昨日も角田光代の作品の感想記事をあげたので、いい機会だと思い最近見た映画の中から紙の月をピックアップして感想記事をあげる。
ちなみに原作は未読なので、その違いなどに関してはわからないため、映画としての紙の月限定の話になる。
それでは一言感想
嫌いだけど大好きな映画
1 主人公への共感性
この作品は誰にでもオススメできるような作品ではなく、人を選ぶ映画だと思うのだが、その評価はこの主人公に共感できるか否かという部分が非常に大きい。
2016年は不倫をテーマにした芸能人のスキャンダルも非常に多く、つい先日も新たにミュージシャンの不倫報道が世間を賑わせている。映画などの物語のジャンルとしては古くからあるおきまりのテーマでもあるのだが、近年はネットを中心に倫理の順守ををより強く求める風潮があるため不倫や不貞の話は共感性を失い始めているような気がしている。
私は恋愛にも不倫にもお金にも特に興味がない人間であり、別に他人がどうしようが私に関係しないならばどうでもいいと考えている。
そんな人間が本作を鑑賞した場合、不倫や横領が大きなテーマであるにも関わらず「どうでもいいなぁ」という身も蓋もない感想を抱いてしまったのである。
こればっかりは誰が悪いという話でもなく、相性の問題なので仕方ないだろう。
(私の大好きなレスラーという映画を見て、『かっこいい親父』ととるか『ひどい親父』と感じるかはその人次第みたいな話)
主人公の行動原理が全く理解できないことが一言感想の『嫌い』の部分である。
だが、それでも私はこの映画が『大好き』なのである。
2 梅澤梨花の行動原理
主人公の梅澤梨花の行動原理が単なる夫への不満を募らせた結果に対する恋愛感情と、金銭欲を満たすための表面的な欲からくる行為だとしたら、私はこの映画を『大好き』と形容することはなかった。
だが、梨花の行動原理は光太が魅力的だったからという理由ももちろんあっただろうが、それはむしろ梨花の中で合理化された理由でしかないだろう。
本来であれば梨花は夫を裏切るような女ではないし、横領をするような軽い女ではない。だが夫と暮らす中で子供もいないし、働きに出ることも反対された中でなんとか仕事にありつけても相手にするのはエロオヤジ……
そんな人生に嫌気がさして何か変わりたいという気持ちはよくわかるものであり、そのやり方が不倫と横領でなければ、私ももっと共感を抱いて大好きと言えたと思う。
(角田光代作品は大事件を起こした女性は、実は普通の女というのがテーマの作家でもあるので、現代を生きる女性に受けるのだろう)
それは他の女性にしても同じで小林聡美演じる隅より子にしろ、大島優子演じる相川圭子にしろ、その選択自体には理解が必ずしもできるわけではないのだが、そこに至る過程というか、なぜそのような行動に及んだのかということに関してはわかるのである。
このなんとも言葉に形容しがたい空気というか、世に渦巻く感情というものがよくキャッチされていたように思う。
おそらく私がアラフォーと呼ばれる世代の女性であったならば大絶賛したのかもしれない。
3 役者について
まず宮沢りえがいい感じの『綺麗なおばさん』を演じていたのが好印象。
おそらく宮沢りえならばもっと美しく、世界一の女性を演じることもできたのであろうが、一般のどこにでもいそうなおばさんに見事になっていたし、その『普通』の中に潜む色気やら危うさが見事に表現されていた。
それから誰もが絶賛する小林聡美はさすがの御局様役であり、頭の固いベテラン銀行員らしいなぁ、なんて思ったり。これ以上ないほどのベストマッチしていた。
公開前は賛否があった(ように記憶している)大島優子も若い人生をなめたようなギャル職員を見事に演じきり、バカなようでありながらもその裏にある狡猾さという二面性を見事に演じきった。
女性原作者と女性脚本家が描き出した濃密な『女』の世界がそこにあり、決してバカな男が想像するような軽い世界観になっていないのが好印象だった。
(梨花と光太のデート中に友達と会った場面において、若い女に「綺麗な人」と言わせるのはその時は「下手くそなセリフだな」と思ったが、今思い返すと若い女の子がおばさんを見下した発言でもあるのだろうなぁ……なんて思ったり。このあたりがうまさを感じさせるポイント)
対する男性陣もいい感じに頼りなさげな男ばかりで、確かにこの映画に登場する女傑たちを相手にするのは無理だよなぁ、と思わさせられるような人物ばかりだった。
個人的には光太の魅力は若いだけであとは典型的なヒモになるダメ男なのだが、そこが梨花のハートをキャッチするのだろう。
4 脚本、演出について
脚本はご都合的な要素もあり、少し難があるように思ったがところどころにキラリと光るセリフ等も多く感じられた。
例えばお客であるおばあちゃんの言葉にあった「偽物でいいのよ」や、「幸せだから横領したの」というセリフが思わず唸ってしまったし、一気にひきこまれた。
一方で後半の宮沢りえと小林聡美のやり取りというものは、説教くさく感じてしまいそこはセリフなどではなく映画的演出で魅せて欲しかったという印象もある。(この二人のやりともよかったけれど)
賛否を巻き起こしがちな終盤の飛び出し方であるが、私は思わず笑ってしまったものの映画的に見ても迫力があるし、案外アリなように感じられた。
あのようなやり方でも出て行った梨花と、その場に残ったより子という対比、そこから走り出して海外に逃亡するまでも含めて、多重的な受け取り方ができるような演出になっているのでとても良いものだった。
サスペンスとして中々面白いし、音楽なしで始まるクレジットロールも演出として好き。
不倫部分言及すると、光太は幼いダメ男として描かれているもののただ単純にダメ男なのではなく、そして特別梨花のことを愛しているわけではなく、そのお金を巻き上げるための愛嬌を得た計画的な詐欺師にも思えてくる。
結局は若い女に走るわけで本命をそちらで確保しながらも、セフレもいて(二股?)金ヅルも用意している周到さにただの幼いダメ男というだけではなく、頭のキレる部分も感じた。
結果としてお祖父さんの金も手に入れたし、最もいい思いをしたのは間違いないし。
最後に
私自身は不倫も横領も特に興味がないために、主人公の行動には何一つとして共感することはできなかった部分が『嫌い』な部分。
だけどその根底にある女の感情であったり、ドロリとした空気感や女三人の比較というのが映画で『大好き』な部分が混在している映画だった。
角田光代の原作は未読なため映画だけでこんなことを言うのは少し外れているのかもしれないが、この『女性が抱える意識化していない感情』を描かせたらやはや天下一品の作家だし、それをうまく映画化した吉田監督の人間観察力と演出には感嘆させられた。
やっぱり桐島も見るべきかなぁ……