カエルくん(以下カエル)
「さあ〜て、今回は『映画妖怪ウォッチ』のお話だね」
ブログ主(以下主)
「…………」
カエル「ある意味では僕たちも妖怪みたいなものだから、すっごい人気者になったりして!」
主「…………」
カエル(あ、これ大絶賛か大批判のパターンだ……)
主「う〜む……恐ろしい……」
カエル「え? 主はホラー苦手だけど、妖怪ウォッチですらそんなに怖いの?」
主「いや、そうじゃなくて……この映画を『子供向けだから』と言って、見に行かなかった可能性が高かったことが、非常に恐ろしい……」
カエル「まあ、そうだよねぇ……ここ5年くらいに一気にきたおもちゃだからさ、主は無知と言ってもいいわけだし、そんな人がいい年をして見に行く映画ではないしね」
主「……言葉に棘があるけれど、まあいいか。
結論からいうと、この映画は子供だけでなく、大人も見たほうがいい。
特にアニメ、漫画に限らず映画、本、演劇などの『物語』の愛好家(オタク)や作り手……そして、このブログのように『物語を語る』ということを意識している人は、ぜひとも見ておいていいかも」
カエル「……そんなに大上段に構えていいの?」
主「その理由もネタバレこみのところで全部説明するけれど……これほど『恐ろしい』映画は今年1かもしれない。ちょっとした事件だよ、これは……」
カエル「……そこまで言うんだ」
主「そしてこの映画を語るのに、このブログほどふさわしい存在もそうないと思う。その理由も含めて批評パートで行うよ」
「映画 妖怪ウォッチ 空飛ぶクジラとダブル世界の大冒険だニャン!」予告2 30秒版
あらすじ
ケータ( CV戸松遥)たちが暮らすさくらニュータウンに、ある日謎の巨大UFOが出現したというニュースが流れる。その正体は空を飛ぶ巨大なクジラで、そのクジラが発した声と共に、ケータや妖怪たちの世界がアニメから実写の世界になってしまう。
毛穴がはっきりと見えることから『毛穴の世界』と名付けたケータは、この現象の謎を突き止めるべく奔走する……
実写とアニメの世界をCGを駆使し表現した意欲作!
1 ネタバレなしの感想
カエル「じゃあ、まずはネタバレなしの感想だけど……まあまあ面白かったよね。子供たちの笑い声も響いていたし、隣に座っていた保護者のお母さんも笑っていたし」
主「それまでの妖怪ウォッチを何も知らない一般人の意見になるけれど、酷評される映画ではないよ。
どうしても『実写とアニメを行ったり来たり』という部分に注目が集まるし、それはそれで正解なんだけど、それだけの映画じゃない。
笑いどころも多かったし、CGやアニメのクオリティも高かったな」
カエル「で、この作品最大の特徴である実写パートについてだけど……」
主「よかったと思うよ。
この作品ってネタバレありで語るけれど、結構特別な作りをしているんだよね。
実写だけどリアリティのある描き方をしていない。例えば部屋の中とかはセット感があるし、アニメの世界を忠実に現実に持ってきたことによって、どこか作為的に感じる部分がある。
それが世界観の統一にうまく役立っていると思う」
カエル「世界観の統一?」
主「ほら、リアルであればリアルであるほど、CGである妖怪とか VFXとかが浮いちゃうでしょ? 妖怪なんてリアルじゃないし、妖怪ウォッチっていう設定を1から練り直さないといけなくなる。
だからある程度作為的な部分を残しているんだよ。それがあるおかげで、CGとかが極端に浮かないようになっている」
脚本について
カエル「ネタバレがない程度で脚本について語ると、どう?」
主「難しいけれど……物語としては及第点ってところかな。
ツッコミどころもあるし、疑問符もあるけれど、でも全体的には良かったと思う。ギャグも面白かったし。
だけど、この映画で最も語りたい部分を考えると、この脚本は『驚異的』の一言になるかもしれない」
カエル「……結局、それは絶賛なの?」
主「映画としてはまあまあ、子供向け映画としては高得点、大人向け映画としては……この映画の特異性に気がつけば絶賛だけど、普通の大人はそんな高得点を出さないかもね。
自分の考えやテーマと結びついたからこその、高得点ってのはあるかも」
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役者について
カエル「役者については?」
主「それも演出と一緒の評価かな。考えてみたら、おかしな話なんだよ。ハライチの澤部が子供の役を演じているけれど、どう見ても子供じゃないわけだ。それが笑いどころでもあるけれど……
だけど、世界観をリアリティのあるものにしすぎなかったことによって、その演技とかが浮かないようになっているんだよね。それは子役の演技も同じでさ」
カエル「主は基本的に子役嫌いだもんね」
主「リアルな世界観で子役の演技を見ると、作為的すぎて『台本を読んでいる』って感じが出ちゃう。それは本作も同じで、子役としてはいい演技だったように思うけれど、やっぱり作為的な部分もあるんだよね。
だけど、この映画の世界観が作為的だからあまり気にならない。それは山崎賢人や斎藤工とかも同じで結局はコスプレだし、コスプレ感もすごくあるけれど、それがあまり違和感につながらないように意識されていると思った」
カエル「リアルに寄らないから生まれる良さ、か」
主「アニメ原作とが失敗するのって『アニメや漫画のリアリティ』ってものがあるのに、それを無理に実写としてリアリティのあるものにしようとするところにある。リアリティのバランスがおかしいんだよ。
だけど、本作くらいのリアリティに止めておけば問題ないんじゃないかな?
あ、でも思ったのは山崎&斎藤コンビはかっこいいけれど、ダンスはもう少し練習してもよかったかもね」
カエル「無理やり踊らされちゃう設定だけど、それを考えても揃わなすぎかもね」
声優について
カエル「声優陣については……まあ、文句があるはずないか」
主「関智一と小桜エツコというベテランの演技力が光った……というか、元から心配なんて0だけどね。安定の実績の演技だよ。
特に関智一のウィスパーの役は絶賛の一言! 見事なコメディーリリーフになっていたし、この作品におけるギャグ担当として作品の世界観作りにおける重要な役回りを見事にこなしていた!
主役の戸松遥の出番が少ないぐらいで、声優陣に文句なんかあるはずがない」
カエル「今回は芸能人声優もいないしね」
主「俳優もスタッフも最高の形じゃない? 芸能人の……俳優をメインにしている人たちは顔出しを基本にしていきたいだろうし、慣れない声の演技をやるよりやりやすいと思う。
それで『芸能人が出るよ!』って宣伝にもなるから、みんなハッピーな形じゃないかな? これも妖怪ウォッチだからできたことかもね」
以下ネタバレあり
2 この映画の『特異性』
カエル「じゃあ聞くけれど……主はなんでこの映画を『すごい、すごい』っていうの?」
主「映画としての完成度でとしてはもっといい作品はあるよ。
だけど、この映画は『物語』が抱える本質的な問題に対して言及している映画だから。そこに対して興味がある人が見ると、この映画は非常に深く突き刺さってくる」
カエル「……物語が抱える本質的な問題?」
海外における『劇場』と『教会』
主「突然だけど、海外に行くと迷子になりやすいでしょ? 言葉もわからないし、日本とは建物の姿が違うから分かりづらいってことがある。
そういう時のコツって知ってる?」
カエル「……なんか前に書いたよね……なんだっけ?」
主「正解は『劇場』と『教会』を探すこと。なぜこの2つかというと、世界各地、どこに行ってもこの2つはとりわけ立派に、派手に、目立つように作られていることが多いから、目印として分かりやすいんだよね。
日本もそうでしょ? お寺とか劇場……映画館というよりは舞台がある劇場とか、あとは美術館とかって、一般の建物とは違って異彩を放つじゃない」
カエル「場所にもよるけれどそうかもね。でも、なんでそんな話を?」
主「じゃあ、ここでこの問題にたどり着く。
『なぜ劇場や教会は異彩を放つ作りなのか?』ということだよ」
カエル「え? ……なんでだろう?」
主「答えは『現実を忘れさせるため』
神の世界や物語の世界に没入してもらうためには、現実を忘れてもらわないといけない。だからステンドガラスを貼ったり、豪華な装飾を施すわけだ。
それは日本の寺院も同じで、金箔を貼ったり豪華な内装を作ったり、でっかい大仏を作るのは、そこに『現実と違う』というハッタリが必要だから。偶像崇拝を禁止しているイスラム教すら、モスクは立派でしょ?
だから教会と劇場は立派になる」
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3 『3つ』の世界
カエル「物語に没入するための仕掛けとして、箱をまず立派にするわけだね」
主「そう。自分がよく言うのは『物語の良し悪しは最初の15分で決まる』ってこと。はっきり言えば、15分もかからないケースが多い。名作やしっかりとした作品ほど、冒頭というのは丁寧に作るから。
まあ、例外もないわけではないけれどね。だけど、それほど物語に入り込んでもらうためには『冒頭の重要性』は高いんだよ」
カエル「で、それがこの映画とつながるの?」
主「そうそう……
この映画では『アニメ』と『実写』という2つの構造が語られる。もちろんそれは間違いではないけれど……実はこの映画は『3つの世界の構造』によって成立しているわけだ。
第1世界 リアリティの薄い世界(アニメ、漫画、小説など)
第2世界 リアリティが少しある世界(映画、特撮、舞台演劇など)
第3世界 現実の世界(観客の世界)
このようになっている。
で、この映画では主に第1世界と第2世界を行ったり来たりしているわけ」
カエル「そうだね、実写とアニメの融合だもんね」
普段語る物語
主「我々が映画を語るとき、そして見るときっていうのは実写映画の場合は基本的に第2世界であることが多い。
例えば……ハリウッドの超大作、今なら『スターウォーズ』とか『マーブルヒーロー』とか、日本でいうと『海賊とよばれた男』なんかは、この映画の実写パートと同じつくりなわけ。世界観とかCGの作り込みとかがもっと凄いだけで、基本は変わらない。
現実の人間が演じて、その世界観をCGとかで補完しているわけだからね」
カエル「アニメと現実の中間だね」
主「そう。世界を CGなどの技術で作っちゃうわけだ。
そう考えると映画というものは……物語は必ず『嘘』というか、作為的な意思が働くものだから、どれだけリアルに見えても第2世界のものになるんだろうね。それは演劇とかもそうだけど」
カエル「一方の第1世界というのは……アニメとかか」
主「そうそう。つまり『実際の人間が一切登場しない形態』とでも言うのかな? 全てが作り物で構成された世界で作られる『虚構性が非常に高い物語』ってところかな。
言葉だけで構成された小説、絵で構成された漫画や絵本、そして絵が動くことで構成されるアニメなんかは第1世界に分類される。
もちろん、これは明確に線引きできるものではないけれどね。現実にいる声優の声を当てているから、虚構性は薄いって言いたい人もいるかもしれないし」
カエル「あくまでもこのブログの、この記事の語り口ってことだね」
4 『虚構』と『現実』
主「シンゴジラの時に『虚構対現実』ってことがすごく言われたわけだよ。
で、その流れに当てはめると……
第1、第2世界=虚構、第3世界=現実って分け方が自然だと思う」
カエル「え? ちょっと待ってよ。
アニメや漫画と実写の映画という形で考えると、
第1世界=虚構、第2、第3世界=現実って分け方もできるよね? 実際、この映画における『アニメ』と『実写』って、こういう分け方をしているよね?」
主「その通り。だからはっきりと現実と虚構を区別するってことは難しいわけだ。
今回の映画に話を戻すと……第1世界がアニメ、第2世界が実写パートになる。
だけど、実はわずかながら第3世界も登場しているんだよ」
カエル「あの女の子の過去の場面だね」
主「そこはCGも使われておらず、コアラもぬいぐるみだった。つまり、あの女の子は我々と同じ『現実の世界』に生きる女の子なわけ。
その象徴がトラックのシーンで、第1世界や第2世界においては、ジバニャンはトラックをギリギリでも避けることができる。だけど、現実の世界の女の子は避けることができないわけだ。
これは『物語の虚構性』と『現実』の対比になっている」
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物語の存在意義
カエル「……大丈夫かな? この記事にみんなついてきているかな?」
主「……さあ? とりあえず続けると……カエルは物語の存在意義ってなんだと思う?」
カエル「え? 人を楽しませるとかじゃないの?」
主「それも間違いではないけれど……『現実からの逃避』っていうのが自分の答えなんだ。
物語を見ている時は、過酷な現実を忘れられるでしょ? むしろ優れた物語は現実からの逃避をさせることで、物語の世界観に入り込ませることで成り立つわけだから、当然現実は忘れさせなければいけない。
映画なら約2時間、小説や漫画ならば読み終わるまで、現実を忘れて他人や、別の人生を生きることができる。だけど、それは逃避にしか過ぎないわけだ」
カエル「……まあ、そうなのかな?」
主「このブログもなぜ、このような書き方をしているかといえば……まあ理由はたくさんあるんだけど、1つは『虚構性を保つ為』というのがある。
現実について語るならば他のブログのように一人称でいいと思う。だけど、物語を語る際には、ある程度の『虚構性』を保持しておきたかったんだよね。理由はそれだけじゃないけれど……」
カエル「……? どういうこと」
主「つまり、物語という『嘘』に関する解説や『嘘』に関する感想を書くんだから、その文章に対しても虚構性を含ませたかった、ということ。それは理由の1つとしてあるわけ。だから、この映画を語る際にこのブログが最もふさわしいと思うって書いたの。
虚構と現実の境目を描いた映画だからね」
5 虚構の世界から帰れなくなる
カエル「え? この章はどういう意味?」
主「……宮崎駿の逸話で有名なのが『ジブリや自分の映画は1年に1回だけ見ればいい』って保護者に怒るっていうものがある。だから宮崎駿に『うちの子どもがジブリがすきで、毎週見てますよ』っていうと、慌てて止めさせるわけだ。
なぜならば、宮崎駿は物語の世界に強く引き込まれると現実に帰れなくなることを知っているから」
カエル「……そんなことってありうるの?」
主「ありうるよ。例えば先の例でいうと『教会』って書いたけれど、例えばISやオウムの狂信者たちは自分たちの『神の世界』に没頭しすぎて、現実に存在する人間を否定をしてあのような行為に走るわけだ。
そこまで極端な例を出さなくても、オタクを見ればわかるでしょ? 現実には存在しないキャラクターを『嫁』と称して現実に存在するかのように愛好したり、結婚したり……応援したりするわけだ。
普通は劇場で幕が降りる、物語が終わると現実に帰る。
だけど、現実に戻れない人が一定数いるわけ。
もしかしたら自分もそうかもね。物語をこれだけ愛好しているから、現実に帰っていないかもしれない」
カエル「主は自分自身ではどう考えているの?」
主「う〜ん……自分は紛れもないオタクだし、映画もアニメも漫画も小説も落語も演劇も大好きな『物語中毒者』だけど、結局興味あるのはその物語の世界観より、そこから一歩引いた『物語の構造』とか『作者の意図』なんだよね。
だから…… まだ現実世界にいると、信じたいな」
海外アニメならこれで決まりか!?
庵野秀明とエヴァと現実
カエル「ここで庵野さんが出るんだ」
主「そう。旧劇場版エヴァにおいて、急に観客が映画の中で映るでしょ? あれってこの記事いうところの『第3世界』の描写なわけだよ。
だからあの映画は『現実に帰れ』っていうメッセージ性だと多くの人に訴えかけたと言われている。多分、その指摘は間違ってない。
で、この映画もまた同じようなことをやっているわけ。
妖怪ウォッチの方がキャラクターがメタ的に演じている分、わかりやすいかもね」
カエル「でもさぁ、庵野秀明とか宮崎駿が現実に帰れって行っても……説得力がないよねぇ。あの人たちこそ妄想の世界の住人じゃない?」
主「……身も蓋もないことを言うなよ……
まあ、でも多くのアニメ監督は同じことを言うよね。
『オタクは気持ち悪い』って現実が見えていない、生きている次元が違うからこそ生まれる価値観でもあるし。
押井守だけはちょっと特別かな? あの人は結構自覚的に『物語と現実』について考えているし、映画を見ても『特別な世界に行く人と、現実に残る人』の対比が多いから、ちょっと他の人とは違う気がする」
6 この映画の構造について
カエル「じゃあ、お話を戻して、この映画について語るけれど……」
主「そうだった! 話がずれまくっているなぁ……
簡単に言うと、この映画って『現実の少女の逃避を粉砕する映画』なんだよね。黒幕の少女は現実で夢を奪われた存在で、その逃避としてクジラを生み、第2世界を生み出した。
そして第1世界に行くことによって『空想上の自由』を手に入れ、さらに第2世界でも自由を手に入れると」
カエル「でもケータによってその願いは砕かれるね……」
主「だからすごく残酷な映画でもある。
結局は第2世界は消滅して、アニメはアニメの世界へ、現実は現実の世界へと戻っていくわけだ。第2世界の存在なんて、元からなかったかのようになる」
カエル「……一応ハッピーエンドみたいだったけれど」
主「実はすっごいバットエンドじゃない?
女の子は自由の足を失い、辛いリハビリをしなければいけないし、アニメの世界のケータは好きな女の子と、それこそ『次元の違う恋』で絶対に叶わない想いを抱えることになったわけだから。
あのシーンは笑えるように作っているけれど、実は『現実のオタクが2次元の女の子に恋をする』という行為を逆にしているだけ。滑稽で哀れに見える部分でもあると思うよ。
現実に帰れ! っていうのはそういうことなんだよ。それを物語の登場人物がメタ的に理解することにより、より大きな意味を持った。
妖怪ウォッチの世界でこれをやるというのが、意味深だよね。
『妖怪のせいにしているんじゃない!』っていう、教訓すらもあるような気がする」
カエル「……なんだか、辛いお話だね」
主「だけど、現実の世界を我々は生きているわけでさ。逃避ってのはいつまでも逃げ続けるわけにはいかないっていうのも事実なわけ。
だから、物語を作るって実は残酷なことかもね。いつも言うけれど『創作者は詐欺師と同じ』っていうのはそういうこと。どれだけ幸せにしても、それは嘘なんだよ」
現実って何?
カエル「じゃあ、物語に酔わせるって、実は残酷なことなのかもしれないね」
主「………個人的に思うのは、実は現実の意味って人によって変わるということなのかもしれないなぁってことなんだよね」
カエル「どういうこと?」
主「例えば10代の少年少女と、70代の高齢者の現実って多分違う意味を持つ。病気や障害を抱えていたり、借金苦で悩んでいたり、もしくは逆に……王族とか、政府高官の家族とかになると、現実の意味ってそれぞれ違うんだよね。
もっと言えば国が変われば現実も変わる。さっきは狂信者の話をしたけれど、キリスト教の牧師や神父、仏教のお坊さんや神道の神主だって、同じように神や仏の世界を信仰しているけれど、その人たちは第3世界も見えている人もたくさんいるし……その信仰の世界抱えながらも生きる、という現実もあるわけだ。
だからさ『現実に帰れ』って一言で表すけれど……その現実の意味がすごく難しい」
カエル「観念論だね」
主「物語って普通はエンドマークがついて幕が閉じると強制的に現実に帰されるけれど、中には帰ってこれない人もいる。
そんな人を現実に返すために、有効な作品なじゃないかな?
物語を語るということ、作るということって本当に怖いことでもある。
非実在青少年という難しい話もあるけれど……今回はここでおしまいね」
最後に
カエル「今回は映画の感想になっているのかな?」
主「すっごいテーマが隠された映画だったなぁ……
ちなみに、物語としての評価はそこそこってところ。基本的には面白かったけれど、後半のドタバタで伏線が引かれていたり、もっと説得力があれば文句なしだったのにねぇ……
だから映画として評価できないって声もわかる」
カエル「でも表現としては素晴らしいって評価だね」
主「エヴァがやろうとしたことを、見事な形で昇華してエンタメとして分かりやすくしたと思っているからさ。まあ、エヴァの方が面白さとか、とんでもなさは上だけど……このような『次元を超える』という映画において、最も重要なテーマを扱ったと思う。
だから、映画が好きだったり、オタクだったりするなら是非とも見ておいてほしい。
子供向けアニメってだけじゃないから」
カエル「子供向けアニメって結構深いしね」
主「そこもいつか語りたいねぇ……」
??「……ゲラゲラポ〜 ゲラゲラポ〜……」
主「え? カエル、何かいった?」
カエル「いや別に? 何か聞こえるの?」
??「それは妖怪の仕業じゃぁ……」
主「……いや、亀爺さ、いくらホラーが苦手でもさすがにそれは驚かんよ」
亀「やかましい!! 最近わしの出番がメッキリ減っておるぞ! もっと多くださんと、末代まで祟ってやるぞ!」
主「おーおー祟ってみろよ!」
亀「何じゃと!? このままだとわしが大人気キャラクターになって、いっぱいグッズを作ってもらう夢が……」
主「そんな未来なんか訪れないわ!」
カエル(虚構性を維持したまま終わらせるって、これでいいのかぁ?)
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