カエルくん(以下カエル)
「今回は『アニメとは何か?』ということを考えていく記事だということだけど……なんでこのタイミングでこのことを語るの?」
ブログ主(以下主)
「やりたいことは他にも幾つかあって、お嬢さんのレビューも書きたいし、もうだいぶ前の話になるけれど、日本アカデミー賞についても語りたいことはあるんだけど……
それでも今語っておいた方がいいと思うんだよね」
カエル「まあ、このブログは主にアニメについて語っていることがすごく多いから、その大元になるこの話はしておいた方がいいんだろうけれど……」
主「これから先もアニメの話はしていくし、このお話があるかないかによって、実は色々な作品の見え方が変わってくると思うわけよ。
というわけで、今回はそんな『アニメ』と『アニメーション』のお話。結構いろいろと言われていることだから、改めて言及することでもないかもしれないけれどね」
カエル「オタクがみんな主みたいに意識高いわけじゃないしねぇ……」
主「自分なんかはこの話はアニメを観る、語る上では一番大切なことだとも思うけれど、そんな人は少数派なんだろうね。だからこそ、このブログも独自性があるんだろうけれどさ」
カエル「じゃあそんな批評……というよりも評論になるのかな? 記事を始めようか!」
1 『アニメ』と『アニメーション』
カエル「で、まずは何から語り始めるの?」
主「すごく基本的なことだけど、カエルは『アニメーション』の意味って知っている?」
カエル「え? あれだよね、ラテン語のanimaを語源としていて、その意味は『生命を与えて動かす』とか、そういうことだよね?」
主「そうね。動物のことをanimalと書くけれど、これも語源としては同じ。つまり魂があって動くものをanimaと呼ぶようだね。
魂というと『soul』だったり『spirit』などもあるけれど、どれも微妙に使い方は違うということが面白い。実はこれは昔の人の魂に対する考え方や、日本語にも通じてくることなんだけど、今回は割愛するよ」
カエル「こういうのも調べると色々と面白いよね。
で、アニメーションというのは『物が動いて見える』という意味みたいなものなわけだ」
主「そうそう。
一時期、お笑い芸人の鉄拳のパラパラ漫画が流行ったけれど、あれも自分に言わせて貰えばアニメなんだよ。というか、全てのパラパラ漫画はアニメと同じ。原理は全く一緒だから。
で、ここからが大事なんだけど……実は『アニメ』と『アニメーション』を混同して考えると、よくわからないことになってくる」
なぜ『君の名は。』はアカデミー賞にノミネートされなかったか?
カエル「この論調は一時期マスコミを中心にいろいろ言及されていたけれど、結局はアカデミー賞向きじゃないから、という言葉で納得行く人が多かった気がする。そこまでの評価の作品ではない、という人もいたよね」
主「ここが欧米と日本の『アニメ』と『アニメーション』に対する考え方の違いなわけ。
日本人が考えるアニメというのは、実は欧米のアニメーションと必ずしもイコールではない。日本人が考えるアニメというと、やはり君の名は。などのような萌えやロボットが出てくるような作品を連想するけれど、それは欧米の考えるものとは少し違う。
だからよく言われることだけど、アニメというのは『日本で独特の進化を遂げたアニメーション』を指す言葉であり、アニメーションとはまた違うものである、という意識が必要なわけ」
カエル「なんでそんなことを考えないといけないの?」
主「多くのアニメファン、アニメオタクにとってはあまり理解する必要はないよ。だけど、自分みたいな物語を語る人間には、それが理解できていないと見誤ることがあるわけだよ。
つまり、日本においては興行的に失敗した『レッドタートル ある島の物語』がアカデミー賞にノミネートされて、『君の名は。』が評価されなかったかというと、それはこの視点があるとよくわかる。で、この視点がないとレッドタートルという作品は見えてこない。
はっきりいうけれど、自分はレッドタートルの批評には完全に失敗しているから。この視点があればもっと色々語れたけれど、すっかり抜け落ちていた。その反省も生かしての評論になるよ」
2 アニメーションって何?
カエル「じゃあ、ここで主が語るアニメーションって一体なんなの?」
主「昨年公開した映画でいうと『レッドタートル』もそうだし、あとはヨーロッパのアニメ映画だけど『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』とか、あとは名作だと『木を植えた男』とか……日本人にも馴染みがあるのが『つみきのいえ』になるのかな?
アートアニメに分類されるような作品というと、感覚的にわかりやすいかもしれない」
感想記事はこちら
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カエル「上にあげた作品の多くがいわゆるアニメとは違って、水彩画のような絵などを使った独特のタッチがある作品達だよね」
主「海外の監督はその辺りが面白くて、例えば少し前まで劇場で公開もされていたアニメーション監督の巨匠、ユーリ・ノルシュテイン(代表作、話の話)とか、あとはその弟子とも言われる油絵のようなタッチを得意とするアレクサンドル・ペトルフ(代表作、老人と海)などもいるわけだ」
予告編のURLはこちら
https://www.youtube.com/watch?v=L7X0qwGzCeo
カエル「なんというか……日本のアニメーション監督とはまた違うよねぇ」
主「そう。本来……昔ながらのアニメーションというと、こちらを指す場合が多いんだよ。そしてアメリカのアカデミー賞などがさす『アニメーション賞』というのは、こういう作品を主に想定しているはずなんだよ。
だから、それを考えるとレッドタートルの高評価と君の名は。がノミネートされなかったのは当然のような気がする。
それはアニメとアニメーションの違いなんだよ」
独特の進化を遂げた日本の『アニメ』
カエル「でもさ、なんで日本ってこういうアニメーションが出てこないんだろうね?」
主「一部では出てきているんだろうけれど、全然ピックアップされないよね。日本は『アニメ大国』ではあっても『アニメーション大国』ではない、というのが自分の主張でもある。
その理由を考えたら、やっぱり歴史的なところに行き着くわけで……それでいうと手塚治虫の影響はでかい」
カエル「漫画界の神様にして、アニメ界では様々な賛否が飛び交う手塚先生だ!」
主「単純に言えば上記のようなアニメーションは非常に手間がかかる。いや、アニメが楽だというわけではないけれど、毎週放映することが前提のテレビアニメなどとは全然違うわけ。現に、日本もそれ以前にもアニメは存在するけれどそれは単発作品だったわけだしね。
結構お金もかかるしさ。で、手塚治虫はリミテッド・アニメーションを発明したわけだよ。
これは簡単に言うと1秒間で24枚の絵を使わなければいけないとされた当時のアニメ(フルアニメーション)から、1秒間に8枚の絵に少なくすることによって、作画の手間や予算を減らすことに成功したわけだ」
カエル「これが日本アニメの独特の進化に繋がったというのはよく言われているよね」
主「それと同時に……スタートにおいて『漫画文化の神様』である手塚治虫がアニメを手がけたということは、後々の大きな影響を与えた。
つまり、芸術性とかよりも娯楽性を優先させたんだよ。もちろん、芸術性がないとは言わないよ? だけど、第一に『鑑賞していて楽しい事』を重視して始まったのが、日本アニメのスタートなわけだ。
そんな作品を現代でも伝説であり、今だに語り継がれるほどの大天才、手塚治虫が生み出したという事が非常に意味として大きい」
カエル「本来はもっと芸術性の高いアニメーションが、ある程度以上の娯楽品としての完成度を持ったということかもね」
主「日本アニメにおいて手塚治虫の功罪ってすごく大きくて……その功と同じくらい罪も多いんだけど。だけど、日本アニメは言葉は悪いけれど、仕方ない事情で導入した『安くて手抜き』とも取れるリミテッド・アニメーションの枠で工夫したからこそ、独特の脚本だったりテーマ、手法や表現が生まれていった。
それはフルアニメーションや、海外のアニメーションとはまったく違うものになるくらいまで変容してしまったんだよ」
カエル「……なんか、ラーメンなどの食文化みたいだね。元々は中国などの海外から来た文化だけど、それに対して手を加えているうちにまったく違うものになってしまい、独特の文化になるという日本のお家芸」
主「アニメに対してもそのようなことはあったと思うよ」
3 各監督たちの意識
カエル「だけど、それを知っておくと見えてくるものってなんなの?」
主「つまり、各アニメ監督たちが『どのような作品を撮りたいのか』ということによって、出来上がってくる作品が変わるわけだ」
カエル「どういうこと?」
主「もちろん、アニメとアニメーションを明確に区別することはできないけれど……例えば宮崎駿や高畑勲は『アニメーション』を撮ろうとしてはいても『アニメ』を撮ろうとはしていない。むしろ、アニメーションを堕落させたアニメというものに嫌悪感すら抱いている。
よく宮崎駿は『アニメは1年に1作でいい』と語っているでしょ? これは本当に素晴らしい、芸術性の高いアニメーションで培われた意識から生じる発言なわけだよ」
カエル「高畑勲も似たような意識だろうね」
主「スタジオジブリって海外の名作アニメーションも紹介したり、ソフト化しているけれど、これはやっぱり『アニメーション』というものに対する意識の高さに他ならない。だからジブリって独特なわけ」
カエル「初めから『アニメ』を作ろうとはしていないもんね……」
主「この2人が天才的だったということは疑いようもないけれど、そもそもの意識が違う。アニメではなくアニメーションを作りたいという意識だからこそ、他と全く違う作品群が生まれてきた。
特に宮崎駿に関しては『子供向けという意識からの娯楽性』も併せ持つという天才性を発揮しているから恐ろしいよねぇ。
決して脚本的には褒められない作品も多いけれど、持ち前の技術などでどうにでもカバーできてしまうのが宮崎駿の真の恐ろしさだとすら思うよ」
こちらの本でも語っています
各監督の意識
カエル「やっぱり意識の違いって作品に与える影響が大きいってこと?」
主「めちゃくちゃ大きいよ!
例えば押井守は公言しているけれど、あの人は『アニメ』を作るつもりはさらさらない。
ただ『映画』が撮りたいだけなんだよ。
その手法としてアニメを選択しているだけで、実際は映画を撮っている。
だから独特な立ち位置にいる監督だよね。自分はアニメ映画が大人の鑑賞にも耐えられる『劇場アニメ』になったのは、押井守最大の功績だと評価しているよ。この人がいるから、日本ではアニメが映画になる時代が来たと思う」
カエル「それでいうと今敏監督なんかもそうかもね。以前に語った『千年女優』なんて邦画に対する愛とオマージュが詰まった作品だったし」
主「最近でいうと片渕須直監督はやっぱり他と意識が違っていると感じて……片渕監督も『アニメ』という手法を選択しているけれど、撮りたいものは『現実』なんだと思う。
だからあの人の作品を語ることはある意味では現実を語ることに近くなってしまう。
このように、多くのベテラン監督の中には、語りたいものが必ずしもアニメであるというわけではないということがなんとなく推測できるわけだ」
カエル「ふう〜ん……でも、今のアニメ監督はそれはどうなんだろうね?」
主「多分、若いアニメ関係者たちの中ではそんな意識はあまりないかもしれない。
そもそも『アニメを作りたいからアニメ業界に』って人が多いだろうし。だけど、そこから一歩抜け出した『どんな作品を作りたいのか』というビジョンが見えている人が伸びていくんじゃないの?
これはアニメに限らないよね。ビジネスでもどんなビジネスがしたいのか、その先に何があるのか、ということをはっきりと見えている人が成長していくものだし」
カエル「でも『アニメが撮りたい人』と『映画が撮りたくてアニメ業界に入った人』だと、後者の方が独自の視点を持っているから有利という話でもあるんだろうね」
主「だから多くのベテランは『アニメばかりを見るなよ』っていうのだろうな」
4 アニメ化するハリウッド映画
カエル「でもさ、そうなるとハリウッドのアニメってどういう扱いになるの? もちろんカートゥーンとか、いろいろな作品があるから一概には言えないけれど、日本で見えてきやすいでディズニーとかピクサー、ユニバーサルなどの映画を見ると、アニメともアニメーションとも違う形だよね?」
主「……やっぱりCGアニメへの変容って大きいよね。
それまでセル画だったり、絵を手で書くということがアニメの主流だったわけだ。だけど、それがCGの導入によって大きな変化を遂げた。CGアニメって原理的にはパラパラ漫画に近いセル画などのアニメよりも、人形や粘土を使ったアニメーションに近いんだよね。
だからそもそも、技術分野として求められるスキルが少し違う。これも時代の変化に伴うアニメの進化だよね」
カエル「それで、何が変わったの?」
主「そもそも書くことの技術が根本から変化するわけだから、これは大きな変化になる。そして、これが自分が危惧する……というか、あんまりハリウッド超大作にノレない理由の1つでもあるんだけど……
結局さ、CGを多用してアニメを制作することによって、アニメ制作の形も変えたけれど、それは実写のハリウッド作品も同じなんだよね」
カエル「今やハリウッドにおいてCGは切っても切れない関係性にあるからね」
主「そう考えると……CGがどれだけ精緻か、人間と比べて違和感がないかということはあるにしろ、やっていることは『アニメを実写化する』ということと変わらないわけ。
最近も様々な映画が公開されて、今度はディズニーが『美女と野獣』を実写化するけれど、あれも『アニメの実写化』じゃない? 今まで技術的に再現が難しくて手書きアニメになっていたものが、実写でできることになって、それでやっている。
その意味では全く新しいものではあるよ。
でも、それって結局『アニメと実写の境界を曖昧にした』だけであって、アニメである意味とか実写である意味とかがドンドンなくなっている。結局、どんな迫力満点の映像を見せられても、自分みたいなアニメ好きからすると『アニメでよくない?』って思いがどうしてもあるんだよね」
カエル「アニメオタクの苦悩だね」
子供向けアニメーションの傑作!
こちらに吹き替え版、字幕版のレンタルもあります。
アニメともアニメーションとも違うもの
カエル「話をアメリカのアニメに限定すると、主の中で今のアメリカのそう言う作品って『アニメ』の分類になるの? それとも『アニメーション』の分類になるの?」
主「ここが面白くて、ちょうどアニメとアニメーションの中間にあると思っている。根本は先ほども語ったようにクレイアニメやドールアニメのような人形劇などをデジタル化し、もっと精緻化している。これから公開されるけれど『LEGOバットマン』も斬新なアイディアだよね。
それは『アニメーション』の領域にあるものだと思う。
だけど、やはりアメリカ人の天性の娯楽気質なのか、アニメの持つ、ある種のテンプレ化されたキャラクターなどの娯楽性なども多く獲得していて……
しかも社会情勢などを意識したテーマ性も内包しているという、とんでもない作品を量産しつづける体制になっている」
カエル「これだけ名作を次々発表できるのは素直にすごいよね……」
主「アメリカのアニメーションによって世界のアニメは新しい境地に入ったんだよ。それって過去のものとをはまったく違うものになっている。
確かに宮崎駿やジブリは素晴らしいけれど、この人たちが手書きにこだわっている間に世界はとんでもない方向へとアニメを進化させているわけだ。
で、この項目で何を語りたいのかというと……日本はいつまでも『アニメ』にこだわり続けていいのか? という思いがあるということなんだよ」
カエル「どういうこと?」
主「アメリカのCGアニメを見てもわかるけれど、日本はその分野に関してはやっぱり一段も二段も遅れている。技術的にも、興行的にもね。まあ、向こうが化け物なんだけど。
大事なのは『アニメ』のような、手慣れた表現だけにこだわるのではなくて、もっと初期の……根本的な『アニメーション』にこだわる人がどれだけいるか? ということでもある。
商業の『アニメ』と違って、芸術性、実験要素の高い『アニメーション』は確かに広く受け入れられることは難しいだろうけれど、この実験要素の高い分野がいつか時代がすすみ、技術が進んだときに革新的な影響をもたらすことってあるんだよね」
カエル「あれだね。ノーベル賞とかで研究者が語っていたけれど『日本はもっと基礎科学の分野に注目してほしい』というのと同じだね」
主「そう。アニメって手で書いたり、絵が動いたり……ましてや萌えキャラたちがワイワイやるだけでは決してない。そのためにも上記のような名作だったり、アニメとは何か? と考えることって非常に大切なんだよ」
5 日本のアニメーション
カエル「でもさ……じゃあ、日本において『アニメーション』ってあんまり存在感がないきがするけれど、それってなんでだろうね?」
主「やっぱりアニメーション大国ではあっても、アニメ大国ではないということだろうな。
例えば、昨年公開した中で大ヒットもしていないけれど『ちえりとチェリー』という映画があるんだよ」
予告編はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=onNtwAfRoCE
主「これはドールアニメーションなんだけど、それとCGを組み合わせることで新しい映像体験になっている。アニメの枠をまた1つ広げた作品なんだよ。少し子供向けというか、優等生すぎる印象があるけれど、中々の良作だよ」
カエル「これを長編で公開したことにすごく意義があるよねぇ……」
主「そう。こういう形でもアニメとして全く新しいものになるということを証明しているんだよね。そして、この取り組みが技術が進んだり、他の分野と合わさることで全く新しい技術として生まれる可能性がある。
だから、こういう『アニメーション』作品にも、もっと注目してほしいという思いがある」
日本全国を廻りながら上映中! 特に小さなお子さんがいると楽しめるでしょう。
オススメの『アニメーション』作品
主「今回この話をした理由の1つがある作品を紹介したいからでもあるんだよね」
カエル「ああ、あれね。Twitterでも投稿していた……」
これは是非観て欲しい! アニメーションの可能性は無限大であることを証明した大傑作!
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2017年3月3日
オチビサン - 日本アニメ(ーター)見本市 https://t.co/ytyNJX25Df #animatorexpo #オチビサン #TheDiaryofOchibi
主「そう。日本アニメ(ーター)見本市で公開された『オチビサン』という作品が期間限定で再公開されているんだけど、これを是非とも見てほしい。
なぜならば、この作品には『アニメーション』の面白い部分がたくさん詰まっているから!」
カエル「実際見て貰えばわかるけれど『こんなものが動くんだ!』ってびっくりするよね!」
動画はこちらからご覧になれます。
(2017年4月3日までの限定再公開。アプリなどのダウンロードが必要かも……)
公式サイトはこちら
主「この作品は物が動けば『アニメーション』という原理について言及し、なんでも動かせるよ! という実験精神にあふれたものでもある。
それでいながら、娯楽性も併せ持っているんだよね! キャラクターの持つ可愛らしさとかがすごく出ていて……まさしく『アニメ的』だとも言える。特に夏のお尻を振るシーンとかは、本当に可愛らしい!
こういう作品が将来的にはすごく重要になるんだよ」
カエル「これが日本アニメの新たな売りになるかもしれないんだ」
主「欧米とも違う、全く新しいアニメーションを発明できるかもしれない。
これまでの伝統を守るのも大切だし、手書きアニメの良さもあるけれど、CGや手書きだけでなくてアニメーションという表現には無限の可能性があるということを証明してくれた作品だし、ここについて考えることはすごく意義があると思うよ」
最後に
カエル「いやー、長い記事になったねぇ!」
主「今回はすごく難産だった……
もう書いていて『どう書けばいいんだ? そもそも専門家でもない、ただのオタクだし……』と思いながら書いていたけれど、意外と形になるもんだねぇ」
カエル「まあ、こんな検索に弱そうなワードで長文記事書くのってあんまり意味ないよね……」
主「検索ワードを気にするなら、全く意味はないよ。多分ほとんど読まれることもないだろうし。
でもこれが語りたかったから、これでいいの! 語りたいことってすごく大事だから!」
カエル「まあ今後にもつながる論考だろうしねぇ」
主「アニメ好きにはある種常識的なことばかりかもしれないけれど……でも、こういうことを語るのってすごく大事だから!
大事だと思わないとやっていられないよ! これだけで2日間もかかったんだから!
……さて、次の記事は何にしようかな?」
カエル「……これだけのやる気を小説の方にも使えたらもっと素晴らしいのに……」