カエルくん(以下カエル)
「今回は『ロング・ロングバケーション』と『ジュピターズ・ムーン』の2作品を合同でレビューします」
亀爺(以下亀)
「久々の2作品レビューじゃの。
最近は大規模公開映画が中心になってきてしまっておるから、このような作品を大事にしていきたいところじゃな」
カエル「旧作もやって、新作もやってだとどうしても割りを食いやすいからね。
一応小規模映画も変わらず観ていきますが、レビュー数は減るかも……」
亀「この2作品も都心以外ではなかなか鑑賞しづらい映画ではあるが、どちらも一見の価値がある作品ではあるの。
では、早速感想記事を始めるとするかの」
ロング・ロングバケーション
作品紹介・あらすじ
アルツハイマーを抱えた元大学教授の夫と、気の強い妻が最後の2人旅に出るヒューマンドラマ。認知症の夫を演じるのはドナルド・サザーランド、妻を演じるヘレン・ミレンは本作にてゴールデングローブ賞の主演女優賞にノミネートしている。
監督は『歓びのトスカーナ』がイタリアのアカデミー賞と呼ばれるダビッド・ディ・ドナテッロ賞で17部門ノミネート、5部門受賞という快挙を成し遂げたイタリアの巨匠パオロ・ビルツィ。
夫婦生活は50年を迎えようとしており、仲睦まじい夫婦であったジョンとエラだったが、元教授であったジョンはアルツハイマーを抱えており、時折記憶の混乱などがあるような状況だった。2人の子供達はそれぞれ面倒を見るために息子が夫を、娘が妻を引き取る約束をしていたが、エラがそれに反抗し、キャンピングカーで出て行ってしまう。
ジョンが敬愛するヘミングウェイの生家があるキーウエストを目指して2人の珍道中が始まった……
感想
カエル「では、Twitterでの感想からスタートです!」
# ロングロングバケーション
— 井中カエル@物語るカメ/映画・アニメ系VTuber(初書籍発売中!) (@monogatarukame) 2018年2月4日
胸にグッとくる終末映画
近年は相方を亡くした話も多いがこちらは両者健在も夫は認知症を患う
この夫がいい人で文学を愛する魅力的なんだけれど、ふとした瞬間に全てを忘れてしまう悲哀が涙を誘う
本人も周囲も辛いよね……
亀「とても感動する映画であったの。
この監督の前作である『歓びのトスカーナ』も鑑賞しておるが、こちらは精神病を抱える女性2人のロードムービであり、こちらの作品も高く評価される理由もよく分かる、グッとくる物語であったが……本作も負けず劣らずいい作品であるの」
カエル「結構笑える作品でもあるんだよね。
劇場では笑い声が響き渡る部分もあって、コメディとしてもよくできている。だけれど、やはり終末について描かれた映画であって……老いていく夫と妻のやり取りなども、ホロリとくる描写もあって」
亀「特にこの夫のジョンは元教授でもあり、知性を備えた素晴らしい男性である。
アルツハイマーの特徴も言えるかもしれんが、時々元に戻るんじゃよ。その時の人間的魅力というのは、確かにこの奥さんが惚れるのもよくわかるというほどに素晴らしい人間性を発揮しており、ドナルド・ザザーランドが見事に演じておる。
しかし一方ではその記憶を忘れてしまった場合、それまでとはまたちがう人間になってしまう。子供のように無邪気になってしまったり……暴力を振るうことはないものの、周囲が大変な思いをしているのはよく伝わってくる作品でもある」
カエル「この『終末』の映画って最近ではどこの国でも重要な社会問題となっていて、それまでの人生を見つめなおしたりとホロリとくる作品に仕上がっている場合が多くて。
この映画を見ると『老い』に直面した場合、愛する旦那や妻が自分のことを忘れて行ってしまうという……ある種の地獄に対して、どのように振る舞うべきなのか? ということを考えさせられるよね」
映画とヘミングウェイ
カエル「そして今作では重要なヘミングウェイだけれど、このジョンが最も愛する作家であり、どれほどアルツハイマーが進行してもヘミングウェイのことは忘れないほどなんだ」
亀「ここでヘミングウェイを出してきたことが、この作品の上手い部分でもあるの。
ご存知の方も多いじゃろうが、ヘミングウェイはアメリカ文学を代表する文豪の一人であり、近代のアメリカ文学を語る上では欠かすことのできない人物である。その作風は力強い男性像を描いておる印象も強いのじゃが……ヘミングウェイ自体もまた、数奇な人生の翻弄された作家でもる」
カエル「やっぱり有名なのは『老人と海』だよね。10年間書くことができなくて、沈黙の時代が続いたヘミングウェイがようやく書き上げた人生賛歌であり、ノーベル文学賞受賞作品でもあるし」
亀「老人と海という作品はヘミングウェイが老いと人生にまっすぐに向き合った作品でもある。
自分が老い衰えていくことに対して、どのように直面するのか……それを釣りと魚との格闘に例えた作品じゃの。
老人と海の中でこのようなセリフがある、
『人間は殺されるかもしれない、けれど負けはしないんだぞ』
これは大きな魚=名誉などをせっかく獲得したのに、それをサメ=あらゆるトラブルなどによって失いゆく老人が、それでも戦い抜くと高らかに宣言した作品でもある。その高潔な精神がこの映画を支えておる」
カエル「……でもさ、そのヘミングウェイも最後は猟銃で自殺してしまって、結局は敗北と言ってもいいようなら最後を迎えているんだけれど……」
亀「果たしてそれが人生の敗北と言えるのだろうか?
その高潔な魂が存在する限り……たとえ自殺だとしてもそれが高潔なものである限り、罪と呼ばれるようなものではないのではないだろうか?
この映画のラストシーンはおそらく賛否両論であり、中には手厳しい意見を告げる人もいるじゃろう。わしもその気持ちはよく分かるし、考えようによっては酷い話でもある。
しかし、そのラストを選択するまでの過程を見てきて、この2人の絆を知った時……それはまた違うように見えてくると思うがの」
ジュピターズ・ムーン
作品紹介・あらすじ
ハンガリーのコーネル・ムンドルッツォ監督のSFドラマであり、人間が空を飛ぶ描写の浮遊感などが注目を集めている。ハンガリーに暮らす医師と空を飛ぶ少年の逃避行を現在のハンガリーが抱える社会問題とともに描き出す。
コーネル監督は『ホワイド・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』にてカンヌ国際映画祭の『ある視点』部門グランプリを獲得しており、その時と同じく監督・脚本を務めている。
シリアからハンガリー目指している少年、アリアンは国境付近で越えようとしたところを国境警備隊に見つかってしまい、国境警備隊のラズロの手によって銃で撃たれてしまう。父ともはぐれ、そこで命が終わるかと思われたその時、彼は空を飛ぶ能力を得ることになる。
瀕死の重傷を負ったアリアンは難民キャンプへと運ばれて医師シュテルンの元へと運ばれてくる。アリアンの能力を見たシュテルンは、彼を使って一儲けを企むのだが……
感想
カエル「次はSFでありながらも社会派作品とも言えるジュピターズムーンの感想に入るけれど、まずは何と言ってもどうやって撮られたか全くわからない浮遊描写に目が点になって!
この映画ってCGを全く使っていないことでも話題になっていて、それでもここまで表現できるんだ! と驚きがある作品にも仕上がっていて!」
亀「その独特の映像表現はやはり素晴らしく、ここ最近のCG映画では表現できないような……なんというのか『作られていない浮遊感』なども楽しめる作品であるのは間違いない。
ただし、ここでちょっとこの独特の映像表現による弊害も見られたかの」
カエル「画面の揺れが酷いんだよね……
カメラを揺らしたりとか、天と地がひっくり返ったりして、それが確かに面白い部分でもあるんだけれど、元々カメラ酔いしやすい体質だとかなり気持ち悪くなるかも……
その独特のカメラ表現が売りであるのはよくわかるんだけれどね」
亀「物語としては見応えがあるものも多いのじゃが、いかんせんドラマ性に乏しいというか……
最初から最後もでシリアスな事もあるのか、かなり一本調子な気もしてしまった。やはり独特の浮遊感を楽しむ映画であり、十分なエンタメ性を確保した作品とは言いづらいものもある」
カエル「これってハンガリー映画というのも関係しているかも……
この作品って結構な社会派の映画なんだけれど、一般的な日本人ってハンガリーの情勢どころか、場合によってはどこにある国なのか知らない人も少なくないと思うんだよ。
例えば2015年に大きな話題になったシリア難民をハンガリー女性記者が足蹴にした事件などもあるように、ハンガリーは難民政策に対して排他的な政策を実行している。そういったことを頭に入れてみないと、意味がわからない映画になるかもね」
あの映画に近い印象も
亀「それでいうとわしはこの映画を見てある作品を思い出したの」
カエル「……サウルの息子だね。
アカデミー賞外国語映画賞も受賞した名作だけれど、本当にガツンとくるほど重い映画でもあって……気軽に映画としてどうこう語ることもできないような映画でもあって……
簡単にあらすじを紹介すると、ナチスドイツ政権下においてユダヤ人の強制収容所に入れられたサウルの物語なんだけれど……ユダヤ人がユダヤ人の遺体を処理する様であったり、あの時代の地獄の光景をまるでドキュメンタリーの様に撮った作品です」
亀「『サウルの息子』が他の作品と突出しているのは『リアル感』である。観客はまるでこの時代のユダヤ人強制収容所を見学しているかのような気分にさせられるの。
それは本作でも似たような部分があり、浮遊描写以外でもこの映画はかなり挑戦的で、スタートの国境を越える難民の描写などは映像的な迫力もあった。森の中を疾走する様子などはどのようにして撮ったのか、全くわからんほどであったの」
カエル「今のシリアからの難民がどのような過酷な状況を生きているのか、よく分かる話だよね……」
亀「この映画の『浮遊』というのは色々な意味を持っておる。
まずは地上からの脱出によって、壁やバリケードのない社会を祈っておるようでもあるし、また空には国境線がないことからシリアやハンガリーなどといった国と国の境目を気にする現代の風潮を揶揄しておる。
それからやはり天使……つまり奇跡の所業を起こす存在に対する畏怖の念もあり、それと同時にシリアから脱出してくる難民を含めた、多くの死んでいってしまった人たちに対する鎮魂の願いも込められているじゃろう。
この映画に登場する医師のシュテルンは現地では犯罪者のように扱われておるし、実際それは法律的にも倫理的にも問題がある行為なのじゃが、そういう人間でないと救えない命があるということもしっかりと明示した作品でもあるの」
カエル「決して娯楽作ではないし、途中では劇場内に幾つかのいびき声も聞こえるような映画ではあるんだけれど……ガツンとくる衝撃が大きかった映画だったね」
亀「まあ、本音を言えばわしには難の大きい映画でもあった。
やはりカメラの酔いはひどいしの。
しかし、この映画がハンガリーで作られて、世界中で評価される現状というのはよく分かるし、今のヨーロッパの社会情勢を表した映画ということもできるかも試れんの」
最後に
カエル「というわけで、2作品レビューをしてきました。
どちらにも共通して言えることは、現代の世界の問題にまっすぐ向き合い、直視して、そしてそれを楽しませたり、より観客に届くように工夫された作品ということだね」
亀「わしの個人的な思いからすれば『ロング・ロングバケーション』の方が好きではあるのじゃが『ジュピターズ・ムーン』も鑑賞する価値はある映画じゃと思う。
改めて思い起こすと、色々な複雑な感情が湧いてくる映画でもあるの」
カエル「どちらも社会派の映画だからね……それをどのように見せるのか? という部分でも勉強になる映画だったかな。
小規模上映でどこでも見られる作品ではないですが、一見の価値は大いにある映画だと思います。
ぜひ鑑賞してください!」