亀爺(以下亀)
「さて、ここで邦画の記事といくかの」
ブログ主(以下主)
「小規模公開ながらも年配の方を中心に興味のある人の多い作品なんじゃないかな?」
亀「年配の方がどれだけネットを使うのかは全く想像できんが……
劇場も他の映画と比べてさらに平均年齢が上じゃった印象がある。若者がほとんどおらんかったかの」
主「やっぱりどうしても大作邦画となると若者向けの作品が多くなるだろうし……映画の歴史はそれなりに長いから、アクション映画が好きな人も多いだろうけれど、でも高齢者向けかと問われるとねぇ……」
亀「これから先の少子高齢者社会を考える上では大事な視点じゃの。 特に50年代あたりの映画黄金期に青春時代を迎えた人は色々と思い入れも多いであろうし。かつては映画は娯楽の王様であったわけじゃしの……」
主「まあ、暇している人も多いだろうしねぇ。元気な人だったら映画館に行くぐらいはわけないだろうし、値段も丁度いい手頃なところで……パチンコ屋に通うよりは幾分か健全な趣味だと思うし」
亀「小林監督と仲代達矢の組み合わせでいうと『春との旅』があったの」
主「劇場公開中に見たからもう7年前になるのかな? あんまり覚えていないけれど、本作と近い雰囲気の作品だった印象かな。大滝秀治とかも出ていて、あれも豪華キャストだったなぁ……そういえば今作と同じく小林薫も出ていたっけ」
亀「それでは、感想記事のスタートじゃ」
1 仲代達矢劇場
亀「では、まず本作の感想じゃが……はっきりと言ってしまえば『圧倒的仲代達矢劇場』であったな」
主「この作品って5人の役者が登場するけれど、阿部寛をはじめとした人気と実力を兼ね備えたキャストばかりじゃない? もちろん、息子役の阿部寛なんてさ、現代の名優の1人であることは間違いないし。
だけど、格の違いすらも感じた。いや、この作品に出てくる役者が下手だったり、演出がおかしいってことはないよ? いつも通り、いい演技をしているのにもかかわらず、仲代達矢には敵わないね」
亀「年季の違いなどもあるじゃろうし、後述するが確かに仲代達矢を最大限に活かすような工夫に溢れた脚本、演出もあり、圧倒的な存在感は素晴らしかった」
主「ここ最近は『マンチェスター・バイ・ザ・シー』でアカデミー主演男優賞を受賞したケーシー・アフレックだったり、それからカンヌ国際映画祭でも評価された『光』で主演を務めた永瀬正敏も視覚の衰えるカメラマンという難しい役どころを見事に演じきっていたけれど……それすらも霞むかもしれない。
単純に比べるものではないけれど、この3人は演技を見るためだけでも1800円の価値が有ると確信して言えるね」
亀「当然仲代達矢は名の知れた大スターであるから、比べるのも失礼かも知れんがの」
圧倒的な存在感を放つ仲代達矢
登場人物が5人の物語(映画としての評価)
亀「しかし、仲代達矢の演技は大絶賛なのは間違いないが、映画としてどうかと言われると……少し難しい評価になるかもしれん」
主「これは少しばかりしょうがないところもあるけれどね。この物語はたった5人しか登場しない……というか、映画の8割は仲代達矢、黒木華、阿部寛の3人の会話劇になっている。当然カーチェイスなどの派手なアクションシーンもなし。
しかも小林薫に至ってはセリフは1つもなかったんじゃないかな? その意味ではすごく難しい役どころで、確かに見所や目を引く存在感もあるけれど……でもこれで面白い作劇をしようというのは中々難しいところがある」
亀「どうしても物語が限られてしまうからの。その点、様々な工夫を凝らしておって、見応えがない作品ではなかったが……」
主「車の中と海のシーンが8割だしねぇ。リア王などの下地となる作品もあったりして……特に黒澤明作品のファンだとニヤリとできるシーンもあり、さらには仲代達矢の屈指の名シーンなどもあるし、阿部寛の独壇場になる長回しのシーンなどもある。
役者にかかる負担がとんでもなく大きいし、これを見事に演じきったのは素晴らしいと大絶賛だけど、やはり途中でダレてくるところはあったかなぁ?」
亀「ドラマ性が抜群にあるわけでもないからの……展開という意味では、ほとんど劇的なものはない。スタートからラストまで似たようなテンポで続くのはいただけん」
主「その意味では『オススメの映画だよ!』とは言いづらいかもしれない。
だけど、本当に素晴らしい演技を見たいなら……それを引き出す演出などに注目したいならば、是非とも鑑賞するべき1作だろうね。あとは黒澤明ファンも!」
以下作中に言及あり
2 演出と脚本が引き出す魅力
亀「では、ここから本作が最大限に引き出した仲代達矢の魅力について話していこうかの」
主「本作の仲代達矢の設定は『かつては大スターだったものの、認知症を患っている』というものなんだけれど……もうさ、この設定だけでもこちらを刺激してくるんだよ」
亀「現実の仲代達矢自身は認知症になっておらんじゃろうが、80を超えていつ発症してもおかしくない。あれだけのセリフを覚えることができたのじゃから、頭はハッキリしておるじゃろうが……心配にはなってくる年齢じゃな」
主「その心配を抱える人ほどこの映画は刺さるようになっている。作中の仲代達矢の演じる桑畑兆吉は確かにボケていて、自分が舞台に立っているのか、今話している相手が誰で、数分前の会話も覚えていることができない。
だけど、それ見ている観客はそれが演技だと知っている。
だから桑畑兆吉が役者のように観客にお礼を述べている際などは、現実と作中が奇妙なリンクをすることになる」
亀「あの海辺のシーンは圧巻じゃった。
海岸をまるで舞台に見立てて、砂浜の上を歩く兆吉が感謝を述べているシーンでは、縮尺なども実際の仲代達矢と合うように調整されておるようじゃった。じゃから、映画を見ているのに演劇を見ているような錯覚が生じる。まるで、目の前に仲代達矢がいるような気がしてしまうわけじゃ」
主「そうなると、観客はワケがわからなくってしまうわけだよ。
確かに劇中の桑畑兆吉としてはボケている。海辺で観客がいるかのように振る舞い始めるし、それはおかしい、ボケた行動だ。だけど、現実の世界では映画を眺めている観客がいて、その観客に挨拶をしているわけだ。その行動自体は何もおかしなことはない。
こうなってくると現実と虚構の境目が非常に曖昧になってくるんだよね。ボケたはずの存在である桑畑兆吉が、実はたった1人だけ現実と演劇の関係に自覚的な存在に思えてくる」
亀「しかし作中の兆吉は明らかにボケており、黒木華とのやりとりもおかしなものであるの。
そうなってくると今度は『実は桑畑兆吉ではなくて、仲代達矢がボケているのでは?』という気分になってくる」
主「圧倒的な演技力もさることながら、この現実と虚構の境界線を揺さぶってくる描き方によって我々観客が『映画を見ている』という認識が曖昧になってくるわけだ」
息子役の阿部寛
仲代達矢が名演すぎるがゆえに……
亀「しかしその煽りを食ってしまったのが阿部寛かもしれんの」
主「阿部寛の演技力云々というよりも、この演出がハマりすぎたよねぇ……
仲代達矢が映画と現実の境界を曖昧にすればするほど、ボケていない普通の人たち……つまり阿部寛や黒木華は明らかに映画の世界、虚構の世界に生きていることを浮き彫りにされてしまう。
黒木華はまだいいよ。仲代達矢と共演しているシーンがほとんどだし、ボケた老人とまともな娘という対比になっている。いわば現実の側が仲代達矢だとしたら、映画の、虚構の世界の代表が黒木華になる。
だけど圧倒的な仲代達矢劇場の後に阿部寛の長回しによる熱演があるんだけど……これがあんまり上手くいっているとは思えなかった」
亀「わしらは阿部寛が本当は役者であるし、原田美枝子の旦那でもなければ役者を諦めていないということも知っておるからの。いわば物語の世界に存在する阿部寛演じる行夫に感情移入する以前に、現実の阿部寛という人間について思いをはせてしまうことになってしまう」
主「あの長回しもすごいんだよ? だけど、結果的には阿部寛は仲代達矢の引き立て役になってしまった感がある。いや、それはもしかしたら狙い通りかもしれないけれど……ちょっと勿体ないなぁって思いがあるね」
亀「あとは……本作は仲代達矢とリア王という組み合わせからも誰もが『乱』を連想するじゃろうし、またコアなファンは桑畑という名前からも『用心棒』の桑畑三十郎を連想するじゃろう」
主「作中では三船敏郎の名前も出てきて……黒澤作品といえばやはり三船敏郎は語らなければならない存在感を放つ役者であるしね。
この作品って仲代達矢だけでなくて、黒澤明について語った映画でもあるんだよね」
亀「黒澤明作品については多くの描写での言及があったの」
娘役にしては若すぎる印象もある黒木華
『人生最後の作品になっても……』
亀「仲代達矢が語った『人生最後の作品になってもいい』という発言が納得出来るものじゃったの」
主「本作品って、桑畑兆吉がどうのこうのという物語ではなくて、やはり仲代達矢の最後を飾ってもふさわしい作品になるように作られている。
作中ではずっと寝間着姿なんだけれど、靴も脱いで娘が持ってきた服も着ることを拒否をする。そして持っている大きな鞄の中には白いタオルがたった1つだけ……これが仲代達矢の心境をもっとも表しているんじゃないかな?」
亀「ふむ……寝間着姿というのは、もっとも無防備な普段着ということじゃな。つまり、一切着飾っていないという……」
主「さすがに裸で演技をするわけにはいかないから、寝間着姿にしたんだと思う。羽織ったコートは時期的なものもあるのかもしれないけれど……高齢だしね。だけど、ちょっとだけの見栄だったり、舞台衣装でもあるのかな?
すっごく大きな荷物を……経験や代表作、数々の演じてきた作品を持っているようだけど、それも中身を開ければ真っ白なタオル1つだけ。もしかしたらそういう気概なのかもね」
亀「汗を拭くタオルだけあればそれで十分、着飾るものも特に必要ない問いう気概かの」
主「裸足になって道路を歩くシーンがすごく印象に残っているんだけれど、多分それって映画を見ている観客に向かって一生懸命に向かっているんだろうね。そして同時に舞台に向かっているのであって、例え耄碌したとしても、ボケたとしても……死ぬ時まで、もしかしたら死んだ時も役者であり続けるという宣言だと受け取った」
最後に
亀「中々見ごたえのある作品じゃったの」
主「エンタメ作品ではないし、社会派作品でもない。仲代達矢や黒澤明に興味がなければ全く観る意味のない作品になっているかもしれない。だけど、少しでも触れたことがある人であれば、見に行く価値がある作品に仕上がっているんじゃないかな?
特に映画ファンであれば……古い映画が好きであれば、仲代達矢や黒澤明を観たことがない人はほとんどいないだろうし」
亀「ある意味では仲代達矢のプライベートムービーになってしまっておるかもしれんが、そういった作品を作られるというのはやはりスターのスターたる所以かもしれんの」
主「邦画業界を支えてきた偉人であることは間違いないね」