物語る亀

ネタバレありの物語批評

少女革命ウテナが示した女性の変化〜20周年を記念して改めて考える〜

カエルくん(以下カエル)

「今年はウテナのメモリアルイヤーなんだね」

 

ブログ主(以下主)

「テレビシリーズの放映開始からちょうど20年と今年はメモリアルイヤーでもあるし……色々とある年だったんだな」

 

カエル「主演を務めた川上とも子さんが2011年の6月9日に亡くなって、今年の6月は7回忌でもあるからね……

主「この作品の魅力って色々あるけれど、ウテナの中性的な雰囲気というのも間違いなくあってさ。それを支えていたのは川上さんの声だったことは間違いない。

 ウテナって結構難しい役でさ、後述するけれど基本は女性なんだよ。ただ、男装してボーイッシュであるというだけで、性同一性障害などとはわけが違う。恋愛の対象も異性という異性愛者だし……

 だから男すぎてもいけなくて、かといって女性的すぎるとこの作品の本題から離れてしまう

カエル「少年声の女性声優ってたくさんいるけれど、そういう人ともまた違うわけだしね……」

 

主「川上さんが休業した後でも色々な作品があって、代役が立てられたキャラクターも多いけれど、多分今のウテナの味を出せる人って皆無だと思う。全く違うウテナになってしまって、それはそれで面白いかもしれないけれど……」

カエル「これから話す『ウテナが革命したもの』について、絶対に必要な声優さんだったんだろうね

主「このメモリアルイヤーにウテナについて語ることって多分意義がある。今の時代に……今の時代だからこそ、ウテナという作品は光る部分がある。

 今回は主に劇場版を中心に語っていくけれど、当然のようにテレビシリーズにも触れていくので『ウテナ論』になるのかな?

 あと、もうだいぶ前の作品なのでネタバレ込みで語りますので、悪しからず

カエル「ではウテナ論、スタートです!」

 

 

 

少女革命ウテナ 設定資料集

 

 

1 ウテナが革命したもの

 

カエル「いきなり核心をつくようだけど、ウテナが残した功績ってやっぱり大きいの?

主「すっごくでかい! もちろん、ウテナ以前にも似たようなテーマで作られた作品もあったかもしれないけれど、これほど流行ったというのは象徴として特に重要なことだろう。

 はっきりいってしまえば、幾原邦彦という監督は少女向けアニメ、漫画などの若者カルチャーを語る際に絶対に外せない作家である。しかも、それはアニメ論、漫画論だけじゃない。社会が女性をどのように描いてきたのか? という意味でも非常に重要なんだ」

 

カエル「幾原監督というとユリ熊嵐以降また沈黙しているみたいだね……」

主「今『廻るピンクドラム』とか『ユリ熊嵐』を放送してくれたら記事をたくさん書くのになぁ……ちなみにユリ熊嵐は2014年度の作品だったけれど、ランキングで表すと『ピンポン』『SHIROBAKO』に続いて第3位くらいに評価している。多分、ウテナの正統進化といえるんじゃないかな? よりポップなものになっているけれどね」

カエル「幾原監督は『美少女戦士セーラームーン』も有名だよね」

主「さすがにセーラームーンは全て見たわけではないけれど、女児向けアニメ……特に魔法少女アニメを語る際には絶対に欠かせない作品でもある。

 セーラームーンとウテナという2つの記念碑的作品を残すことによって、幾原邦彦という人はアニメ史のみならず、女性を描いた作家としても重要な立ち位置にいるんだよ

 

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大正の青年のようなウテナ

バラは愛や美、そして女性らしさの象徴でもある

 

ウテナの特異性

 

カエル「そもそもウテナって他の作品とどう違うの?」

主「まあ、何から何まで違うということができるけれど……JAシーザーの音楽とかさ、宝塚のような世界観なども素晴らしいし、他の作品とは一線を画すものだけど、やっぱり1番の違いは『ウテナの描き方』になるのかなぁ」

カエル「ウテナ、つまり主人公の天上ウテナの描き方、ということだね

 

主「ウテナってそれまでの男装系主人公とはまた違うんだよ。

 例えばこの手の作品の先駆的な存在である『リボンの騎士』は男性として育てられた少女、サファイアが主人公だ。これは継承権の問題などで男性でないといけないものだった。

 他にも『ベルサイユのばら』のオスカルも同じように継承権の問題を描いている。実はこの2作共に『お家のために男性のように振舞っている』という点で共通点があり、後々重要なファクターになってくるんだけれど、それはまた後述。

 だけど、ウテナって男装する必要はないの。むしろ男装することで浮いてしまっている存在になっている」

 

カエル「ウテナの不思議なところって一人称がボクなどのように、男の子のフリをするのに自分は女の子だとアピールするんだよね。

 劇場版でも『男だと言った覚えはないぜ』なんて言って、自分が女性であることを自覚しているし、それを否定もしていない」

主「これがウテナの特異性なんだろうね。男装する必要性もないし、女性だと認識している。なぜ男装するのかというと、それは『王子様への憧れ』というただ1点だけ

 

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『薔薇』の花嫁であるアンシー

彼女の存在自体がこの作品の鍵となる

 

姫騎士物語としてのウテナ

 

カエル「この作品の基本って何?」

主「簡単に言うと本作って典型的な姫騎士物語なんだよ。騎士が姫を守り、そして悪のドラゴンなどを倒した褒美に姫が与えられる。それが姫騎士物語。

 本作が意地悪なのは騎士であるウテナが女性だということ、そして姫であるアンシーとウテナの間には友情はあれども、愛情と呼べるほどのものはないということだ。まあ、ここは賛否があるんだろうけれど、基本は恋愛というよりは友情によって動いている」

 

カエル「アンジーの扱いって酷いよね……なんでこんなに酷い扱いだったのかなぁ?」

主「それは単純に『勝利した騎士』に与えられるトロフィーヒロインに過ぎなかったということだよ。戦いの勝者がどのように扱ってもいい存在、それが姫宮アンシーなわけだ。わざわざ姫宮、なんて名前をつけてまでそこを強調している。

 主人公って色々なタイプがいるけれど……最も作中で成長した人を主人公だというならば、それはアンシーなわけだ。だから本作をウテナを中心に考えると見失うものが多い。

 本作ってアンシーの物語なんだよ。つまり、騎士の物語ではなくて、お姫様の物語なわけだ」

 

 

 

 

2 姫と騎士

 

カエル「結構多くの指摘がすでに出ているけれど、ここでこの作品における『姫』『騎士』のモチーフについて語っていこうか」

主「本作って『男と女の物語』ということもできるわけだよね。ウテナを見ていて面白いのがさ、決闘の際に戦う相手はたくさんいるけれど、実はウテナが一筋縄で勝てていない唯一に近い相手が樹璃先輩だ。これはもちろん設定での強さもあるけれど、本作のデュエリストの中で唯一の女性だということもある。

 もちろん、作中でウテナと決闘した中には他にも女性はいるけれど、実力差があったり、操られていたりして、また少し違うものだった。

 じゃあ、なぜ樹璃だけは偶然の敗北ということにしたのかというと、それは彼女が女性だからだと思う

 

カエル「……女性だから?」

主「アンシーなどの体から剣を出す、これは『姫の中から騎士が戦うための武器を出す』ということもできるし、また剣を男性の象徴とすると『女性の中から男性が生まれる』ということもできる。

 剣で戦うというのは男性的な行為でもある。だけど、本作は男性が結構扱いが酷いというか……西園寺なんかはDVを振るう非道の男として描かれている。この作品の中で唯一普通の男、まともな男として描かれているのは幹だけなんだけれど、これは男性になる前、つまり少年として描かれているからだ。まだ男になる前なんだよね」

カエル「結構男性からすると思うところがある描写が多いかも……」

主「本作の主題が『男と女』であるという理由の1つだね。愛や恋によって狂う人たちが多いのも本作のテーマを見事に表している」

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衝撃の33話

多くの人がトラウマを抱えているのかも……

 

 

女性としてのウテナ

 

カエル「あの伝説の33話、総集編なのにすごく大事な回の話だね……細田守が別名で演出を担当していたことでも有名な回で……」

主「ウテナで一番有名な回かもしれないけれど、ここでウテナはどんなに男のように振舞っていても、やはり女であることを否定することはできないわけだ。

 王子様である鳳暁生に迫られると断ることができなかった。つまり、どれほどかっこいい王子様のようであっても、彼女はやはりお姫様でしかなく、本物の王子様が現れたら男の面を剥がされてしまうというわけだ

 

カエル「あの回以降のウテナってそれまで全然性格も変わってしまっているようで……」

主「つまり、本作においては『女性が男の真似をしても意味がない』というか……結局は本当の男性の前には、どれほど取り繕ってもどうしようもないということを描いている。本作ってフェミニズムに溢れたアニメといわれるけれど『女性を男性と同じように描こう!』というタイプのフェミニズムとはまた違うんだよ。

 それは様々な描写で現れていて、劇場版だとかっこ悪い暁生が描かれているけれど、それは『男性というのは素の状態だとかっこ悪い』ということを表している。だから王子様と呼ばれる及川光博が声優を務めている。

 その視点で見ると特に劇場版は男と女を象徴するものがすごく多くて……例えばウテナカーを運転するアンシーは男性的なるものの象徴であるし、それから冬芽のBLを連想させる描写ではキャベツ畑と蝶がいる。

 キャベツ畑は『子供はキャベツ畑から生まれてくる』ということわざ……と言っていいのかわからないけれど、その言葉から出ていて、おそらくそれは『性に対する幻想の終焉』なのかもしれない」

 

カエル「蝶は『死者の魂』という意味になるのかな?

 そういう暗喩に満ちた描写がすごく多い作品でもあるんだよね」

主「だからそこを読みとかないとこの作品の意味ってよくわからないと思う。特に劇場版は意味不明な描写も多いし!

 その暗喩が最も強く出たのが劇場版の終盤なんだけれど……それは後述しようかな」

 

 

 

 

3 女性解放運動としてのウテナ

 

カエル「ここからは『女性を描いた作品』としてのウテナについて触れていくけれど……やっぱり女性解放運動の話なの?」

主「そうだね。その理由については後々語るとして……1939年に公開された溝口健二監督作品に『祇園の姉妹』という映画があるんだよ」

カエル「簡単にあらすじを説明すると、祇園で舞妓をする1組の姉妹が主人公で、姉の方は男に尽くすことで幸せを得ようとする。一方の妹は男を踏み台のように使い、利用することで幸せを得ようとする。

 一般的な物語であれば姉が幸せになり、妹が不幸になるというのが多いけれど、この作品は違うんだよね」

 

主「姉は男に捨てられてしまい、妹は男に復讐されてしまう。『うちらはどうすればいいんや』と呟いたところで映画は終わるという、バットエンドな作品でさ。

 祇園という華々しい世界の実情を描いたセンセーショナルな作品として話題になって、祇園からは非難の声も多かったけれど……今でいうなら芸能界の裏側を大暴露みたいなノリがあるのかな?

 で、この映画が示したことって何かというと『お家制度から見放された女性は幸せになれない』ということだと思う」

カエル「この当時はまだまだ家の力が強くて、女性は……むしろ男性もかもしれないけれど、家のために結婚して、家のために生きるということが当たり前の時代だったわけだね。

 そこから外れてしまった……祇園に暮らす女性たちが幸せになるのは並大抵のことではなかったということだね

 

あの頃映画 松竹DVDコレクション 祇園の姉妹

 

 

結婚=幸せ?

 

主「時代が時代だから非難するのもなんだけど、日本の女性達というのは悪い言い方をすると『男に支配されて当たり前の存在』ということもできる。もちろん、一概にそんな簡単に言い切ることができない問題でもあるけれどね。

 そこから脱却するのが女性、少女向け作品のテーマになってくるわけだ

カエル「なぜ女性向け作品が恋愛が多いのか? ということだね」

主「これはもちろん理由があって『お家制度からの脱却の手段=結婚』の時代が来たからなんだよ。つまり、自由に恋愛をしてもいい、好きな人と結ばれることによって、家から解放されて女性は幸せになれるという価値観が生まれてきた。

 例えばリボンの騎士も『お家の都合から男性であることの強要』という要素があった。ベルサイユのばらなんて『お家の都合から男性になったけれど、自由恋愛に目覚めた』お話ということができる。

 女性を縛り付けるお家制度からの解放、それこそが自由恋愛だったわけだ。もちろん、すぐに自由恋愛が一般化するわけではないからこそ、憧れとして『恋とはどんなものかしら?』と女性たちは熱中した」

 

カエル「でも、1939年頃には祇園の姉妹が描いたような女性像そのものが古くなっていって、女性たちは解放された! めでたしめでたし! ……とはならなかったわけだね」

主「そうなんだよなぁ。

 じゃあさ、重要なのは『結婚は女性を本当に解放するのだろうか?』ということで……結局、家に縛り付けて子育てして、旦那の面倒を見て家事をして……という生活はそんなに大きく変わらなかった。

 1990年代というのは混迷の時代であって、特に95年以降はバブル崩壊のショックが実感を伴い庶民の生活に暗い影を落とし、阪神淡路大震災もあり、オウム事件もあった。過去に想像すらできなかった……物語の中の出来事が現実になっていて、既存の、昭和の価値観が崩壊した時代でもある。

 実はオウム事件と若者の物語文化というのもすごく大事な関係性を示していると個人的には考えているけれど、それは今回は割愛で」

 

カエル「エヴァが流行ったりしたように、何を信じればいいのかわからない時代に突入したわけだ」

主「95年の混迷って45年の終戦の次くらいに重要な出来事だと思っているんだけど、それも割愛。

 で、女性を本当に幸せにするのは何か? ということを考えた場合、それは結婚や男に依存することではないんじゃないの? ということを描いたのがウテナなわけだよ

 

 

 

4 少女向け作品としてのウテナの『革命』

 

カエル「そしてこれは劇場版の終盤につながっていくわけなんだね」

主「劇場版の終盤においてウテナはいつものように剣を出そうとするアンシーを止めて、剣を押しとどめる。これはテレビシリーズの最終回と対になっているわけだ。

 テレビシリーズの終盤は王子様である暁生と戦い、共に心中するかの様に消え去ることで……多くの人々から消え去ることになってしまった。

 だけどアンシーはお姫様の役割を終えて、学園という小さな箱庭から飛び出すことができた」

 

カエル「こうやって比べてみると結構違うね……」

主「つまり剣が男性的、もしくは戦うことの象徴だとすると、その剣を否定したわけだよね。

 戦うことが重要なんじゃない、男のように振る舞うことが重要なんじゃないと言って、ハイウェイを駆け抜けて外の荒野を目指す。

 そこに待つのはたくさんの罠とお城……『幸せな結婚』の象徴だ。その先には王子様が現れて彼女たちに立ち止まれと命じている。結婚こそが幸せなのだと告げているわけだ……

 だけど、彼女たちはそれを吹っ切って外の荒野に飛び出しいく。多くの困難を駆け抜けて、その先にある新たなる天地へと……その時に裸であったのは、裸の女性、つまり本当の自分をさらけ出して新たなる天地にあるかもしれない幸せを目指しているということである」

 

カエル「単純な男と女の対比の物語ではないんだね……」

主「彼女たちはもしかしたら本当は大変な思いをするかもしれない。もっと辛い目にあうかもしれない、それでも2人ならばきっとどんな困難も乗り越えることができるだろう……そんな思いが込められているんじゃないかな?

 楽園ではなくて、荒野であったのもすごく重要な描写だね」

 

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それでも2人は荒野を目指す

 

助けに来た3人

 

カエル「劇場版だと3人が助けにくるわけだけど……」

主「あのシーンが音楽との効果もあってすごくグッと来るんだよね。あの3人もまた『後に続く』といってウテナたちを助ける。

 これにどんな意味があるかというと、樹璃は同性愛者、レズビアンの象徴、西園寺は異性愛者の象徴、幹は……やっぱり近親婚の象徴になるのかなぁ?

カエル「ミッキーだけなんか倫理的に問題があるような……」

主「でもさ、恋愛に関する価値観からの解放ってそういうことだと思うんだよね。色々な愛があって、その道はすごく辛いかもしれない。誰にも認められないかもしれない。だけど、それが新しい価値観を貫き通すということだし、挑み続けるということじゃないのかな?」

 

カエル「ウテナたちだけだとまるで友情や恋愛からの解放だけが新天地にあるようだけど、そういうことじゃないんだね」

主「西園寺がいるってことは、その新天地ではやはり異性愛もあるかもしれない。その選択肢は残っているんだよ。だけど新天地で戦い続けた先の異性愛と、学園の中の王子様ごっこの異性愛では全く違うものでしょ?」

カエル「そういえばミッキーと樹璃先輩のシーンで梢の車があったけれど……」

主「幹がその気になれば梢といつでも新天地に向かうことができたわけだ。確かに倫理観は問題あるけれど、他の人たちと違って両思いであることは間違いないわけだしね」

 

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誰もが驚愕したウテナカー

初見時は目を丸くしました

 

 

ウテナが示した『救い』

 

カエル「ウテナから20年が過ぎて今になってこの物語はどんな意味を持ったのか? という総括だけど……」

主「この『新しい女性像』や女性の解放というのは今最もホットな物語のテーマの1つなのは間違いない。

 例えば『アナと雪の女王』においてディズニーは恋愛ではなくてありのままの私で生きるの! ということを描いている。

 これって『潔く、カッコよく生きていこう』というのと全く同じだと思うだよね。アナが示したことをもっと何年も前にウテナは示したわけだ。そしてディズニーブランドと社会の成熟かによって、それが一気に花開いた」

カエル「ハリウッドは女性の生き方を語った作品がすごく多いからね」

 

主「自分は現代で最も若者などを苦しめている社会的な病の1つに『恋愛病』があると思っていて……

 なんとなくさ、恋愛は素晴らしい、結婚は素晴らしいという雰囲気が漂っているじゃない? だけど、恋愛に対するハードルって実はそれなりにある。誰もが恋愛に現を抜かすことができるわけじゃない。

 人を愛するというのがどんなことかわからない

 人と接すのが怖い

 そんなことを言う人はたくさんいる。もちろん男女問わずね。だけど社会や物語は『恋愛をしよう! 結婚をしよう! それは素晴らしいものだ!』という圧力をかけてくる。その圧力に苦しんでいる人もたくさんいる」

 

カエル「それが『恋愛病』かぁ」

主「そうした恋愛という価値観からの解放、それもまたウテナが示したことだよね。現代になってすごく生きている。どれほど先進的な物語だったのか、語る価値がある作品なのかは、もうこれだけで納得してもらえるんじゃないかな?」

 

 

 

最後に

 

カエル「最近女性の中でも『恋愛物語は見ない』って人もそれなりにいるんだよね。女性向けよりも男性向けコンテンツの方が好き! って人も多いし……」

主「もはや恋愛が女性の共通幻想だという時代ではないということじゃないかな? むしろ、男性向け作品の方がエッチな作品やラブコメも含めて恋愛作品って増えてきているような気がする。

 BLが流行っているのも男女の恋愛よりも、より純粋性があるというのもあるだろうけれど、もはや王子様を待って主人公に自分を投影する恋愛を求める人ばかりではない、ということかもね」

 

カエル「恋愛コンテンツ自体が勢いをなくしているのかぁ」

主「もちろん、それでもまだまだ強いコンテンツであるのは間違いない。多くの人は恋愛作品を愛好しているし、女性向け作品も主流は恋愛を扱った作品であるのは否定できないだろうし。

 でも、かつての勢いはもう既に無いんじゃないかな?

 そういった恋愛が女性の共通の夢だった時代の終焉……そのスタートがウテナだったような気もしてくるよ」

カエル「現代でも語ることが多い作品なんだね」

主「やっぱり名作ってそれだけの理由があるからね」

 

カエル「……ちなみに、主が1番好きなキャラクターは誰?」

主「断トツで梢です!

カエル「……ヤンデレ好きだもんねぇ」

 

 

 

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