ。
これはケチをつける要素が一切ない作品と言えるかもしれんの」
『ボーダーライン』と本作
カエル「うちはヴィルヌーブ監督の大ファンだから、当然ボーダーラインも鑑賞しているけれど、その脚本家らしい作品だったね」
亀「もちろん、その知識を持って鑑賞しに行ったからの。中盤までは全く同じような展開に思えて、あまりの酷似具合に目が点になるほどじゃった。
もちろん、物語の場所やメッセージ性などは違う上に、これは脚本家が同じなのじゃから、盗作だの何だという方が間違っておるが、そこはびっくりしたの」
カエル「脚本家として表現したいことが、この手の作品だったということだもんね」
亀「逆に考えると、わしは『ボーダーライン』について少しモヤモヤするところがあったんじゃ。
その他の、近年のヴィルヌーブ作品とは少し違う印象を受けての。もちろん『メッセージ』のような原作付きであったり、『ブレードランナー2049』のような続編モノであるならそれはわかるが……
しかし本作を見て、脚本家であり、今作の監督であるテイラー・シェリダンの影響がとても強かったということが改めてわかった。
それまではヴィルヌーブは、全て監督・脚本を務めていたということもあったから、余計に違和感を抱いたのかもしれんの」
カエル「……なんか、ヴィルヌーブの紹介みたいな話になってしまったけれど、それほど魅力的な脚本を書いていた人が監督になった、という話です!」
ワイオミング州はこちらに位置します
ワイオミング州ウインド・リバーについて
ワイオミング州って初めて聞いたかも……
あまり目立たない州じゃな
カエル「えっと、舞台となったワイオミング州について、下記のリンクも貼らせていただいた『ワイオミング州政府観光局』で少し勉強しました。
アメリカの北部に位置していて、9番目に面積の大きい州なんだって。
ちなみに『レヴェナント』で実際のヒュー・グラスが歩き回った場所は今でいうモンタナ州からサウスダコダ州なんだけれど、その隣に位置します。
あの映画のロケ地はアメリカではないけれど、だいたい冬はあんな感じになると思えば、映画好きにはわかりやすいかな?
面積の42.3%が国有地となり、6%は州が管理している土地ということだから、約半分は公的機関が管理している土地ということだね。
ちなみに4%がネイティヴ・アメリカンに与えられた居留地となっています」
亀「そして最大の特徴は人口の少なさじゃな。
これだけ広大な面積を誇りながらも、その人口は約57万人と、日本で言えば鳥取県の59万人とほぼ同じ人数じゃ。面積は本州に四国を足したくらいというから、どれほど人口密度が低いかわかるというものじゃな。
ちなみに人口は白人系が84,1%と多く、ヒスパニック系が9,7%、ネイティヴ・アメリカンは2.6%となっておる」
カエル「この人口密度だと、自然もたくさん残っているよねぇ。
また、この州には世界で初めて国立公園と登録されたイエローストーン国立公園などもあります。
そして、1番面白いのは……この州の別名は『平等の州』と呼ばれていることです」
白い雪の中に白い服……遠目だと全くわからない
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平等の州、ワイオミング
カエル「これは……この映画を見るとなんという皮肉だろうか? って思うよね。もちろん、狙っているんだろうけれどさ」
亀「もちろん、そう呼ばれておる理由もあるぞ。
1869年に女性の参政権をアメリカ初、そして世界初で認めておる。1870年には女性陪審員などが誕生し、1925年には全米初の女性州知事が誕生しておる。
つまり、男女平等に対する政策に世界でも最も早く取り組み、そして結果を残している州ということじゃな」
カエル「ここまではネタバレなしのパートなんですけれど、これから映画を観る人は『平等の州』でこの事件が起きているということを頭に入れてみてください。
いや、本当に……すごいことですよ、これは」
亀「自然が多い、というのも逆に言えば北部に存在するために雪などの自然現象が激しくて、人が住みづらい環境と言えるじゃろうしの。
ちなみに、州のトレードマークは『暴れ馬を乗りこなすカウボーイ』であり、名前の由来は『大平原地帯』を意味するインディアンの言葉から来ておる。
つまり、カウボーイやネイティブ・アメリカンとは縁の深い土地でもあるということじゃな」
カエル「う〜ん……調べれば調べるほどに面白いし、よく作り込まれているなぁ、と感心するなぁ」
以下ネタバレあり
作品考察
序盤のシーンについて
では、ここからは作品考察に入ります!
まずは序盤のシーンから考えるとしようかの
カエル「今作は女性が夜の雪原を走り回るシーンが終わった後に、雪原にいる狼を狩るシーンか始まるけれど、このスタートだけでうまいよねぇ」
亀「この映画の多くのことがこのシーンだけで集約されておるな。
ハンターであるコリーが狩るのは、草食動物や鳥などではない。狼などの家畜などを荒らす、平和を害する害獣じゃ。つまり、一言にハンターと言っても色々なタイプのハンターがいるじゃろうが、コリーがどのような人間かは一発でわかるようにできておる」
カエル「そして銃声の音がとても大きく響き渡る!
あれほど大きな音が響き渡ると、ちょっとびっくりするよねぇ。体が動いてしまったよ!」
亀「この銃声とコリーの表情によって、この映画に対して最初の緊張感を与えることに成功しておる。
本作は出だしから、多くの情報を観客に与える映画でもあるの」
引きの絵で過酷な環境を印象つける
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多用される引きの絵
カエル「本作は引きの絵がとても多かったけれど、これはやはりこの土地がとても生活していくには辛い、過酷な環境であることを示しているのかな?」
亀「そうじゃろうな。
基本的に人物に注目を集めたい場合はアップ、背景などに注目を集めたい場合は引きの画面が使われているのは、説明しなくてもわかるじゃろう。下手な映画はなんでもアップ、アップとしてしまいがちじゃが、役者がほとんどわからないような引きの画面の時は、周囲の環境を撮りたいときなどが考えられる」
カエル「これだけ過酷な環境で暮らしているんだよ、ということは嫌でも伝わってきたもんね……」
亀「この映画が映し出すワイオミング州の自然は非常に美しい。
それを州の売りにするのもよく分かるほどじゃな。
その美しい環境にもちゃんと裏があって、それは人間が生きていくにはかなり無理のある環境だということであり……そこに押し込められてしまったネイティヴ・アメリカンの方々の苦境も窺い知れるというものじゃな」
ネイティヴ・アメリカンと白人の映画です
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ネイティヴ・アメリカンの描き方
本作をきっかけにちょっと調べたけれど……かなり過酷な環境に今でもいるんだね
やはりアメリカは白人主導の国であるということは、変わらないようじゃな
カエル「例えば、本作ではネイティヴ・アメリカンの若者がドラッグにおぼれる姿なども描写されていて、何も知らないとただの不良少年か……という思いになります。
だけれど、実はそれもまた差別的な状況によるものであって……
今、ネイティヴ・アメリカンの中で大きな問題になっているのが、貧困問題や就職先がないこともそうだけれど、アルコール依存症とドラック問題です」
亀「もともと飲酒をする習慣がなかったネイティヴ・アメリカンにその文化を持ち込んだのが白人であり、酩酊するまで飲ませて有利な条件を引き出し、土地などを奪い取ったという歴史もある。
これは黒人差別なども同じ構図かもしれんが、貧困層の生活を送る者にはチャンスはあまり与えられていないことも多く、誘惑も多い。
現実から逃げ出すためにドラックやアルコールに手をだすネイティヴ・アメリカンが多く、それは大きな問題になっておる」
カエル「もちろん薬物は危険だし違法だけれど……でも、それに手を出しやすい環境にいるんだね」
亀「また、警察の扱いを見てもわかるように、ネイティヴ・アメリカンの警察官にはまともな捜査権限は与えられていない。結局、FBI捜査官などがいないと、満足に捜査をすることもできん。
そしてそれを白人たちは知っており……それが犯罪を呼び、大きな溝となっているようじゃな」
カエル「しかも、ネイティヴ・アメリカンの中でも文化の伝承は途絶え初めていたりして……なんというか、いたたまれない気持ちになったなぁ。
これが現代の、自由と平等を愛するアメリカの姿かぁ……」
本作の最大のテーマについて
本作のテーマはどのように考えているの?
……告発や絶望も描きながらも、ある希望も描いている映画じゃな
カエル「結構重い話だけれど、希望もあるんだ」
亀「本作の主人公コンビはどちらも白人である。しかし、それは対照的であり、ネイティヴ・アメリカンの文化に慣れ親しみ、ハンターとして活躍するコリーは、すでにコミュニティに受け入れられておる。
一方でマイアミ州から来た、相棒のジェーンはこのコミュニティに対して無自覚的な差別意識を抱いている」
カエル「……別に『ネイティヴは劣っている』というものではないにしろ、色々な……偏見みたいなものはあるよね」
亀「これ自体はわしらも普段生きている以上、普通に抱いているものじゃ。わしらだってネイティヴ・アメリカンと聞けば頭に羽をつけて、ほとんど裸のような格好をしていると思う人もいるじゃろう。文化的な生活を送っていることに対して、無邪気に『意外だねぇ』なんて言ってしまうかもしれん。
そのような無自覚な偏見を持ってしまっておる一般人の代表であり、観客の代わりを果たすのが、ジェーンの役割じゃな」
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コリーの立ち位置
カエル「コリーの立ち位置ってちょっと特殊で、白人でありながらもネイティヴにも理解があって、コミュニティに同化しているんだよね。奥さんもネイティヴの人だし、子供もその文化圏で育てているし」
亀「そして過去にある傷を抱えており、そのことからも今回の事件に対して並々ならぬ熱意を抱えておる。
本作はやろうと思えば、白人を悪とすることもできた。
何せ、ネイティヴ側の目線で見た映画じゃからの。
『侵略してきた白人に未だに迫害を受けている! 許せない!』という方が、とてもわかりやすい映画になったかもしれん。
しかし、本作はそうではない。
コリーもまた白人であり、ジェーンも理解しようと必死になってくれている白人である」
カエル「……とても重くて辛い事件のラストがああいう形になったのって……」
亀「わしは少しだけ希望も見えた。アメリカ社会はネイティヴを切り離し、居留地に押し込めることで、物事の解決を図ってきていた。しかし、コリーは白人でありながらもその文化を愛し、尊重し、伝えようとし、ネイティヴと交流を深めていく。
同じ傷を共有し合う仲間であり、そこには人種の違いなどもない……それは本来、アメリカがあるべき形なのではないかの?」
カエル「……今作って黒人などが一切出てこないんだよね。白人とネイティヴだけの物語になっていて……」
亀「ここで黒人などが絡んでしまうと、少しややこしいことになってしまうからの。
今作は今のアメリカが抱える社会問題と、アクションのエンタメ性、親子の、そして人種を超えた愛と哀を描き、絶望とともに希望を描いておる。
いやいや、これは初監督作品であるのが本当に信じられん。
それほど完成度の高い、素晴らしい映画じゃったの」
まとめ
では、この記事のまとめになります!
- 脚本家出身の監督らしく、緻密で計算された完成度の高い物語
- ワイオミング州の現状がこの映画をより魅力的なものにする
- 絶望と希望の両方を描き出した手腕が見事!
ケチのつけようがない作品じゃったの
カエル「単純な物語でないからこそ、物語に深みが出ていたよね。
今作では何人かドラックなどの犯罪に手を染める人が出てくるけれど、でも犯罪者であっても悪人とは描いていないで……」
亀「先にも述べたように、ネイティヴ・アメリカンが犯罪に走ってしまうのにもちゃんと理由があるからの。ただの荒くれ者というわけではない……
だからこそ、難しい話でもある」
カエル「これがどうにかなって欲しいけれど、そのまんまアメリカの負の遺産だからなぁ……難しい部分も多いんだろうね」
亀「アメリカは移民の国ではあるからか、原住民族には厳しい国だと言われないためにも、何らかの対策をうって欲しいところじゃがな」