物語る亀

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物語愛好者の雑文

映画『わさび』『春なれや』『此の岸のこと』感想 (外山文治監督作品集) たまには短編映画もいいものです

亀爺(以下亀)

「では、今回は久々? になるかもしれんが、小規模公開映画について語ろうかの」

 

ブログ主(以下主)

「どうしても小規模公開映画は後回しになりがちだからね……

 しかも本作のような作品の場合、ソフト化するかも微妙だから……結局公開時期が終わってしまうと『伝説の映画』になって終わってしまうんだよね。そう考えると、後々死に記事になるのかぁ……と思うと、ちょっと手が出しづらいところもある」

 

亀「しかも本作の場合、東京限定公開の可能性もあるらしいからの。監督も東京、渋谷のアップリンク以外で公開する予定は今の所ないと語っておったが……このブログを読んで『観たい!』と思った地方の方にも、期待を煽るだけ煽っておしまいという結果になってしまうかもしれん」

主「自分は東京近郊在住だからいつでも映画を見ることができるけれど、気軽に映画を見ることができるというのは当たり前のことじゃない。実は地方ではかなりハードルが高い行為でもあって、レンタルやネット配信まで最新作は待たないといけないということもよくある。

 しかも本作の場合はそれすらもないかもしれないわけで……まあ、このキャストを使っていて、特に『無垢の祈り』のような過激であるからちょっと……という問題もないような本作の場合は、いつかはソフト化するんじゃないかな?」

 

亀「しかし今度はTSUTAYAなどのレンタル店が扱うかもわからんしの。今作は短編ということで扱いも難しいというのもあるじゃろうし」

主「というわけで、この愚かなブロガーの記事であっても埋もれさせるのは惜しいと思うのであれば、是非とも関係者各位には地方の劇場での公開であったり、ソフト化や配信化も検討していただけますようよろしくお願いします。

 最初に言いますが、個人的にはとても好きな作品で、パンフレットも買って監督のサインまでいただいたので、微力ながらも応援していきます

亀「お金の問題などもあるから難しいじゃろうが、できるだけ多くの人に見てもらいたい作品じゃからな」

主「というわけで『わさび』を目当てに行きましたが、もちろん他の外山文治作品3作に触れながら語っていこうと思います」

 

 

 

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パンフレットにサインをいただきました

 

此の岸のこと

 

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亀「では、3作品の上映順で語っていくとしよう。

 1番古い作品である此の岸のことについての感想じゃが……この作品は老々介護の実態を描いた、ドキュメンタリータッチな描写も多い映画であるな

主「本作の最大の特徴は『台詞がない』ということ。物語自体はとてもわかりやすくて、痴呆が進んでしまった奥さんを介護する旦那さんの物語なんだけれど、これは見る人が見たらグッとくる内容だろうな」

亀「どうしても若い者にとっては想像もできんことかもしれんが、これは今の日本で……これから先も含めて、最も重要な問題の1つじゃからな。それをセリフなしで、観客の想像力に委ねるように描き出すというのは、なるほど、評価も高いじゃろうな

 

主「老々介護で、しかも旦那さんが介護をするというのは世代からしても難しいものがあると思うんだよ。食事1つ作るにしても慣れていない人が多くて、その手つきもある程度は慣れているけれど、でもやっぱりどこかぎこちないところがある。

 家事はやってこない……それは女性の仕事だという人も多い世代なんだよね」

亀「そしてお金も無限にあれば何も悩まないのかもしれんが、そんなことがあるはずもなく……選択肢も必然的に限られてきてしまうということも、この状況に拍車をかけておる」

主「その現実をしっかりと描き、しかもセリフなしで2人の気持ちやこれまでの軌跡を想像するように作ったのは確かに素晴らしい。しかも、これが商業デビューではないということを考えると、驚異的ということもできるかもしれない。

 でもなぁ……やっぱり自分はちょっとな、と思うところがある」

 

 

高齢者問題を映画はいかに描いているのだろうか?

2017年の高齢者を扱った映画から考察しています 

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うまい作品ゆえに

 

亀「まあ、審査員ではなくお金を払った観客として鑑賞したわけじゃしの。その前のOPトークを聞いていたこともあるかもしれんしの」

主「この作品のことを言っているのかわからないけれど、確かにすごくいい映画かもしれないけれど、それがちょっと気にかかる。会話なしで、現代で最も重要なテーマである老々介護の現実を描いて、しかもそれがかなりうまい。

 ちょっと色々とやりすぎな気がしたというのが1つ。でも、この手法自体はとても好きな傾向があるんだけれどね。見る側の意識の問題かもしれない」

 

亀「ふむ……」

主「あとはこの映画って『物語』ではなくて『詩』だと思った。

 もちろん本作は映像表現だけどね。この2つに明確な差はない。もちろん上下関係なんてもってのほかで、どちらも素晴らしい表現であるということはあらかじめ言っておくよ。

 でもさ、自分は『物語』が好きなんだよね。

 だけれど、ここまでセリフをなくして言外にある間を連想させて美しく見せるというのは、映像表現として確かに優れたものだけれど、物語性はかなり薄くなっている気がした

亀「難しいところじゃの。同じようにセリフを圧倒的に少なして、しかも色すらも無くしたヴィルヌーブの『静かなる叫び』は絶賛しておるのに、本作は違和感があるというのも、中々変な話じゃ」

主「一言で表せば自分には『挑戦的すぎた』んだよ。

 この監督は相当うまい人だと思う。その腕を最大限見せてはいるけれど、それが上手すぎるんだよ。評価されるのもよくわかるけれど、それが鼻についたんだと思う」

亀「……めんどくさい観客じゃな」

 

 

 

わさび

 

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亀「では次にわさびじゃが……これは芳根京子主演ということもあり、映画好きの中では注目されておる印象じゃの」

主「結論から言えばこの3作の中で1番の作品!

 この映画が大好きで、思わずパンフレットも買ってしまったんだよ!

亀「簡単にあらすじを説明すると、高校生の山野葵(芳根京子)はうつ病を患う父親の和夫(杉本凌士)と2人で暮らしている。父の病気のことで進路は就職1択にし、父親の代わりに家業の寿司屋を継ぐ決意をするが……という話じゃな」

 

主「この映画でまず語りたいのが圧倒的な芳根京子の美しさなんだよ!

 この映画を見に行こうと思ったのもポスターを見たからであって……NHKの連ドラで主演を務めたことで注目を集めているらしいけれど、ドラマは見ないし『64 ロクヨン』も見ていない自分からすると『心が叫びたがってるんだ』の主演の子ってイメージだったんだ。

 あの映画に関しては原作のアニメ版が好きだったこともあって、厳しい論調になってしまったし、彼女に対する評価もそこまで高いものでなかった。

 でも今作を見たら、圧倒的な美しさで度肝を抜かれたね!

亀「パンフレットの写真からも伝わって来る、圧倒的な美少女ぶりだったからの」

 

主「ちょっと気が強い女の子なんだよ。その芯の強さ、凛としたかっこよさを抱えている。だけれど、その奥にあるわずかな揺らぎ……ある種の弱さなども伝わって来る。

 この演技は圧巻だった。この手の映画……女性が主人公の映画というのは、世界一の美少女にすることが重要な条件だというのが自分の考えなんだけれど、この映画は間違いなくそれができていた。

 今年見た映画の中でも圧巻の美しさで、もちろん個人の好みもあるのかもしれないけれど、自分の中では2017年を代表するヒロインになったよ

 

 

女性を巡る映画の中から、小規模映画ではこちらが印象的でした 

blog.monogatarukame.net

 

 

 

物語として

 

亀「ではキャストについては1つ置いておくとして、映画としてはどうだったかの?

 先ほどの此の岸のことのような、詩のような作品とは打って変わって、しっかりとした物語を魅せてくれる『映画』だなという印象を抱いたが……」

主「此の岸のことで見せていた間の取り方、うまさや美しさというものを最大限に発揮している。だからこそ、ここまで自分も芳根京子を大絶賛しているわけだ。

 もちろんそれだけでなくて、この映画の持つテーマ性もとても良くて……うつ病を抱える父親の影響によって夢を断たれた女子高生の思いというものがとても伝わってきた。

 途中の授業参観のシーンでさ『もう詰んでいるんだよ』って先生に告げるんだよね。これがしびれた!」

 

亀「こういったことはどうしても生まれてしまうものであって、現実でもよくある話じゃろう。親の都合で大学に行けなかったり、どうしようもない病気に悩まされてしまったり……」

主「多くの物語は『そんな状況でも諦めずに夢を追う! やりたいことをやろう!』と言っているんだよ。もちろん、それも間違いじゃないし、とても大事なことだ。でもさ、そう簡単に割り切れるものじゃない。夢を追うというのは……理想を追いかけるというのは、どこか余裕のある人でないとできないことかもしれない

亀「この言い方はあまり良くないのかもしれんが、足手まといになってしまった父親を見捨てるという選択肢だってあるんだよ。実際に、その手はあったし……それでも非難する人は少なかったかもしれない。

 それでも、彼女は父親と生きる選択肢を選ぼうとしている。これが胸を打つ

 そして、寿司が強く印象に残る映画じゃな」

 

主「寿司がさ、いかにも素人が握ったような、丸っこいものなんだよ。わさびもたっぷりつけて、まるで大トロを握っているかのような……

 でもそのお寿司に込められたもの。

 たった1つのお寿司が表している性格などがはっきりと伝わってきて……

 他にも野球の監督とかさ、後輩とかもいい味を出していて……このテイストで長編化してくれたら、絶対見に行くね」

亀「短編は長編のプロトタイプではない、という監督の発言もあったが……」

主「もちろん、その通りだよ。この映画はこの映画で完結しているし、まとまっているし。

 でもこのテイストが大好きなんだよなぁ……ああ、ジレンマだわ

亀「語りたいことも大いにあるが、次の作品に行こうかの」

 

 

 

春なれや

 

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亀「そして最後は春なれやの感想じゃな。

 こちらのあらすじはソメイヨシノの桜が咲くのが60年だとしたおばあちゃんが、学生時代に埋めた桜がまだ咲いているのか見に行く……というものであるが……」

主「吉行和子については何もいう必要がないでしょう。名前は知らない若い人であっても、姿をみれば誰もがわかる名女優ですから。今作もその味がはっきりと出ていたし。

 自分が注目するのは村上虹郎の方で……河瀬直美監督作品で2014年にデビューしてからここまで、トントン拍子で出世しているな、という印象がある。

 そしてそれ以上に、ここ最近彼を見るといつも印象に残る役を演じているんだよね」

 

亀「2017年でいうと『武曲』の熱演もあったの。あの作品は綾野剛の怪演が絶賛されたが、村上も見事に立ち向かっておった」

主「『ナミヤ雑貨店の奇跡』にも出演していて『二度めの夏、二度と会えない君』では主演を果たしているけれど……最近彼の演技を見ると自然と目で追って、思い返すと強い印象に残っている役柄が多いんだよね。

 誰もがいうことかもしれないけれど、今後10年くらい要注目の俳優だろうし、20前後の男性俳優でいうと彼と高杉真宙がどのように成長していくのか、すごく楽しみなんだよ

 

亀「しかも本作の主題歌を担当するのがまさかのCoccoじゃからな。これは意外な選択であった」

主「こういう小規模の、しかも短編映画の主題歌を担当するんだってスタッフロールを見て驚いたなぁ」

 

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物語として

 

亀「では、物語としての感想に入っていくかの」

主「さすがにわさびの後だからね。こちらも重要な問題を扱っているけれど、自分の年齢もあって、まだ老後の問題についてはそこまで考えが至らないのか、そこまでグッとはこなかった。

 でもその前に公開した2作品のちょうど中間……というと語弊があるかな? でもいい味わいにミックスされた作品だと思う。青春のきらめきもあり、老後の辛さもあり、決して楽なだけの人生ではないけれど、そこに対するどんな選択にも優しさがある」

 

亀「その意味では名前を出したこともあるかもしれんが、河瀬直美監督作品に近い味わいもあるような気がするの」

主「本作のタイトルは松尾芭蕉の『春なれや 名もなき山の 薄霞』から来ている。その俳句に沿った映画であることは間違いない。最後に見終わったあとにこの歌を思い出すと、ホッとするような瞬間があって……その味はやはり詩的なところがあるかもしれない。

 でもそこに至るまでは物語になっているし、OPトークでは俳句のようだと話していたけれど……自分は物語……短編作品の味が出ていると思った」

亀「この辺りは難しいところであるが、決めるべきところはきちっと決めて、そしてしっかりと余韻を味あわせつつ、しっかりと見せるという作品に仕上がっておる」

 

主「この3作の中では1番バランスがいい作品と言えるかもしれない。短編ということもあるのか、一般的な映画よりは物語性は薄いかもしれないけれど、でも雄弁に語りかけてくる映像芸術として力強さもあるし。

 ただ、上記の2作品を見た後だと少し淡白に感じるかもね。あの2作品は強烈な印象だからさ。

 本作は…物語と詩の中間であり、俳句というよりは短歌に近い印象かなぁ。まあ、これは感覚的な話なんだけれど」

 

 2017年TOPクラスの小規模映画!

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3作品を見比べてみて

 

亀「では総論として同じ監督の短編映画を3作観るという機会もあまりないじゃろうが、その感想に行くかの」

主「物語の作り方としては基本的には3作品も同じで、主人公たちに大きな障害(病や老い)が訪れる。それに対して決して立ち向かうわけでもなく……ある意味では諦めの境地で挑む訳だ。

 諦めるというのは今では否定的な意味だけれど、この場合は仏教用語の本来の意味……つまり『明らかに見極める』という境地である。

 確かにそれはある種の絶望感であるかもしれない。だけれど、そこにある現実をきちんと見極めて、そしてそれを受け止めてどう対処するのか……それがこの監督のテーマなんだろうな」

 

 

 

 

最後に

 

亀「今年は小規模映画にいい作品が多い印象じゃが、それも障害……身体的な障害だけでなく、人間関係の障害など日本では大きな映画ではタブー視されやすい映画を小規模だから撮れているということもあるのかもしれん。

 もちろん、物語に障害は絶対に必要なことであるが、大作映画はここまでの大きな障害にまつわる物語を描けているとは思えないの」

主「やりたいことが違うから、と言われたそれまでだけれどさ。やっぱり今年に限って言わせて貰えば小規模映画にいい映画が集まりすぎている印象はある。作家性は世界の映画に比べて層も質も劣っているわけではないけれど、大作になると途端にあべこべになってくるんだよなぁ……」

亀「商業でやっていくというのはそういうことかもしれんがの」

 

主「監督自身も語っているけれど、日本は短編に対しての市場が小さすぎるよね。自分はアニメももっと短編アニメの敷居を低くして、誰でも見れるようにして欲しいという思いがあるけれど、どうしても長編ばかりになってしまう。

 そうなると作れる人も限られてくるし、挑戦的なこともやりづらくなるからさ

亀「敷居があんまり低すぎると今度は玉石混交になってくるのかもしれんが、もう少し市場があってもいいかもしれんの」

主「惜しいよなぁ……

 これからはYouTubeで公開とかも増えていくのかもしれんな。上手くいけばもっと稼げるようになるだろうけれど……」

亀「あながちありえんとは言い切れん。もしかしたら映画監督の定義が揺るぐかもしれんの」