物語る亀

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物語愛好者の雑文

映画『世界一キライなあなたに』感想 2人の愛の軌跡にきっと……涙する?

カエルくん(以下カエル)

「……う、グスッ……うぅ……」

 

亀爺(以下亀)

「おや、カエル、何を泣いておるのじゃ?」

 

カエル「『世界一キライなあなたに』があまりにも切なすぎて……あんなラストは悲しいよ!」

亀「……案外恋愛物にはまりやすいカエルなんじゃな」

カエル「だってさ、あれだけいい恋愛を描いていたのに、そのラストがあまりにも切ないじゃない! 亀爺だってそう思うでしょ!?」

亀「思わん

カエル「エーーーー!!!!

 

 

 

 1 評価の高い恋愛作品

 

カエル「なんでよ!? すっごく評価の高い恋愛作品じゃない!

亀「他者評価が高い映画が、自分にとっても評価が高いとは限らんというのは当たり前の話じゃろう。SCOOP!』なども公開前はひどい評価じゃったが、それは一部のアンチが評価を下げていたという噂もあるしの」

カエル「……あれだ『食べログなんて信用できねえよ』って言っているのと同じだ」

亀「だからと言って、じゃあ他に信用のできる情報源があるならそれでいいが、そんな情報源というのは中々ないからの。大事なのはそういうレビューサイトを鵜呑みにすることなく、自分で良し悪しを判断することじゃ。

 万人がいいと思うものなんてそうそうありゃしないし、わしも主もそんな万人受けするようなものよりも、尖った個性を持つものの方が好きじゃ。賛否両論があって正解なんじゃからな

 

カエル「……と、予防線を張ったところで……亀爺はこの映画、どうだった?」

亀「まあ、語ることもないの。ハッキリ言わせてもらえば全然ダメなタイプじゃ。わしには全く合わん

カエル「亀爺とか主って、恋愛映画苦手だしねぇ……なんでそんな人が『甘く切ない』恋愛映画を見に行ったのか、理解に苦しむよ」

亀「なんじゃ!! わしみたいのが恋愛映画を見てはいかんのか!? それにの、ビリーワイルダーのラブコメだったり『ローマの休日』などは大好きじゃからな! わしとて恋愛の機微がわかるんじゃ!」

 

カエル「……そんな稀代の傑作と比べている時点でねぇ」

 亀「じゃが、この作品は恋愛映画が大好きな人にはハマるかもしれん。そういう人はここから先は読まん方がいいの。

 かなり……わしと価値観が合わない作品だったために、言いたい放題しているからの」

 

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物語の構造と共感性

 

カエル「じゃあ、まずどこがダメだったのか語ってみて」

亀「最近、この手の作品、つまり『働く女性の応援歌! 泣いて笑って恋をして!』というタイプの映画がそこそこ多いがの……そもそも、わしはこの手の映画がそこまで得意ではない

カエル「……まあ、そうだろうねぇ。その理由は?」

亀「基本的にオタクアニメと構造は一緒なんじゃ。いつも頑張っているけれどイマイチ冴えない女性のところに、最高の男(もしくはオジサン)がやってきて、数々のトラブルを乗り越えながら恋も仕事もうまくいって最後はハッピーエンド……みたいなやつじゃな。

 これは言い換えると、イマイチ冴えない男のところに、ちょっとドジだけど最高の女がやってきて、数々のトラブルを乗り越えながら恋などもうまくいって最後はハッピーエンド……ほれ、オタクアニメと同じ構造じゃろ?

 違いはアニメキャラと、実写のイケメン俳優の違いじゃ

 

カエル「でもそうだとしてもさ、それは優れた物語の構造って意味じゃないの?

亀「そうじゃよ。だから、この構造自体を批判するつもりはない。

 ではさらに問いかけるが……この映画を見ている時、わしは誰に感情移入すればいいんじゃ?

カエル「……誰にっていうと?」

 

亀「完璧な男性か? そんなに完璧でもない、女性が望む理想のオスでもないわしが、そんな完璧な男性に感情移入などできるはずもないじゃろう?

 結局、この手の映画というのは『ちょっとダメな私』として描かれる同性には感情移入ができるんじゃが、その『理想像としての異性』というのはあまりにも自分とかけ離れていて感情移入ができん。

 これはオタクアニメと一緒じゃろ? 『あんな都合のいい女に囲まれるハーレムなんかありえない!』というのと『あんな都合のいい男にちやほやされるなんてありえない!』の違いなんて、性別だけではないか。だから性別が違うと乗り越えづらい壁になってしまうパターンが多いように感じるの」

 

カエル「その男の人をカッコいいなぁと憧れで見れたらまた話は変わるけれどねぇ。でも、それは女性向けだとすればいいんじゃない?」

亀「そうじゃの。少なくともワシのような、年老いたオスの亀というのは対象から外れておる。じゃから、今回の意見はそんな亀の爺の意見として処理してほしいの

カエル「……亀を対象にした映画って『レッドタートル ある島の物語』ぐらいだと思うけれどね」

 

以下ネタバレあり

 

 

2『完璧』な男

 

カエル「じゃあ、ここから本題に入っていくけれど……実際、何がそんなにダメだったの?」

亀「まず、先に挙げたとうり『完璧な男』というのがダメじゃな。

 確かに彼は事故の後遺症で重大な障害を抱えておるが……それでも頭脳明晰、金持ち、イケメン、ユーモアもあるという、男としてみれば中々非の打ち所がないじゃろ? それこそ、障害というハンデがなければ、理想すぎてリアリティのない存在じゃ。

 それに恋をする女の子も頑張ってはいるけれど、イマイチ報われない娘』というのもテンプレじゃな」

 

カエル「そうね。それが都合が良すぎるってこと?」

亀「それもある。わしはこの作品は基本的には王道の物語ではあると評価する」

カエル「さっきも語った構造論ね」

 

亀「そうじゃ。ダメな主人公の元に、少し難はあるけれど理想の異性がやってきて、恋に落ちる。だけど彼には重大な秘密があって、せっかく結ばれた二人の絆が引き裂かれる事態に……というのは物語における王道じゃ。構造的にはどの恋愛映画も似たようなものじゃろう。

 じゃからわしは、この映画を見ている最中に『ああ、これはこういう構造なんじゃな、ということはこの後の展開は……』と予想することができてしまった」

カエル「でもさ、そのあとの展開が劇的だから感動する! って声が多いわけでしょ」

亀「そこに関してもわしは言いたいことがあるがの……」

 

2人の描きかた

 

カエル「完璧な男だからそんなにダメだったわけ?」

亀「というよりもの、この恋愛映画はパッと見、純愛映画に見えるのかもしれんが、わしからすれば『身勝手な男女のお話』でしかないわけじゃ。

 例えば、主人公の女の子には彼氏がおるじゃろ? だけど、その彼氏を放っておいて、ヘルパーとして男と旅行に行ってしまうわけじゃ。

『彼は素敵な人よ』なんて言われて、それを見せつけれられる男というのは、どんな気持ちじゃ?

 

カエル「でも冴えない男だったし、自分の趣味を押し付けてくるような男だったしねぇ」

亀「だとすれば『私は彼が好きなの。ごめん、別れて!』と振ることも必要ではないか? 彼氏と付き合いながら無自覚に傷つけて、他の男と……ヘルパーだから食事の世話などは仕事としても、旅行にまで行く無神経ぶりに、何を思えというのか?

 しかも、ラストはそれまでの家や家族を捨てて、一人で別の地でやり直すわけじゃろう? そこに彼氏の存在は絶対にない

カエル「うわ〜亀爺、モテないでしょ?」

亀「うるさいわ! 途中から可哀想な彼に感情移入をして、この2人の恋愛が頭に入らなくなったわい……

 それから男の方じゃが、確かに障害が残ったのは悲劇じゃが、あれだけたくさんのものを持っていて、何が不満なんじゃ?

 

カエル「いやいやいや、障害が残るって一生に関わることで……」

亀「もちろんそうじゃが、優しい両親がいて、家が莫大な金を持つ金持ちで、人間的魅力もある。それで『辛い、辛い』と言われてものぉ……」

カエル(……なんだか爺ちゃんの説教みたいになってきたなぁ)

 

 

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この作品の『愛』とは?

 

亀「結局のところ、わしがこの作品が駄目な理由は『リリーのすべて』と同じ理由かもしれんな」

カエル「あれね。性同一性障害の適合手術を世界で初めて受けた人をモチーフにした映画で、アカデミー賞の助演女優賞を獲得した作品だよね」

 

亀「そう。あれも同情すべき箇所は……性同一性障害というものはあったが、それにしてもパートナーを省みることがあまりにもなさすぎた。それだけ強い思いなのはわからんでもないが……

 本作も同じじゃ。主人公の女の子は無自覚に彼氏を傷つけてそれに気がつきもしないし、男も最後は自分の持っているものは無視して、あのような決断をするじゃろ?

 そんなもののどこに『愛』があるんじゃ?

 あるのは『自己愛』だけではないか

 

カエル「……お互いを思いあっての結果じゃない。君には自由にいて欲しいって」

亀「じゃあカエルよ。お主が彼女だったとして、あの選択をどう思うかの? 納得するのか?」

カエル「それは……まあね」

亀「結局彼は自分しか見ておらんし、彼女はそんな『可哀想な彼』や『可哀想な私』を愛しているとしか思えん。

 その周りを鑑みることのないものが『真実の愛』だとするならば、わしはそんなもの、永遠にわからんでいいわい

カエル(……だから恋愛映画が苦手なんじゃないの? 女性の機微なんて欠片もわからないし

 

 

3 障害の描きかた

 

カエル「このブログでは何度も書いてきたことだよね。特に最近は『聲の形』もあって、より重点的に考えてきたことだし」

亀「このブログで常々言っておるのは『障害を個性とする描きかた』ということじゃ。障害を言い訳にしない、させない描きかた。配慮はするが、区別はしないという描きかたじゃ。

 だから障害者が殺人事件の犯人でも、刑事でも、ヒロインでも主人公でも脇役Aでも恋敵で両親でもいい。障害というのは一つの個性なのだから、普通の登場人物として描くということが大切なのではないか? というものじゃ」

 

カエル「『聲の形』でいうと聴覚障害だけど、それを理由に殻に閉じこもるなってことだね。『障害なんて関係なく、私はあなたが嫌い』って言った植野が大事なんだって言っているもんね」

亀「そう。そこから本当のコミュニケーションが始まるからの。

 それで考えるとこの作品は、あまりにも障害の描きかたが一面的すぎんかの?

 

カエル「一面的なすぎる?」

亀「確かに障害を抱えたことは、厳しい現実であり、辛いことじゃ。それに苦悩するのはよくわかる。

 じゃがな、人生ってそんなものじゃろう?

 今日会社が倒産するかもしれないし、家族の隠していた借金が発覚するかもしれないし、配偶者から離婚を突きつけられるかもしれないし、脳の血管が切れるかもしれないし、核戦争が始まるかもしれないし、彗星が落ちてくるかもしれないし、ゴジラが現れるかもしれん」

 

カエル「後半はぶっ飛んでいるから大震災が起こるかもしれないで受け止めてね」

亀「それで全てを失うかもしれん。確かに彼には非はないし、それは残酷なことじゃ。

 じゃが、彼には何がある?

 信頼する親友もいて、両親もいて、女の子もいて、金もあって、頭脳も明晰で……わしには障害を抱えていても、持っているものは相当に多いと思うがの

カエル「……まあ、そうねぇ。それで言ったら障害はないにしろ、家族も仕事も友人も彼女もお金もない人って世の中にたくさんいるしね」

 

亀「結局、人生は手持ちのカードで勝負するしかないんじゃよ。失ったものを嘆いても仕方がない。今あるカードでどうするか、というのが人生ではないのか?」

 

 

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決断の描きかた

 

カエル「小タイトルでは決断ってあるけれど、これは安楽死のことだよね」

亀「そう。安楽死自体は難しい話じゃよ……これが認められたとしても、却下されるにしても永遠に議論されなければいけない課題じゃ。何せ、命に関わることじゃからな。

 だからこそ、このような軽い描き方はして欲しくなかったの

カエル「そんなに軽い? 障害という現実があっても?」

 

亀「生まれながらの障害者や、後天的に抱えながらも必死に生きておる人もたくさんいる。さらに言えば、障害が関係しなくても悲惨な状況でも必死に生きている人もたくさんおる。

 こういうと理想論を語っておるようじゃが……わしは安楽死に特別反対はしておらん。しておらんが、だからこそもっと慎重に描いて欲しかった。彼はいろいろなものを持っておるではないか」

カエル「……だけどさ、本人が苦しいんだから」

 

亀「わしは何があっても生き延びろとはいわん。ではあの場にいた時、わしならどうするかと考えれば、必死に説得はするが本人の意思ならばそれを尊重する。するが、納得はしない。

 例えば同じ安楽死だとしても『ミリオンダラー・ベイビー』であればわしも納得する。じゃが……本作のような描きかたであるならば、わしは言葉は酷いが『では勝手にしなさい』と突き放す。納得もしなければ支持もしないからの」

 

 

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感動ポルノ

 

カエル「……今一部で話題の感動ポルノ問題だけど、この作品はどう?」

亀「以前に感動ポルノにも良いものと悪いものがあると書いておったが、わしは今作は『悪い感動ポルノ』と言ってしまうの。

 結局、障害者はかわいそうだ、死を選ぶ必然性がある、という描きかたから脱することができておらん上に、それで涙を誘うようにできておるじゃろ?

 なのでわしは……この作品は見れば見るほどに冷めていったの。結局は感動ポルノに終始するのか、とな。

 議論を呼ぶという意味では意義のある作品じゃが『恋愛映画』としてみるのはわしには不可能じゃ。結局、みんな自己愛しかない。『自己愛映画』ならわかるがの、そんなものに感動する人はおるまいて」

 

カエル「今回は相当手厳しいね」

亀「ずっと考えてきたテーマじゃからの。

 おそらく、わしも主も世間の人よりも障害に対して……軽く考えているというか『可哀想に』という視点を持っておらんのじゃろうな。そこに聖人的な投影もないし、異常者という投影もない。そこにいるのは『ただの人』じゃ。

 ただの人が『人生が辛いから安楽死をしたい』と言い出したら何を言っているんだ? となるじゃろう? この作品に感動するには、その『障害は可哀想、昔の彼は最高だった!』という前提条件が必要なのじゃろうが、それがわしにはないから、全く受け入れられんのかもしれんな」 

 

カエル(これ、もう映画の評価関係ない気がする……)

 

 

最後に

カエル「そんなわけで感想を終えるわけだけど……」

亀「わしには全く合わない映画じゃったな。監督や原作者は相当悩んだらしいから、覚悟の上であろうが……」

カエル「まあ、亀爺がすごく捻くれているのもあると思うけれどね」

亀「捻くれ結構!! それでわしはここまで生きてきたんじゃ! これからも後100年はこのスタイルで生きていくぞ!! それがわしの手持ちのカードじゃ!!」

カエル「……そんなんだから最近出番が少ないんじゃないの?」

 

亀「……カエルよ、お主は触れてはいけないところに触れてしまったようじゃな。ほれ! そこに直れ! いいか、お主はそもそも思慮が浅い割に口が軽くて……」

カエル(ま、年寄りの戯言だと思って聞き流すか……)

亀「聞いておるのか! カエル! そういう態度が……」

 

 

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